第六話 レオスとダンジョン(前編)8
俺たちが梯子を登り終えた場所は二層の終着点らしく、目の前には三層へ続いているのであろう階段が見える。
俺は梯子の下にいるルークのパーティに声をかけると、全員が登り切ったところで状況を説明した。
「恐らく俺たちは死んだものとして判断されたんだろう」
「レオスさん、あの人たちって仲間じゃなかったの? 俺たちが魔物に襲われている時に助けにも来なかったうえに置いて行くなんて、信じられないよ!」
ジョゼが怒りを露わにして声を荒げる。
俺も同意見ではあるのだが、エイベルたちから俺たちは水底に沈んだように見えなくもない。
魔物にやられたというよりは、溺死として判断されたのかもしれない。
「エイベルは罠にはまった奴を助ける気は無いと言っていたからな。切り捨てられたのだろう」
「…………俺、あの人の事、嫌いだ」
ジョゼは俯いて絞り出すように呟く。彼の握りこぶしが震えていることから、相当な怒りの感情が渦巻いているに違いない。
ジョゼにここまで言われる奴も珍しいな。
「ともかく、一度三層へ降りてみよう。すぐに合流できそうなら良いが、出来なさそうな場合は服を乾かして休息を取ってから追いかける事にする」
俺はずぶ濡れ状態の仲間を率いてエイベルたちを追いかけることを選択した。彼らと合流しなければ俺たちには引き返すという選択肢しか残されないというのが一番大きな理由だが、二番目は俺たちが合流しなければエイベルたちもこのダンジョンを攻略できないような気がするからだ。
俺の持つ3つの遺物は間違いなく戦局を左右する強大な武器であり、いくらエイベルが上級命技を自在に使いこなす戦闘経験豊富なAランク冒険者とはいえ、遺物も異能も持たないあの4パーティではダンジョンマスターに壊滅させられた20年前の俺たちと同じ目に会いかねない。
エイベルは態度とは裏腹に慎重な冒険者のようだが、現状では発見した遺物の所有権だけでなく、異能やダンジョン攻略者としてSランク冒険者に昇格する権利も得たに等しい。この状況が彼の目を曇らせる前に合流しなくては、取り返しの付かないことが起きる気がするのだ。
三層へと続く石造りの螺旋階段を下りる途中で、真後ろにいたエマが声を上げた。
「お、おじ様……」
「どうした?」
振り返ると、エマが今まで見たことが無いほど怯え切った顔で俺の服の裾を掴んだ。
「こ、この下に、途轍もない魔物がいます」
エマはこれまで双頭の獅子や先ほどのサメ系魔物でBランクとの戦闘経験がある。いまさらBランク相当の魔物が感知出来たとして、これほどに怯えるわけがない。
俺は階段を降りる足を止めて彼女に向き直った。
「いるんだな……Aランクの魔物が」
「……はい。この魂力はこれまでの魔物とは比較になりません。間違いなく、Aランクだと思います」
俺はエマの後ろに続いている仲間たちを見上げるようにして、少し大きめの声で覚悟を促す。
「全員聞いたな? おそらくは下でエイベルたちが戦闘中のはずだ。そして、まだ倒し切れていない。俺たちは三層に下り次第、エイベルに加勢してAランク魔物を討伐する。覚悟を決めろ!」
俺は全員が覚悟を決めた表情になるまで待つと、再び階段を降りる。
Aランク魔物。つまり、Aランク冒険者と同格の戦闘力があるということだ。Cランク冒険者が最も多いあのレイドでは間違いなく被害が出る。俺は焦りを感じながらも階段を駆け下り、到着するや否や、五行剣を引き抜いて臨戦態勢を取った。
地下三層。
眼前に広がるのはだだっ広い空間と古びた石の壁と天井。底の見えない水たまり。そして三本の細い足場が等間隔で並んで水たまりの上を通って部屋の奥へと続いている。
「ラ、ランバートさん?」
不意に左後方から声がかけられたので驚いて振り向くと、壁に寄り掛かる形で座り込んでいるアルフの姿があった。
