第七話 レオスとダンジョン(中編)3
Aランクの魔物を討伐し、俺たちはしばしの休息を取った。
ギルは慎重に魔物の外殻の隙間を斬るようにして解体を進めると、体内から何一つ不純物の無い巨大な術魔石を取り出した。
「こいつは……お前に譲る」
ギルは全ての体力を使い切り、床に仰向けに倒れていたアルフの隣に術魔石を置く。
「――え?」
アルフは突然のことに驚いて、よろよろと上体を起こした。
「そ、そんな、皆さんのおかげで勝てたのに、こんな凄いもの貰えませんよ」
「この三層でのMVPはお前だ。それに俺たちは術魔石が欲しくて参加したわけじゃないからな」
「で、でも……」
アルフが困ったように俺を見る。
ギルが良いと言っただけでは、アルフは素直に魔石を受け取れないようだ。
「貰っておけ、アルフ。確かに全員の力を合わせた結果、討伐できたことは確かだが、お前の活躍は特に目を見張るものがあった。その魔石が分割出来る代物ではないことを踏まえると、受け取るのはお前が相応しい」
仲間の仇を討つために炎属性の命技を習得する。それはかつて俺が炎の力に目覚めたのと同じだった。違うのは、俺は炎の命技を使っても仇を討つことが出来ずに殺されかけ、アルフはその力を使ってしっかりと仇を討ったということだ。
ギルのチャンスを逃すなという言葉を受け止め、しっかりと実行できたアルフは当時の俺よりもずっと優れた冒険者になることだろう。
「……わ、分かりました。では、ありがたく」
アルフはおずおずと術魔石をギルから受け取った。その際に一瞬だけ嬉しそうに顔を綻ばせたが、すぐに虚しそうに顔を伏せる。
幼馴染二人の死と、最高純度の特大術魔石。それは彼の中でとてもではないが釣り合いの取れない報酬だったに違いない。
俺も同じように三人の幼馴染を失った身だが、Sランク冒険者への昇格と三つの遺物が失ったものと釣り合ったかと言われると、首を振るしかない。
「グレンダ、魔物の殻を少しだけ回収しておけ」
「う、うん。分かった」
ギルのパーティのサポーターであるグレンダが、魔物の殻の中で比較的小さい物を肉から切り放していく。それをみたセレスとキャサリンも慌てて彼女に続いた。殻は肉から剥ぎ取った後で床板の上に並べて、俺の土の命技で上から叩くと砕くことが出来たので、三人サポーターたちは話し合いの後でバックパックの外側に殻を括り付けた。これで有事には盾にも出来るという発想らしい。
命技や魂術、遺物の力を持ってしても斬ることが出来ないほどの強度を持ったAランク魔物の外殻だ。ギルドでの買取り価格はとんでもないものになるだろう。正直に言えば、これで満足して帰りたいくらいだ。
「ギル、この魔物、これまでにギルドで発見されたことはあったか?」
「いえ。そもそも水棲魔物自体が珍しいですからね。数年に一度ある大量発生では、こいつのような多足系魔物も何体か発見されたそうですが、どれもBランク止まりだったと聞いています」
「ということは、新種のAランク魔物だな」
「名前はどうしますか? 発見した俺たちに命名権があるかと思いますが」
名前か。そういえば、Bランク以上の魔物はあだ名のようなものが付いて、ギルドで特徴が発表されるのだ。
俺にそういったセンスがあるとも思えないが、一応思い付いた名前を言っておこう。
「……クラーケンでいいんじゃないか?」
「それはBランク個体に既に付けられた名前ですね」
「うっ、そ、そうか。なら思い付かん。ギルに任せる」
西大陸の海で大昔に出現したという伝説の多足系生物の名を借りたのだが、俺と同じ発想の冒険者は既にいたらしい。
俺が命名権を委ねると、ギルは少しだけ顎に手を置いて考えた後で、特に捻りの無い名前を提示してきた。
「そうですね……では、アーマード・クラーケンで」
「そのまんますぎないか?」
「あまり捻り過ぎても、恥ずかしいと思いませんか?」
「まあ、確かにそうか」
命名に関して大した熱量の無い俺とギルの話し合いにより、今回討伐したAランクの多足系魔物は『アーマード・クラーケン』という名前に決まった。
