第五話 レオスとEランクパーティ
ついに中央大陸での活動を再開する日がやってきた。
ギルドの受付で採掘に出ることを伝え、荷車一台と採掘用のツルハシなどの道具一式を支給してもらう。そして準備万端で北門の前に立った。
「おじ様、今日はおじ様がサポーターなのに、その大盾は必要なのですか?」
エマは『魔導盾』が括り付けられた巨大なバックパックを背負った俺を見て首を傾げる。
「これは普通の大盾よりは軽いんだぞ? それにセレスではこいつは特殊過ぎて扱いきれないだろう」
「普通の大盾に比べたら軽いのかも知れませんけど、結局は荷物になりますし置いて来ても良かったのでは? 帰りはこの荷車いっぱいに魔石を入れて帰るんですよね? いくらおじ様でも重量は少しでも減らした方が良いと思います」
「20代の頃よりは衰えているかもしれないが、体力には自信があるし大丈夫だ。それに、中央大陸を舐めると痛い目を見るからな。本当に危険な魔物に遭遇した時は荷車を捨てて戦う可能性もある」
「そ、そうですか……分かりました。私も周囲の警戒に細心の注意を払います」
エマはセレスから借りている術魔石付きの杖を握りしめると、気合を入れ直したようだ。
今回の採掘活動ではそれぞれが今までとは違った役割を担当するため、装備を含めた様々な変更点がある。
まず俺はいつも以上に大きなバックパックを用意し、そこに大量の魂魔石と黒水石、携帯食料を詰め込んでいる。そこまではサポーターとして基本の装備だが、有事にはタンクへと戻れるように遺物である『魔導盾』もバックパックの後ろに括りつけている。
次にエマ。彼女は今回、その類まれなる魂力の感知能力を活かして周囲の警戒をしてもらうと共に、魔物の魂術による遠距離攻撃から荷車を守れるようにセレスの術魔石付きの杖を持たせた。その小柄な少女の見た目からは想像が付かないが、ジョゼよりも腕力を上昇させる下級命技が得意なので、採掘では活躍してくれることだろう。
ジョゼにはエマと共に周囲の警戒をしてもらいつつ、場合によってはその素早さを活かして偵察や囮を任せることになるだろう。生存力を高めるために、今回は特別に俺の遺物である『霊薬瓶』を貸し出している。
そしてセレスはというと、今回はタンクに専念してもらうために俺が昔使っていた剣と盾を装備させている。剣の腕前はベアトリクスの娘とは思えないほど残念だが、盾の使い方が上手いのは確認済みなので、水の命技と合わせればそれなりに活躍できることだろう。
「よし、では行くぞ」
俺たちは北門を潜ると、人類の拠点から魔物の楽園へと足を踏み入れた。
エマがキョロキョロと辺りを見回しながら尋ねてくる。
「おじ様、どこから探索するんですか?」
「バーバラの話では北西に少し行ったところに紅炎石が取れる岩場があるらしいから、今日はそこを目指そう」
「ええ~」
俺がそう言うと、ジョゼがあからさまに不満そうな声を上げた。見ると、エマとセレスも浮かない顔をしている。
「どうした?」
「だってレオスさん。せっかく中央大陸での初仕事なのに、もう誰かに探索された場所に行くの? こういうのって、自分たちで探すから面白いんじゃないの?」
「気持ちは分かるが、Fランクエリアは3か月経っても変化することがあまりないからな。あらかた探索され尽くしているぞ。未開の地を冒険したいなら4月になるのを待つか、ランクを上げてDランク以上のエリアに入るしかない」
「ちぇ~、そうなんだ」
「とはいえ気を抜くなよ。この前の双頭の獅子のような強力な魔物が南下してくる可能性がないわけじゃないからな」
「はーい」
俺は少しだけ落胆した表情の3人を連れて荷車を引き、北西へと歩を進める。
しばらく歩くと小川に到着し、その上流に岩場が見えた。
「おじ様、あれですか?」
「おそらくな。みんな気を付けろ、紅炎石があるということは、それを食べる魔物がいる可能性があるぞ」
「はい。気を付けます」
「ジョゼ、先行して状況を確認出来るか? なるべく静かに移動して岩場付近を探るんだ」
「やってみるよ」
俺が頼むと、ジョゼは真剣な表情で駆け出して行った。
