第四話 レオスと幼馴染2
食事を終えてルークと別れると、俺はエマ、ジョゼ、セレスの三人を連れてギルドを出た。
「レオスさん、これからどうするの?」
「移籍の手続きも終わったし、宿を取りたいところだが、その前に確認したいことがある」
「何を?」
「俺の家だ」
俺はギルドから少し西に行ったところにある住宅街へ向かって歩き出す。ジョゼが隣に並ぶように歩きながら質問してきた。
「レオスさん、こっちにも家を持ってたんだ」
「ああ。昔の仲間と共同で買った家で、それなりに大きいから四人で暮らせる」
「やった! じゃあ、宿代がかからないってことだね」
「いや……もしも残っていたら、の話だ」
「ど、どういうこと?」
「考えても見ろ、20年以上ほったらかしにしていた家だぞ? 朽ち果てている可能性の方が高い。それどころか、とっくに他人の家になっている可能性もある」
俺は逃げ出すように中央大陸から南大陸へと渡ったので、自宅の事など完全に放置していた。解体されて土地を再利用されていたとしても文句を言う気にはならない。
「そっか、もしまだ住めそうだったとしても、掃除から始めないといけないね」
「そういうことだ」
その場合は結局のところ、しばらく宿に泊まることになるだろう。
掃除もそうだが、ベッドなどの家具も新調しなければならないからな。
「おじ様、ご自宅の話は分かりました。到着までの間、おじ様がバーバラお姉さんから聞いたお話を教えてもらえませんか?」
「Eランクへの昇格条件か?」
「それだけじゃなくて、全ランク分教えてください」
正直に言うとあまりしたくないのだが、ここではぐらかすとエマは百パーセント不機嫌になるので、ある程度誤魔化しつつも教えるしかない。
「……分かったよ」
こうして俺は、三人に冒険者ランクについて教えることになった。
「じゃあ、FからAランクまでのギルドでの立ち位置や昇格条件を順番に説明していくぞ――」
・Fランク:半人前の冒険者。南大陸から出てきた8割がこのランクで生涯を終える。
・Eランク:一人前の冒険者。魔獣討伐、大陸探索、採集・採掘活動を20回以上無事にやり遂げると昇格できる。五行魔石の採掘をメインで行う冒険者はベテランでもこのランクの者がおり、その場合は40代くらいまで現役だが若手からは『採掘者』と呼ばれて区別されている。
・Dランク:ダンジョン攻略にサポーターとして参加できる冒険者。Cランク以上の冒険者からDランク以上の魔物討伐に貢献したことを認められると昇格できる。20代前半で昇格する者が多く、Dランクのまま現役を終える冒険者も多い。
・Cランク:ダンジョン攻略にタンクやアタッカーとして参加できる冒険者。上級ギルド職員に実力を認められると昇格できる。上級命技や上級魂術を使えるだけでなく、高い戦闘能力が求められる。
・Bランク:中央大陸でソロ活動が認められる冒険者。ギルド長補佐官に実力を認められると昇格できる。戦闘能力以外にもある程度の実績が求められる。ダンジョン攻略時に最低でも一人は必要とされるランク。
・Aランク:トップ冒険者。ギルド長に実力を認められると昇格できる。ギルド内で最高クラスの実力を持っている証であり、ダンジョン攻略経験や異能、遺物の所持などが求められる。
「――といったところだ」
説明を終えると、エマが納得したように頷いた。
「モミジお姉さんは遺物を持っていましたし、あの強さですからAランクというのも分かります」
「本人に直接聞いたわけではないがな」
俺の見立てではモミジだけでなく、セドリックもAランクに到達していそうな雰囲気があった。彼は魂力の量も多く、北門での戦いでは遺物も使っていたからだ。恐らく、ミツハやテレンスもBランク以上だろう。
「それで、おじ様。おじ様のランクはどうなったのですか?」
「……どうなったとは?」
「とぼけないでください。カードを受け取った時のおじ様の反応からして、昇格していたのではないですか?」
本当にこの娘は鋭いな。
俺は言い逃れ出来なさそうだったので、観念して口を開く。
「……DランクからBランクへ昇格になった」
「Bですか!? Cではなく?」
「す、すっげええええ!」
「凄いです!」
俺の告白にエマ、ジョゼ、セレスの三人は大声で驚いた。俺は慌てて一番うるさいジョゼの口を手で塞ぐ。
「あ、あまり大声で言いふらすな」
「――む、むぐ……」
ジョゼが落ち着いたのを確認してから手を放し、再び歩きながら話を続ける。
「言っただろう? Bランクへの昇格は戦闘能力以外に実績を求められると」
「なるほど、おじ様はダンジョンを攻略した実績がありますから、資格は十分という事ですね」
「ああ。それに今のギルド長補佐官というのが、よりにもよって俺の後輩だったんだ。数年前に現役を引退したらしいが、俺の実力をかなり過大評価してくれていた。ギルドの奥で再会して少し話したが、モミジに俺の話を教えたのもあいつだったみたいだ」
「ギルド長補佐官って、ギルドで二番目に偉い方ということですよね?」
「そうだな」
「そんな凄い方が後輩だなんて、さすがおじ様です」
「俺としては凄く歳を取った気分になったがな……」
後輩がギルド長補佐官になっているなど、誰が予想できただろうか?
