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中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬あさ
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第七話 レオスとダンジョン(中編)5

 エマの提案により、俺は彼女を連れて右の広間の入り口付近まで慎重に進んだ。

 ギルが魔物は中に入らないと襲って来ないと言っていたが、すぐ近くにAランクの魔物が待ち構えている姿を目にすると、やはり慎重にならざるを得ない。


「す、凄い迫力ですね……ジョーは大丈夫かしら」


 エマが俺の後ろに隠れるようにしながら、ギルとニックと共に左の広間へ向かったジョゼを心配する。


「それこそ、異能であっちの様子を聞いてみたらどうだ?」

「それもそうですね――」


 エマは少しだけ間を置いてから、俺を見上げた。

「――既に入り口付近を調べ始めていました。こちらの状況もジョーと共有します」

「分かった。頼む」


 エマはAランクの魔物を警戒するように慎重に俺の後ろから出ると、広間の入り口や中の様子を観察する。おそらくはジョゼもあちらで同じように観察を繰り返し、お互いの記憶を共有。それによる相違点を探っているのだろう。

 するとエマは広間の入り口から少しだけ下がったところに座り込み、唇に手を置いて何かを考え始めた。


「ど、どうした?」

「ジョーに考えさせるのは無理そうなので、あっちにはとにかく観察を続けて経験を共有し続けるようにお願いしました。後は私が考えるだけです」

「な、なるほど……出来るのか?」

「何とかしてみますので、少し時間をください」


 そう言うと、エマはまるでジョゼと会話しているかのように、独り言を話し始めた。二人の異能の事を知らなければ、ダンジョンに精神をやられたのか疑うレベルの言動だ。


「……うん、やっぱりそうだ。ジョーもそう思う? うん、だよね。なら、左が良いかもしれないわ……ええ、そうよ……」


 エマはジョゼとの相談を終えて何かに納得したように立ち上がる。


「おじ様、広間の仕組みが分かったので、一度戻りましょう」

「あ、ああ」


 俺はエマの頼もしさに圧倒されながら、四層の入口へと戻った。

 こちらと同タイミングで左の広間側からジョゼたちが戻ってきており、ギルが俺の顔を見るなり信じられない物を見たという顔で口を開いた。


「ほ、本当に同じタイミングだ……」

「ん? なんだ、ギル。信じていなかったのか?」

「そ、そういう訳ではありませんが、こんな異能は見たことも聞いたこともありませんでしたから……」

「自分の目で見て、確信が持てたか?」

「は、はい」


 見た所、ギルと同じようにニック、イライザ、グレンダの三人は今このタイミングでエマとジョゼの異能が本物だと確信したようだ。

 ルークたちとアルフは全く驚く素振りがないので、彼らは元々知っていたのかもしれない。アルフは南大陸で、ルークたちは一緒に訓練をするようになってからエマとジョゼの二人ととても仲良くしてくれていた。俺の知らない間にこっそり教えたか、普段の言動で気付いていたのだろう。


