第六話 レオスとダンジョン(前編)5
俺の目の前まで近付いて来た男は、何度かギルドですれ違ったことがある赤毛にオレンジ色のメッシュが入った炎の様な髪の西大陸系冒険者だった。
年齢は20代後半から30代前半くらいだろうか。後ろに連れているパーティメンバーらしい3人も彼と同じで風格の様なものがあり、モミジのパーティに引けを取らない存在感がある。
「君は?」
俺が名前を尋ねると男は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに元の表情へと戻る。
「……ま、分かるわけないか」
「ん?」
「ギルバート・オルブライトです。それで分かるでしょう?」
「オルブライト……?」
その苗字はギルド長であるジェフリーさんと同じものだ。言われてみると、どこか似ている様に思える。ということは、彼はジェフリーさんの実の息子ということだ。
「も、もしかして……あの、ギルか?」
「そうです」
ギルは俺が10代の頃はとても幼い少年で、いつも俺たちの後を付いて来ては冒険の話をねだっていた。
それが今では俺と背も変わらないほど大きくなり、ここまでの風格を持った冒険者になっているとは、時間の流れを意識せざるを得ない。
「レオスさん、ギルバートと知り合いなのですか?」
俺がギルを知っていたのが意外だったのか、ミツハが軽く驚いた表情で尋ねてくる。
「親の居ない俺はこのギルドで職員たちに育てられたからな。ジェフリーさんは父親の様なものだったし、ギルは年の離れた弟みたいなものだったんだ」
「ギルバートが弟、ですか」
「ああ。自分で言うのもなんだが、それなりに懐かれていたぞ。ということは、後ろにいる君は、ニックか?」
俺がギルの後ろにいる人の良さそうな顔の大男に声をかけると、彼はにこやかに笑ってから頭を下げた。
「お久しぶりです、レオスさん」
元気の良いお調子者のギルと、温厚で身体が大きなニック。二人はいつも一緒に行動していた。
昔は二人とも俺をレオス兄ちゃんと呼んでいたが、さすがに今はそう呼んではくれなさそうだ。
「本当に久しぶりだ。二人とも大きくなったな」
「……俺もニックも、もう29です。子供扱いは止めてください」
「あっ、すまない」
ギルとニックが29歳とは、時間の流れとは恐ろしいな。ニックは昔の雰囲気のまま大きくなった印象だが、ギルはお調子者だった頃とは変わって、とても落ち着いた頼りがいのありそうな男になっている。
「それにしても、二人とも何度かギルドですれ違っていただろう? 気付かなかった俺も悪いが、声をかけてくれても良かったのに」
「俺はあなたたちを反面教師にして冒険者をやってきました。だから、あなたの昔馴染みのふりをして話しかけたくありませんでした」
「反面教師……?」
「俺は……ライアンさんたちの死を知って、この大陸での冒険とは夢と希望に満ちたものではなく、常に命がけの戦いだということを子供ながらに理解しました。夢に目が眩んで自分の実力に見合わない行動を取ると、簡単に命を落とす。だから俺は誰よりも堅実に、慎重に冒険者をやってきました。ライアンさんたちのようにならないために」
「……」
当時の俺たちの行動を反面教師にして、ギルは冒険者として生き抜いてきたということか。俺やジニーだけでなく、彼もまた身近にいた人々をダンジョンに奪われた一人なのだ。
俺はギルの肩に手を置くと、感謝の言葉を口にした。
「ありがとな、ギル」
「えっ?」
「どうして驚く?」
「だって、俺は……あなたたちの冒険を否定して生きて来たんですよ?」
「俺だって分かっているよ。あの頃の俺たちの行動は無茶で無謀で、どうしようもなく自分勝手だったってな。だから、俺たちの失敗を活かしてくれて、嬉しいよ。それでこそ、あいつらの死も浮かばれる」
ギルは困ったように眉を寄せると、俺から顔を背けた。
「失礼します」
