第一話 レオスと天才双子2
奇妙な双子がギルドの仲間入りを果たした翌日。
俺は日が昇ってすぐに魔物討伐のために狩場である北の海岸へと向かった。
魔物とは本来、中央大陸に生息している未知の生命体だが、そこから海を渡って南大陸へとやってくる個体が存在する。それを海岸で食い止めるのが南ギルドに所属している冒険者の仕事だ。
中央大陸での冒険を夢見る若手の冒険者たちは単純に腕試しや修業として魔物討伐に取り組んでいるようだが、既に中央大陸での活動を止めた俺は若手たちをサポートしながらも、取りこぼしの魔物が内地へ入り込まないように目を光らせる日々を送っている。
「よお。待ちくたびれたぞ」
「お待たせしました。ゆっくり休んでください」
見張り台であくびをかみ殺しているベテラン冒険者のヘンリー・ノーランさんに軽く挨拶して持ち場を変わる。常日頃から夜の守りを担当している彼は夜通し海岸を見張る生活をしている内に日が昇ると眠くなる体質になったそうだ。
魔物は昼間に活動する個体がほとんどなので、夜に現れることなど数年に一回もないようなレベルの希少イベントだが、16年前に夜行性の魔物に子供を殺された経験を持つヘンリーさんは40代後半という引退していてもおかしくない年齢ながらも現役を貫いていた。
「さっさと家に帰って眠りたいところだが、ありゃ何だ?」
ヘンリーさんは若手の冒険者たちに混じって海岸を散策する双子を指差して問う。
「……昨日入った新人の冒険者です」
「新人だと……? コンラッドの野郎、適当な審査しやがって。ぶん殴って来てやる」
「ま、待ってください!」
俺は慌てて止めに入る。本来は冒険者よりギルド職員の方が上の立場なのだが、コンラッドは俺やヘンリーさんと一緒に冒険者をやっていた時期があるため、ヘンリーさんからしてみれば後輩の様なものであり、場合によっては本当に殴りかねないから困るのだ。
「何だ? まさかお前もあんな小さい子を魔物と戦わせる気じゃないだろうな?」
「あの二人がギルドに入団する時、俺も立ち会いました」
「んなっ!? どうして止めなかった!」
ヘンリーさんは俺の胸倉を掴み上げて睨み付けてくる。ここで彼と対立するのは得策ではないので、出来る限り落ち着いた口調で事情を説明するしかない。
「あの二人には年齢からは考えられないほどの力と才能がありました。知識はまだまだですが、成長速度はその辺の若手よりもずっと上だと思います」
「だからって、ギルドに入れるには早すぎるだろ。魔物との戦いは子供の遊びじゃねえんだぞ?」
「あの子たちが遊び感覚で入団試験を受けに来ていたのなら、俺もコンラッドも、有無を言わさずに追い返したと思います。ですが……」
「……違うってのか?」
俺の胸倉を掴んでいたヘンリーさんの手が緩む。
ここで二人の事情を勝手にヘンリーさんに話していいものか悩ましいところだが、このままでは本当にコンラッドを殴りに行きかねない。いや、それだけではなく、二人の事情や意志を無視して冒険者を止めさせようとするに違いなかった。
「家族はお互いだけだと言っていました。両親を亡くし、保護者もおらず、二人だけの力で生きていくために冒険者になりにやって来たと」
「……そうか。だが、何も冒険者にならなくてもいいだろう。ギルド職員として雇ってやれねえのか?」
「冒険者と違ってギルド職員は国に雇われています。18歳以下の子供がなれる職業でないことはご存知でしょう?」
「それはそうだが、正規雇用でなくとも手伝いとして面倒を見てやってもいいだろう?」
「現在、ギルドは人員を募集していません。ヘンリーさんは忘れているのかもしれませんが、ギルド職員は冒険者の次に若者に人気の憧れの職業ですよ? 毎年のようにギルドに訪れては門前払いを食らう若者が大量にいるというのに、あの子たちを優遇してギルド職員の手伝いをさせるわけがないでしょう」
「……だからといって、あんな小さな子に冒険者が務まると本気で思うのか?」
「俺も、冒険者になったのは10歳の時ですよ」
ヘンリーさんは言い返すことが出来なくなったのか俺から手を放して視線を逸らす。その視線は支給された短剣を素振りしている二人へと移った。
「俺の子も、あのぐらいの歳だった……」
「ええ。大きくなったらあなたの様な冒険者になりたいと、いつも言っていましたね」
昔のヘンリーさんは「俺の息子はいつか中央大陸で大活躍する冒険者になる」と酒の席で豪語していた。その頃の気持ちを思い出したのか、悲しそうな目で強く拳を握りしめている。
「お前、あの子たちの入団に立ち会ったんなら、面倒を見てやれよ」
「最低限のフォローはしますが、優遇はしませんよ」
「ちっ、死なせたら許さねえからな」
ヘンリーさんは俺の返事を聞いて不満そうに舌打ちすると、踵を返した。
「そんなに気になるなら、あなたが守ってあげればいいのでは?」
「馬鹿野郎。俺が昼間も活動したら、誰が夜にここを守るんだ。俺は息子の時の様な悲劇を二度と起こさないために、こんな歳になっても現役を続けてんだよ」
ヘンリーさんはそう吐き捨てると、奥さんの待つ自宅へと帰っていく。彼はここ最近、引退を考えていると言っていたのだが、あの二人が一人前になるまでは現役でいてくれそうだ。
