第六話 レオスとダンジョン(前編)
ギルドへと帰還した俺たちは、受付のバーバラにBランク魔物を討伐した事を報告した。
「び、Bランクですか?」
「ああ。以前、北門近くでモミジたちが討伐したのと同じ、双頭の獅子だ。遭遇したのは東の森のEランクエリアを進んだ先だ。ハッキリ言って遭遇したのが普通のEランクパーティだった場合全滅していただろう。Bランク以上のパーティを派遣してエリア設定の見直しを要求する」
「わ、分かりました。えっと……疑うわけじゃないんですけど、双頭の獅子の素材は持ち帰っていますか?」
「もちろんだ。さすがに遭遇した場所が場所なだけに一部だけだがな」
「では、鑑定に回しますので、こちらへ提出をお願いします」
バーバラが受付の隣にあるテーブルへ手を向ける。
荷車などに大量に載せて持ってきた場合はギルドの横にある別の入り口から職員へ受け渡すのだが、バックパックなどに詰めて持ち帰った場合は受付からの受け渡しが可能だ。
俺、セレス、ルーク、キャサリンの4人は大量に持っていた素材をテーブルに並べていく。
するとバーバラに呼ばれて奥から出てきた別の職員たちがせっせと素材を回収して奥へ持っていく。
「鑑定後の取り分だが、俺とルークのパーティで半々にしてくれ。割り切れない分は俺のパーティで頼む」
「かしこまりました。それにしても、いくらランバートさんがいるとはいえ、DランクパーティとEランクパーティのレイドでBランクの魔物を討伐するなんて前代未聞ですよ。さすがです」
パーティのランクはパーティ内で最も人数が多い冒険者のランクと同一になる。つまり、例え俺がDランク以上であっても、エマたちがDランクではパーティのランクもDになるのだ。
バーバラは俺のランクを知っているので、今回の魔物討伐もほとんど俺の手柄だと考えている可能性が高い。ここはしっかりと他のメンバーの活躍ぶりも報告しておこう。
「俺一人では決して勝てなかっただろう。今日の戦いで確信したんだが、ルークたち4人のランクをDへと上げてやって貰えるか?」
俺がルークたちの昇格を申請すると、バーバラよりも早くルーク本人が声を上げた。
「ほ、本当ですか!?」
「あ、ああ。この前レイドを組んだ時に粗削りだと感じた部分がかなり鮮麗されていたし、十分にDランク冒険者としてやっていける実力はあると思う」
「か、感激です! ありがとうございます!」
嬉しいのは分かるが、ルークの奴はどうしてこう近距離で叫ぶのだろう。悪い奴ではないし、むしろ好青年だと思うのだが、どうしても暑苦しさが勝って引いてしまうな。
そして、ルークのテンションに引っ張られるように他の三人も嬉しそうに頭を下げて感謝の言葉を述べた。そんなことをされると、ギルド内にいた他の冒険者が何事かとこちらへ注目するだろう。本当に止めて欲しい。
「では、ルーク君たちのギルドカードを預かりますね」
「はい。お願いします!」
ルークたちは嬉しそうにバーバラへギルドカードを渡す。
俺はバーバラがギルドカードの更新のために裏へと引っ込む前に、彼女へ声をかけた。
「バーバラ、レックスさんはいるか?」
「えっ? もちろん裏にいますけど……もしかして、もうですか?」
「ああ。頼む」
「分かりました。呼んできます」
バーバラが受付の奥へ引っ込むと、ルークが俺に動揺した顔で話しかけてきた。
「ラ、ランバートさん。父を呼んだという事は、もしかして……」
「ああ。お前たち全員のCランクへの昇格審査をしてもらう」
俺の言葉にエマとジョゼは無邪気に喜び、セレスを含めた16歳組は全員息を呑んだ。
「……俺たち、ここ数年ずっとEランクでくすぶっていたんです。それが、やっとDランクへ昇格できたところなのに、もうCランクですか?」
「なれるかどうかは、レックスさん次第だな」
ここから先は上級職員であるレックスさんが判断するところになる。冒険者あるあるだが、昇格審査を行うのがギルド職員となるCランクからは、実際の実力よりも昇格が難しくなる。
何故なら、ギルド職員は実際に魔物を討伐しているところを見ているわけでは無いからだ。それにより、どうしても現場で活躍ぶりを見ていた冒険者たちの意見よりも厳しめに審査されてしまい、何年も昇格出来ない冒険者もいる。
「久しぶりだな、レオス」
「お久しぶりです。レックスさん」
