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中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬あさ
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第六話 レオスとダンジョン(前編)7

 俺の意識は、完璧に通路の右側にある水溜りに集中していた。魔物の数が一匹ではない可能性はもちろん考えていたが、下という発想は俺の中にはなかった。

 エマの声を聞いて、俺の脳裏にモミジから聞いたダンジョンの話がよぎる。


『ホールの奥へ全体の半数が進んだところで足場が崩壊して、後衛が火の海に落とされたことがあります』


 先行させていたエイベルたちの方へ視線を向けると、彼らは水溜りのあるエリアを抜けた先で、俺たちが来るのを待っているようだった。

 エイベルと二つのCランクパーティが見える。俺の近くにいるのは、エマたちとルークのパーティ、それと少し先にアルフのパーティだ。

 一瞬で血の気が引き、世界がスローモーションのように遅くなる。

 俺は忘れていた。ここはダンジョンで、俺たちが立っているのはダンジョンの床だということを。

 漠然と安全だと思っていた床が一瞬のうちに砕け散り、俺たちは床の下に潜んでいた水中へと落下する。

 まずい。火の海でなかったのは良かったが、足が付かないレベルの深さだ。

 俺は水中に沈みながら周囲を確認して、落下した冒険者たちを確認する。

 俺の一番近くにはエマ、ジョゼ、ルーク、シドニーの4人。少し離れてセレス、ベラ、キャサリンの3人。一番遠いところにアルフのパーティ3人が見える。

 一番まずいのは、エマとジョゼだ。二人は水中に落ちてから大慌てでもがいており、まるで泳げていない。これまであまり気にしてこなかったが、おそらくは泳いだ経験が無いのだろう。

 次に大量の荷物を持っていたセレスとキャサリンだが、水中に落ちた段階で素早く荷物を捨てているので、泳ぐ分には大丈夫そうだ。

 とにかくまずは足場を作る必要がある。俺は魔導盾を足場とするために盾に命力を注ぎ込む。そして盾を水中に固定してその上に乗ろうとした時、背後に魂力を感じ取った。

 俺は素早く魔導盾を掴み直して身を翻し、背後から衝突してきた魔物の攻撃を防いだ。

 しかし、その衝撃は凄まじく、魔導盾を水中に固定する余裕もなかったために、俺は盾と一緒に下方向へと押し込まれてしまった。

 俺の視界に、サメの姿をした魔物が映る。

 あの魔物は知っている。南大陸から中央大陸への海路で何度か見た事があるからだ。

 サメ系魔物は場合によってはAランクの可能性もある凶暴な魔物であり、船上ならまだしも、水中で人間が勝てる相手ではない。ましてや、泳げないエマとジョゼ、水中戦の経験の無い若手冒険者たちを守りながら戦うなど不可能だ。

 俺は水中への落下を逃れたエイベルたちの方向を確認する。

 すると、比較的近くにいたアルフ達3人パーティが救助されている姿が見えた。救助を阻止しようと2匹のサメ系魔物が襲い掛かっていたが、エイベルたちの命技や魂術で追い払われている。

 これで、アルフたち3人は助かった。だが、俺にとっては最悪の状況だ。

 追い払われたサメ系魔物が俺たちの方へと方向転換して襲い来る。唯一の救いは、水中の壁面にもダンジョン特有の光源が設置されていることで、魔物や仲間たちの姿はハッキリと見えているという事だ。

 俺は魂力を全開にして全ての魔物の注意を引き付ける。

 見渡した限りでは、Bランク相当のサメ系魔物が4匹。先ほど倒したのと同じCランク相当のウニ型棘皮系魔物が2匹。更にはCランク相当のクラゲ系魔物の姿も1匹確認出来た。

 これらを相手にして水中で勝利する可能性は間違いなくゼロだ。

 ハッキリ言ってBランクのサメ系魔物ですら1匹倒せるかどうか分からない。

 俺は命を捨てる覚悟で魔物の標的となり、少しでも多くの仲間を逃がす方へ舵を取った。しかし、どういうわけか俺の方へ向かって来た魔物はサメ1匹のみで、その他の魔物は他の仲間たちを標的としているようだ。もしかしたら、ここの魔物は魂力の量だけではヘイトを集めることが出来ないのかもしれない。

 セレスとキャサリンが水の命技でベラを庇いつつウニの棘から身を守っている。ルークもシドニーを守ろうとしているが、彼の命技は炎なので水中では使えない。あのままでは間違いなくやられるだろう。

 そして2匹のサメ系魔物の標的が、必死にもがいているエマとジョゼへと切り替わった。

 俺は2人を失いたくないという強い想いで目の前のサメ系魔物の攻撃を盾で受け止めながらも必死に打開策を考える。

 ここがダンジョンであり、古代に生きていた何者かに作られた悪質なトラップなら、何か状況を打開する物があってもおかしくない。普通は気が付かないような、辛うじて生き残った者が後から知って絶望しそうな生還へのヒントがあるかもしれない。

 俺が脳内でダンジョンの制作者の悪辣な思考を予想しながら水中を見回すと、崩壊しなかった床の下にも水があることに気が付いた。

 どうやらこの二層の床下は全て水で満たされているようだ。その証拠に、井戸だけが床下を突き抜けて水底へと続いているのが確認出来る。

 まて。

 あの井戸はどうしてあんなにも地下深くに続いている?

 床下が全て水だというのなら、床に穴を開けるだけで良いはずだ。いや、そもそもあれは本当に井戸なのか?

