第三話 レオスと異国の冒険者6
モミジとミツハ、ついでにセレスにもエマとジョゼの異能の事を説明すると、モミジは少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「あはは……まさかそんな異能があったなんてね」
「あの、私とジョーの異能もあまり言いふらさないでくださいね」
「うん、分かってるよ。でも、それだと今度はこっちが情報を貰い過ぎかな」
どうやらモミジは図らずもエマとジョゼの異能の詳細を知った事を悪く思っているようだ。何か代わりの情報を提供しようと考えを巡らせるように唇に指をあてて上を向いている。
どんな情報が出てくるか分からないが、モミジはダンジョンを攻略した経験を持っているため、場合によっては自分の異能を開示してくる可能性がある。
このままお互いの情報を小出しにしていく状況はあまり良いとは言えないので、俺は咄嗟に代わりになりそうな情報をモミジに求めた。
「なら、モミジ。魂術について少し俺たちに教えてくれないか?」
「へ? 魂術?」
「エマとセレスは中級魂術を練習中なんだ。何かアドバイスを貰いたい」
「そんな事で良いんですか? 魂術なら先輩が教えてあげれば良いだけなのに」
「いや、俺は五行剣の力で上級魂術を使えるだけであって、実際には下級魂術までしか使えない。むしろ、俺もお前から教わりたいくらいだ」
「そ、そうなんですか?」
モミジがミツハへ視線を向けると、彼女は小さく頷いた。
「魂術なら中央東出身の私たちのようが遥かに詳しい。情報の釣り合いは取れると思う」
「そっか……分かりました。じゃあ、今から少しの間だけ、私が先生をやるね」
モミジが魂術を教えてくれることが決まると、エマは嬉しそうに目を輝かせた。最近はほとんど本を片手に自力で練習するだけだったので、誰かに教わるというのが嬉しいのだろう。
「えっと、中級魂術を習得したいってことだけど、二人は中級魂術に関してどのくらい知ってるの?」
「中級魂術には『破』、『陣』、『斬』の三種類の性質変化があるということは知っています。私は『陣』を自力で習得していて、今は『破』を練習中です」
「ふむふむ。『陣』は使えるんだ。セレスちゃんは?」
「えっと、エマちゃんに教わって『陣』を練習中です」
「そっかそっか。じゃあ、二人には『破』と『斬』を教えてあげれば良いって事だね」
モミジはうんうんと頷くと、ミツハへと視線を向けた。
「じゃあミツバ。二人の先生はミツバにお願いするね?」
「――えっ? ちょっと、モミジ。どうしてそうなるの?」
「だって、『破』と『斬』なんて基礎中の基礎だよ? そういうのはミツハの方が教えるの上手そうだもん。代わりに私は――」
モミジは俺へと視線を移してにっこりと笑う。
「――先輩に、『奥義』を教えてあげます」
俺とエマ、セレスの三人がモミジたちに魂術を教わり始めた翌日。エマが『斬』を習得して海を割った。
「で、出来た!」
珍しく年相応の子供らしく喜ぶエマを横目に、セレスが焦る様に『陣』を練習している。
「セレス、集中を乱さないで。あなたも『陣』はほとんど習得できている。後は範囲と持続時間を実践でも使えるレベルにまで仕上げるだけなんだから」
「は、はい!」
俺は残酷なまでに才能の差が出始めたのを目の当たりにして、セレスに同情した。
エマは教わり始めた昨日の夕方には『破』を習得し、今日の朝から練習を始めた『斬』をたった数時間でモノにしてしまったのだ。
片やセレスはというと、やっとのことで『陣』を完成目前までに持っていけたところだ。このままいけば今日中には目標だった『陣』の習得は出来そうだが、真横で才能を見せつける年下のエマがいたのでは、自信を無くしてもおかしくない。
「先輩……エマちゃんに先を越されちゃいましたよ?」
「わ、分かっている。だが俺も、もう少しでコツが掴めそうなんだ」
「そう言い始めてから3時間は経ちましたけど……」
俺の隣で船の甲板に座り込んでいるモミジが退屈そうに大きなあくびをした。彼女は俺に『奥義』とやらを教えてくれると言っていたが、そのためには中級魂術の『破』が使えなければいけないらしい。
五行剣を使えば『斬』は出来るのだが、『破』は自力で習得しなければならず、俺は昨日から『破』を習得するべく練習を重ねているのだ。
俺もセレスと同様に、エマの才能を前に自信を喪失しそうだった。
「『ウインド・ショット』!」
俺が魂術を放つために集中力を高めていると、船の後方からジョゼの声が響き、風属性の命技が海へと打ち出された。
風の刃が海を斬り裂き、水飛沫が上がる。
「よしっ! 今のどうだった!?」
「良いんじゃない? やっぱり才能あるよ、君」
「うむ。今の命技は実戦でも十分に通用する威力だった。よく頑張ったな、ジョゼ」
「へへへ……兄ちゃんたちの教え方が良かったからだよ」
テレンスとセドリックに褒められて、ジョゼは嬉しそうに笑っている。どうやらあちらの訓練も上手くいっているようだ。
