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中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬あさ
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第六話 レオスとダンジョン(前編)2

「お待たせしました。これが新しいギルドカードです」


 ギルドの受付前で少しの間待っていると、バーバラが全員のギルドカードを持って来た。

 エマ、ジョゼ、セレス、キャサリンの4人はCランク。ルーク、ベラ、シドニーの3人はDランクだ。


「ジョゼくんとエマちゃんはまたしても最年少記録を更新ね。これもランバートさんのおかげかしら?」

「いや、二人の才能と努力の結果だよ」

「ランバートさんが育てたからこそだとギルドのみんなは言っていますよ?」

「俺はきっかけに過ぎないよ。そんなことより、もう一つ報告したいことがある」


 俺は興味のない話題を素早く流すと、後ろを振り返ってこちらへ意識を向けている冒険者を確認する。

 相変わらず遠巻きにこちらを見ている冒険者は多いな。近場で仲間と談笑しているふりをして聞き耳を立てている奴らもいる。これは一瞬のうちにギルド内へ話が広まる事だろうな。


「ど、どうしたんです? 聞かれたくない話ですか?」

「いや……そういうわけではないが、かなり重大な話だからな。慎重になっているだけだ」

「重大ですか……ギルド長を呼びましょうか?」

「いや、ジェフリーさんへの報告はバーバラがしてくれ」

「わ、分かりました」


 バーバラは半分冗談でギルド長を呼ぶか聞いたのかも知れないが、この話は間違いなくギルド長にも教えなくてはいけない話なのだ。

 俺が報告を頼むと、バーバラはやっと内容の重大さを察して姿勢を正した。


「東の森で、『ダンジョン』を発見した」

「――え……?」


 バーバラが驚いて固まる中で、俺の後方にいた冒険者たちの雰囲気が一気に変わった。俺が振り返ると、聞き耳を立てていた事を隠すこともなくこちらへ顔を向けた者や、少し近くに移動してくる者もいた。

 さすがにこの単語が出たらギルド内の空気がヒリ付くのも無理はない。


「ダ、ダンジョン……本当ですか?」

「最初に発見したのはキャサリンだ。次に俺がこの目で確認した。間違いなく、あれはダンジョンだ」


 バーバラは唾をごくりと飲み込むと、受付のテーブルに地図を広げる。


「ど、どの辺りですか?」

「正確な位置は分らんが、大体この辺りだ。さっき報告した泉があり、その水底にダンジョンの入り口がある」

「まさかCランク以下のエリアにダンジョンがあるなんて……」

「過去にも一度あったはずだ。あの時はDランクエリアだったがな」

「それはランバートさんが10代の頃ですよね。その頃のDランクエリアは今のCランクエリアですよ」

「そ、そうなのか」


 いつの間にかエリアの基準が見直されていたようだ。だが、その基準も今回のダンジョン発見で更に見直されるかもしれない。


「おい、あんた。今、ダンジョンって言ったよな?」


 バーバラと話し込んでいると、後ろから聞き慣れない声が聞こえてきた。

 俺は振り返って声の主を確認する。

 年齢は20代前半くらいだろうか。暗い赤毛の短髪に黄緑色の目をした西大陸系の青年だ。後ろに仲間と思われる冒険者を数人引き連れている。

 俺はその中に見知った顔があったので、つい目の前の青年よりも先にそちらへ声をかけてしまった。


「アルフじゃないか。久しぶりだな」

「お、お久しぶりです。ランバートさん」


 アルフ・バレット。南大陸で少しだけ交流のあった青年で、彼が中央へ渡る時はエマとジョゼと共に見送ったのを思い出す。あの頃は俺まで中央へ渡る事になるとは思いもしなかったな。


「おい。話しかけたのは俺だぞ」

「ん? ああ、すまないな。彼とは昔からの知り合いなんだ」

「昔から……? ああ、そうか。あんたが最近少し噂になっている南大陸から出戻って来たベテランか」

「噂になっているのか? どんなだ?」

「良い噂ではないぞ。お気に入りの新人を実力無視で昇格させているってな。俺は基本そういった噂は信じないんだが……」


 青年はエマとジョゼが持っていたギルドカードへチラリと視線を向けた後で、俺を睨んだ。


「さすがにあの歳でCランクってのは異常だ。いくらあんたがベテランでギルド職員たちに顔が利くって言っても、オルセンさんがコネで実力のない新人を昇格させるわけはない。あんた、そいつらをどうやって育てたんだ?」

