第七話 レオスとダンジョン(中編)4
地下四層。
階段を降りている時から分かっていたが、やはりこの層にもAランクの魔物がいた。
「レオスさん、一応聞くけど、あれもAランクの魔物だよね?」
俺の隣で先の様子を伺っていたジョゼが緊張した顔で見上げてくる。
「魂力の圧迫感で分かるだろ?」
「怖いな~って感覚はあるんだけど、三層の時ほどじゃない気がして、もしかしたらBランクかもって思ったんだけど」
「強大な魂力に晒され過ぎて感覚が麻痺しているのかもな。間違いなく、あれらはAランクの魔物だ」
四層は二層の様な一直線の通路でも、三層の様な広い空間でもなく、細い三叉路だった。
二股に別れた通路の奥にはそれぞれ広間があり、Aランクの魔物が俺たちを待ち構えるように佇んでいる。
「あの魔物たちは奥の広間から通路へはやってこないようですね」
ニックと共に偵察に行ったギルが戻ってくると状況を報告してくれた。
「つまり、四層は戦う魔物を自分たちで選べるという事か」
「そのようです。それと……エイベルたちは右の道を選んだようですね」
「何? ここから見た限りだと、どちらの道の先にも生きた魔物がいるようだが、死骸でもあったのか?」
「死骸……ですか。まあ、魔物の死骸もそれなりの数がありましたよ。ただし、冒険者の死体もありましたが」
ギルの報告を聞いて、場が凍り付くのを感じた。
生きた魔物と冒険者の死体。その二つが合わさったことで、俺は最悪の状況を想像した。
「では、エイベルたちは……」
「いえ、全滅したわけでは無いと思います。右の広間の端に頭の無い冒険者の死体はありましたが、一人分でした。おそらくは、犠牲を出しながらも、魔物の討伐よりも突破を優先したのかと思います」
「なるほど、そういうことか」
エイベルがここで死んだわけでは無いのは良かったが、状況としてはあまり良くないな。
三層で彼がとった行動から考えても、多少の犠牲を出してでも下層へ進むことを優先するタイプのように思える。
戦力的に魔物の討伐を選ぶと消耗が激しすぎるためにそういった行動に出たのだろうが、それだと下層でどうしようもない魔物に出くわした際に撤退すら危うくなってしまう。
例えば、俺たちが三層の多足系魔物を倒さずに四層に降りたとして、ここで俺かギルが魔物に殺された場合、残されたメンバーでは三層を引き返すことも難しくなるのだ。
エイベルの行動は、最小の犠牲で先に進めているように見えて、着実に自分たちを追い詰める結果を生んでいる。
「ギル、一つ尋ねるが、『ダンジョンマスター』と戦ったことはあるか?」
「……二回ほど、戦った経験がありますが?」
「そうか、二回も……その経験から考えて、エイベルたちがダンジョンマスターと戦ったらどうなると思う」
「間違いなく負けるでしょう。あなたがいれば話は違いましたが、エイベルのパーティにそこまでのポテンシャルはありません。それに、この調子ではダンジョンマスターのいる階層に辿り着く前に、連れてきたCランクパーティを使い潰して立ち行かなくなると思います」
かなり厳しい意見だが、俺も概ね同じ意見だった。
十代の頃の記憶ではあるが、俺が戦ったダンジョンマスターの強さはおそらくAランクよりも上。地上では発見されたことがない、Sランクに該当するはずだ。
Aランク冒険者とは、冒険者の中でも最強クラスの強さを持っているという証であり、Aランク魔物とはAランク冒険者と同等の強さがある魔物という意味だ。
つまり、それを超える強さを持ったSランクの魔物に対して、Aランクのエイベルとその仲間たちだけでは刺し違えることすら難しいということになる。
「エイベルの話では、彼らもダンジョンを攻略した経験があるらしいし、慎重になってくれていると良いのだが……」
「どうでしょうね。エイベルがダンジョンを攻略したのは、レナードの攻略隊――今のSSランク冒険者の攻略隊に参加した時だけだと思いますが、あいつの攻略隊はいつも人数が多いですし、実力者が揃っています。エイベルは死ぬような思いを何度もしたと言っていましたが、レナードのパーティが強いのでダンジョンに出る魔物の強さを過小評価している可能性は十分にありますよ」
「望み薄か……」
「エイベルたちの心配をしていても仕方ありません。今は如何に万全の戦力を残した状態でこの層を攻略するかを考えましょう」
「あ、ああ、分かった」
おそらくギルはエイベルたちが全滅していても良いと考えている。俺としては、エイベルたちと合流して五層か六層あたりで撤退したい気持ちで一杯なのだが、彼は出来る事ならこの調子で着実に攻略を進めてSランクへ昇格したいと考えているはずだからだ。
ギルに昇格に対する欲があることは間違いないので、俺はギル以上に慎重に状況を見定める必要があるだろう。
「右と左の広間に違いの様なものはあったか?」
「右の広間にはAランクと思われる魔物が4匹と、Bランク以下の魔物が死骸も含めて10匹はいましたね」
「……あの入り口で待ち構えている奴以外にも、奥にそんなにいるのか」
それだけの数の魔物に襲われて、Cランクパーティの冒険者一人の犠牲だけで広間を突破しているのは、流石と言えるのかもしれない。
「左の広間にはAランク相当の魔物が1匹で、それ以外の魔物は見当たりません」
「なんだと?」
それならば、明らかに右の道を選ぶと難易度が高い。エイベルはどうして右を選んだのだろうか?
あからさまな数の違いに罠の気配を感じて、あえて数の多い方を選んだという可能性もあるが、彼がそんな賭けをするだろうか?
「広間に入ると大量の魔物が湧いて来るという可能性はありそうだな。右は既にエイベルたちが踏み入ったので、魔物が見えるところにいるという状況かもしれない」
「どうします? 罠が既に作動していると考えるなら、右の道を進みますか?」
「少し考えさせてくれ」
一見、魔物の数が少なく見える左の広間だが、俺たちが踏み入った瞬間に右の広間と同等の魔物が現れるのなら油断はならない。
しかし、それだと道が二つに分かれている意味がないはずだ。二層では隠し通路、三層では一人を囮にして先に進めるようになっていたのだと思うが、四層はどちらを選んでも同じ結果というのはダンジョンらしくない。
どちらかが簡単というほど甘くはないだろうが、何かしらの違いがあるはずだ。
「ギル、何か他に違いはなかったか?」
「気付いていれば、とっくに報告していますよ」
「だよな……ギルを信用しないわけではないが、俺も近くで見に行って良いか?」
「どうぞ。別に俺に気を遣わなくていいですよ」
俺は仲間たちにその場で待つように伝えると、手始めに右の道へ一歩踏み出そうとすると、左手を何者かに引っ張られた。
「ん? ジョゼ?」
下方向へ引っ張られたことと、小さな手に握られたと感じたので咄嗟にジョゼの名を呼んで振り返ったのだが、予想に反して俺を止めたのは双子の姉のエマの方だった。
「エマか。どうしたんだ?」
「おじ様、左右の広間の違いを調べたいのですよね?」
「ああ、そうだが?」
エマはどこか嬉しそうに胸を張ると、不敵な笑みを浮かべて隣にいたジョゼの肩に手を置いた。
「でしたら、私とジョーを使ってください。私たちの力を使えば、遠く離れた二つの物を見比べることが出来ますから」