「大丈夫でしょうか?」
「ジョゼの速さなら、魔物に見つかっても逃げることは出来るはずだ」
ゆっくりと岩場へ向かって小川に沿うように進んでいると、ジョゼが焦った表情で帰って来た。その顔を見れば、何かあったのだとすぐ分かる。
「何がいた?」
俺が尋ねると、ジョゼは自分が見たものを話し始める。
「でっかいカメがいたよ。俺の二倍くらいの高さで、ここから見えている岩場の裏側にあった洞窟みたいなところで、岩をかじってた」
「なるほどな。おそらくその洞窟は前にここで冒険者が採掘した跡地だろう。まだ取り切れずに魔石が残っていて、その魔物はそれを食べているんだ」
「レオスさん、全部食べられちゃう前にやっつけないと!」
「落ち着け。こういう時、焦ると余計なミスを生む。魔物が洞窟内にいるなら、まずは魔物をこちらの戦いやすい外へとおびき出そう」
「おびき出すって……魂力を全開にすればいい?」
「いや、それだと狙った魔物以外も集まってくる可能性がある。ジョゼ、命力で遠距離から攻撃して、そのカメを洞窟の外に誘導するぞ」
「わ、分かった」
俺たちは一度荷車をその場に置いて移動し、岩場の裏側へ回り込む。
少し離れたところから屈むようにして草木に身を隠しつつ確認したが、確かに岩場の裏側に洞窟の入り口のようなものがあり、内部に巨大なカメの姿が見えた。
「ね? いたでしょ?」
「ああ。あれは四足歩行の甲羅系魔物だな。発見されている範囲だとBランクまでいるタイプだ」
「Bランク!? そんなの俺たちじゃ勝てっこないよ!」
「落ち着け、ジョゼ。あいつがBランクとは言っていない。大きさから見て一番弱いDランクだと思いたいが、食べている魔石から考えると嫌な予感がする」
甲羅系魔物は中央大陸南部にだけ生息する比較的温厚な魔物であり、こちらから攻撃するか、食事を邪魔されない限りは攻撃してこない。
陸生と水生で属性が異なり、陸生なら土、水生なら水の魂術を使う。
しかし、俺たちが今見ている魔物は、紅く煌めく紅炎石を大きな顎で砕いて食べており、背中の真っ黒な甲羅には炎の様な紅い模様が浮き出ている。
「嫌な予感って?」
「陸生の甲羅系魔物は土属性のはずだ。となると本来食べるのは土の魔石である黄土石なんだが……あいつは紅炎石を食べている」
「ランバートさん、あの背中の模様からして、あの魔物は炎属性なのではないですか?」
俺がセレスの言葉に小さく頷くと、エマが杖を強く握りしめ、恐る恐る自分の予想を口にした。
「あの魔物は本来発見されている個体とは別物……もしくは、紅炎石を食べて変化した個体、ということですか?」
「状況から見てそうだろうな。こんなところに未発見種がいるとは思えないから、十中八九変異種だろう。覚えているか? 南大陸の海岸で炎を吐くスライムと戦っただろう? あれと同じで本来は持っていない能力を得た魔物を変異種と呼ぶんだが、その強さはランク一つ分高くなることがほとんどだ」
「つ、つまり、あの魔物はCランクということですか?」
「そう思って挑んだ方が良いだろうな」
セレスが震える手で腰に下げている剣の柄握る。
「そ、そんなの、今の私たちじゃどうしようもないですよ。私、Cランクの魔物の攻撃を受けられる自信ないです」
「セレス、今は荷車を置いてきているから、俺がタンクに戻って、お前がサポーターをするということでも構わないが……お前はそれでいいのか?」
「え? 役割を戻してもらえるなら、その方が良いですけど」
「そうか……」
俺はセレスにもそれなりに期待していたのだが、やはりこの子は勇猛だったベアトリクスとは違う。温厚で慎重なコンラッドによく似た性格のようだ。
「セレスお姉さん、おじ様はセレスお姉さんに役割を全うしようという意志を持って欲しかったのだと思います」
エマが小首を傾げているセレスに対して、諭すように言う。
「重い荷車を運ぶ事を避けるためにサポーターを代わって貰ったのに、今度は敵の攻撃を受け止める事を避けてタンクを代わって貰う。それで本当に良いと思いますか?」
「そ、それは……」
「エマ、言い過ぎだ」