「ギル兄ちゃん、さっきまで俺の事を変な奴を見る目で見ていたんだよ」

「……す、すまない」

「俺を無視して一人で調べてたみたいだけど、分かった事ある?」

「うっ……いや、何も」

「ふふん」


 ジョゼは勝ち誇る様にニヤリと笑う。俺から見れば可愛いが、ギルから見ると憎たらしい子供に見えているかもしれないな。

 疑われていた割にジョゼが『兄ちゃん』と呼んでいるので、ギルはジョゼの中でしっかりと仲間認定されているようだ。


「さて、エマ。分かった事があるんだよな?」

「はい。もう話して良いですか?」

「もちろんだ。頼む」


 エマはこの場の全員が注目している事を確認すると、小さく咳払いしてから話し出した。


「まず、左右の広間を見比べて私が最初に気付いた違いは、魔物の後ろにある広間の出口です」

「出口?」

「はい。皆さんは背が高いので気付かなかったかもしれませんが、私やジョゼの身長だとあの出口部分の石天井に丸い窪みの様なものがいくつか空いているのが見えたんです」

「……なるほどな。大人の身長ではもっと近付かないと気付けないわけか」


 ギル、ニックは俺と同じくらい背が高いし、どうしても魔物や広間内部に注意が行ってしまった結果、気付けなかったのだろう。

 俺自身も何か罠はないかと広間の天井は確認していたのだが、出口の天井は広間よりも低くなっているので見落としていた。


「その窪みの奥は金属で出来ていて、出口を区切るように等間隔で並んでいました」


 エマの説明を聞いて、俺はすぐにその窪みが何なのかピンときた。


「おそらくあれは、鉄柱のようなものが上から降りてくるようになっているのだと思います」


 ギルは顎に手を置くと、何かを考えながら呟く。


「鉄柱……つまりエイベルたちは行く手を阻むように降りてきたそれを破壊したか、何かしらの行動を広間でして仕掛けを解除し、先に進んだという事か」

「はい。おそらくは右の広間を選んで魔物と戦い、偶然仕掛けを解除する条件を達成して先に進んだのだと思います」

「ん? どうしてそんなことが分かる?」

「左右の広間の入り口部分の天井に、ヒントが書いてありましたから」

「な、何っ!?」


 ギルは驚いて広間の方を向くと、地面に膝を付いて身をかがめて天井を確認する。


「……ここからだと、何も見えないぞ?」

「それはそうですよ。とても小さな文字で、天井の傷に見せかけたような読み辛い字体でしたから」

「くっ、このダンジョン、随分と回りくどいな」


 ギルは気付けなかったことが余程悔しかったのか、表情を歪めた。

 二層では下を見ることが重要だったが、どうやら四層では上を見ることが攻略の糸口になるようだ。


「古代文字が使われていたので、解読が大変でした」

「古代文字? エマ、どうしてそんな言葉が読めるんだ?」


 エマとジョゼは南大陸の辺境にある集落の生まれで、祖母に勉学を教わったと言っていたが、中央大陸のダンジョンで使われている古い言葉が分かるほどの教育を受けていたとは思えない。


