第五話 レオスとEランクパーティ3
4人で食事をしていると、エマが思い出したように疑問を口にした。
「そういえば、魔物には魔石を食べるタイプと人間を食べるタイプの2種類がいるのですか?」
今更どうしてそんな疑問を持ったのかと不思議に思ったが、魔石を食べていた甲羅系魔物と俺たちを狙っていたワニ系魔物を順番に見た事が原因だろう。
俺自身、未知の生命体である魔物に関して詳しいわけでもないので、ここは学者たちが提唱している説を伝えておこう。
「一般的に、魔物は魂力の補充のために人間や魔石を食べると言われている」
「魂力の補充ですか? 栄養目的ではなく?」
「ああ。食事中にこんな事を言うものあれだが、魔物は人間を仕留めた場合、頭を食べれば満足する場合がある。もちろん腹が減っていれば身体も食べるが、頭だけ食べられて放置された冒険者の遺体を見た事があるから確かな情報だ。その事からも奴らの狙いは俺たちの脳――つまりは魂力だという説が有力なんだ」
「ということは、魂力を習得していない人間や動植物は襲われないということですか?」
「……一応、自分の意思で魂力を使えない人間にも微弱な魂力はあるらしいから、襲われないということは無い。だが、後回しにされることはあるだろうな。もちろん、魔物の腹が減っている場合は何でも食べるぞ」
南大陸で半魚人系の魔物が一般人を殺戮して周ったことからも、全ての人間が魔物のターゲットであることは間違いない。
「そっか! だから魂力を高めると魔物の注意を引くことが出来るのか!」
「ジョゼ、気付いていなかったのか?」
「う、うん。なんか、そういうものなんだろうってあまり気にしてこなかったから」
人間からしてみれば、強い魂力を放つ存在は恐怖の対象だが、魔物から見れば極上の餌に見えるのだろうと思っている。
「おじ様、魔物にも魂力の強い個体がいますけど、魔物同士で共食いになることはないんですか?」
「ないな。魔物同士だと餌場の奪い合いはあるが、お互いを食い合う事はしない。いや、正確には『そういった光景は見たことが無い』だな。ただし、死んだ魔物を放置していると、魔石を食いに別の魔物が来ることはある」
「生きている間は襲わないけれど、死んだ場合は容赦なく食べるのですね。その辺りは合理的なのかもしれません」
エマの言う通り、死んでしまったのなら食べて栄養や魂力の補給に使った方が合理的ではあるのだが、俺にはそれが心を殺した軍隊の様に見えて、昔から苦手だった。
魔物は体内に魔石を持つ特殊な野生動物と考えている学者もいるようだが、俺の目には何かに飼い慣らされた生物のように映る時がある。
それこそ確証のない妄想のような話だが、大昔にダンジョンを作った人類が飼っていた生物が野生化した存在なのではないかと思っている。
ダンジョンの凶悪さから考えても、そいつらは碌な人間では無さそうだがな。
食事を終えると、俺たちは採掘作業を再開した。今度は先程まで俺たちがやっていた場所をジョゼとセレスに任せて、俺とエマは更に奥で作業を行った。
荷車が甲羅系魔物の素材と紅炎石で山盛りになったところで、俺は作業の終了を告げる。
「よし、十分な量は確保できたし、日が暮れないうちにギルドへ戻るぞ」
「レオスさん、日が暮れないうちにって……まだ結構時間があるよ?」
洞窟から出たジョゼが太陽光を眩しそうに浴びながら言う。
「帰り道は行きよりも危険が伴うから、余裕をもって行動した方が良い。この魔石を狙って魔物が集まってくる可能性もあるんだぞ?」
「そっか、今度は隠れてやり過ごす事が出来ないのか」
「そういう事だ。とりあえずは川に沿って来た道を進もう」
俺はそれなりの重量になった荷車を引いて進む。命力を纏っているとはいえ、さすがに何も乗せていない時ほどのスピードは出ないので、行きの二倍くらいの時間はかかりそうだ。
エマ、ジョゼ、セレスの3人は俺の言葉を重く受け止めてくれたようで、3人とも真剣な顔で周囲を警戒している。
正直に言うと、ジョゼが余った時間で探索をしたいと言い出すかと思ったのだが、そんなことにはならなった。先行して安全確認をし、頭の上で丸を作るという可愛らしいサインを前方から送ってくれている。
「エマ、後ろはどうだ?」
俺は荷車の後ろに乗って後方警戒をしているエマに尋ねる。
「私たちと入れ違いで湧き場に魔物が入ったみたいですけど、こちらを追ってくる様子はないです」