俺は彼の有り様を見てギョッとすると共に、即座に正面に広がる水へと向き直って魔導盾を構えた。
アルフは右足をすね辺りからへし折られており、どう見ても再起不能だ。
ここまで近付けは俺でも分かる。水中にかつて感じた事が無いほどに強大な魂力を持った魔物が潜んでいるのだ。
「アルフ、まだ喋れるか? エイベルたちはどうした?」
「よ、四層へ向かいました」
「何!? お前をここにおいてか?」
「はい。俺は見ての通り、もう戦えませんから……」
アルフは悔しそうに表情を歪めると、零れ落ちる涙を手の甲で拭った。
「ア、アルフ兄ちゃん……レオスさん! 瓶の遺物を貸して!」
「ああ、頼んだ」
「……え? な、何を……?」
俺は霊薬瓶を後方へ投げ渡す。
水中からどのような攻撃が来るか分からないので、アルフの方を向くことすら出来ないのだ。
「な、何だ、これ? お、俺の足が!」
霊薬瓶は骨の位置も正常な場所へ戻るので、アルフのような骨折程度なら簡単に治せる。いつぞやのベラのように斬り落とされていなくて良かった。
「アルフ、治ったな? 魔物の特徴を教えてくれ」
「は、はい。えっと、巨大なイカのような魔物で、あの3つある細い足場を通ろうとすると襲ってきます」
「通ろうとすると? なら、ここへは何もして来ないのか?」
「は、はい、恐らく。もしそうなら、俺はとっくにトドメを刺されていたと思います」
「……た、確かにな」
俺は少しだけ水中への警戒を緩めると、状況を確認するためにアルフへの質問を続けた。一応視線は水中を睨んだままだ。
「アルフ、三層へ到着してからの事を順番に教えてくれ」
「えっと、あの通路に近付くと途轍もなく強い魔物が出てくることが分かったので、俺たちは一度距離を取って話し合い、3つの通路を各パーティで同時に走り抜ける事にしました」
「何だと? それだと、エイベルのパーティ以外の方へ魔物が行けばそのパーティは全滅だろう?」
「あっ、いえ、エイベルさんのパーティは真ん中の通路の手前で魔物を引き付けて、他の3パーティが通路を通って走り抜けるという手筈でした」
「む、そういうことか」
それならば妥当な作戦だ。
Aランクの魔物の相手が出来るのはエイベルとそのパーティメンバーくらいであり、CランクやDランクで構成されている3パーティは足手まといになりかねない。だからこそエイベルは自分たちを囮にして先に他のパーティを行かせたのだろう。
「ですが誤算だったのは……魔物がエイベルさんたちをターゲットにしなかったことです」
アルフが絞り出すような悲痛な声で語る。
先ほど二層で俺が魔物のターゲットにされなかったのと同じだろう。このダンジョンの魔物は魂力の強さで襲う相手を選ぶことをしないのだ。
「ターゲットにされたのは俺のパーティでした……」
「ということは、お前の仲間の――確か、ライとウイグルだったか? 彼らは……」
「…………はい。一瞬のうちに捕まって、水中に引きずり込まれました。エイベルさんが俺だけは何とか助けてくれたんですが、ライとウイグルは……たぶんもう……」
俺たちの時とは違い、二人は魔物に捕まった状態で水中へと引きずり込まれた。遺物も異能も持たないDランク冒険者がAランクの水棲魔物と水中で戦って生き残れる可能性は限りなくゼロに近いだろう。
「そして、エイベルは足を負傷したお前を置いて先に進んだ――ということだな?」
「はい」
一通りの事情を聞き終えたところで、ジョゼが怒りと悲しみが混じったような声で呟いた。
「ライ兄ちゃんとウイグル兄ちゃんが……」
俺はアルフとは少し話をした事があったが、その仲間の二人とはあまり話したことが無かった。しかし、ジョゼは違う。エマと共に一緒に南大陸で魔物と戦った仲間であり、時に喧嘩しながらも彼らを慕っていた。
