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中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬あさ
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第三話 レオスと異国の冒険者7

 約一週間の船旅を終えて、俺たちを乗せた帆船は中央大陸へと到着した。

 俺は次第に近付いて来る中央大陸を船の上から眺めながら、20年という時の流れを感じていた。記憶の中にあった風景とはずいぶんと違うものだったからだ。

 船着き場も、建物も、あの頃よりも新しいものになっていた。


「もう着いちゃいましたね」

「予定通りだっただろう?」

「そうですけど、結局レオス先輩は到着までに奥義を習得出来なかったじゃないですか」

「ぐっ……それを言うな」


 モミジが俺に奥義を見せてくれた後も、彼女に教わりながら練習を重ねはしたのだが、習得までには至らなかった。

 とはいえ、小規模な『斬破』なら何度か成功させたので、日々の練習次第では実戦でも使えるレベルには到達できそうだ。


「そうだ、レオス先輩。今夜、さっそく飲みに行きませんか? おすすめのお店があるんです」

「い、いきなりだな。悪いんだが、今日はギルドでの移籍手続きや住む家のことなどで忙しい。また別の日にしないか?」

「え~、それこそ明日で良くないですか? 今日は冒険者用の宿でもいいでしょう? なんなら私の家に泊ってもいいですよ?」

「は? いや、それは――」


 突然の申し出に俺が断りを入れるよりも速く、俺とモミジの間にミツハが割り込んだ。


「――ちょっと、モミジ。何を考えてるの?」

「え? 何って、先輩と飲みに」

「それと家に誘うのとでは、全く意味合いが変わってくるでしょ!」

「えっ、待って、ミツバ。何を怒ってるの?」


 ミツハはくるりと俺に向き直ると、張り付けたような笑顔で言う。


「すみません、レオスさん。ちょっとモミジと二人で話させてください」

「あ、ああ。任せるよ」

「飲み会は後日改めてお誘いします。もちろん、私も同席しますから」

「そ、そうしてくれ……」


 どうやらモミジは自分の発言がどれだけ危ういものだったのか全く理解していないようだ。28歳だと言っていたはずだが、なまじ冒険者としての実力があり過ぎて、警戒心が薄いのだろうか?

