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中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬アサ
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第一話 レオスと天才双子3

 南大陸までやってくるような魔物はほとんどが弱い個体の群れであり、一定の間隔を空けてまとまって上陸してくる傾向がある。もちろん、単独で強い魔物がいないわけでは無いので注意が必要だ。

 朝の魔物狩りが始まってから数時間。やぐらの上から危険な魔物はいないかと目を光らせていると、冒険者二人組が梯子を登ってやってきた。午後の見張りを担当しているベテランコンビだ。


「交代だ。朝はどんな感じだった?」

「獣系の群れに混じってスライム系や棘皮系の魔物が現れた」


 俺の報告を聞いていた二人の目の色が変わる。変幻自在のスライム系魔物が危険なのはもちろんだが、棘皮系魔物の中には猛毒を持つ個体もいる。もしその毒を受けたりすれば、即死する場合もあるのだ。


「負傷者は?」

「軽傷は何人もいるが重傷者はいない」

「そうか。さすがだな」

「いや、運が良かっただけだよ。じゃあ、俺は食事に行ってくる」

「おう、お疲れ」


 二人に見張りを任せてやぐらを降りてギルドの食堂へ向かおうとすると、近くで待機していた双子が後ろを付いて来た。嫌な予感がしたが無視するわけにもいかないので、振り返らずに声をかけてみる。


「どうした? 今日の討伐は終わりにするのか?」

「……結局、私たちは全く活躍できませんでした」

「ああ、見ていたよ」


 子供だと馬鹿にされたと言っていたが、他の若手たちも一応二人の事をGランク冒険者と認めてはいるようで、一緒に戦う事を嫌がりはしていなかった。しかし、二人はあくまでも最低条件を満たして入団したというだけで、鍛えられた身体を持っているわけでも、特別な戦闘技能を持っているわけでもない。一緒に戦えば足手まといになるのは分かりきっていた。


「あの場にいたのはほとんどがGランクの若手冒険者だが、君たちとは戦闘経験も知識も段違いだからな」

「あの……冒険者ってお給料はどうなっているのでしょうか? ギルドに登録した際もその話が出なかったので、気になっていたのですが……」

「給料?」


 俺は突然の話題に首を傾げたが、すぐに少女がとんでもない勘違いをしていることに気が付いた。

 冒険者社会で幼い頃から生きて来た俺にとっては当たり前の事でも、この子にとっては当たり前ではないのだ。


「君たちの置かれている状況をしっかりと理解していなかった俺とコンラッドのミスだな」

「どういう意味ですか?」

「俺たちの常識を君たちが理解していないことに気付かず、説明を怠ったということだ。この後、一緒に食事でもどうだ? ギルドの食堂で落ち着いて話そう」

「えっ、あ、あの、私たちお金が……」

「俺のミスだと言っただろ? 詫びとして昼食は奢ってやる」


 俺の言葉に少女は言葉を失い、先ほどまで浮かない顔で俯いていた少年は驚きで目を見開いた。

 少年が駆け寄ってきて並ぶように隣を歩く。


「う、嘘じゃないよね!?」

「ああ。好きなものを頼んでいいぞ」

「もしかして、肉も食べていい?」

「肉が好きなのか? ここの食堂の煮込み料理は美味いぞ、肉もたくさん入っているから楽しみにしてくれていい」


 俺からすると、若手に食事を奢るなど珍しくもなんともない行為なのだが、二人にとっては夢の様な申し出だったらしい。喜び方が異常だ。


「やったぁ! おじさん、ありがとう!」

「あ、ありがとうございます」


 そわそわと食堂の料理に思いを馳せている二人を連れてギルドの食堂へと向かう。

 数分後に食堂に到着して中に入ると、良く見知った女性が声をかけて来た。ギルドの受け付けで働いているコンラッドの妻、ベアトリクスだ。彼女もコンラッドと同じく元冒険者で、現在は食堂で働いている。コンラッドにはもったいないくらいの美人であり、現役時代は南大陸で一番の剣と命技の使い手だったので、今でもギルドの冒険者から慕われている人気者だ。


