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中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬あさ
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第六話 レオスとダンジョン(前編)3

 ダンジョン。

 それは冒険者の好奇心を糧にして成長する悪意の塊。

 誰一人として生きて帰れないこともある超高難度の地下迷宮。

 冷静な人間ならば探すことすらしない遺跡に、俺たち冒険者は意気揚々と挑んでいく。それはどれだけ異常な光景だろうか。

 ダンジョン攻略者に対する羨望、異能や遺物に対する欲望、それらが呪いの様に冒険者の心を支配し、夢に酔わせてくる。

 俺はダンジョンで大切なものを失い、夢から醒めたと思っていた。だが現実はどうだ?

 ルークたちに過去の自分を投影し、しなくてよい後押しをした挙句、あれだけ否定していたダンジョンへ再び挑むことを決断してしまった。

 何がベテラン冒険者だ。無意味に歳を取っただけで、俺はまるで成長していない。矛盾の塊ではないか。

 エマたちにすら隠していた本当のランクを明かし、エイベルを仲間に引き入れて事を動かした以上、今更ダンジョン攻略を止めることは出来ない。俺は数日後にはあの地獄に挑まなくてはならないのだ。

 自室へと帰って来た俺は、重たい装備を脱ぎ捨てるとベッドの上に腰を下ろした。本当ならさっさとシャワーを浴びて眠りたいところだが、ジョゼに順番を譲っているので、しばらくはこうして彼が出てくるのを待つしかない。

 すると、俺の部屋のドアが小さな音を立ててノックされた。


「……開いているぞ」

「し、失礼します」

「ジニー? どうした?」


 俺の部屋へ訪れたのは、この家で暮らす人間の中で唯一冒険者ではないジニーだった。

 彼女は少しだけ緊張した面持ちで俺の部屋へと入室する。


「あ、あのね。私の勘違いだったら、それで良いんだけど……レオスくん、今日の冒険で何かいつもと違う事があった?」

「…………俺は、出来るだけいつも通りにしていたつもりだったんだが、分かるものなのか?」

「う、うん。どこか無理をして、いつも通りにしている感じがしたから」

「そうか」


 本当に俺はまだまだだ。ジニーに悟られてしまうほどに、動揺を隠せていなかったらしい。俺は彼女から目を逸らすと、俯いて床を眺めながら白状する。


「今日の探索活動で……ダンジョンを見付けたんだ」


 俺が真実を話すと、ジニーは目を見開いて驚いた。そして俺に駆け寄って床に膝を付くと、俺の手を握って心の底から心配するような顔で見つめてきた。


「どうして、黙っていたの?」

「……話したら、心配するかと思って」

「それって……ダンジョンに挑むつもりってことよね?」

「えっ? ど、どうして」

「挑まないなら、もっと軽々しく話すでしょう? レオス君はいつだって、冒険から帰ってきたら、今日はこんな一日だったよって話してくれていたじゃない。それをわざわざ私に隠したってことは、見付けたダンジョンに挑むことになったんでしょう?」


 俺の手を握るジニーの手に力が込められる。彼女の真っ直ぐな瞳から目を逸らすことが出来ない。


「ああ、そうだ」

「ばかっ!」

「……すまない。そうだよな、本当に馬鹿な選択をしたと思っているよ」

「違うわよ。私は、ダンジョンに挑むのを黙っていたことを怒っているの!」

「え?」

「レオスくんはいつもそう! あの時だって、私はずっと帰りを待っていたのよ? いつも通りの冒険に出て、いつも通りみんなで泥だらけになりながら笑顔で帰ってくるって思っていた。だって、ダンジョンに挑むなんて一言も言っていなかったじゃない。ダンジョンがどれだけ危険な場所かってことは、あの頃の私だって分っていたわ。もしもレオスくんたちがダンジョンに挑むって分かっていたら、もっと言いたいことがたくさんあったのに……何も伝えられなかった。心の準備も出来ていなかった。次の日になっても帰ってこないから心配してギルドに確認に行ったら、3人は死んだことになっていて、レオスくんは南大陸ギルドへ移籍したって聞いて、本当にショックだったわ」


 ジニーは当時の事を思い出したのか、緑色の瞳から涙を溢れされながら想いを伝えてくる。


「すまない、ジニー。俺は――」


 再び彼女へ謝罪しようとしたところで、俺の視界からジニーが消えた。代わりに彼女の体温と柔らかさが全身に伝わって来た。

 力強く、けれどとても優しく、俺はジニーに抱きしめられていた。


「行かないでとは言わないわ。レオスくんは冒険者だもの、私にあなたを止める権利はないし、それが冒険者の本懐だって分かっている。でもね? 何も言わずに居なくならないで? 私が望むのは、ただそれだけだから」

「ジニー……分かったよ。もう二度と隠し事はしない。ダンジョンに挑む日が決まったら、ちゃんと教える」

「うん」


 ジニーが俺に抱き付く腕により力を込めたのが分かったので、俺はゆっくりとジニーの背中に手を回すと、少しだけ強く彼女を抱きしめた。

 彼女の柔らかな身体から、ドクンドクンと心臓の鼓動が伝わってくる。

 いや、これはもしかして、俺の心臓の音だろうか?