「何も特別な事はしていない。この子達は俺が南大陸で出会った本物の天才だ」

「へえ、天才ね。俺が一番嫌いな言葉だ」


 青年は俺から目を逸らして本当に嫌そうな顔で吐き捨てると、再び真剣な顔で俺と目を合わせた。


「それで、さっきダンジョンの話をしていたよな? どこで見つけたんだ?」

「まあ、待て。まずは自己紹介をしよう。俺は名前も知らない奴に情報を渡す気はない」

「……ちっ、マジかよ。高ランクの冒険者くらい覚えろよな」


 青年はギルドカードを取り出すと、俺の顔の前に突き出して来た。俺はそれを受け取ると、名前とランクを確認する。

 エイベル・アドラム。Aランク冒険者。


「驚いたな。その歳でAランクか」

「ああ。俺もこのギルドじゃ結構有名だと思っていたんだがな」

「悪かった。この子達を育てるのに集中していてな。あまり他の冒険者と交流を持てていないんだ。俺の名前は――」

「――レオス・ランバートだろ。知ってるよ。確かBランクだったな」

「何? どうしてランクまで知っている?」

「噂になっているって言っただろ? それに、新人の子供に聞いたら教えてくれたって聞いたぞ。隠していたのか?」


 俺がエマとジョゼに視線を向けると、ジョゼが素早く視線を逸らした。犯人はお前か。


「……ジョゼ」

「ご、ごめんなさい。その……レオスさんの事、自慢したくて……」


 まったく。そんな申し訳なさそうな顔をされたら、これ以上怒れないではないか。

 俺は仕方なくジョゼの頭をぐりぐりと少し強めに撫でるだけにとどめた。


「で、ランバートさん。自己紹介も終わったし、教えてくれよ。ダンジョンを見付けたのか?」

「……ああ。見付けたよ」


 エイベルはニヤリと笑うと、バーバラへと詰め寄る。


「よし。バーバラさん、場所を教えてくれ。俺が隊長として冒険者を率いて、そのダンジョンを攻略してやる」

「えっ? で、でも」

「ランバートさんはBランク。俺はAランクだ。発見したダンジョンはより高ランクの冒険者に攻略権利が与えられる。そうだろ?」

「そ、そうですけど……」


 やはりこうなったか。

 すると、状況がよく分かっていなさそうなジョゼが質問してきた。


「レオスさん。攻略権利って何?」

「ダンジョンは攻略を成し遂げても、帰還した全員がダンジョン攻略者を名乗れるわけではない。名乗れるのは攻略隊の隊長を務めた冒険者だけなんだ。そして、その隊長になる権利の事を俺たちは攻略権利と呼んでいる」

