第七話 レオスとダンジョン(中編)8
地下五層。
眼前に広がるのは一面の水だった。
三層と違うのは通路らしきものすら見当たらないということだ。巨大な広間が完全に水で埋め尽くされており、広間の最奥に扉のような物が見えるのであそこが五層の終着点であり、六層へと続く階段があるのだろう。
「お、おじ様……あれ」
エマがやや怯えた声で俺を呼び、水上に横たわっている『者』たちを指差す。
「ああ、確かめないとな」
「兄さん、どうしたんですか?」
エマと並んで先頭を歩いていた俺が五層の入り口で立ち止まったので、真後ろにいたギルが覗き込むようにして五層を確認する。
「――っ!? こ、これは……」
「エマ、ギル、悪いがセレスと場所を代わってくれ、水の命技が必要だ」
「わ、分かりました」
ギルが後ろの仲間たちに事情を説明し、セレスが俺の隣へと呼び出された。
彼女は五層全体を入り口から確認すると、不安そうな目を俺に向けた。
「レ、レオスさん、どうするんですか?」
「まずは一番近くにいる『者』をここまで連れて来られるか?」
「はい、やってみます」
部屋が水で満たされているので、不用意に五層へ入るわけにはいかない。まずは犠牲となった者を確認して作戦を立てる必要がある。
「『ウォーター・ウィップ』」
セレスは入り口近くで横たわっていた冒険者の遺体を水の命技で絡め捕ると、近くまで引き寄せる。
「……彼女は確か――」
「――エイベルさんのパーティにいた方ですね」
その冒険者は、エイベルのパーティでサポーターを務めていた女性だった。彼女の顔を俺の後ろから確認したギルが口を開く。
「レヴィ・シール!」
「知り合いか?」
「以前、俺のパーティに勧誘したことがあります。ベテラン揃いの俺のパーティでは冒険者として成長できないと言って断られましたが、まさか……エイベルのパーティにいたとは」
ギルは悔しそうに顔をしかめる。彼が勧誘するという事は将来有望な冒険者だったのだろう。
俺はいたたまれなくなりながらも、レヴィの遺体を確認していく。
驚くほどに外傷がない。しかし、呼吸も脈もなく、身体は冷たく硬直しており、死亡したのはそれなりに前の事だと分かる。
「……何だ? どうしてこの状態で死んでいる?」
彼女はサポーターだけあって、どちらかというと守られる側だ。そのため彼女は服にすらほとんど汚れがないほど綺麗なままだ。いったい何が原因で死亡したのかが全く分からない。
「えっと、強力な魂術を受けてショック死した可能性はあるんじゃないでしょうか?」
俺の隣でレヴィの遺体を見ていたセレスが、ギルに気を遣うように小声で話しかけてきた。
「いや、ショック死するほどとなると、上級魂術を数発まともに受けたということになるが、それだと少なからず外傷もあるはずだ」
俺は悪いとは思いつつ、階段の上の方にいるイライザとグレンダに向かって声をかけた。
「すまないが、女性陣で彼女の身体を確認して欲しい。この先に進むには死因を調べる必要がある」
俺の指示に一瞬だけ戸惑うような空気が流れたが、すぐにイライザの声が帰って来た。
「分かりました。ここでは難しいので、遺体を四層まで運べますか?」
「ああ、全員で一度四層まで戻ろう」
俺はギルと協力してレヴィの遺体を抱きかかえると、螺旋階段を登って四層へと戻る。
レヴィの遺体を四層の床に横たえると、男性陣は少し離れた場所で待機することにした。その間にイライザたち女性陣がレヴィの服を脱がせて死因を調べる流れだ。緊急時なら俺がやっても良かったのだが、安全を確保できている四層に戻ることが出来たので、死者の尊厳を少しでも守るために、ここはイライザたちに任せることにした。
しばらくしてイライザから声掛けがあったので、合流して報告を聞く。
「彼女の身体には魂術の直撃を受けた時に出来る打撲や骨折は一切見られませんでした。強力な魂術であるほど直撃した時の衝撃は強いはずなので、死因は魂術によるショック死ではないと思います」
「そうか、しかしそれだと、いったい何が彼女を死に至らしめたのか……」
彼女の死因が分からない状態で五層を進むのはリスクが高すぎる。
「ランバートさん、私はまだ五層を直接見ていないのですが、水で満たされていたんですよね? 水中に引きずり込まれて窒息死したとは考えられませんか?」
「いや、水で満たされていたとは言っても、彼女の遺体があった場所はとても浅い場所だったんだ。せいぜい足首くらいまでの深さしかないところだよ」
五層は水に満たされているとはいえ、透明な水の底に床板が映っていたので、かなり水が浅いことは分かっている。奥へ進めば深くなっていくのかもしれないが、少なくともレヴィが倒れていた場所は小川よりも浅かったはずだ。