「あら? ランバートさん、その子たちってもしかして噂の双子ちゃん?」

「もう噂になっているのか……。ベアトリクス、フェイジョアーダと水を三人分頼めるか? 支払いは後で換金する際に差し引いて貰うから伝票だけくれ」

「はーい、かしこまりました。後で私にも紹介してくださいね」


 注文を済ませて適当なテーブルに座ると、双子は向かいの席に並んで座った。


「おじ様はランバート様というのですね」

「ん? ああ、そういえば名乗っていなかったか。レオス・ランバートだ」

「私はエマ・メイレレスです」

「俺はジョゼ・メイレレス。よろしく、おじさん」

「ジョー、その呼び方はおじ様に失礼よ?」

「エミーの呼び方と大して変わらないと思うけど……じゃあ、レオスさんで」

「あ、ああ。好きに呼んでくれて構わない。よろしく、エマ、ジョゼ」


 俺は双子の名前を覚えながら二人をじっくりと観察する。

 エマとジョゼはギルド職員や他の冒険者とは違い、褐色の肌をした黒髪の双子だ。何マイルも歩いてやって来たという事は、南大陸中部もしくは南部の出身であり、西大陸からの移民者の子孫である北部の人間とは外見から違う。

 エマは黒髪に赤いメッシュが入ったショートカットで、瞳は燃えるような赤い色をしている。体型は小柄だが筋肉などはしっかりとついており、発育も良さそうだ。現在は金銭面で不安を抱えているようだが、恐らくはここへ流れてくる前は食事に困窮した経験はあまりないのだと思われる。

 ジョゼは短めの髪の毛先を黄緑色に染めており、瞳も同じ黄緑色をしている。一見するとボーイッシュな外見の少女にも見えるが、身体付きはしっかりと少年のものだ。

 着ている服も一般家庭の子供が着ているものと大して変わらず、汚れなども見当たらないので、割と最近までは保護者がいたのではと勘ぐっていると、ベアトリクスがトレイに乗せた料理を運んできた。


「お待たせしました。フェイジョアーダです」


 運ばれてきたのは、南大陸では定番の豆と肉の煮込み料理だ。双子は並べられた料理を見てごくりと喉を鳴らした。


「色々と聞きたいことや説明してやりたいことはあるが、まずは冷めないうちに食べるとしようか」


 双子の食欲は凄まじく、大人の冒険者用の量をあっという間に平らげてしまいそうな勢いで食べ始めたので、俺は慌ててベアトリクスにおかわりを注文することになった。

 食後のフルーツまで与えたところで、本題を切り出す。


「まず二人に言っておかなければならないのは、冒険者は給料制ではないということだ」

「えっ……」


 俺の言葉を聞いて、エマは持っていたスターフルーツを落としそうになった。その驚き用から見るに、彼女の中で冒険者とは危険だが給料の良い仕事という認識だったに違いない。


「俺の様に見張りをやる場合はギルドから手当てが出るが、新人が出来る仕事ではない。基本的には魔物を倒して魔石や素材を入手し、ギルドで換金することで収入を得ている」

「あっ、先ほど換金する際に差し引くとおっしゃったのはそういうことだったのですね」

「今朝の魔物狩りでいくつか魔石が取れたからな」


 基本は魔物討伐を若手に譲っているので魔石が手に入らない日もあるのだが、今日は若手では危険な魔物が現れたために、それを討伐して魔石と素材をいくつか入手している。

 ウニの様な形の棘皮系魔物から取れた状態の良い毒針もそれなりの額で買い取ってもらえることだろう。


「……では私たちはどうすればいいでしょう?」

「現状の君たちの能力では二人だけで魔物を討伐するのは危険だ。手っ取り早く収入を得るなら、どこかのパーティに入るのがいいだろう」

「パーティ?」

「宴会のこと?」

「そこからか……」


 俺は二人が本当に何も知らない子供なのだと思い知らされる。どこまで自分が面倒を見てやらねばならないのかと億劫になったが、入団できるように仕向けた責任を取るべく一から説明を始める。