「あっ、待ってくれ」
俺はギルの肩に置いていた手に力を込めて、そのまま踵を返そうとした彼を押さえた。
「何ですか?」
「お前たち、かなり実力のあるパーティだろう? どうだ、俺たちとレイドを組む気はないか? お前のような慎重な冒険者は貴重だ。ぜひ、一緒に来て欲しい」
俺がレイドに勧誘すると、ギルは肩を掴んでいた俺の手を払うと、少しだけ睨むように目を細めて俺と対峙した。
「言いましたよね? エイベルのパーティがいるレイドに加わるAランク冒険者はいないと」
「何? ということは、お前はAランクなのか?」
「今の中央南ギルドにいるAランク冒険者は、俺と、そこにいるセドリック。そしてエイベルです」
「Aランクは四人じゃなかったか?」
「四人目はSSランク冒険者のパーティメンバーで、今は北の探索隊として北部に行っています」
「そ、そうなのか……」
これでSSSからAまでの全員が判明したが、まさかエイベルがいるという理由で誰一人として協力してくれないとは思わなかった。エイベルはトップ冒険者たちとあまり良い関係を築けていないらしい。
「モミジはエイベルに嫌われているらしいが……ギルもなのか?」
「俺がエイベルにどう思われているかは知りませんが、レイドを組んでも足並みが揃うとは思いませんね。あいつは欲に目が眩むタイプです」
「だからこそ、俺やお前がブレーキ役になってやれば良いだろう?」
「あいつが自分と同ランクの俺の言う事を聞くわけがない。モミジとエイベルが言い争った時、俺も現場にいましたが、ハッキリ言ってあいつは信用出来ません」
「……分かった。貴重な意見をありがとう」
一体何について言い争ったのか知らないが、ギルは完全にモミジの肩を持つようだ。これはどちらのパーティの勧誘も諦めるしかないな。
俺はどうやら、とんでもない奴とレイドを組んでしまったのかもしれない。
「なあ、モミジ。エイベルは俺の言う事を聞いてくれると思うか?」
俺が不安になってモミジに尋ねると、彼女はやや困ったように眉を寄せながら回答した。
「う~ん、そうですねぇ。ランク的には先輩が上なので渋々でも言う事は聞いてくれると思いますよ? 特にダンジョン攻略時の隊長を務めている冒険者の言う事を聞かずに隊列を乱したと知れたら、降格もあると思いますから、エイベル君もそこは弁えていると思います」
エイベルがギルド長に認められたAランク冒険者という立場に拘っている以上、ギルド職員たちからイメージが下がるような行動はしないということか。それならば、いくらでもやりようがある。いざという時はしっかりと撤退する判断が下せそうだ。
「それなら大丈夫そうだな。戦力増強は出来なかったが、何階層か潜って経験を積んで、無茶せずに撤退することも出来そうだ」
「撤退ですか? エイベル君嫌がりそうだなぁ」
「嫌がっても、俺は誰一人として犠牲を出す気はないからな。無理やり撤退するよ」
「あはは、先輩らしいですね」
「ダンジョンの危険性は俺が一番知っているからな」
正直なところ、俺はできれば最下層へ辿り着きたくない。
そこで待ち構えているのは、常識を超えた強さを持つダンジョンマスターだからだ。もしもあの時と同じレベルの強さのダンジョンマスターが現れたら、犠牲無しで勝つのは難しいだろう。
俺は撤退判断のタイミングを考えながら、モミジやギルのパーティと別れた。
帰り道で、ふと疑問に思う。
モミジ、ミツハ、セドリック、テレンス、ギル、ニック。この六人には明らかな風格の様なものがあった。それこそ、一目で実力者だと分かるオーラの様なものだ。
しかし、エイベルにはそれが無かった。
ギルド長であるジェフリーさんが認めた以上、確かな実力があるはずなのだが、俺はどうしてもエイベルを強者とは思えないのだ。
「三層辺りで撤退した方が良さそうだな……」
俺はエイベルの強さを下方修正して考えることにした。