この話し合いの最中、ジョゼやルークがキラキラした目で俺を見ていたので、彼らに話を振ったら、とんでもないくらい格好付けた名前が飛び出したかもしれないな。
「それにしても、俺の予想以上に若手たちが動けていて驚きましたよ」
「ああ、それに関しては俺も同意見だ」
土壇場で全員が成長したと言っても過言ではない。生きてダンジョンから帰ったら、全員がCランクへ昇格出来るだろう。
「特に……君の活躍は目を見張るものがあった。名前は……すまない、もう一度教えて貰えるか?」
ギルが名前を尋ねたのは、ルークの隣でひっそりと休憩をしていたベラだった。やはり、彼も彼女の活躍に気が付いていたようだ。
「……えっと、ベラです。ベラ・オークショット」
「オークショット? もしかして、両親も冒険者か?」
「……は、はい。物心ついた頃には亡くなっていたので、顔も覚えていませんが」
「ギル。ベラの両親を知っているのか?」
「俺も小さかったので記憶が朧気ですが、確か中央東から移籍してきた冒険者の女性と、南大陸出身の冒険者の夫婦がそんな苗字だったかと」
「俺が知らないという事は、ちょうど入れ違いになった冒険者たちか」
そして、二人とも既に亡くなっている。普通なら、その子供の前でもう少し会話内容に気を使いそうなものだが、ギルはもちろん、この場のほとんどの者が特に気にしてはいないようだ。
俺もそうだが、親がいないということにそこまで特別性を感じていないからだろう。両親が健在で、平和な南大陸で育てられたセレスだけが、このような会話をしていいのかと不安そうな目でベラとギルを交互に見ていた。
ギルはそんなセレスの様子などお構いなしに話を続ける。
「俺の記憶が確かなら、中央東からきた女性は異能を持っていたはずだ。それが君に遺伝している可能性はありそうだな」
「……遺伝? でも、私、特別な力なんて持ってないです」
「その女性が持っていた異能は――『幻影』という名前だった。たしか能力は、存在感をその場に残して移動できるというものだ」
「……え、それって」
ベラの目が普段よりも少しだけ見開かれる。その異能の力には明らかに心当たりがあったからだろう。
俺がベラと手合わせした時にも猛威を振るった、異常なまでの影の薄さ。ルークたちパーティメンバーが絶大な信頼を置いていた彼女の能力は、『幻影』という名の異能の力に酷似していた。
「ベラの力が……異能だったなんて」
彼女の隣にいたルークが唖然とした表情で呟く。
「心当たりはあるようだな」
「はい。ベラは子供の頃から気配を消すのが異常に上手かったんです。でも、まさかそれが異能だったなんて思いもしませんでした」
「なるほどな。幼少期からその力を当たり前のように使ってきたせいで、それが普通だと周囲まで思っていたわけか」
生まれながらの異能持ち。
冒険者ギルドの歴史の中でも何名か確認されてきたらしいが、まさかこの時代にエマとジョゼ以外にも巡り合うことになるとは思わなかった。
「なんにせよ、お前の力はこのダンジョン攻略において頼りになる物だ。ここから先の層ではお前も前衛の戦力にカウントするからな」
「お、おい、ギル。彼女はDランクだぞ? ギルドのルールでは――」
「――まさかと思いますが、Dランクはサポーターしか任せられないというルールを持ち出す気ですか?」
「あ、ああ。そうだ」
「そんなもの、今更律儀に護ってどうするんですか。俺たちは既にAランク魔物との戦いで彼女やアルフ。それとそこにいる金術使いの――シドニーでしたか? 彼をアタッカーとして戦わせましたよね?」
「そ、それは……そうだが……」
言われてみれば、俺は二層の戦いですらシドニーの金術を頼りにしてしまっていた。彼をエマと同じ上級魂術が使えるアタッカーとして信頼しているのは確かだが、ダンジョン攻略においてはDランクである彼を魔物のヘイトを買う可能性があるアタッカーとして戦わせるのは完全にルール違反だ。