 ミツハに連れていかれるモミジを眺めていると、いつの間にか隣にいたエマが俺の手を握ってきた。


「ん? どうした、エマ?」

「……おじ様、意外とモテるんですね」

「今のモミジの発言にはそういった意図はなかったと思うぞ?」

「そうかもしれませんけど、慕われているのは確かだと思います」

「それは、そうかもな」


 男としてではなく、先輩冒険者としてという意味か。それならばそうかもしれない。

 ありがたいことに、モミジは俺よりも強いはずなのに俺を気に入ってくれているようだし、ミツハも先日の戦闘以降は話しかけてくることが多くなった。

 もちろん、エマとジョゼ、セレスの3人も俺を慕ってくれているし、一年前からは考えられない変化が起きている。

 その中でも一番の変化は、俺がまた中央大陸に戻って来たということだ。


「エマ、着いたらまずは中央南ギルドで手続きを済ませるぞ」

「はい。これで私も中央大陸ギルド所属の冒険者になれるんですね」

「俺がいた頃と色々と変わった部分もあるだろうし、まずはギルド職員から情報収集だな」


 知り合いのギルド職員が何人現役かは分からないが、場合によってはモミジに教わるという手もある。


「あっ、レオスさん、ここにいたんだ。もう降りていいらしいよ」

「ああ、分かった」


 俺を探していたらしいジョゼとセレスが声をかけてきたので、俺たちはパーティ揃って船を降り、中央大陸へ上陸した。


「どうですか、レオス先輩。久しぶりの中央大陸は」

「どうと言われても、やっと着いたとしか思わん」


 俺たちに続くように船から降りてきたモミジにさらりと返す。すると彼女は不満そうに顔をしかめた。


「……もっとこう、帰って来た~! って感動とかないんですか?」

「そうやってはしゃぐほど若くないからな」

「面白くないですね」


 面白がられるために帰って来たわけでは無い。

 しかし、俺とは逆に子供らしくハイテンションな二人が手を取ってきた。


「おじ様、早く行きましょう?」

「俺、中央のギルドに早く行ってみたい!」

「あ、ああ。分かったから引っ張るな」

「ふふっ、ランバートさん、二人のお父さんみたいですね」


 俺は元気な双子に手を引かれながら中央南ギルドへと向かう。

 セレスやモミジたちが生暖かい目で見守る様に後ろをついてくる。このままギルドに到着したら、俺は冒険者たちから二人の父親だと誤解されることだろう。

 嫌では無いが、訂正するのが面倒になりそうだ。

 ギルドが近付いて来ると、俺は昔の記憶が蘇ってくるのを感じた。

 東大陸で多く見られるらしい木造の建築で、ところどころ使われている木材が新しい物に変わっていたり、屋根の色が塗り直されていたりするが、基本的な形は昔と変わっていない。

 ギルドの正面に立ち、木製の大きな扉に手をかけたところで、俺はここで感じるはずがないほどに大きな魂力を感知した。


「待て、何か妙だ……北門の方から強い魂力を感じるぞ?」

「レオス先輩。私たち、ちょっと様子を見てきます」

「俺も行く」

「ダメですよ。先輩はまだ移籍の手続きが終わってないじゃないですか」

「そんなことを気にしている場合か?」


 北門はギルドの正面から右へ道なりに進んだ先に見えているのだが、その門の奥に大きな魂力を感じる。

 北門付近は中央大陸の中では最も弱い魔物しか出ないエリアのはずなので、これは明らかに異常事態だ。


「大丈夫です。どんなイレギュラーな魔物でも、私が本気を出しますから」

「奥義か?」

「いえ……こっちを使います」


 モミジは左手で腰の八命刀に触れながら言う。

 これはもしかしたら、エマたちにとってもいい経験になるかもしれない。


「モミジ、聞いていなかったが、お前のランクは?」

「……すみません、答えている時間はなさそうです」


 モミジはわざとらしくはぐらかすと、仲間を連れて北門の方向へ駆け出していく。


「エマ、ジョゼ、セレス。俺たちも行くぞ」

「えっ? でもレオスさん、モミジ姉ちゃんはダメだって言ってたよ?」

「俺たちが助太刀に入る必要は無いが、トップ冒険者の本気を見るのはいい経験になるはずだ」

「トップ冒険者? モミジ姉ちゃんが?」


 俺の見立てでは、モミジのランクは間違いなくB以上。恐らくはAランクだろう。そして、居住区へ迫ってきている魔物はBランク相当だと思われる。

 トップ冒険者対Bランク魔物の戦いなど、そう簡単に見られるものではない。俺はエマたちを連れてモミジのパーティの後を追いかけた。

 やっとのことで北門まで駆け付け、同じように駆け付けた他の冒険者に紛れて門をくぐると、何人もの冒険者が見守る中で、モミジのパーティが魔物と戦闘を繰り広げているのが見えた。

 居住区へ侵入しようとしている魔物は巨大な獣系魔物だった。

 獅子のような見た目だが頭が二つあり、大きさは高さが人間3人分ほどもある。


「ひっ!? ラ、ランバートさん! ち、中央大陸ってあんな魔物ばっかりなんですか?」

「い、いや、あれはかなり奥に行かない限りは本来いないはずだ」


 双頭の獅子の魔物はモミジたちの攻撃を素早く回避すると、後ろへ飛び退いてから北門前にいる俺を含めた冒険者たちに視線を向けた。


「――っ!? 不味い!」


 俺が危機を察して前に出ようとすると、それよりも速くモミジのパーティのタンクであるセドリックが間に割り込み、黄金のガントレットを付けた拳を地面に叩きつけた。すると、彼の正面に巨大な石の城壁が出現する。