30代の前半でそんな役職に付いている奴も凄いが、俺ももうそんな歳だということを思い知らされた。
家へと続くこの道も、20年の時間が過ぎた事であの頃とは全く違う道になっている。昔はこんなに道が舗装されていなかったし、周囲にこんなにたくさんの建物はなかった。
中央大陸にあの頃以上のしっかりとした人類の居場所が作られたのは喜ばしいことだが、俺の知っている場所では無くなってしまったことに寂しさも覚えた。
「――レオスくん?」
少しだけノスタルジックな気分に浸って歩いていると、正面から歩いて来た女性が立ち止まり、俺の名を呼んだ。
俺はその場で立ち止まると、目の前の女性に目を向ける。歳は20代半ばくらいだろうか?
薄桃色の長い髪の毛に緑色の瞳をした西大陸系の女性だ。背が高くとてもスタイルが良い美人であり、俺はその美しさにしばし見惚れてしまった。
「レオスくん……だよね?」
「――っ、あ、ああ。そうだが……君は?」
「あっ……わ、分からない……よね。もう何十年も前だし……」
俺が誰だか分からないそぶりを見せると、目の前の彼女はとても悲しそうに目を伏せた。俺は慌てて頭をフル回転させて自分の記憶を探る。
俺の名前を知っているという事は昔の知り合いのはずだ。だが、彼女の年齢からして、当時はかなり子供のはず。薄桃色の髪をした女の子。そう考えた時、ただ一人だけ該当する人物が記憶の中にいた。
「ま、まさか……ジニー?」
俺が名前を口にすると、女性は顔を上げて俺を見た後で喜びを噛みしめるようにゆっくりと頷いた。
「うん。久しぶり……だね。レオスくん」
ヴァージニア・キャメロン。愛称はジニー。
俺たち4人にとって妹の様な存在であり、俺たちが冒険に出発する際はいつも寂しそうにしていた姿をよく覚えている。
5歳年下なので現在は32歳のはずなのだが、とても30代には見えないほどに若く、俺は少々戸惑ってしまった。
「大きくなった――は失礼か……綺麗になったな、ジニー」
「へ? う、うん。ありがとう……」
俺の言葉にジニーが頬を染めて目を逸らす。
しまった。大人の女性に大きくなったでは失礼だと思って言葉を選んだのだが、逆に口説いているような言葉を送ってしまった。
「あ、あの、本当にレオスくん……なんだよね?」
「ああ、そうだ。あの頃よりずいぶん老けたと思うが、よく俺だと分かったな」
「レオスくんはレオスくんだもん。でも、こんな急に帰って来てくれるなんて思っていなかったから、幻なんじゃないかって思って」
「確かめてみるか?」
俺はジニーに右の手のひらを差し出す。すると彼女は恐る恐る俺の手に自分の手を重ねてから、軽く握る。
「……あったかい。本当に……レオスくん、なんだね?」
「ああ」
ジニーは嬉しそうに微笑んだが、その目尻から一筋の涙が流れ落ちた。
「お、おい。何も泣かなくても」
「えっ? あ、あれ、どうしてだろう」
ジニーは次々と溢れてくる涙を拭いながら、俺に尋ねる。
「……レオスくん、これからはまたここで暮らしてくれるの?」
「そのつもりだ」
「そっか、嬉しいな。突然いなくなっちゃったから、凄く寂しかったんだよ?」
「悪かった。あの時は、みんなを失ったショックでおかしくなってたんだ」
思えば、俺はジニーに別れすら告げずに中央大陸を去った。せめてジニーには俺たちに何が起きたのか伝えるべきだったのかもしれないが、あの時の俺はジニーに気を配ってやる余裕すらなかったのだ。
俺が死んだ3人の事を思い出していると、俺の隣にいたエマがジニーと繋いでいる手を引っ張った。
「ん? どうした、エマ?」
「二人だけの世界に浸っているところ悪いですが、私たちのことを忘れないでくださいね。お父様」
「は?」
聞き間違いか?
