第七話 レオスとダンジョン(中編)7
エマとジョゼが回復するまでの半日を過ごすために、仮拠点の設営をすることに決めた。
まず必要なのは寝床だ。夜になることが死に繋がる外での探索と違ってダンジョンではこうやって休息を取ることが稀にあると聞いていたので、俺たちはしっかりとテントを持って来ていた。
全員で手分けして、テントの設営、食料の分配、排泄場の確保、魔物の残骸処理、素材と魔石の厳選を終わらせると、俺はやっと床に腰を下ろして食事にありつくことが出来た。
黒水石から生み出した水を飲み、干し肉をかじっていると、同じように休憩を取ろうとしていたニックがギルを連れて近くにやって来た。
「レオスさん、一緒に食事しても良いですか?」
「ああ、もちろんいいぞ?」
「それじゃあ、失礼します。ほら、ギルも」
「……ああ」
二人は俺の正面に腰を下ろすと、黒水石から水を生み出して木製のカップに注いでいく。
「ギル、どうかしたのか?」
「えっ? ああ……いえ、その……」
俺はギルの様子がこれまで違うのを気にして声をかけたのだが、彼は視線を彷徨わせて言い淀む。そんな彼らしからぬ態度を見かねたのか、ニックが代わりに口を開いた。
「ギルは――レオスさんにちょっとしたお願いがあるみたいなんです」
「お願い? 何だ?」
俺が尋ねると、ギルは少し恥ずかしそうに小さな声で答えた。
「ええっと……本当に今更なんですけど……」
「ああ」
「昔みたいに――兄と呼んでも……良いですか?」
「兄?」
昔と言うと、子供時代の事だろう。ギルとニックはよく俺たちの後ろを付いて来ていた可愛い弟たちだった。俺は二人から『レオス兄ちゃん』と呼ばれていた事を思い出す。そしてギルはダンジョンで全滅しかけた俺たちを反面教師にして冒険者活動をしていたことに申し訳なさのようなものを感じていたようだった。
そのせいもあってか俺に対してどこか余所余所しかったのだが、これまでの冒険を通して、昔のように俺との距離を縮めたいと思ってくれたのだろう。
「……別に構わないぞ?」
「ほ、本当ですか?」
「こんなことで嘘を言ってどうするんだ」
「で、ですよね。では……その……こ、これからは、に、兄さんと……呼ばせて貰います」
ギルは嬉しそうにしながらも、こちらとはあまり目を合わせずに『兄さん』という言葉を絞り出した。
俺は彼の態度がこれまでとあまりに違う事に面白くなって、脊髄反射で思ったことを口にした。
「レオス兄ちゃんでも良いんだぞ?」
「――っ!? そ、それは…………」
「昔はそう呼んでくれていただろう?」
「そ、そうですけど」
「ほら、一度呼んでみてくれよ」
「…………し、失礼します!」
ギルは持っていた水を飲み干すと、耐えきれなくなったように立ち上がってテントへ向かって行った。
隣でギルの豹変ぶりを見届けていたニックは、彼がいなくなると同時に吹き出して笑い出す。
「――ぷっ! あ、あはははは!」
「……ニック、笑ってやるなよ」
「す、すみません。で、でも、あんなギルを見たのは初めてで――ていうか、レオスさんもわざとやっていましたよね?」
「うん? まあ、少しだけやり過ぎたとは思う」
「いえいえ、ギルも内心では嬉しかったと思いますよ? レオスさんが中央へ戻って来たって知った時、本当に嬉しそうにしていましたから」
「そうなのか?」
「はい。もちろん、僕も嬉しかったです。僕とギルにとって、レオスさんたちは憧れの存在でしたから」
無謀な挑戦をしてダンジョンで仲間全員を失った。それが夢を追いかけていた俺の最後であり、人生最大のミスをしたあの頃の自分を何度責めた事か分からない。だが、そんな馬鹿な俺たちに憧れてくれていた若い世代も確かにいた。
自分たちだけでダンジョンへ挑んだ事は褒められたものではないにしても、オードリー、ライアン、マリアの三人と冒険した日々は、冒険者として誇って良いものだったのかもしれない。
そう思うと、俺は少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。
「ニックも、昔みたいに呼んでくれて良いんだぞ?」
「え? いや、僕は止めときますよ。レオスさんの事は尊敬していますけど、会わなかった時期が長すぎて、今更兄ちゃんなんて距離感で話せないですから」
「そ、そうか……」
「ギルが特別なんです。面と向かって呼ぶのは恥ずかしいみたいですけど、ギルの中では今でもレオスさんは憧れの『レオス兄ちゃん』なんだと思います」