「入れ違いか……もしかしたら感知に優れた弱い魔物かもしれないな。追って来ないなら無視して良いだろう。そのまま警戒を続けてくれ」
「はい」
エマとの会話を終えたところで、俺の少し前を歩いていたセレスが振り返る。その表情には焦りが見られた。
「ランバートさん!」
「ん?」
セレスが前方を指差すと、先行していたジョゼがこちらへ猛ダッシュで戻って来ていた。
俺たちの少し前で急ブレーキをかけて土埃を舞い上げたジョゼは、間髪入れずに叫ぶ。
「レ、レオスさん! た、大変だよ! 助けに行かないと!」
「落ち着け、ジョゼ。見たものを正確に伝えろ!」
俺が少しだけ語気を荒げて命令すると、ジョゼは慌てながらも報告した。
「さっき湧き場で見たワニの魔物が他の冒険者を襲っているんだ! みんな怪我をして逃げ回ってる!」
「……ジョゼ、逃げ回っているそいつらに勝機は無いのか?」
「えっ? た、たぶん……逃げながらも反撃はしてたけど、全然効いてなかったよ」
「効いていないということは、あの魔物の皮膚を貫通できる技や術を持っていないのか」
「レオスさん! そんなこと話している場合じゃないよ! 魔物に殺されちゃったらどうするのさ!」
俺が冷静に魔物と冒険者の戦力を分析していると、ジョゼが急かすように俺の手を握った。
「エマ、ジョゼ、セレス、よく聞くんだ。俺たちは採掘の帰りで、助けに行くには荷車を置いて全員で向かうか、二手に別れる必要がある。どちらを選んでも、荷車の魔石を魔物に食い荒らされたり、護衛として残した二人が危険に晒されたりする可能性がある。それを踏まえた上で、お前たちはどうしたい」
「全員で助けに行く!」
俺の質問にジョゼが即座に答えた。彼の中にはその選択肢しかないようだ。
ジョゼから少し遅れて、エマとセレスも自分の考えを口にした。
「私は、二手に別れたいです。この周囲には近付いて来ないだけで弱い魂力をいくつか感じますから、私たちがいなくなれば、確実に魔石は食べられてしまいます」
「わ、私は……全員で助けに行きたいです。襲われているのが私だったら、助けに来て欲しいですから」
「なるほど、よく分かった。そして俺はエマの案に賛成だ。セレスとエマで荷車を守り、俺とジョゼで助けに行く。ジョゼ、セレス、ここは俺の判断に任せてくれないか?」
「もうそれで良いから早く行こう?」
「わ、分かりました。荷車は私が守ります」
「よし、決まりだな」
俺は背負っていたバックパックを地面に降ろすと、魔導盾を取ってジョゼと共に前方へ駆け出す。
走りながら、ジョゼが悪態をついて来た。
「レオスさんの馬鹿! どうしてあんなまどろっこしい事聞いて来たの?」
「お前が良くても、エマとセレスが納得するかは別だったからな。助けに入るにしても命がけだ」
「でも、それであの人たちが死んじゃったら」
「逃げ回っていたんだろ? あの魔物相手に逃げ回れるなら、そう簡単にはやられない。その辺の新人なら出くわした瞬間に殺されている」
「えっ?」
「覚悟しろよ、ジョゼ。さっきのカメとは強さの次元が違うぞ」
ジョゼは走りながら恐怖に顔を引きつらせた。やっと自分がやっていることに危険性に気付いたようだ。
助けに入って、逆に殺される可能性も十分にある。俺たちが今からやろうとしていることは、リスクとリターンの見合わない行為だ。
俺とジョゼは駆け抜けた川の下流でワニ系魔物に追い回される冒険者たちを視認する。
数は4人。見た所、重傷一人、軽傷二人で、無傷の一人が重傷者を背負って逃げている。
「ジョゼ、お前は霊薬瓶であの背負われている奴を回復させろ!」
「うん!」
ジョゼが一直線に冒険者の下へと走る。あちらも俺たちに気付いたようだ。同時に警戒が緩んだのか、魔物の魂術に対応が遅れていた。完全に直撃コースだ。
先頭にいた金髪の青年が中級命技で炎を盾に纏わせて防御姿勢を取っているが、どう見てもあの程度の命技で防げる魂術ではない。
俺は魔物と金髪の青年との間に魔導盾を投げると、盾の裏側にセットしてあった術魔石の力で魂術を吸収する。同時に魔物に対して上から飛び掛かり、空中で五行剣を振った。
「『黄土斬』!」
魔物は俺の攻撃に気付くと、身体を回転させて横に転がる様に斬撃を避けた。そして俺が着地するタイミングに合わせて三つの魂術を放ってきた。
この魔物、本当に幼体か?