「ええ~、でも、ダンジョンを見付けたのはキャシー姉ちゃんだよ?」

「ああ。だが、キャサリンはCランクだ。ダンジョン攻略にはBランク以上の冒険者が一人は必要だし、エイベルがAランクな以上は攻略権利を譲るしかない」

「そ、そうなんだ……」


 ジョゼが同情するようにキャサリンへ視線を向けると、彼女は悔しそうに拳を握って目を伏せていた。ルーク、ベラ、シドニーの3人も同様だ。

 憧れのダンジョン攻略者になるチャンスは、挑む前に奪われてしまった。

 俺は見かねてエイベルへと提案した。


「エイベル、攻略権利を譲るのは良い。だが、第一発見者である彼女のパーティは連れて行ってやってくれ。ダンジョン攻略の経験を積ませてやりたい」

「そいつら、この前までEランクでくすぶっていた奴らだろ? あんたがDランクにでもしてやったのか?」

「確かにそうだが、別にコネで昇格させたわけじゃない。その証拠に、サポーターのキャサリンはCランクにまで昇格したんだ」

「へえ。てことは、Cランク一人とDランク三人のDランクパーティか」


 エイベルは腕を組んで考えると、何故か後ろにいたアルフたちを見た。


「よし、ならCランクのお前だけなら連れて行ってやる。お前、アルフのパーティに入れ」

「ええっ?」


 エイベルの滅茶苦茶な提案に、アルフが驚いて声を上げた。


「なんでお前が驚くんだよ。あと一人仲間が欲しいって言っていただろ?」

「そ、そうですけど、そんな引き抜きみたいな形は想定してないですよ」

「じゃあ、お前が降りるか?」

「えっ? そ、それは……」


 アルフが口籠ったので、エイベルは再び俺の方へ顔を向けた。


「俺は既にアルフのパーティに目をかけてやっている。ダンジョン攻略に連れて行くDランクパーティの枠は最初から埋まっているんだよ」

「彼女たちは戦力になる。別にDランクパーティが二枠あっても良いだろう?」

「所詮はDランクパーティだろ、足手纏いだ。それにアルフ達とは何度かレイドを組んでいるから連携に慣れている。そっちの4人組よりも有用だ」

「…………そうか」


 連携の話をされてしまうと、さすがに食い下がれない。ここはキャサリンに選択を委ねるしかないな。


「どうする、キャサリン。一時的にでもアルフのパーティに入って経験を積むか? アルフ達は南大陸でエマとジョゼと仲良くしてくれていたし、信頼できるぞ」

「わ、私は……」


 キャサリンは一度ルークたちへ視線を向けた後で、首を振った。


「私はこの4人で強くなりたいんです。一時的にでもパーティを抜けるなんて、考えられません」

「そうか」


 先ほどまで昇格に喜び、次に向けての課題に意欲的だった4人が、全員悔しそうに下を向いている。ルークの強く握りしめた拳から血が滴って震えているのが見えた。

 俺はダンジョン攻略など二度と挑戦したくないと思っているが、同時にダンジョン攻略に参加させてもらえない4人の悔しいという気持ちも、痛いほど良く分かった。

 20年前のあの時、発見したダンジョンに挑まずに情報をギルドに持ち帰っていたらと、何度後悔したか分からない。けれど、もしもギルドに帰っていたら、俺たちは同じように攻略権利を高ランク冒険者に奪われていただろう。

 ルークたちが直面しているのは、もしもの世界の俺たちの姿だ。

 4人には死んで欲しくないが、夢を諦めて欲しいとも思えない。そして俺は、ルークと昔の自分を重ねる事で、俺たちが失敗しなかった世界を見たいと思うようになっていた。


「悪いな、エイベル。ダンジョン攻略の権利は渡さない」

「は? 渡さないも何も、俺がAランクなんだから、あんたが何を言おうが権利は俺の物だろ。何言ってんだよ?」

「どうやらお前は、俺の事を噂でしか聞いていなかったみたいだな。ベテランのギルド職員に聞けば、もう少しマシな情報も手に入ったと思うんだが」


 俺は自分のギルドカードを出すと、よく見えるようにエイベルの顔の前に掲げた。


「俺はダンジョン攻略者のレオス・ランバート。Sランク冒険者だ」


 俺のギルドカードにはSランクとしっかりと記載されている。

 エイベルとその仲間たちは驚いてたじろぎ、俺の後ろではジョゼが何事かと狼狽える。


「え? ど、どういうこと? セレスちゃん、Sランクって何?」


 そういえば、エマとジョゼにはAランクまでの説明しかしていなかったな。


「ええっと、確かSランクっていうのは、Aランクの更に上の事……だったよね?」


 セレスもSランクに関してはあまり知識が無いのか、仲の良いキャサリンへ尋ねる。


「ええ。冒険者ランクは基本的にAランクが頂点なんだけど、ある特殊な条件をクリアした冒険者は特別なランクに昇格するの」

「特殊な条件?」

「ダンジョン攻略よ。Sランクはダンジョン攻略者の証なの。ランバートさんにダンジョン攻略の経験があるのは知っていたけど、Sランクってことは攻略隊の隊長だったのね」


 俺はキャサリンから送られてくる羨望の眼差しを振り払うように真実を告げる。


「俺は隊長ではないよ。ただ、生きて帰れたのが俺だけだったから、俺がSランクに昇格させられたんだ」

「えっ……」

「俺の実力はBランクってことで間違いない。おそらくはエイベルの方が戦闘力は高いだろう。だが、実際のランクはAより上のSだ。よってダンジョン攻略の権利は俺の物になる。そうだな、バーバラ」

「は、はい」

「そういう訳だ。悪いな、エイベル。ダンジョンにはキャサリンのパーティを連れて行く」


 俺が宣言すると、エイベルは悔しそうに表情を歪めた。


「な、何だよ、それ……Bランクの振りなんてしやがって、俺に権利を譲る気が無いなら最初からSランクって名乗れば良かっただろ」

「騙すような形になったのは悪いと思っている。お前がキャサリンたちを連れて行ってくれるなら、俺は口出しをするつもりはなかったからな」

「くそっ……せっかく遺物が手に入るチャンスだったのに……いくぞ、お前ら」


 エイベルは踵を返すと仲間たちを連れてこの場を離れようとしたので、俺は慌てて彼を呼び止めた。


「待ってくれ。良ければ君たちのパーティにも攻略に参加して欲しい。戦力は多い方が良いからな」

「はあ? 何で俺がそんなことしなきゃいけないんだよ。俺に何のメリットもないだろ」

「メリット? ダンジョンの攻略経験は冒険者としてはメリットだと思うぞ?」

「そんなもんは経験済みだ。死ぬような思いをして、やっとのことで攻略したのに、俺のパーティへの報酬は術魔石数個だった。Sランクへの昇格も、異能も、遺物も、全部攻略者のパーティの奴らに持っていかれたよ」


