第四話 レオスと幼馴染3
「ジニー、俺は夢でも見ているのか?」
「ふふっ。現実だよ、レオスくん」
自宅に到着した俺は、目の前の光景が信じられず、ジニーに夢ではないのかと尋ねてしまった。
何故なら、俺の目の前にはあの頃と全く変わらない俺たちの家があったからだ。
「ど、どういうことだ? もしかして、今はもう誰か別の冒険者の家になっているのか?」
「違うよ。あれは正真正銘、レオスくんの家。所有者は……オードリーちゃんからレオスくんに代わってるけど」
「なら、どうして綺麗なままなんだ? 普通はもっと荒れ果てるものだろう?」
「レオスくん、忘れてない?」
ジニーは少しだけからかうように笑うと、一つの鍵を俺に見せてくれた。
「あっ!」
「思い出した?」
「そうか……俺たちはジニーにも鍵を渡していたし、確かあの家には――」
「――私の部屋も用意してくれてたよね。いつ泊まりに来ても良いように、って」
そんなこと、すっかり忘れていた。あの家を建てた時にオードリーがジニーの分の部屋も作るように要求したのだ。
実際には、まだ小さかったジニーは泊まりに来ても一番仲の良いマリアと一緒に寝ていたようだったが、確かにあの家にはジニーの部屋があったし、鍵も渡していた。
「じゃあ、ジニーがこの20年間、ずっと管理してくれていたのか?」
「うん。管理というか、今は私があの家で暮らしているの」
「そ、そうだったのか……」
俺たちの家は、知らない内にジニーの家になっていた。
家が綺麗な状態を保っていたのは喜ばしいが、そうなってくると新たな問題が浮上する。
「だとすると、ここで暮らすわけにはいかないか……」
「どうして? ちゃんとレオスくんの部屋も残ってるよ?」
「……え?」
俺の部屋が残っている?
20年もの間、ジニーは帰って来るかも分からない俺の部屋を残していたと言うのか?
「レオスくんだけじゃなくて、オードリーちゃんの部屋も、マリアちゃんの部屋も、ライアンくんの部屋だって、ちゃんと掃除して残してあるわ」
「なっ……ど、どうして? 俺の部屋もそうだが、3人の部屋なんて残しておいて何になる?」
3人は死んだ。その事実をジニーに直接言ったことは無いが、彼女もとっくにそれは理解しているはずだ。
「……分かってるよ。レオスくんと違って、3人が帰ってくることはない。でも、だからと言って私が3人の部屋を勝手に片付けるなんてこと、出来ないよ」
ジニーは悲しそうな目で語ると、家の門を開ける。
「3人の部屋を片付けられるとしたら、それはレオスくんだけだと思うの」
「俺に、あいつらの部屋を?」
「うん。もちろん、そのままにしておくならそれでもいい。それを決められるのは3人の唯一の家族である、レオスくんだけだよ」
俺たちはジニーに招き入れられるようにして、家へと入る。
玄関やリビングは多少見慣れない家具は増えているものの、出来る限りあの頃の状態を維持していた。これを見ただけで、ジニーの思い入れが感じられる。
「……おじ様」
気が付くと、エマが心配するような目を俺に向けていた。
俺はエマとジョゼ、セレスの3人にほとんどの過去を話していない。だが、3人は俺とジニーとの会話から、ある程度の事を察していそうだった。
「後で話す」
短く伝えると、エマは真剣な目で小さく頷いた。
「分かりました。では、あちらで待たせてもらいます」
エマ、ジョゼ、セレスの3人はリビングにあったL字のソファへと腰を下ろした。俺の用事が済むまで黙って待ってくれるようだ。
俺はジニーを連れて、二階にある部屋へと向かう。
オードリーとマリアの部屋は俺もあまり入った事がないので分からなかったが、ライアンの部屋は本当に当時のまま維持されていた。
そして俺の部屋を確認すると、誰の部屋よりも物が少ないが、記憶の中よりも綺麗に整頓されて残っていた。
「ごめんなさい。レオスくんの部屋は……その……かなり物が散乱していたから、少しだけ片付けさせてもらったの。でも、残っていた物は一つも捨ててないよ?」
「……この剣と盾、懐かしいな。装備の手入れもしてくれたのか」
「ギルドの職員さんにお願いしたの。ボロボロだったから」
俺の部屋の壁には、昔使っていた剣と盾がピカピカに磨かれた状態で掛けられていた。
ダンジョンから帰って来た時の事を思い出すと、ジニーの言ったボロボロという表現がかなりオブラートに包んだものだと分かる。
実際は、剣も盾もあらゆる場所が破損し、血塗れだったはずだ。
「ありがとう、ジニー」
「ううん。私が好きでやった事だから。それと、ずっと言いたかった事があるの」
「何だ?」