ギルドの奥からバーバラと一緒に銀髪の壮年男性が現れる。俺の記憶の中にいた20代のレックスさんが更新されるこの瞬間が、最も自分が老けたのを実感する嫌なタイミングだな。
「ん? そうか、ヘレナから面倒を見てくれていると聞いてはいたが、ルークとレイドを組んでくれていたのか?」
「はい。今日は、俺の仲間とルークたちの審査をお願いします」
「……分かった。ルーク、息子とはいえ、審査は平等に行わせてもらう。しばしの間、俺との血縁関係は忘れろ」
「は、はい!」
レックスさん、昔から目力が強い人だったが、歳を取って更に磨きがかかったな。引退して何年も経つはずなのに、とんでもない威圧感だ。
「お前たちは全員、初回の審査となる。まずは各自が使える命技と魂術を教えてくれ。本来は実際に目で見て確認するのだが、今回はレオスがいるので口頭で伝えてくれればいい。レオスは嘘を言っていないかだけ教えてくれ」
「分かりました」
レックスさんは受付のテーブルにバーバラが渡した紙を広げると、全員の報告を聞いてメモを取っていく。当たり前だが、虚偽の報告をする者は一人もいなかった。
俺は話を聞きながら紙の内容を覗き見たのだが、全員の名前とこれまでの冒険者としての活動履歴がびっしりと書き込まれていた。あまり気にした事はなかったが、俺たちが探索から戻って報告するたびにバーバラがしっかりとメモを取っていたので、それを清書したものだろう。
全員の報告が終わったところで、バーバラがレックスさんに声をかける。
「レックスさん、そこにはまだ書かれていませんが、ランバートさんたちは今日も魔物討伐をされました」
「そうか。ではレオス、今日討伐した魔物について詳しく教えてくれ」
「はい。まずは泉にいた鹿の魔物ですね――」
俺は恐らくCランクだったと思われる鹿の魔物三匹と双頭の獅子を討伐した話をレックスさんに報告する。
本来は虚偽の報告の可能性があるので魔物の素材の鑑定が終わってからになるのだが、レックスさんが言うにはBランク以上の冒険者の発言は余程の事が無い限りは信頼性のあるものとして扱われるらしい。
「ふむ。ルークがレオスを庇って助けただけでなく、双頭の獅子の首を落とした……か。いつの間にか随分と成長したものだ」
レックスさんは報告を聞き終えて感慨深そうに呟く。
先ほど血縁関係は一時忘れるように言っていたが、その表情は明らかに息子の成長を喜ぶ父親そのものだ。
「双頭の獅子は魔石が二つあり、ギルドではBランクの魔物二匹の融合体と位置付けられている。その戦闘力はBランク上位、ないしはAランクに匹敵する可能性もあるほどだ。それを討伐したお前たちは、他のEランクやDランクのパーティよりも格段に実力があると言えるだろう」
レックスさんは今まで以上に表情を引き締めて、鋭い視線をルークたちに向けた。
「だが、討伐できたのはあくまでもレオスの存在が大きい。それはお前たちも分かっているな?」
レックスさんの問いに、ルークたち全員が頷く。
「エマ・メイレレス。君は上級魂術を完璧な速度と制度で使いこなすだけでなく、誰よりも速く双頭の獅子の接近に気付いた。また、双子の弟であるジョゼ・メイレレスとの連携も素晴らしいと聞く。よって、Cランク冒険者に昇格とする」
「ありがとうございます」
実のところ、エマとジョゼに関してはバーバラにこっそり異能の事を話しており、あの紙にもその事は極秘事項として記されているはずだ。
俺が今回は特に話していないジョゼとの連携をレックスさんが口にしたということは、異能の事を踏まえた上での昇格なのだろう。
「次に、ジョゼ・メイレレス。君は類まれなる風の命技の使い手であり、その移動力は攻撃だけでなく、仲間を助ける事にも大きく活かされている。また、双子の姉であるエマ・メイレレスとの連携も評価し、Cランク冒険者に昇格とする」
「やった! ありがとう!」
ジョゼが無邪気に礼を言うと、真剣そのものだったレックスさんの口元が少し緩んだ。さすがはジョゼ、その可愛らしさは仕事モードのレックスさんにも通用するようだ。
「次に、セレス・シーン。君は水の上級命技による守りと、中級魂術によるサポートだけでなく、咄嗟の判断力にも優れている。特質事項として命技と魂術の同時発動を、魔石を使うことなく行える驚異的な集中力を評価して、Cランク冒険者に昇格とする」
「…………え?」
「どうした?」