 ほぼ同時のタイミングで魔物の二つの口から巨大な火炎が発射されたが、セドリックが生み出した石垣によって俺たちは守られた。


「ナイス、セドリック! ミツバ、テレンス、次で決めるわ!」

「オッケー、やるよ、ミツハちゃん! 『ウォーター・ウィップ』!」

「分かってる! 『紅炎斬』!」


 モミジが八命刀を納刀して力を溜めるように構えると、テレンスが水の命技で魔物の右前脚を縛り、モミジの炎の魂術が左前脚を引き裂く。

 二人の攻撃で魔物の動きが鈍ったところで、モミジが必殺の一撃を繰り出した。


「これで終わりよ! 『ライトニング・スラッシュ』!」


 モミジの抜刀と同時に稲妻の斬撃が飛び出し、双頭の獅子は綺麗に一刀両断された。

 二つに分かれた魔物の身体が大きな音を立てて地面へ崩れ落ちると、一部始終を見ていた冒険者たちから歓声が上がった。

 モミジは冒険者たちに笑顔で返すと、魔物の死体へ近付いて再び八命刀を振り、内部から二つの魔石を取り出した。


「お、おじ様、あの魔物、魔石が二つありますよ!?」

「ああ。稀にそういった個体も存在するんだ。あいつは頭が二つあったし、二体分の力を持っていたということだろう。だが、それ以上に凄いのは魔石の種類だ。三人ともよく見てみろ」

「種類ですか?」


 俺に言われてエマ、ジョゼ、セレスの三人はモミジが取り出した魔石を見ようと目を凝らす。

「――あっ!」

「虹色だ!」

「じ、術魔石持ちの魔物なんて……初めて見ました!」


 セレスがモミジの持っている術魔石と、自分の杖の術魔石を見比べて目を輝かせる。


「私の術魔石も、あんな凄い魔物から取れたものなんですか?」

「もちろんだ。術魔石はBランク以上の魔物からしか取れないからな」


 現在、俺たちのパーティが所持している術魔石は三つ。

 セレスの杖に嵌められている物と、俺の魔導盾に嵌める用の物。そして、ヘンリーさんから貰った物を俺のバックパックの中に忍ばせている。

 魔石は何度も使っていると砕けて使い物にならなくなる。術魔石は比較的に耐久力が高いとはいえ、消耗品であることに変わりはないので大切に使っていきたいところだ。


「Bランク魔物……ランバートさんなら勝てますか?」

「一対一ではかなり厳しいな。俺の実力では遺物を使ってもCランク程度だろう。モミジに教わった奥義が使えるようになれば、狩れるかもしれないな」

「モミジさんたちって、本当にすごい冒険者だったんですね」

「ああ。俺もまさかここまで強いとは思っていなかったよ。どうして俺なんかに興味を持ってくれたのか分からないくらいだ」


 初めて会った時は立ち振る舞いや雰囲気、所持している遺物から見てCランク以上の冒険者だと思っていた。そして、共に魔物と戦い、あの『奥義』を見てBランク以上だと察したのだが、今の一撃を見て確信した。