「お帰りなさい、レオスくん」
ジニーの言葉に、胸が熱くなる。
こんな俺の帰りを、ずっと待ってくれていた。再開を喜んでくれた。それがとても嬉しくて、俺は気が付いたら、ジニーを抱きしめていた。
「ただいま、ジニー」
リビングへと戻ると、エマが俺を見て睨むように目を細めた。
「ど、どうした、エマ?」
「おじ様、上の階でジニーお姉さんと何をしていたんですか?」
「な、何って……部屋を確認していただけだぞ?」
エマは俺を睨んだままで左肩を右手の指でトントンと叩く。
「肩にお姉さんの髪の毛が付いています」
「えっ!?」
俺は素早く左肩へ視線を落とすと、確かにジニーの薄桃色の長い髪の毛が付いていた。
「おじ様……本当にジニーお姉さんとはただのご友人なんですか?」
「待て、エマ。お前何か勘違いしてないか?」
「勘違い? じゃあ、どうしてジニーお姉さんは恥ずかしそうにしているんですか?」
エマに言われてジニーへと視線を向けると、ジニーは頬を染めて恥ずかしそうに目を逸らした。
ジニー、確かに突然抱きしめたりして悪かったと思っているが、そこまで恥ずかしがらないで欲しい。これでは俺が本当にジニーに何かしたみたいではないか。
「おじ様、やっぱり上でお姉さんに如何わしい事を」
「ち、違うぞ、エマ! 俺はただ……さ、再開を喜んで……その……ハグをしただけだ」
「へえ、そうですか。でも、それなら最初にするべきでは? わざわざ私たちがいない、二人だけの時にコッソリするのは違うと思います」
「ぐ……そ、それは……」
ダメだ。ここで何を言っても、エマに勘繰られるだけだ。
俺がどうしたものかと考えていると、意外にもセレスが助け舟を出してくれた。
「エマちゃん、その辺にしておこう? ランバートさんは平気でも、ジニーさんが限界みたいだから」
ジニーはいつの間にか耳まで真っ赤にして顔を手で覆っていた。そういう態度を取られると、もうジニーはあの頃の妹のような少女ではなく、美しい大人の女性であると意識してしまい、俺はなんとも言えない気持ちになった。
「……分かりました。この件に関しては、おじ様が言った以上のことは無かったと信じてあげましょう」
本当に言ったこと以上のことは無かったので、俺は胸を撫で下ろす。
「それで、おじ様。本題に移りますが、私たちにも話してくれるんですか?」
「この家の事を、か?」
「この家で一緒に暮らしていた方々のことです」
俺はいつも座っていたL字ソファの左端――エマの隣に腰を下ろすと、唯一立っているジニーにも座る様に促した。
「この話は、ジニーにも聞いてもらいたい」
「う、うん」
ジニーはここからは真剣な話なのだと察して、俺の向かいにあるオードリーの定位置だった一人用のソファへ姿勢よく座った。
全員が俺の言葉を聞く準備が整ったのを確認してから、俺は少しずつ話し始めた。
中央大陸で当時上級ギルド職員だったジェフリーさんたちに育てられ、オードリー、ライアン、マリアの三人とパーティを組んで冒険を繰り返し、勢いのままにダンジョンへ挑んだ事。
そして、ダンジョン内で起きた地獄の様な戦いの事。
3人の死に様まで語り終えたところで、話を聞いてくれていた全員が俯いていることに気付いた。
「……その後は、3人が残してくれた遺物だけは証拠として持ち帰ろうと死に物狂いでギルドまで帰った。だが、ギルドに報告して、治療を受けて、この家で休んでいたら、どんどん実感が湧いて来たんだ。賑やかだったこの家が静かになって、夜が明けても、俺以外には誰も起きてこない、誰も喋らない、誰もいない。俺に両親はいないが、ギルドのみんなが家族だから寂しくないと思っていたのに、本当は違ったんだ。俺にとって家族とは、オードリー、ライアン、マリアの3人のことだったんだ。そしてその3人を失って、俺は一人になったと気が付いた。冒険も、ダンジョン攻略も、3人がいてこその夢だった。だから俺はこの広い家にいたらおかしくなりそうで……居ても立っても居られなくて、すぐにギルドで手続きをしてその日の南大陸行きの船に乗り込んだんだ」
俺が話し終えると、ジニーが震える手で流れでる涙を拭い始めた。
「……あ、ありがとう……話してくれて」
「いや。ジニーはマリアと本当の姉妹の様に仲が良かったのに、何も伝えずに逃げ出してしまって、すまなかった」
「ううん。むしろ、今で良かった。あの頃に聞いていたら、私も悲しみで押し潰されていただろうから」
俺は話し終えて、不思議と気持ちが楽になっていることに気が付いた。モミジに話した時にも思ったが、やはり俺は一人で抱え込み過ぎていたのかもしれない。