ライとウイグルの死は、エマとジョゼにとっては初めて経験する『仲間の死』なのだ。
「全員聞け。俺たちは一度ダンジョンから撤退し、ギルドへ帰還する」
「なっ!?」
「ええっ!?」
眼前の水中に潜む魔物の強さと、仲間たちの実力を天秤にかけた堅実的な決断だったのだが、予想通りアルフとジョゼが噛み付いてきた。
「レオスさん、本気で言ってるの!?」
「ランバートさん! 俺の足は治りましたし、まだ戦えます! Sランクのあなたがいれば、あの魔物をかいくぐってエイベルさんに合流することも出来るはずです!」
二人とも俺に掴みかかりそうな勢いだ。
気持ちはよく分かる。大切な仲間を殺されたのに、自分たちだけ逃げかけるような真似、冒険者が出来るわけがない。そしてこの二人は俺たちが力を合わせればあの魔物に勝てると本気で思っているのだ。
「……エマ、セレス。それと、ルークとキャサリン。お前たちの意見を聞かせてくれ」
俺は目の前に迫る二人を無視して、パーティの指揮官となり得る才覚を持つ四人の意見を聞いた。
「私は……おじ様の言う通り、撤退した方が良いと思います」
「エミー!」
「ジョゼは黙っていろ。エマ、理由は?」
「あの魔物はこの前戦った双頭の獅子よりも上位の存在です。正直に言って私たちで相手になるとは思えません」
「ふむ。セレスはどうだ?」
「私もエマちゃんと同じ気持ちです。ここまで近付けは私でも分かります……あの魔物は……強すぎる」
エマとセレスの二人は、眼前の魔物の強さから判断して、撤退という俺の意見を支持するようだ。
「ルーク。お前はどう思う?」
「……俺の気持ちだけで言えば、魔物と一戦交えて強さを確認したい思いもあります。無理と分かれば水場から離れれば良いわけですし、後衛の仲間の安全は保障されていますから」
「なるほどな。キャサリンは?」
「ここまで来て撤退は私もしたくありませんが……あの魔物と戦うのはリスクが大きすぎると思います。みんなで生きて帰る、それが出来ない可能性が高い魔物に下手に手を出すべきではないと思います」
ルークは様子見で、キャサリンは様子見すら危険と判断したか。
「シドニーとベラは何か意見したいか?」
「い、いいえ。僕は言われたことをこなすだけで精一杯ですから」
「……私はどっちが良いかなんて分からないから、ルカに従います」
「そうか。アルフ、ジョゼ、みんなの意見を聞いてまだ、捨て身で戦いたいか?」
二人は自分たちの意見に賛同する者がいなかったことを知って、悔しそうに視線を落とす。
あれほど強大な魔物に挑む場合、重要なのは士気だ。全員がベストな状態で完璧な連携が取れれば、確かに俺たちに勝機はある。だが、それでも犠牲は少なからず出るだろう。そして、それを恐れている仲間がいる以上、今のメンバーであの魔物に挑むのは自殺に等しい。
俺は二人の肩に手を置くと、先ほどの決断の続きを口にした。
「俺たちは一度ダンジョンから撤退し、ギルドに帰還する。そしてその後、攻略隊を再編成してこの場所へ戻る」
「――えっ?」
「レオスさん……それって」
「俺だって、この状況で黙っていられるか。三層でこれだぞ? 俺にはエイベルたちがあの戦力でダンジョンを攻略できるとは到底思えない。必ずどこかで足止めを食うはずだ。だからこそ、一度戻って帰ってくる時間が生まれるだろう」
「な、なるほど。けどランバートさん、攻略隊を再編成するって、あてはあるんですか?」
アルフの質問に俺は不敵に笑ってみせた。
「今の俺たちのレイドにはエイベルがいない。つまり、エイベルがいることを理由にレイドへの参加を断った奴らを勧誘できるということだ」
「ど、どういうことですか?」
「モミジ・タチバナとギルバート・オルブライトのパーティを勧誘する」