「ギルドに出入りしている考古学者の方に教わったんです」

「い、いつの間に……」

「ちなみに、経験を共有しているのでジョーも読めますよ」


 視線を向けると、ジョゼがドヤ顔でふんぞり返る。他の奴にやられたら癪に障りそうな顔だが、ジョゼがやると可愛いさが勝るな。


「凄いな、ジョゼ」

「えへへ」


 俺が褒めつつジョゼの頭を軽く撫でると、エマが不満そうにその手を引っ張って来た。


「…………おじ様、私にはないんですか?」

「ん? もちろん、エマも凄いぞ」


 同じようにエマの頭も撫でてやったのだが、彼女は不満そうな顔のまま俯いてしまった。


「おじ様はいつもジョーばっかり可愛がりますよね……」

「い、いや、そんなつもりはないんだが」

「ふん。良いですよ、どうせ私は可愛くないですから」


 エマはいじけるようにセレスとキャサリンの下へ駆け寄ると、彼女たちに抱き付いた。

 二人に慰められているエマを見て、ギルが困ったようにジョゼに尋ねる。


「……あ~、それで、そのヒントは何と書いてあったんだ?」

「んっとね。右の天井には『全てを受け入れ試す箱。尊い犠牲を払わぬ場合、最大の宝石を砕け』って書いてあったよ」

「犠牲……そうか、仲間を一人失って、偶然条件を満たしたのか。しかし、最大の宝石を砕けというはどういう意味だ?」

「エミーの考えだと、あの広間で魔石を砕けは進めるんじゃないかって」

「宝石とは魔石の事を差すと? だが、あの広間で最大の魔石となると――」


 ギルは右の広間を一瞥した後で、俺に視線を向けた。


「あのAランクの魔物、当然体内には魔石がありますよね?」

「ああ。おそらく、それを砕くのが正攻法だろう。裏ルートとしては、三層で手に入った魔石を砕くという手もあるな」

「そ、そんなことを……本当にするつもりですか?」


 ギルが三層の魔石を所持しているアルフを一瞥した後で、やや声を殺して聞いて来た。

 俺は首を振って否定する。


「しないさ。もちろん犠牲を払う気もない。やるなら、正攻法だ」

「良かった。俺も同じ意見です」


 俺とギルの意見が合致したところで、ジョゼが焦ったように俺の手を取った。


「レオスさん、話はまだ終わってないよ? 左の天井にも文字は彫ってあったんだから」

「む、そういえば、そうだったな」


 今の条件はあくまでも右の広間を突破する条件であり、左の広間を突破する条件は別なのだろう。

 エマの話では出口を塞ぐ鉄柱が出て来そうな窪みがあったのは右のルートだけらしいので、左の広間にはまた別の仕掛けがあるに違いない。


「左の天井にはね、『季節が一巡りした回数が――ええっと……何だっけ……」


 ジョゼが記憶を呼び起こそうと頭を抱えていると、セレスとキャサリンに慰めて貰っていたエマが戻って来て、ジョゼの代わりに続けた。


「『季節が一巡りした回数が80になる人数を通す箱。脅威と同数の犠牲を払わぬ場合、最大の宝石を脅威の数だけ砕け、さすれば全てを通す箱とならん』」

「あっ、そうそう、それそれ」

「……何だ? 突然複雑な条件になったな?」

「だよね。俺はさっぱりだったんだけど、エミーが俺でも分かる言い回しに言い換えてくれたんだ」


 エマは先ほどのジョゼのようにふんぞり返ると、褒めて欲しそうな目でこちらを見てきた。

 普段から大人びている彼女だが、やはりまだ子供。こういう一面をもっと見せてくれると、俺としても可愛がりやすいので、ぜひその調子で子供らしくしていて欲しい。


「さすがエマだな。俺にも分かりやすく教えてくれ」


 俺が頭を撫でてやりながら頼むと、エマはにやけそうになるのを堪えているような表情で、説明を始めた。


「し、仕方ないですね。まず、このヒントを現代風に分かりやすく言い換えると、『年齢の合計が80歳になる人数だけ通り抜けられる広間。魔物と同数の犠牲を払わない場合、魔物と同数の魔石を砕け。そうすれば、全員で通り抜けられる』という文章になります」

「なるほど、季節云々は年齢のことだったのか」

「おそらくは。つまり、左の広間は人数制限がありますが、魔物を全滅させれば全員で通れるということです」

「一応聞いておくが、エマならどっちの広間に挑む?」

「当然、左の広間です。こちらにはおじ様がいますから」


 俺はエマの頭をもう一度撫でてやりながら、ギルへと視線を向ける。


「ギル、確か29歳だと言っていたな?」

「はい。俺とニックが29でイライザとグレンダは3つ年下です」

「――とすると、3人でも80を超えるな……」

「ですね。それと条件にある『魔物と同数の犠牲』という言葉からして、左の広間の魔物が現状で見えている一匹だけではないことは明らかなので、少数で挑むなら単独でも戦える冒険者だけで行きたいです」


 ギルの言い方からして、魂術アタッカーのイライザはギルやニックに守られるのが前提の戦闘スタイルなのだろう。魔物が何体出てくるか分からず、安全圏の無い場所で戦う可能性も考えると、後衛の魂術アタッカーやサポーターを連れて行くのは不安だ。


「自惚れかもしれんが、俺は参加した方が良いだろうな」

「当然ですよ。あなたの力は三層でしっかりと見させてもらいました。ハッキリ言ってニックよりも上だと思います。上級命技に上級魂術。そこにその盾と傷を治す遺物の存在を考えると、誰よりも優先されるでしょう」

「そ、そうか」


 面と向かってここまで評価されると、さすがの俺もむず痒いものがある。だが、ギルの評価に誰も口を挟まない所を見るに、俺が参加するのはほぼ確定のようだ。


「しかし、俺は37歳だ。俺が参加する場合、メンバーはかなり限られるぞ」

「ある程度単独でも戦えて、尚且つAランクの魔物に致命傷を与える、もしくは体制を崩すことの出来る力を持っている者が望ましいですね」

「ギル、お前の遺物はかなり強力だが、防御面はどうなんだ? 年齢からしてお前とニックの二人ともを参加させることは出来ない。生存力で言えばニックが勝るが、攻撃力から考えるとお前に参加して貰いたい」