 モミジはAランクの力を持った冒険者だ。

 俺がモミジに近付くと、彼女は自慢げに術魔石を見せびらかして来た。


「あっ、レオス先輩、見てくださいよ。この術魔石、私が今まで見てきた中でもかなり純度が高い方ですよ!」

「……さっきの技、最上級命技だな?」

「あっ――」


 俺の質問を聞いて、モミジの顔色が変わる。今の今まで子供の様にはしゃいでいたというのに、まるで別人かと思うほどに真剣な表情になった。


「――やっぱり、分かります?」

「当たり前だ。あれは雷だろう? そんなものを生み出せるのは最上級命技以外有り得ない。合点がいったよ、だからお前の太刀は八命――」

「わああああ! せ、先輩、それは秘密ですって!」


 モミジが慌てて俺の口を塞ぐ。

 しまった。話に集中しすぎて不特定多数の前だということを忘れていた。


「す、すまん」

「もう……困りますよ。その話は今度二人きりの時に――うわっ、ミツバ?」


 俺とモミジが近付いて小声で話していると、ミツハが強引に俺たちの間に身体を入れてきた。その鋭い目が俺を警戒するように睨み付けている。


「レオスさん……お話の続きは今度三人で飲みに行った時にでも」

「あ、ああ。そうだな」

「……これは個室を予約する必要がありそうですね」


 ミツハはやれやれとため息を吐くと、周囲にいた冒険者たちに声をかける。


「暇な方は魔物の解体を手伝ってもらえますか? それ以外の方は解散をお願いします」


 その一言で、これまでただ見ているだけだった冒険者たちが一斉に動き出した。

 俺はその動きに乗じてエマたちと合流すると、居住区へと戻った。色々と聞きたいことはあるが、それはまたの機会にしておこう。

 気を取り直して冒険者ギルドへ向かおうとしていると、先ほど俺たちと一緒にモミジの戦いを見ていた20代くらいの冒険者の青年数人が声をかけてきた。


「あの~、さっきタチバナさんと話をしていたようですけど、東か西のギルドの方ですか?」


 どうやら、モミジと話していた姿が彼らの興味を引いてしまったらしい。


「いや、俺たちは今日からこの中央南ギルドに所属することになったんだ。これからよろしく頼む」

「えっ? い、移籍ですか? どちらのギルドから?」

「……南大陸ギルドだ」

「は?」


 青年は一瞬気の抜けた声を上げた後で、仲間たちと顔を見合わせる。

 恐らくは、俺のような歳で南大陸ギルドから移籍してくる冒険者がいるとは思ってもみなかったのだろう。


「もういいか? 移籍の手続きがあるから、これで失礼するよ」

「あっ、は、はい……なんていうか、その……頑張ってください」

「ああ。ありがとう」


 俺は苦笑いを浮かべる青年たちと別れてギルドへと歩を進める。

 隣を付いて来るエマたちが不思議そうな顔をしていたので、これからギルドで起こりそうな出来事を想定して、歩きながら少しだけ話をしておこう。


「三人とも、これからギルドで俺が何を言われても、あまり気にするなよ」

「え? どういう意味?」

「俺のような歳で、南大陸から出てくるような冒険者は他にいない。本来は引退を視野に入れるような歳だからな」

「引退って……レオスさん、まだまだ強いじゃんか」

「俺もそのつもりだが、肉体の全盛期は過ぎている。ここからは弱る一方だ。ここで活動している冒険者たちから見れば、大した実力もないおっさんが無理して出てきたようにしか見えないだろう」


 先ほどの青年たちはまだ良い方だった。正直に言うと、あの場で馬鹿にされて笑われるかと思ったくらいだ。


「おじ様の実力は、ここにいる冒険者の中で弱い方なのですか?」

「若手たちも入れれば強い方だとは思いたいが、モミジたちのような熟練の冒険者と比べたら強いとは言い難い。それに俺が若い頃はBランク以上のトップ冒険者でもない限り、30代になったら引退するのが普通だったくらいだ」


 エマは少し不満そうに眉間にしわを寄せた。


「ランクなんかで、その人の強さは測れません。実際におじ様の戦いぶりを見れば、おじ様を弱いと思う人はいないはずです」

「そうだと嬉しいが、初対面ではランクで実力を測るしかないからな。俺がどんなに馬鹿にされようと、お前たちは言い返すなよ。これからここのギルドに所属するのに、仲間内で争いたくはないからな」

「ランクで人を見下して馬鹿にしてくるような人を仲間と呼べますか? 私は絶対に嫌です」


 俺が馬鹿にされるところでも想像したのか、エマは不機嫌そうに語気を強めた。俺は彼女の優しさに感謝しながら頭を撫でてやると、冒険者ギルドの前で立ち止まった。


「嫌でも言い返さずに無視するんだ。ギルド内で言い争って悪目立ちしたら、それこそあることない事を噂される可能性が増える。喧嘩でもして悪いイメージが付けば、元々は好意的だった冒険者からも距離を置かれてしまう可能性だってあるんだぞ?」

「……分かりました。嫌ですけど、耐えることにします」

「頼んだぞ。ジョゼとセレスも、よろしくな」


 ジョゼとセレスに視線を向けると、二人もエマと似たような表情で渋々頷いた。


「レオスさんが言うなら、それが正しいんでしょ? もしそんな奴がいたら、そいつとは一生口きかないよ」

「私も、そういった心無い人は無視しようと思います」

「よし――では、行くぞ」


 これからどのような事を言われようと気にしないように覚悟を決めると、ギルドの扉を開ける。

 俺は23年ぶりに、生まれ育ったギルドへと帰って来た。

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