 エイベルは憎々し気に吐き捨てる。

 なるほど、今の言葉で彼が何を求めているのかよく分かった。それならばやりようはある。


「よし。なら、ダンジョンで手に入った遺物は全て君のパーティに譲ろう。それでどうだ?」

「――は?」


 立ち去ろうとしていたエイベルの足が止まり、ゆっくりとこちらへ振り返る。

「……あんたそれ、嘘じゃないよな」

「嘘じゃない。俺はただ、こいつらに経験を積ませてやりたいだけだからな。遺物を譲る代わりに君たちが仲間になってくれるのなら安いくらいだ。ダンジョンでは全滅する危険もあるんだからな」

「バーバラさん。今のあんたも聞いたよな?」

「は、はい。聞きました」

「よし。その条件なら協力してやってもいい。だが、今この場にいるメンバーだけじゃダメだ。戦力が足りない」


 さすが、ダンジョン攻略の経験があるだけあって、彼はダンジョンを甘く見てはいないようだ。性格には多少難がありそうだが、これは頼りになるだろう。


「ランバートさん、あんた信頼できるパーティは他にあるのか?」

「…………モミジくらいだな」

「んなっ!? ばっ、馬鹿かあんた! モミジさんが一緒に来てくれるわけないだろ! ていうか、モミジさんには絶対に教えるなよ。あの人はダンジョン攻略者だ。あんたとあの人じゃ実力も功績も大違い。同じダンジョン攻略者でも、モミジさんの方が遥かに上だぞ。攻略権利を取られて終わりだ!」

「わ、分かった……」


 モミジの名前を出した途端、エイベルの表情が青ざめた。あいつもダンジョン攻略の経験があると言っていたし、やはりSランク冒険者だったか。


「当てがないなら、俺がCランクパーティを二つほど仲間に引き入れてやる」

「Cランクか、Bランクパーティの知り合いはいないのか?」

「いるにはいるが、指示に従うような奴らじゃないからな。Cランクパーティなら虹魔石を譲る条件で良いように使えるはずだ」

「なるほど。まあ、足並みが揃わなければ意味が無いし、Cランクパーティが二つも加われば十分か」

「そういうことだ。出発はいつにする?」


 あまりにもトントン拍子に話が進み過ぎたので、俺はエイベルに即答せずにしばし考える。

 俺たちの体力的な話なら明後日には出発可能だろう。だが、いくらあの時と違って戦力が整っているとはいえ、ダンジョンでは何が起きるか分からない。


「ギリギリまで出発を後らせて仲間たちを強くしてから挑みたい。幸い今は季節が切り替わったばかりだし、次の季節が切り替わってダンジョンが消える少し前――5月の半ばではどうだ?」

「そんな時間をかけて準備なんて出来るわけがないだろう。遅くても今月中には出発した方が良い」

「何故だ? 攻略の権利は俺にあるし、時間は限界まで使えるだろう?」

「いいか。俺にはAランク冒険者っていう立場がある。だからこそ、ギルドが定めた攻略権利のルールに従っているんだ。だが、もっと下のランクの冒険者はそうはいかない。好奇心に突き動かされて、後でギルド職員にルールを破った事を咎められるのを覚悟で、勝手にダンジョンに挑む命知らずがどのくらいいると思う?」

「それは……」


 10代後半のDやCランクの冒険者なら普通にやりそうな話だ。ダンジョンの危険性も分からず、自分たちは他の奴らとは違うと思い込んで、多少ルールを破っても攻略してしまえばこっちのものだと考える若者はいくらでもいそうだ。

 遺物は没収される可能性があるが、異能は没収など出来ないからな。


「……分かった。だがギリギリまで準備をしたいのは変わらない。今月末でどうだ?」

「普通は早く出発したがるものだが、あんたは冒険者とは思えないほど慎重だな」

「それが俺の取り柄だと思っている」

「へっ、そうかよ。じゃあそれまでに俺はCランクパーティに声をかけておく。それと、ダンジョンの場所の詳細は誰にも話すなよ。勝手に攻略されるリスクに繋がるからな」

「ああ、分かった。バーバラも俺よりも下のランクの冒険者には何を聞かれても答えないでくれ。頼んだぞ」

「わ、分かりました」


 こうして、俺は人生で初めてダンジョン攻略へ向けた準備を始める事になった。

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