「そうですか……だとすると、考えられるのは『毒』でしょうか?」
「毒?」
俺としたことが、イライザに言われるまでその可能性を失念していた。
相手に外傷をほとんど与えずに命を奪う。その手段として最もオーソドックスなのは毒殺だ。そして、俺は南大陸で毒を使う厄介な棘皮系魔物と何百回も戦ったではないか。
「そうか……毒か……」
俺はレヴィの遺体の前にしゃがみ込むと、彼女の足を確認した。
まだ俺が20代の頃に、南大陸の冒険者ギルドで姿の見えない魔物に何人もの冒険者が殺された話を聞いたことがあった。
俺が生まれるよりも前の話ではあったが、南大陸ギルドで本格的に活動を開始した時に、受付を担当していた職員に気を付けるように言われたのを思い出す。
「――っ! あった!」
俺はレヴィの左のふくらはぎに針で突かれたような小さな傷を発見した。
知らない人間が見れば、ただの虫刺され程度にしか思わないだろうが、これは南大陸で受付職員から聞いた話と一致している。
「ランバートさん? 何があったんですか?」
隣でレヴィの足を見ていたイライザが不審そうな目で尋ねてきたので、俺はレヴィの足にある傷を指差して説明を開始する。
「これを見てくれ、小さな傷があるだろう?」
「あっ、はい……確かにありますね。まさかこんな小さな傷から毒が入ったって言うんですか?」
「そのまさかだ。お前たちは知らないと思うが、南大陸ではこれと同じ傷で何人もの冒険者が死んだ事件がある」
「えっ?」
「セレスもコンラッドやベアトリクスから教わっていないか?」
俺が話を振ると、セレスは少しだけ困惑したような顔で答えた。
「た、確かに、その話は聞いたことがあります。物凄く小さな貝の魔物ですよね?」
「そうだ。巨大な魂力を感じて冒険者たちが海に集まったが、魔物を見付けることが出来ずに海を捜索し、小さな貝の毒針によって一瞬のうちに殺された。その後、エマのように魂力の感知に優れた冒険者が魔物を特定するまで冒険者は海岸に近寄れなくなった事件だ」
「私、おとぎ話か何かだと思っていました。魔物って、大きいほど強いイメージがあったので……」
実際のところ、俺も噂話が年月と共に誇張されたものだろうと思っていたのだが、いざこの現場を見てしまうと、そうとしか思えなくなってくる。
「兄さん、五層の魔物がその南大陸の魔物と同じだとして、どうやって進みますか? エマの感知能力で場所を特定したとしても、あの広い空間を通り抜けるとなると、それなりに被害が出そうですよ?」
「やってみなければ分からないが、場所さえ分れば簡単に倒せるはずだ。南大陸にいるレベルの冒険者で討伐出来たのだからな。防御力はそこまで高くないと聞いたことがある」
「なるほど、攻撃に全振りしたタイプの魔物という事ですか」
「ああ。大人数で行くと被害が増える恐れがあるから、メンバーは俺とエマとジョゼの三人だ」
「俺とニックも行かなくて大丈夫ですか?」
「エマが特定した場所をピンポイントで攻撃できるのは経験を共有できるジョゼだけだ。俺がもしもの時の防御を担当し、エマが索敵、ジョゼが攻撃だ。悪いが、ギルたちには力を温存して貰うぞ」
「わ、分かりました」
ギルは少し不満そうにしながらも素直に引き下がった。
俺を兄と呼ぶようになってから、少しずつ子供時代に俺の後ろを付いて来ていたギルに戻って来ている気がするな。
「ということだが、エマ、ジョゼ、行けるか?」
「お任せください、おじ様」
「エミーが見つけた敵を、俺が狙い撃てば良いんだよね? 任せてよ!」
エマとジョゼのやる気に満ちた返事を聞いたところで、俺はレヴィの遺体へ視線を向けた。
「本当は地上で墓を作ってやりたいが、ダンジョン内だからな。みんなは俺たちが戦っている間に遺体を火葬して、黄土石から出した土に埋めてやってくれ」
「ダンジョン内に墓を作るんですか?」
「せっかく、安全圏があるんだ。放置して先に進む気にはならない」
「……兄さんらしいですね。分かりました」
俺はギルに火葬の準備を頼むと、エマとジョゼを連れて五層へと進む。
入り口前で立ち止まると、魔導盾を構えていつでも物理障壁を展開できるように身構えた。
「エマ、俺は魔物の攻撃のタイミングが分からない。何か来ると思ったらすぐに教えてくれ」
「はい!」
するとエマとジョゼが俺を挟むように両脇に張り付き、眼前に広がる水面を真剣な目で睨み付けた。
「おじ様……本当にこれだけの魂力を放つ魔物の位置が分からないんですか?」
「ああ。Aランク相当の魂力を持つ魔物が潜んでいることは感じられるが、部屋全体を魂力が満たしているような感じがして、何体潜んでいるのかは全く分らん」
「そ、そうですか……ジョー、いける?」
「うん。とりあえず、近い奴からやるよ」