エマが俺を父と呼んだように聞こえた気がする。
ジニーにも聞こえたのか、彼女は俺と繋いでいた手を離すと、一歩後ろへ下がった。
「レ、レオスくん……結婚してたんだ。そうだよね、あれから20年以上たってるし、子供がいてもおかしくは――」
「いや、待て、勘違いするな、ジニー。この子は俺の娘じゃない」
「――へ?」
「エマも、こんな時に妙な冗談はやめろ」
俺がエマを軽く叱ると、彼女は不機嫌そうな表情で俺に抱き付いた。
「……おじ様が悪いんです」
「どうしてそうなる?」
「ご自分で考えてください」
俺はエマの言動の意味が分からなくて、ジョゼとセレスへと助けを求めるように視線を向けた。
「俺から言えることは何もないかな」
「ランバートさん、エマちゃんの事はとりあえず後で考えてもらうとして、私たちにも紹介してくれませんか?」
この状態のエマを保留して話を続けていいものか分からないが、俺はセレスに言われるままに3人にジニーを紹介した。
「あ、ああ。彼女はジニー、俺の……昔からの友人だ」
昔の俺であれば家族や妹と言っただろうと思うのだが、20年という時間がそれを否定した。
俺はもうあの頃の俺ではないし、ジニーもあの頃のジニーではないだろう。だからこそ、家族ではなく友人としてジニーを紹介した。
「ヴァージニア・キャメロンです。よろしくね」
「俺はジョゼ・メイレレス。よろしく、ジニー姉ちゃん」
「セレス・シーンです。よろしくお願いします」
「……エマ・メイレレスです」
ジョゼとセレスはいつも通りだが、エマだけは相変わらず俺に抱き付いた状態で小さな声で自己紹介した。
「ジニー、この子達は俺が南大陸で出会った冒険者なんだ」
「……お子さんではないのね?」
「もちろんだ。エマとジョゼに関しては保護者という立場ではあるが、俺の子供というわけではないし、俺は独身だ」
「保護者……それって、レオスくんにとってのジェフリーさんみたいなこと?」
「あ~、まあそんな感じだ」
ジェフリーさんとは、俺たち親のいない子供をギルドで面倒見てくれた上級ギルド職員で、俺が冒険者をやっていたころにはギルド長補佐官だった人だ。
俺にとってはギルド職員のみんなが家族だったが、オードリーはジェフリーさんを父親の様に慕っていたのを覚えている。
「……なるほど、そういうことなのね」
ジニーは少し屈むようにしてエマと視線を合わせると、優しく話しかけた。
「エマちゃん、これからよろしくね?」
「……よ、よろしくお願いします」
ジニーはエマの頭を優しく撫でた後で、再び俺へと向き直る。
「それで、レオスくん。これからどうするの? もしかして、家に向かってる?」
「ああ。ほったらかしにしていたし、どうなっているか分からないが、一応状態を確認しておこうと思っている」
「そっか……ねえ、レオスくん。私も一緒に行っていい?」
「構わないが、ジニーこそ用事はいいのか? どこかへ行く途中だったのだろう?」
「う、うん。まあ、そうなんだけど……少しだけ、待ってもらえない? そしたら一緒に行けるから」
「いや、だが――」
「――お願い!」
「……わ、分かった」
俺は何故か食い気味に付いて来たがるジニーに少々圧倒されながらも、彼女が素早く用事を済ませてくるのを待ってから、一緒に自宅へと向かった。