「あらら……先輩。ジョゼ君にも先を越されましたよ?」
「……命技なら、俺は上級まで習得している」
「そういう意味で言ったんじゃないです」
「くっ」
モミジの言いたいことは分かっている。つまり、俺だけが練習を始めてからまだ何も習得していないということだ。
そんな俺の下へ、全ての中級魂術を習得し終えたエマが近付いて来た。
「おじ様、進捗はいかがですか?」
「……昨日と変わらん。モミジが言うように、一か所に固めた魂力を外側へ爆発するように拡散させようとしているのだが、どうにも上手くいかない」
「ちょっとやってみてください」
「ん? ああ」
俺はエマに言われるままに、右手を海へとかざして左手で支える。魂力を生み出して手のひらの前へと集束させると下級魂術で物質化させる。
「よし……いくぞ!」
俺は海へ向かって魂術を撃ち出すと、海面にぶつかる瞬間に魂術が内部から爆発するように操作する。
しかし、実際には爆発ではなくただの魂力が霧散するだけで、海面には魂術がぶつかった以外の変化が現れなかった。
「……爆発しませんでしたね」
「……ああ」
「エマちゃん、先輩ったら昨日からずっとこの調子なんだよ? これじゃあ奥義を教える前に中央大陸に到着しちゃうよ」
「そ、そうなんですか……けど、おじ様の魂術が上手くいかない理由、なんとなく分かりましたよ?」
「えっ?」
「本当か!?」
俺とモミジが驚きの声を上げると、エマはその声に驚いたような表情をした後で続けた。
「は、はい。そもそもおじ様の魂術は使用されている魂力の量が少ないんです。おじ様、下級魂術を使う時の2倍くらいの感覚で魂力を生み出していますよね? 中級魂術を使うなら、最低でも5倍は魂力を使ってみてください」
「な、なるほど……」
当然だが、下級よりも中級の方が魂力を多く消費する。それは魔物が使ってくる時の規模や感覚で分かっていたのだが、どうやら中級魂術は俺の思っていた以上に大量の魂力を消費するらしい。
「エマちゃん、どうしてそんな具体的なことまで分かるの?」
「ど、どうしても言われても、こう……肌にピリピリくる感覚で分かりませんか?」
「魂力が強いか弱いかなら、何となく分かるけど、エマちゃんほど正確には分からないよ。レオス先輩、この子すごいですね!」
エマの魂力を肌で感じ取る能力は健在のようだ。しかし、まさか東大陸系のモミジでさえ分からないような魂力の的確な分析が可能だとは思わず、俺も驚いた。
とにかく今は、エマに言われた通りにやってみよう。
俺はこれまでの5倍以上の魂力を生み出すと、それらを圧縮して物質化していく。
「――っ! なるほど、こういうことか!」
今なら分かる。大量の魂力を一点に集中させ、ここぞというところで開放すれば、この魂術は間違いなく爆発するだろう。
俺は圧縮して固めた魂術を海へと操作し、海面にぶつかる瞬間に圧縮を解き放つ。すると、押し固められていた魂力が爆発するように外へと拡散し、海に大穴が穿たれる。
「で、出来た……」
「やりましたね。おじ様!」
「あ、ああ。まさか俺が遺物を使わずに中級魂術を使える日がくるとは思わなかった」
モミジは俺が『破』を完成させたのを見届けると、やっと自分の出番だと言わんばかりに元気よく立ち上がった。
「前準備がやっと整いましたね」
「すまないな、待たせて」
「いいですよ。それじゃ、ちょうどいい獲物も近付いてきていることですし、実戦で奥義をお見せしますね」
モミジはそう言って駆け出すと、船の進行方向へと向かった。俺とエマも彼女を追いかけて移動する。
中央大陸へと進む船の進行方向から数匹の動く物体が見えた。モミジの言う獲物とはあれのことだろう。
サメの背ビレの様なものが見えるので、あれは群れを成したサメ系魔物に違いない。
「ミツハ、ここは私一人にやらせて」
モミジは俺たちと同様に駆け付けてきたミツハを手で制止すると、八命刀を構えて大量の魂力を纏わせていく。
「いいですか、先輩。多分一撃で決まりますから、見逃さないでくださいね」
八命刀は魂力を使って命力を生み出す遺物らしいが、今回はその能力は使わずに魂術の奥義で魔物を仕留めるつもりだろう。
「『奥義・緑葉斬破』!」
モミジが八命刀を一閃させると、極限まで高められた魂力が撃ち出される。彼女が使ったのは、五つある魂術の属性の内、木属性にあたる『緑葉』だ。
いくつもの植物の葉が一つの巨大な刃となって海を割り、一直線に魔物へと迫る。そして戦闘の魔物を一刀両断したタイミングで魂術が膨れ上がり、爆発するように刃が四方八方に拡散した。
海が抉れ、群れを成していた魔物全てが細切れになっていく。
モミジは八命刀を納刀すると、にこやかに言い放った。
「これが、私の奥義、『五行斬破』です」
俺はその威力を目の当たりにして、気が抜けたように息を吐いた。
「あ、あれ? 先輩、どうしたんですか?」
「お前、やっぱり……俺よりずっと強かったんだな」