 上から見た時は形からして井戸だと思っていたが、下から見るとただの石造りの円柱状の柱に見える。

 俺は井戸の様な石の柱が続く先を確認するために視線を落とすと、全ての答えがそこにあった。

 後はこの事実をどうやって水中にいる全員に伝えるかだ。

 俺は再び仲間たちへ視線を向けると、各々が必死に生き延びようとする中で、セレスだけが俺を見ていることに気が付いた。

 感謝するよ、ベアトリクス、コンラッド。お前たちの娘を連れて来て本当に良かった。

 俺は下方向を指差す事で、二層の真実をセレスに理解させる。そしていち早く潜水を開始した。

 俺は魔物の攻撃で誰よりも水底に近く、仲間たちを救うには位置が悪すぎる。それならば、まずは俺が生還する道を示すことで、みんなを救うしかない。

 突然水に落とされた時、人は当然上を見るだろう。だからこそ気付けないのだ。この二層はダンジョンの入り口と同じであり、一番下には水の無い空間が広がっていることに。

 俺は水中から落下するように水の無い空間へ着地すると、素早く上を見上げる。

 すると、セレスが水の命技で鞭を創り出し、エマとジョゼを絡め捕ってこちらへ泳いでする姿が確認出来た。

 セレスが行動を起こしたことで、近くにいたキャサリンとベラも下にいる俺に気付き、必死に下へ向かって泳いでいる。

 すると、ベラが思い出したように上を見上げ、状況に気付かずに魔物の攻撃を必死に防いでいるルークとシドニーの方向へ水の命技で創った短剣を投げた。

 水の抵抗のせいで対したスピードは出ていなかったが、その短剣はルークたちを襲っていたサメ系魔物へ目掛けて正確に投擲されており、魔物は素早くその攻撃を回避した。

 突然の下方向からの援護に驚いたルークとシドニーはやっと俺たちが下へ移動していることに気付き、魔物から逃げるように泳ぎ始めた。


「あれは追い付かれるな」


 俺は必死に潜水を試みる仲間たちを追撃しようとするサメ系魔物へ狙いを定めると、五行剣を抜いて全力の命力を流し込んで魂力へと変換する。

 水中では踏ん張りが効かずに上手く使えなかったが、足場があればこちらのものだ。俺の仲間は誰一人として殺させるものか。


「『奥義・黄土斬破』!」


 俺が水の魔物に対して最大級の威力を誇る必殺技を放つと、魔物たちはその魂力の量から危険性を理解し、仲間たちに対する追撃を止めた。

 放たれた黄色の刃は最後尾のルークたちとすれ違うと、練り込まれていた魂力を爆散させる。その衝撃でルークどころか水底付近まで潜っていたセレスたちまで一気に押し出され、全員が叩きつけられるように水の無い空間に叩き出された。

 受け身に失敗した数人が悲鳴をあげたが、大した外傷はなさそうだ。エマとジョゼだけは溺れる一歩手前だったのか、ゴホゴホとむせ返っている。

 俺は魔物の追撃が無い事を確認した後で、同じように冷静に状況確認をしていたセレスに声をかけた。


「間一髪だったな」

「は、はい。ランバートさん、良く気付きましたね?」

「真っ先に魔物に攻撃されて、水底付近まで押し込まれたからな。不幸中の幸いだ」

「私は上からランバートさんを見下ろす形でしたけど、下に空間があるなんて分かりませんでしたよ?」

「この場所に気付いた一番の理由はあれだよ」


 俺が井戸の様な見た目の石の柱を指差すと、セレスだけでなく、生還した全員が視線を向けた。


「上から見た時は井戸に見えたが、あれはこの空間と上を繋いでいる梯子を覆った物だったんだ」


 石の柱は水の無い空間に繋がったところで途切れており、その下から金属製の梯子が飛び出している。俺は水中から梯子を目にした時に、水底に水の無い空間があって梯子を使って上に戻れるようになっていることに気付いたのだ。

 すると、ルークが仲間の無事を確認してホッとしたように言う。


「本当に助かりました。ランバートさんが気付いてくれなかったら、俺たちは全滅していましたよ」

「俺も少し肝を冷やしたがな。全員無事でよかったよ」

「水中で泳ぐために盾も手放していたので、生きた心地がしませんでした」


 ルークは苦笑いを浮かべながら、床に転がっていた盾を拾う。他のみんなも、水中で手放していた重い装備を回収している。

 水中に落とすことで重たい装備を捨てさせ、上を向かせて生還ルートに気付かせない。改めて、本当に恐ろしいトラップだ。

 モミジから聞いた話も踏まえると、ダンジョンではこういった足場を崩落させるトラップがよくあるのかもしれない。

 俺は水の無い空間を見渡し、入り口側だけでなく進行方向の奥にも梯子があることに気が付いた。つまり二層の正規攻略ルートは、入り口付近にあった井戸風の穴から梯子を使って下の空間に降り、水の下を歩いて奥まで進み、再び梯子を使って上に戻るルートということだ。


「本来は服を乾かしたいところだが、まずは上にいるエイベルたちと合流しよう」


 俺はびしょ濡れの仲間を引き連れて奥に見える梯子へと歩き出す。いくらエイベルとはいえ、今後の事を考えれば服をある程度まで乾かす時間はくれるだろう。

 そうして梯子に辿り着くと、俺たちの総重量と梯子の耐久度を考えて、パーティ別で間隔を空けて登ることにした。まずは俺のパーティが登り、上に付いたら大声で合図する手筈だ。

 俺は一番先頭で梯子を登り終えると、続くエマたちが登り切るよりも前に辺りを確認して愕然とした。


「……エイベルの奴、先に行きやがった」

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