一人になった俺は見張り台として建てられたやぐらから周囲を確認する。この海岸は中央大陸から直線で南下した際に到着する地点なので、魔物が最も多く襲来する狩場だ。現れる魔物も中央大陸での生存競争に負けて移動してきた弱い個体が多く、比較的倒しやすい。
見張りを始めて30分もしないうちに、最初の魔物が上陸。猪のような見た目の魔物で、小さな群れを形成していた。
魔物は冒険者ギルドによって冒険者と同じようにランクが設定されており、大まかな種族と大きさなどから判断される。
今回の猪は獣系魔物と呼ばれているタイプだ。獣系魔物は中央大陸で様々な個体が発見されているが、南大陸まで渡ってくるのは猪型の魔物だけであり、俺が見た限りでは今回の魔物はほとんどがFランク。群れのリーダーらしき一回り大きい猪はEランクといったところだろう。
すぐさま若手の冒険者たちが集まって戦闘を開始する。Fランク魔物であれば同じFランクの冒険者はもちろんのこと、新人のGランク冒険者でも2、3人で連携すれば難なく倒すことが可能だ。
血気盛んな若者たちが魔物討伐に挑む中で、そこに混じって戦うだろうと思われた双子が何かに気付いたように別方向へと移動し始めた。
「あの子たち、やはり普通とは違うな……」
俺は二人の視野の広さに感嘆しながらも、やぐらから飛び降りて砂地へと着地する。
見張り台から全体を警戒していた俺は二人と同様にその魔物の襲来にも気付いていたが、まさか新人たちの中で真っ先に気付いて行動を起こすのがあの子たちになるとは思っていなかった。これは少々不味いかもしれない。
少年が短剣を抜いて駆け出す。
「……あれはあの子たちだけでは無理だ」
俺は自分よりも先に魔物と接触しそうな少年を見て、少しだけ焦りを覚えた。せめて最初の攻防で深手を負わされないことを祈りながら、使い慣れた剣を抜く。
二人が目標と定めたのは、透明な身体で見事に海中に溶け込んでいた蠢く粘液生命体。半透明の身体の中心に煌めく魔石を持つその魔物は、ギルドからスライム系魔物と呼ばれている厄介な存在だ。
第一にその透明な身体故に発見が難しく、自由自在に変形する身体はどのような狭い場所にも巧みに入り込む。個体によって様々な特殊能力を備えたものや、武器を使うものまでいる上に、全個体に共通して無限の再生能力を持っているのだ。故に弱点は体内に存在する魔石を砕く以外に無く、砕いてしまえば魔石の価値が失われるという、誰も得をしない魔物である。
現在、二人は俺が教えた『命技』を使った短剣での斬撃以外には、格闘くらいしか攻撃手段を持っておらず、スライム系魔物と戦うには手数が足りない。
そんな俺の焦りを他所に、少年は大きさ1メートルほどの粘液生物に短剣で斬りかかった。
一撃、二撃と十字を描くような斬撃をスライムへ浴びせるが、斬り裂いた粘性の体表は元の形へと再生を始める。
少年から少し遅れて少女が攻撃を仕掛けようとした時には完全に元の状態へと戻っていた。
「そんな――」
「危ない!」
少女がスライムの再生に驚いてたじろいだ隙を突くように、スライムの体表から触手状の粘液が何本も飛び出して彼女へと襲い掛かる。しかし、少年が少女を庇うように割り込んで、短剣を使って迫りくる粘液の触手を斬り飛ばした。
どんなに斬っても無限に再生して増え続ける触手を前に防戦一方となった少年だったが、俺からすれば、身を守ることが出来ているだけでも称賛に価した。
「よく頑張ったな」
すれ違いざまにそれだけ伝えると、俺は持っていた剣に纏わせていた『命力』を燃え盛る炎へと変化させてスライムを斬り裂いた。
一撃で身体の三分の一を斬り飛ばされたことでスライムの攻撃が止むが、すぐに再生が始まる。
「『フレイム・ランス』!」
俺が力強く叫ぶと、持っていた剣が炎の槍へと姿を変える。近くにいるだけで焼けるような熱さを感じる炎の槍をスライムの体内へとねじ込むと、その先端が内部にあった黒い魔石に直撃して粉砕した。
心臓部である魔石を破壊されたスライムの身体は水の様に変化して崩れ、砂浜には砕けた魔石だけが転がった。
俺は周囲を確認して他の魔物がいないことを確認すると、炎の槍を通常の剣へと戻して鞘へ納める。
「す、すっげぇえええ!」
「ま、待て、落ち着け」
少年が目を輝かせて近寄ってくるが、俺は手のひらを向けて制止する。しかし、少年は止まるどころかその手を握ってきた。
「なあ、おじさん。今のどうやったんだ!?」
「ここで説明している余裕はない」
俺は少し離れた海岸に別の魔物が現れたのを確認し、少年の手を軽く振り払う。少し冷たい気もするが、本当に説明している余裕がないのだ。
「いいか、魔物とは二人だけで戦うな。あっちにいる若手たちと協力して戦うんだ」
「えっ、でも、あいつらは……」
「あの方たちは私たちの事を子供だと馬鹿にするんです」
「馬鹿にされたくなかったら、見た目以上に戦えることを一緒に戦って見せつけてやれ」
二人の背中を押して近くの冒険者たちの方へと誘導すると、俺は新しく現れた厄介そうな魔物の下へと走る。
「……今日は忙しくなりそうだ」
普段よりも特殊な魔物が立て続けに現れたことに嘆息しながらも、俺は微かな高揚感を覚えた。
初めての魔物に苦戦し、ベテランに助けられる。それは俺自身も幼い頃に経験した事であり、二人の子供の好奇心に満ちた目は自分の子供時代の冒険を思い出させるには十分だった。俺はその感情に身を委ねたまま、朝の魔物狩りを人知れず楽しんだ。