「それは……あいつにがっかりされないように、頑張らないといけないな」
あの頃のように兄貴風を吹かせるつもりはないが、いざという時に頼って貰えるような冒険者でありたいと思う。
俺は食事を終えると、ニックと別れて一人になり、ダンジョンマスターと戦った時の記憶を呼び起こす。
あの時の経験が、きっとこの先で役に立つ。
このダンジョンをどこまで攻略するかは分からないが、覚悟だけはしておかなければならないかもしれない。
仮拠点で休憩を取り始めてから半日ほどたったところでエマとジョゼが目を覚ました。
二人は申し訳なさそうに謝っていたが、あの戦いを見ていたみんなから不満の声が出ることはない。むしろ、もう少し休まなくて良いのかと心配されるほどだった。
俺を含めて全員が交代で仮眠を取っていたし、食事もしっかりと取ることが出来ていたので、エマとジョゼの食事が終わり次第、気を引き締め直して先に進むことに決まる。
広間を抜けた先に続いていた通路を歩いていくと、下層へと続く螺旋階段が見えてきた。
「次は五層か……エイベルたちはどこまで進んでいるんだろうな」
呟くような俺の言葉に、隣を歩いていたギルが素早く答える。
「奴らは三層から犠牲を出し続けています。このペースだと五層は犠牲を出しつつも何とか切り抜けられるかもしれませんが、六層か七層で戦力不足になって詰むのではないでしょうか?」
「……あまり犠牲を出しているとは思いたくないんだがなぁ」
「Aランクがエイベルしかいない上に、あいつらは異能も遺物も持っていません。兄さんは、異能と遺物を使わずに犠牲無しでダンジョン攻略できますか?」
「それは、まあ……」
無理な話だ。
もしも異能と遺物が無い状態なら、俺は三層の『アーマード・クラーケン』にすら勝てていない。アルフには悪いが攻略を早々に諦めていたと思う。
「おじ様、少し気になったのですが、今この瞬間にエイベルさんたちがダンジョンを攻略し終えたらどうなるのですか?」
「ダンジョンの最下層にある魔法陣を起動すると、その瞬間にダンジョン内にいる全ての冒険者は地上へと放り出される仕組みになっている」
「なるほど、であれば私たちがエイベルさんたちと入れ違いになる可能性はゼロということですね」
「そういうことだ。エイベルたちも仮拠点を作って援軍を待っていてくれると良いんだが」
俺が希望的な意見を述べると、ギルがやや呆れるように息を吐く。
「兄さん。普通に考えて、全滅している可能性の方が高いですよ。それに、エイベルたちは兄さんを見捨てて先に進んだんですよね? どうしてそこまで奴らの心配をするんですか?」
「あいつらは確かに俺たちを早々に死亡したとみなして先に進んだ。その判断に関しては俺も不快に思っているが、だからといって俺はあいつらにダンジョンで死んで欲しいとは思っていない。あいつらは焦っているだけだ、その気持ちはお前も分かるだろう?」
エイベルはAランクではあるが、異能や遺物を持っていない。年齢もAランクの中では若い方だろうし、人望もない。
ギルドでのエイベルの評価は、よく言えばAランクへ到達した期待の若手。悪く言えばAランクになったことで調子に乗っている若造、といった具合だろう。
エイベルはおそらく、そういった悪評を覆すために分かりやすい力を欲しているのだ。それが異能であり、遺物であり、ダンジョン攻略者の証であるSランクという称号だ。
彼はその焦りから、本来の冷静で慎重な性格からは考えられないほど無謀な挑戦をしようとしている。
俺は何度かエイベルと話して、ダンジョンに対して相当の警戒心を持ち、万全を期して堅実に進むタイプだと感じた。その彼が今、明らかな戦力不足に陥っている状況で、最小限の被害に抑えながらダンジョン深部へと進む選択を取り続けているのは、焦り以外の何物でもない。
「出来る事なら、どこかで冷静になって行き延びていいて欲しいと本気で思っているよ」
「……兄さん」
ギルがエイベルを良く思っていないのは知っている。だが、同じ冒険者の仲間として彼を助けるために全力を尽くして欲しいと思う。
「分かりました。では、エイベルたちのためにも急ぎましょう」
「ああ」
俺とギルの気持ちがまとまり、俺たちはエイベルを助けるために五層へと続く階段を降りていく。
Aランクの魔物に囲まれるのに慣れ過ぎて感覚が麻痺してきたが、おそらく次の層にも強力な魔物がいるだろう。
ダンジョン攻略も、魔物との戦いも、出だしが肝心だ。俺は初見殺しに近い罠があるという確信を持ちながら、五層へと到着した。