エマからすると、これだけ強い魂力を持った魔物の位置がどうして分からないのか、といった感じだと思うが、それは彼女の感覚が俺たちを遥かに越えた精度だからに他ならない。
俺がエマの素晴らしい能力に改めて感心していると、ジョゼが命力を操作して上級命技を前方へ放った。
「『ウインド・ダガー』!」
風のナイフが近くの水面へ入ると同時に、エマが大声をあげる。
「おじ様!」
「っ! 『魔導障壁』! 『アース・ウォール』!」
俺は即座に魔導盾の障壁と上級命技を同時発動して、二人を守る。
すると次の瞬間、外側に展開していた『アース・ウォール』が砕け散った。
「何っ!?」
「ひっ!」
エマが驚いて身をかがめたが、魔物の攻撃は魔導盾の障壁によってしっかりと防がれた。しかし、今の一撃で俺の命力がごっそりと持っていかれたので、相当な威力のある攻撃だったことが分かる。
「……くっ、な、何とか防げたか」
「おじ様、大丈夫ですか?」
「ああ、何とかな。エマ、何が起きたか説明してくれるか?」
「は、はい。ジョーの攻撃で確実に一体の魔物を討伐できたのですが、その瞬間にそれ以外の魔物が同時にこちらへ攻撃して来たんです」
「なるほどな。一斉攻撃を仕掛けてきたか」
「サイズはとても小さい魂術だったのですが、練り込まれている魂力の量が尋常ではありませんでした。そして、それが命技にぶつかった瞬間に爆発した感じです」
「中級魂術の『破』を使われたのか。それは俺の命技が砕け散るわけだ。今はどうしている? こちらへ攻撃する素振りはあるか?」
「いえ、場所を変えて待機したようですね。自分たちの位置が正確に感知されている事に気付いていないのかもしれません」
エマの鋭い感覚はダンジョンを作った者や魔物にとって想定外ということかもしれない。これはチャンスと言えるだろう。
「よし、では同じように近い位置にいる魔物から順番に倒していこう。一斉攻撃の威力も少しずつ数が減って楽になるはずだ」
「ですね。いくわよ、ジョー」
「任せて、エミー」
その後はジョゼが確実に一体ずつ魔物を仕留め、そのたびに飛んでくる猛反撃を俺が何とか防ぐことで、着実に魔物の数を減らし、ついに最後の一体まで追い詰めることに成功した。
「おじ様、次で最後です」
「よ、よし、ジョゼ、頼んだぞ」
「うん。『ウインド・ダガー』!」
ジョゼが力いっぱいナイフを投擲すると、それが遠くの水中へいた魔物へ直撃し、五層からこちらを威圧する圧迫感が消え去った。俺たちの完全勝利だ。
俺は四層にいるギル達に合図すると、五層で倒れている冒険者の遺体を回収し、四層にギルが作ってくれた火葬場で灰にしてから、黄土石から出した土に丁寧に埋めて墓を作った。
レヴィを入れて6名の冒険者が五層で亡くなっていた。全員がCランク冒険者であり、幼少期からギルドにいたギルやニックに聞くと、全員将来有望な冒険者だったらしい。
この若さでダンジョンに挑みさえしなければ、BやAに至ることも可能だったかもしれない才能が、あっさりと摘み取られてしまった。
6人の墓を前にして、エマが俺を見上げて尋ねてくる。
「おじ様、遺体があった位置からして、最初に亡くなったのはレヴィさんですよね? どうしてエイベルさんは四層に戻らずに六層へ突き進む選択をしたのでしょう?」
「レヴィはおそらく隊列の一番後ろにいたのだろう。そして、見えない魔物に攻撃されてレヴィが倒れ、周りにいた冒険者も次々に倒れた。エイベルからしたら、後ろから見えない魔物が迫って来ているように感じたのかもしれないな。ギルはどう思う?」
「俺も概ね同意見です。これまでの傾向からエイベルは犠牲を最小限に抑えて先に進むことに固執している気がします。となるとこれ以上の被害が出る前に、一気に六層へ駆け抜けた方が良いと判断した可能性は高いですね」
「状況としては最悪だな。最小限に抑えたとは言っても、六人も死者を出してしまっては、エイベルたちのダンジョン攻略はここまでだろう。六層で待機してくれていることを願うしかない」
エイベルの攻略隊の残るメンバーは、彼のパーティの二人と、Cランク冒険者が二人。ダンジョン攻略の人数としては絶望的だ。
昔の俺のパーティのように連携が完璧ならまだ良いが、急造のレイドではどうにもならない。俺がエイベルなら、間違いなく仮拠点を作って援軍が来ることを祈りながら耐える選択をするだろう。
「兄さん、全ては六層へ行けば分かることです。全員で向かいましょう」
「ああ。みんなこれから五層を通り抜けて六層へと降りる。エイベルたちの安否を確認した後、今後の方針を立てるぞ」
6人もの冒険者が死亡したことからも、六層で俺たちが同じような目に会う可能性はゼロではない。
俺は絶対に仲間たちを守り抜くと自分に言い聞かせながら、慎重に階段を降りていった。