放たれた三つの魂術はどれも上級魂術で、水の刃のように見える。つまり、俺の黒水斬と同じものだ。
しかし、水ならば相性が良い。
「『アース・ウォール』!」
俺は正面に上級命技で土の壁を生み出して、魔物の攻撃を全てシャットアウトした。
命技も魂術も属性攻撃には相性があり、どちらも水は土に弱い。土属性の命技が使える俺には相性が良い相手だ。
「す、凄い……」
俺の後ろから驚く声が聞こえたが、今は話をしてやる余裕はないな。
「ジョゼ! 一瞬で良い、あいつの注意を引けるか?」
「――っ!? う、うん! やってみる!」
俺が頼むとジョゼは風の命技を纏って高速で移動し、ワニ系魔物に側面に回り込む。
「『ウインド・ショット』!」
ジョゼが放った中級命技が魔物の脇腹に直撃するが、その硬い皮膚に阻まれて傷一つ付かない。
魔物はジョゼに意識を向けて魂術で反撃したが、ジョゼはその全てを紙一重で回避する。
「――っ! ジョゼ!?」
そこでジョゼは何を思ったのか、魔物の攻撃を回避しながら接近を試みた。俺が頼んだのは注意を引くことで、攻撃することじゃない。事前にあれほど警戒するように言っておいたのに、ジョゼは好奇心に駆られた目で魔物へ近付いていく。
「『ウインド・ショット』!」
再びジョゼが攻撃を放つが、魔物の皮膚を斬り裂くことは叶わない。しかしそれでも魔物からすれば煩わしいようで、より強い魂力を込めた魂術をジョゼに放っていく。
「待て、ジョゼ! そのまま回避に専念してくれればいい!」
俺は慌ててジョゼに命令するが、すでに彼の耳には俺の言葉は届かなかった。凄まじい集中力で魔物の魂術を回避しながら、瞬き一つせずに魔物を観察している。
「……そうか、たぶんこんな感じなんだ」
ジョゼが何か呟きながら手を振ると、魔物の皮膚にわずかに傷が付く。
「レオスさん、トドメは任せるよ?」
「何!?」
「タイミングを合わせて!」
ジョゼは俺に指示すると同時に、空中で何かを握る様な形の手を作ると、その手の中に短剣を作り出した。
「……なるほど……末恐ろしいな」
あいつ、俺の想像以上に強くなっているな。
俺はジョゼの成長を少し恐ろしく思いながら、彼に言われた通りに剣を構えた。『あの技』が俺の思っている通りのものなら、ワニ系魔物にも効くはずだ。
俺が大技を撃つために大量の命力を五行剣に込めて魂力へと変換すると、魔物の意識が俺へとシフトした。しかし、そこへジョゼが渾身の一撃を放つ。
「『ウインド・ダガー』!」
ジョゼが創り出した短剣を投擲すると、ワニ系魔物の左前脚を斬り裂いて血しぶきが上がった。
魔物がよろめいた隙をつくように、俺はモミジに習った必殺の魂術を放つ。
「終わりだ! 『奥義・黄土斬破』!」
俺の五行剣から放たれた黄色の斬撃がワニ系魔物の首に直撃して引き裂く。そして半分まで刃が通ったところで、斬撃が四方八方に拡散して魔物の身体はバラバラに弾け飛んだ。
「……ふう。何とか実戦で使えるレベルにはなったな」
五行剣を鞘へ納めると、俺は自分が放った奥義の規模を確認する。
ちょうど魔物一体分を細切れにする程度で、モミジが放った魔物の群れを壊滅させるレベルには遠く及ばない。
だが、確実に現在の俺が使える技の中では最大級の威力であり、奥義と言っても差し支えない完成度だと思う。
あらためてモミジの凄さを実感するな。
「さて、お前ら、大丈夫か?」
俺は振り返って背後にいた冒険者4人を見る。
「は、はい……助かりました」
「ん? お前、よく見たらルークじゃないか」
前衛として魔物の攻撃を受けようとしていた金髪の青年は、よく見るとギルドの食堂で話をしたルークだった。