「い、いえ、私が……Cランク、ですか……。あ、ありがとう、ございます」
セレスは自分が昇格できるとは思っていなかったのだろう。全く実感が湧かないと言った表情で、ゆっくりと頭を下げた。
「次に、キャサリン・アイアランド。君は上級命技と上級魂術を使えるだけでなく、仲間への支持も出せる優秀なリーダーのようだ。魔石を使った魂術の使い方も素晴らしく、状況次第ではセレス・シーンと同等以上のサポーターと言えるだろう。よってCランク冒険者に昇格とする」
「あ、ありがとうございます!」
「昇格者は以上だ」
レックスさんは満足そうにそう告げると、書類をまとめてバーバラへと渡した。俺は慌てて声をかける。
「えっ? レックスさん、待ってください」
「何だ?」
「ルークたちは、昇格出来ませんか? 俺は今日の探索で彼らに助けられました。ハッキリ言って既に彼らもDランクでは上位の冒険者でしょう?」
「……確かに、ルークたちもDランク冒険者の中では優秀な方だと思う。だが、Cランクへ昇格させるには引っ掛かるものがある。安定性に欠ける状態ではまだ昇格は早いな」
「引っ掛かり……ですか」
俺はレックスさんの言う引っ掛かりが何なのか分からず、首を傾げた。
同じようにレックスさんの言葉が気になったのか、ルークが口を開いた。
「父さん。俺たちのどこに引っ掛かるものがあったのか、教えて貰えないでしょうか。必ず克服してみせます!」
「……良いだろう」
ギルドの奥へ戻ろうとしていたレックスさんは、ルークの熱意に答えるように、再び彼らに向き直った。
「まず、ルーク。お前は判断が遅い。仲間を庇うのはタンクとして当たり前だが、後手に回り過ぎだ。一流のタンクなら、そもそも仲間にヘイトが向く前に、お前に魔物のヘイトが向くように立ち回ることだ」
「は、はい!」
「次にベラ。魔物の後ろを取る技能は素晴らしいが、ルークに危険が及ぶと冷静さを欠くようだ。君のこれまでの負傷歴を確認したが、負傷のほとんどがルークを庇ったり、ルークが怪我をして冷静さを欠いたりした時に受けたものだった。仲間の負傷で動揺するのは分かるが、それで君が怪我をしていては共倒れだ。戦闘中は平常心を保つように心を強く持て」
「…………はい」
ベラは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに返事をした。
極度の恥ずかしがり屋なのは知っていたが、この赤面はルークへの気持ちを暴露されたような形になったせいかも知れないな。
最近知り合った俺でさえ、何となくは察していたのだが、ルーク本人は全く気付いていないようだ。
「次に、シドニー。君は希少かつ強力な金術が使えるが、レオスの報告を聞く限り、指示された時にしか攻撃していない。指示待ちにならず、アタッカーとして的確に魔物を攻撃できるようになれば、Cランクになれるだろう」
「が、頑張ります」
レックスさんは3人の問題点を指摘し終えると、周囲の冒険者たちから注目を集めていることに気付き、小さく咳払いをした。
「……ふむ。少々熱く語り過ぎたな。では、失礼する」
レックスさんは機敏な動きで受付の奥へと帰って行った。息子であるルークのためにいつも以上に熱が入ってしまったのだろう。
俺がルークへ視線を移すと、彼は何故か嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ルーク。どうして笑っているんだ?」
「えっ? あっ、すみません。つい嬉しくて」
「昇格出来なかったのに嬉しいのか?」
「もちろん、昇格出来なかったのは悔しいですが、それ以上に父さんからアドバイスが貰えたのが嬉しいんです」
「お前……今までアドバイスすら貰ってこなかったのか?」
「家でまでギルド職員としての仕事をさせるわけにはいきませんから」
「いくら何でも真面目過ぎるだろう……そういうところはレックスさんにそっくりだな」
「あ、ありがとうございます!」
別に褒めたわけでは無いのだが、ルークはとても嬉しそうに笑った。レックスさんを本当に尊敬しているのが分かる。
親子としては少々歪な関係に見えるが、ルークにとってはそれが家族の形なのだろう。俺もルークとレックスさんのように、親と似ている部分があるのだろうか?
俺は顔も知らない両親に、少しの間だけ思いを馳せた。