「一応教えておきますけど、Dランクをダンジョンに連れて来て、本当にサポーターしかやらせない冒険者なんていませんよ」
「何? そうなのか?」
「あのルールは、ダンジョンの危険性を冒険者全体に知らせるためにあえて厳しく設定されたものであり、本来はDランク冒険者パーティをダンジョン攻略へ参加させるのを断念させる目的のものです。ギルドからしたら、Dランク程度でダンジョンへ挑む冒険者は自殺志願者と同じですから」
「つまり、実際にダンジョンへ挑んでしまったDランク冒険者がダンジョンで何をしても、ギルドは何の罰則もしないということか?」
「ええ。生還するだけでも奇跡の様なものですからね。生き残るためにアタッカーやタンクを担当したと報告しても、ギルドから責められる事はないでしょう。ましてや、彼女の実力はどう考えてもCランク相当です。彼女を前衛に起用することで、ダンジョン攻略の確率は間違いなく上がります」
ギルは真っ直ぐな目で言い切った。本当に心の底からの発言なのだろう。そして俺も、ギルの言っている事は正しいと頭では理解している。
ただ、ダンジョン攻略の可能性を上げるためだけに、ベラの力を使うという事は、彼女に囮をやらせるということだ。攻略の可能性は上がるかもしれないが、同時に彼女の死亡確率も跳ね上がる。俺の懸念点はそこだった。
「……あの、ランバートさん」
俺が悩んでいると、ベラが覚悟を決めたような目で俺を見上げながら声をかけてきた。その後ろにはルーク、シドニー、キャサリンが真剣な顔で並んでいる。
「な、何だ?」
「……やらせてください。私はルカやみんなとダンジョンを攻略したい。そのために、私の力が必要なんですよね?」
「だが、それは君の命を危険に晒すことになるぞ?」
「私が命を張らなかったら、私以外のみんなが危険になる。違いますか?」
「いや、君が前に出なくとも、俺やニック、ギルが君たちを守りながら進むことは出来る。君たちには援護を頼みたい」
「……嫌です」
ベラは首を振ると、初めて怒ったような鋭い目で、俺を睨んだ。
「……私たちは、ダンジョン攻略の経験を積むためにここにいます。でも、ランバートさんやオルブライトさんに守られているだけじゃ、ただの足手まといです」
「俺はそうは思わないぞ? 事実、シドニーやキャサリンの援護は助かるし、さっきの戦いではルークの槍投げも絶妙なタイミングだった」
俺が反論すると、後ろにいた三人が続けざまに声を上げる。
「だからですよ、ランバートさん。俺、さっきの槍投げが決まった時、やっとダンジョン攻略に貢献できたって思ったんです」
「僕も、さっきの戦いでやっと、僕ら4人でダンジョンを攻略しているって実感しました」
「私たちは、4人で一つです。そして、4人にはそれぞれ得意な事がある。その長所を活かして戦えば、私たちはギルドの評価以上に戦えると思っています」
ルークは味方を守りつつ、ピンポイントでの槍投げによる遠距離攻撃。
シドニーは強力な切れ味を持つ金術での斬撃。
キャサリンは水の命技と魔石を使った水術のコンビネーションによる支援。
そしてベラは、異能を使った魔物の撹乱。
全員が、ダンジョン攻略において助けとなる力を間違いなく持っている。それを否定することは出来ない。
俺は4人の決意の目に圧倒され、渋々首を縦に振った。
「…………分かったよ。だが、危険を感じたら必ず俺の後ろに回れ。そうすれば大抵の攻撃からは守ってやれる」
俺の許しが出ると、4人は顔を見合わせて嬉しそうに笑い、ハイタッチする。
そんな彼らを見ていたギルが、俺の横に並んで小声で呟いた。
「あなたが何故、彼らを気にかけているのか、分かった気がします」
「情けない奴だと笑うか?」
「いいえ、笑えませんよ。たった今俺も、彼らに昔のあなたたちを重ねそうになりましたから」
そう言ったギルの視線は、目の前の4人を見ているようで、どこか遠くを見ているようでもあった。
その後、アルフが立ち上がれる程度に回復したところで、俺たちは中央の細い道を通って奥へと進み、四層へと続く階段を慎重に降りた。