「冒険者ギルドにおいてパーティとは、協力して行動することを誓ったチームのことだ。そして俺の様なパーティに所属していない冒険者のことをソロと呼ぶ」

「じゃあ、俺とエミーはパーティってこと?」

「まあ、そうなるな。そして先ほどの様に、別のパーティの冒険者やソロの冒険者が協力して魔物を討伐することをレイドという。基本的にレイドとはその時限りという考え方でいい」


 俺の説明にジョゼが首を傾げ、エマが質問する。


「パーティとレイドの違いは、その時限りか永続的かの違いだけですか?」

「いや、レイドでは戦闘に貢献しなかったものには分け前が与えられないが、パーティは得た魔石や素材をパーティ内で分配することになるので、戦闘にさほど貢献できなかったとしても分け前を得ることが出来る」

「なるほど、だから私たちは先ほど分け前を貰えなかったのですね」

「そうだ。だが気を付けて欲しいのは、たとえパーティに入れたとしても、貢献できない日々が続き過ぎればパーティを追放される可能性もあるということだ」

「それはそうでしょうね。ただ分け前を減らすだけですから」


 エマは納得したように頷いた後、しばらく俯いて何かを考えていると、隣に座るジョゼが待ちきれなくなったようにエマに声をかけた。


「エミー、悩む必要ないよ。もう答えは出てるじゃん」

「そうね。私たちにはそれしかない」


 ジョゼの言う通り、二人にはどこかのパーティに入るという選択肢しか残されていない。金銭の心配をしていたところを見るに、もう生活費が底を尽きかけているに違いないのだ。

 午後からは二人が入れそうなパーティを一緒に探してやるとしよう。狙い目は二人がギルドにやって来た時に言い争っていた、アルフという青年のパーティだな。彼は何だかんだで年下の面倒見が良いタイプに見えた。


「では、レオスおじ様。私たちとパーティを組んで貰えませんか?」

「――は?」


 俺は全く予想外だったエマの回答に度肝を抜かれた。

 待て待て待て待て待て!

 どうしてそうなる?

 俺はこのあと、二人を入れてくれそうなパーティを一緒に探す予定を立てていたんだぞ?

 自分が勧誘されるなど考えてもいなかった。しかしエマとジョゼからして見れば、ソロで活動していて、自分たちに親切で、ここまで面倒を見てくれた俺を頼らないという選択肢はないか。俺だけが、その可能性を度外視してものを考えていたようだ。


「い、いや待て。俺は数年後には引退するかもしれない年齢だし、パーティというのは歳の近い若手同士が結成し、長年切磋琢磨しながら信頼関係を築いていくものだ」

「では引退するまででいいですから、パーティを組んでください。おじ様が引退するまでおじ様の下で腕を磨いて、その後新しいパーティを結成します」

「ぐっ……」


 エマの考えは言い返せないほど理にかなっていた。二人は南大陸の新人冒険者の平均年齢から5歳ほど下回っており、俺の下で数年間修業して成長すれば、丁度良い年齢の冒険者となるので、パーティメンバーを探すのも容易となる。しかもその頃には同年代に比べて経験豊富なために引く手あまただろう。


「お、俺にはお前たちを付きっ切りで見てやれるほどの余裕は……」

「頼むよ、レオスさん。俺たち、頑張って強くなるから」

「お願いします。おじ様以外に頼れる人がいないんです」


 可愛い子供二人に懇願されて、俺は簡単に根負けした。二人に自分の子供時代を重ねた時から、俺には二人を突き放すという事が出来なくなっていたのだ。だが、最後の最後で少しだけ踏み止まる。


「……わ、分かった。協力はしてやる。だが、パーティは組まないぞ。俺はソロで活動していくと決めているんだ」

「どうしてですか?」

「大人には色々と事情があるんだよ」

「ずるい返事ですね」


 エマは不満そうに半目で睨んでくるが、あまり俺の機嫌を損ねるわけにもいかないからか、すぐに引き下がった。


「分かりました。では、何に協力してくださるのですか?」

「それはもちろん。お前たち二人の教育だ。戦闘に関する基本的な知識や、適性に合った技や術を教えてやる」


 午後からの予定は、双子の訓練に決まった。

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