第三話 レオスと異国の冒険者5
魔物を船から剥がす作業が開始されて数分が経過したところで、何度かミツバから睨むような視線が送られてきて、いい加減気になってきた。
どうやら俺がモミジと友好的な関係を築いた結果、ミツバの反感を買ってしまったようだ。
俺の感情だけで言えばこのままでも良いのだが、モミジとはこれからも中央大陸で協力していきたいので、同じパーティのミツバと対立するのは不味い。仕方なく、作業の合間を見て彼女に話しかけた。
「えっと、ミツバと言ったよな? 俺が何か気に障るようなことをしただろうか?」
「――えっ!?」
「え?」
俺の予想に反して、ミツバは驚いて甲高い声をあげた。
「い、いや、べ、別にそういうのはない、です」
「そうか? だが、先ほどから睨まれているようだったし、嫌われたかと思ったんだが」
「ち、違います。私はただ……」
ミツバは何故が顔を赤くして口籠る。嫌われているわけではないとしたら、いったい何だというのだろうか?
すると、モミジが俺とミツバの間に割って入って来た。
「あ~、すみません、先輩。ミツバは目付きが悪いだけですから、気にしないでいいですよ?」
「目付き?」
確かに彼女は切れ長のつり目なので、睨んでいるつもりはなかったと言われれば、そうなのかもしれない。だが俺を何度も見ていたのは事実だろう。何か思うところがあったのは確かなはずだ。
「……睨んでいなかったのは分かった。だが、ミツバは何度もこちらを見ていただろう? あれは何だったんだ?」
「えっ? そうなの?」
俺とモミジが目を向けると、ミツバはおずおずと口を開いた。
「そ、その前に……私の名前。ミツハ・ユウギリです」
「ん? だがモミジがミツバと呼んでいるぞ?」
「それはあだ名です。モミジが子供の頃に私の名前を読み間違えて、それが定着しただけなので、モミジ以外には呼ばれたくありません」
モミジにだけ許した愛称ということか。知らなかったとはいえ、馴れ馴れしすぎたようだ。
「そうか、すまなかった。では――ユウギリでいいか?」
「あ、いえ……ミツハでいいです。レオスさん」
「分かった。それでミツハ、戦いが終わってから、何故か俺を意識していたようだが、どうしたんだ?」
「レオスさんが最後に使った魂術が気になったんです。けど、あなたの剣は遺物のようでしたので、気軽に聞いて良いものか考えていました」
なるほど、そういうことか。
遺物は強力な力を秘めているが、それを大っぴらに自慢する者は少ないし、使い方を知られて盗まれる可能性もあるから、よく知らない相手には能力を教えない冒険者も多い。
現に俺は、幼馴染の形見である三つの遺物の使い方を理解するのに数年かかった。試行錯誤の末に辿り着いた使い方なので、まだ知らない能力があってもおかしくないくらいだ。
「気にするな。お前たちは共に戦った同じギルドの仲間だろ」
「仲間……ですか。ギルドの職員みたいなことを言うんですね」
「事実だろ?」
「…………ですね」
ミツハの回答に妙な間があったのが気にはなるが、今は話を進めよう。
「それで、俺の魂術が気になったと言ったな?」
「はい。あの術は上級魂術の『五行変化』と中級魂術の『斬』ですよね?」
「……そのつもりで使っている」
俺が肯定して頷くと、ミツハとモミジは目を見合わせた。
「凄いですよ、先輩!」
「い、いったい誰に教わったんですか? 『五行斬』は20年前だと東ギルドにしか使い手がいなかったはずです! そもそも魂術自体が20年前の南ギルドだと珍しいはずですよね? そのタイミングで中央を離れたあなたが中級どころか上級の応用術をあの精度で習得しているなんて――」
「ま、待て待て! そんな一気に喋るな!」
ミツハが今まで見たことが無いテンションで俺に詰め寄ってくる。もっとクールな女性かと思っていたので、子供の様に目を輝かせて饒舌に語る姿に面食らってしまった。
「――あっ、す、すみません……」
「あはは……、レオス先輩、許してあげてください。ミツバって剣術が絡むとこうなっちゃうんです。20年以上前に中央大陸を去った先輩がミツハの十八番である『五行斬』を使ったから、気になってしょうがなかったんだと思います」
「な、なるほどな。色々話してやりたいところだが……」
俺は二人に周囲を見るように視線で伝える。
二人ともすっかり忘れていたようだが、俺たちは魔物を船から引き剥がす作業の合間に話をしていただけであり、周りには多くの船員がいた。そして好奇心に任せて大声で騒いだミツハのせいで、俺たちは注目を浴びてしまっているのが現状だ。
「作業が終わってから、船室で落ち着いて話さないか?」
「は、はい……すみませんでした……」
「ごめんなさい、先輩」
魔物の撤去作業が終わり、船員たちが通常業務へ戻るとすっかり太陽がてっぺんに登っていた。