「ですが、このままではセレスお姉さんは何もできない冒険者になってしまいます。私だって、アタッカーとしてあの魔物を仕留められるのか不安はありますが、だからといって誰かに役割を代わって欲しいとは思いません。任されたからには、何が何でもやり遂げる。そういう意志が大切だと思っています」
「確かにそういった意志は大切だが、今日は初日だし、相手があれだ。慎重になるのは悪い事では――」
俺はパーティの雰囲気が悪くなるのを避けるためにセレスを庇おうとしたのだが、そんな俺の言葉をセレスの手が制止した。
「――ランバートさん、エマちゃん、ごめんなさい。私、初めての中央大陸で委縮していたみたい。挑戦する意志を無くすところだった」
「セレス?」
「採掘を行う時は私がタンク、ランバートさんはサポーター。それをちょっと強い魔物が出たくらいで臆していたら、お母さんに笑われます」
セレスは立ち上がると、鞘から剣を抜いて盾を構えた。
「ジョゼくん、遠距離攻撃で魔物の注意を引いて? あいつの攻撃は私が全て受け止めるから!」
「セレスちゃん……うん、分かったよ!」
どうやらセレスを見くびっていたのは俺の方だったようだ。彼女はエマの言葉で奮い立つと、これまでの怯え切った姿が偽りだったかのように、勇猛な冒険者としての振る舞いを見せてくれた。
「ふっ……まるで、若い頃のベアトリクスを見ているようだ」
ジョゼとセレスは戦いやすそうな開けた場所へ移動すると、魔物へ攻撃を開始した。俺とエマはセレスの後方で待機する。
「くらえっ! 『ウインド・ショット』!」
「『魂術陣』!」
ジョゼの生み出した風の刃が魔物の左後ろ脚へと直撃する。それ自体は魔物の皮膚に傷を付ける程度でしかなかったが、注意を引くという意味では成功だ。
そしてセレスが魔物の脚元に中級魂術の『陣』を張った事で、魔物はその場を移動しなければならなくなった。現在のセレスは金属武器を装備しているので魂術の威力は下がっているが、継続的にダメージを与えてくる『陣』ならばいくらCランクの魔物と言えど無視はできないはずだ。
魔物はこちらへ向きを変えると、咆哮を上げながら突進してくる。あの巨体の突進をセレスが真正面から受け止めるのは不可能だ。
「ジョゼ、脚を狙え!」
「うん! 『ウインド・ショット』!」
突進してくる魔物の脚へジョゼが命技を連発する。一発の威力はそこまででは無いが、同じ場所へ当て続けた事で、魔物は左前脚から出血し、突進の速度が落ちる。
それでも魔物は止まることはなく、盾を構えたセレスと激突した。
「『ウォーター・シールド』!」
セレスが盾に巨大な水を纏わせて魔物の突進を受け止めるが、魔物の勢いは止まらずセレスの身体は後方へと押し込まれていく。
「『魂術陣』!」
そこであろうことか、セレスは上級命技と中級魂術の同時発動をやってのけた。それによって魔物は痛みに耐えながら進まなくてはならなくなり、次第に動きを止めた。
「今だ! 『魂術破』!」
俺は魔物の動きが止まった瞬間に魂術を発射する。
本当は口の中へ放り込んでやりたかったのだが、ギリギリのところで魔物は顔を背けて首の付け根で魂術を受けた。
俺が魂術を爆発させると、その衝撃で魔物は大きく身体を仰け反らせる。
「やれ、エマ!」
「分かってます! 『魂術斬』!」
よろめいた魔物に対して、エマが必殺の中級魂術を繰り出した。強力な魂力の刃が魔物の首を下から斬り上げて跳ね飛ばす。
頭を失った魔物の身体は力なくその場に崩れ落ちた。
「や、やっ……た……?」
一番近くで倒れた魔物を見ていたセレスが声を絞り出すと、ジョゼが大喜びで彼女へ抱き付いた。
「やったー! セレスちゃん! 俺たちの勝ちだ!」
「う、うん! やったね!」
大はしゃぎのジョゼとセレスを尻目に、エマが俺に近付くと上目遣いで伺いを立ててきた。
「……おじ様、私の魂術どうでした?」
「ああ、威力もタイミングも完璧だ。さすがだな」
俺が優しく黒髪を撫でてやると、エマはいつもの大人びた雰囲気は何処へ行ったのか、年相応の子供の様に顔を綻ばせた。
「はい、頑張りました!」