 しばらくの間、その心地よい鼓動と、暖かな体温を感じていたのだが、次第に沸騰しかけていた頭が冷静になってきて、別の事が気になって来た。

 俺は先ほどまで、風呂の順番待ちをしていたわけであり、現在は汗と血にまみれた激戦を終えた後である。

 そして、俺はジニーの花の様な甘い香りを感じられるほどに密着を続けているわけだが、それは逆に言えば、ジニーにも俺の匂いが嗅がれてしまっているということに他ならないだろう。


「…………ジニー、悪い。俺、まだ風呂に――」


 俺は慌ててジニーから身体を離したのだが、そうすると今度は目の前に彼女の美しい顔が来てしまった。

 ああ、これはダメだ。

 彼女と目を合わせた時、俺の理性が崩壊したのが分かった。

 俺だって10代の子供ではないのだから、ここまできたらジニーの気持ちくらい分かっている。

 ただ、何というかタイミングがなくて、これまで彼女との関係はこれといって進展していなかっただけなのだ。

 コツンと、ジニーの額が俺の額に触れる。吐息がかかる程の距離で、ジニーが小さく囁いた。


「レオスくん、私……」


 ジニーが言い切る前に、俺はその唇を俺の口で塞いだ。

 本当に数秒の口付けだったが、俺たちはそれだけでお互いの想いを正しく伝え合うことが出来たと思う。


「ずるいよ、レオスくん。わたし、ちゃんと言おうと思っていたのに」

「言わなくても、伝わっただろう?」

「言葉にすることが大事なこともあるよ?」

「悪いな。この歳になると、逆に臆病になるものなんだ」

「なら、いつか、ちゃんと言わせてね?」

「……その時は俺から言うよ」

「うん。待ってる」


 そうして、俺たちは再び唇を重ねた。

 愛していると、本当はちゃんと伝えたかった。けれど、俺がこれから挑むのは何が起きるか分からない理不尽極まりない中央大陸のダンジョンだ。

 生きて帰れるか分からない状態で、その言葉をジニーに伝える勇気が俺にはなかったのだ。

 言葉に出来ない分、濃密な想いを籠めた口付けを交わしていると、ガチャリと俺の部屋の扉が開き、ジョゼの元気のいい声が聞こえてきた。


「レオスさん、お風呂空いた……よ?」


 俺は一瞬で甘い空間から現実へと引き戻される。

 ジニーが慌てて俺から離れると、顔を真っ赤にして部屋の隅へと移動した。


「――えっ? レ、レオス……さん? ジニー姉ちゃんと何……してたの?」


 あのジョゼが顔を真っ赤にしている所を見るに、完全に見られてしまったようだ。


「あ~、ジョゼ、これはだな……」


 何と説明すればよいか考えを巡らせていると、ジョゼが大慌てて一階のリビングへと駆け出した。


「エ、エミー! レ、レオスさんが、ジニー姉ちゃんとエッチなことしてる!」

「んなっ!? ち、ちょっと待て、ジョゼ! 誤解だ!」


 とんでもない波乱を呼びそうな言葉を発してジョゼがエマを呼びに行ってしまったので、俺は急いで誤解を解くためにリビングへと向かった。

 その後は、予想通りに不機嫌になってしまったエマを宥めるのに苦労したが、二人だけで話をしてなんとか理解してもらえた。

 結局、俺とジニーの関係は恋人一歩手前くらいで着地したが、その先に進むためには数日後に決行される東の森のダンジョン攻略を無事に生きて終えなければならない。

 俺は、あの地獄のダンジョンで一人だけ生き残った。あの時、仲間たちが俺にしてくれたように、自分を犠牲にしても仲間を生かすということは出来ると思っている。

 最悪、刺し違える覚悟があれば、俺はダンジョンマスター相手に異能を使って同士討ちに持っていけるからだ。

 だが、俺も無事に帰るとなると、話は変わってくる。

 Aランクであるエイベルがいるとはいえ、彼らはパーティではなくレイドだ。非常時に俺や仲間たちを守ってくれる保証はない。

 となると、エイベルには悪いが、もう少し戦力が欲しい。

 俺の脳裏には、エイベルが実力は俺以上だと断言したモミジの姿がよぎる。あまりギルドに長居せずに探索に出てしまう印象がある彼女のパーティだが、数日ギルドで張り込んでいれば会う事も出来るだろう。

 俺はエイベルの忠告を無視して、モミジのパーティをダンジョン攻略に誘う事を心に決めた。

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