 ニックは三層での戦いぶりを見た所、かなり防御に寄った冒険者に見えた。もちろん、あの戦いで全てを見せたわけでは無いと思うが、ギルの炎蛇剣よりも攻撃面で頼りになるとは思えない。となると、複数のAランク魔物を相手取る可能性がある分、ギルの能力に期待してしまう。

 俺は三層でニックに守られながら戦っていたギルの防御面に不安を覚えたので質問したのだが、彼はやや不快そうに眉間にしわを寄せた。


「俺を何だと思っているんですか? ニックに守られていなければ戦えないとでも?」

「そうは思っていないが、実際にお前が一人で戦っている所を見たこともないからな。一応の確認だ」


 ギルは小さくため息を吐くと、右手で何かを掴む動作をして命技を使って見せた。

 目に見えない命力の塊から微かな風が発生しているのを感じ、俺はギルの属性がジョゼと同じだと理解する。


「風の上級命技……なるほど、ということは単独ならもっと自由に暴れるタイプか」

「俺はあなたの息子とは違って速度よりも切れ味重視の命技使いですが、高速戦闘が出来ないわけじゃない。ニックがいないなら、一人で戦うための立ち回りをするだけです」

「…………一応教えておくと、エマとジョゼは俺の子じゃないからな」

「見れば分かります。養子でしょう?」

「違う――とも言い切れんが、正式な養子や養女ではない。俺はこの子達の親代わり兼師匠だ」

「そ、そうなのですか」


 やはり、俺とこの子達は他人から見て親子に見えるのか。出会った頃と違い、俺は二人の親と間違われることが嫌ではなくなっていた。

 エマとジョゼにチラリと視線を向けると、二人は嬉しそうに口角を上げている。その顔を見たら、いつか正式に義理の息子と娘にしてやってもいいかもしないと、頭の片隅で考えてしまった。


「……話を戻すが、俺とお前で66歳分――つまり、3人目になれるのは14歳以下ということになる」

「はい。ですので、俺たち二人で挑むのが良いかと思います」

「二人か……Aランク1匹だけなら何とかなるんだが」

「2匹目が出ると考えた方が良いでしょうね」


 正直に言えば、ここで撤退を選んでも良いと思う。

 Aランクの魔物ということは、ギルと変わらない強さの魔物ということだ。俺と二人掛かりなら何とか倒せるだろうが、2匹なら相打ちになってもおかしくない。


「3匹目が出たらどうする?」

「それは……おそらく無いと思います。左の部屋の攻略条件に『魔物と同数の犠牲』という項目がある以上、広間内へ入って来た人数以上の魔物は出ないと考えられます」

「なるほど、それなら俺たちの頑張り次第では何とかなりそうだな」


 下手に若い連中を入れて人数が増えると、追加で出てくる魔物も増えるかもしれない。それならいっそ二人で挑むことで魔物の数を制限し、勝率を上げた方がいい。


「よし、では全員で左の広間の前まで行くぞ。広間の魔物に挑むのは俺とギル。魔物を全滅させれば全員で通り抜けられるはずだ」


 俺はAランク2体を相手にする覚悟を固めながら、仲間たちを率いて左の道を進む。

 広間の入り口前で一度立ち止まると、チラリと天井を見た。確かに、傷跡のような文字が彫られている。古代文字が読めないので言われなければ文字とも気付かないレベルだ。


「……本当に文字のようなものがありますね」


 俺と同じように天井の古代文字を確認していたギルが囁く。


「ああ。戦闘に関しては天才だと思っていたが、どうやらそれ以外の分野でもあの子たちは天才らしい」

「親バカですか?」

「事実を言っただけだ。反論できるのか?」

「……天才かは分かりませんが、優秀なのは認めますよ」

「ふっ、俺も……親バカなのは認めるよ」


 ギルとの軽い会話を終えると、俺は大きく深呼吸して意識を戦闘モードへと切り替えていく。

 ギルも同じように広間内の魔物へと意識を集中させているようだ。


「よし、行くぞ。ギル」

「はい」

「みんな、行ってくる」


 俺は振り返って仲間たちに挨拶すると、ギルと共に広間へと踏み込んだ。

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