昼食を取った後で、俺は船の一室でモミジとミツハと向き合うようにしてソファに腰掛けていた。
魂術の話をするということで、エマとセレスを同席させている。ジョゼはというと、後で異能を使ってエマと記憶を共有すればいいからと、甲板でモミジのパーティメンバーであるセドリックとテレンスに稽古を付けてもらいに行った。幼少期から異能を使いこなしているだけあって、理にかなった使い方だと思う。
「さて、ミツハが聞きたいのは俺の剣についてだったな」
「はい。より正確に言えば、あなたが使った五行斬についてです」
「……その五行斬というのは、上級魂術に中級魂術の『斬』を合わせた術という認識でいいのか?」
「もちろんそうですが、それを聞くという事はもしや独学ですか?」
「そうだな。上級魂術に『斬』を合わせたのは確かに独学と言えるだろう」
ミツハは俺の答えを聞いて、子供の様に目を輝かせる。よほど魂術が好きらしい。
「どうして、誰にも教わらずに思い付けたんですか?」
「俺は命技が得意だからな。同じ要領で応用しただけだ」
「命技と同じ……?」
「上級命技の形態変化に中級命技の属性変化を融合させて使う事があるだろ? 魂術でも同じことが出来そうだと思っただけだ」
「なるほど、言われてみれば確かにそうですね」
ミツハが納得したところで、俺の隣にいたエマが口を開く。
「あの、おじ様。おじ様は下級魂術しか使えないのではなかったのですか?」
「ん? ああ、まあ、普通に魂術を使った場合は下級までしか使えないな」
「どういうことですか?」
俺はその場にいる全員に分かりやすいように五行剣を鞘から抜くと、目の前に掲げて見せる。
「これは俺の友人の形見で、『五行剣』という名の遺物だ」
「五行……剣。レオス先輩、もしかして」
どうやらモミジはこの剣の能力に予想がついたようだ。俺は小さく頷いてみせる。
「この剣は命力を消費して魂術を使うことが出来るんだ」
俺の五行剣の能力を聞いて、モミジとミツハがとある一点へと視線を向けた。気になって俺も目を向けると、そこにはモミジがソファに座る際に目の前のテーブルに置いていた遺物の太刀があった。
「ど、どうした? 二人とも」
「あっ、い、いえ。その剣は数ある遺物の中でもかなり強力な武器みたいですね」
返事をしながらも、モミジの視線は自分の太刀へと注がれている。
「レオス先輩……これ、先輩にだから言うんですけど」
「ちょっ!? モミジ、教える気なの!?」
「うん。ここまで教えてもらって、私だけ秘密になんてできないよ」
モミジが何か心に決めたような目で俺を見る。
何を言うつもりなのか知らないが、秘密にしろと言われれば俺は本当にこの場にいる者以外に喋る気はないので、静かに頷いて見せた。
「私の太刀は『八命刀』という名前の遺物です」
「八命刀?」
「はい。能力は、魂力を消費して命技を使う事が出来るというものです」
「何? それは……」
それはつまり、俺の五行剣と反対の能力を持っている武器ということだ。
「おじ様の五行剣の命技版ということですか」
「あっ……なるほど」
よく分からないという顔をしていたセレスが、エマの言葉を聞いて納得したように頷いた。
モミジはそんな二人に「秘密にしてね」と言ってと笑いかける。
「しかも、元々が魂力を使っているからか、精神ダメージまで与えてくれる優れモノで、私はこの刀で生み出した命技の事を『術技』って呼んでいます。レオス先輩の方も同じように命技と魂術が混ざり合ったような効果があるんじゃないですか?」
俺はモミジに言われて、これまで五行剣を使って戦って来た記憶を遡る。
「……言われてみれば、五行剣の魂術は魔物の魂術に対して命技同様に有効だった。ただ強力な魂術だからかと思っていたが、命技の特性が反映されていたということか?」
「たぶんそうですよ。じゃあ、先輩も私と同じで『術技』使いってことですね」
「術技……か」
命力を操る『命技』と魂力を操る『魂術』。その二つが混じりあったことで生み出されたのが、五行剣と八命刀の『術技』というわけか。
これまでは五行剣の魂術という名前で自分の中で区別していたので、術技という名前が付いたのは助かるな。
俺が術技という名を気に入ったところで、ミツハが真剣な顔で口を開く。
「あの、レオスさん。くれぐれも、八命刀の能力は秘密にしてくださいよ?」
「もちろん言いふらす気はないし、俺は口が堅い方だぞ?」
「あなたは他人を信用しすぎるタイプに見えます。この件はこの場にいる者以外には絶対に漏らさないでくださいね」
「あ、ああ……分かった」
やけに念を押してくるが、俺は本当に誰にも話す気が無いので大丈夫だ。俺だって自分の遺物の能力をあまり他人に知られたくはないからな。
すると、エマが申し訳なさそうに手を上げた。
「……あの、ごめんなさい。ジョーにはもう共有しちゃいました……」




