表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬あさ
19/71

第三話 レオスと異国の冒険者3

 パーティの目標を決めた日の夜。

 甲板で夜空を眺めていると、一人の女性が近付いてきた。先ほどまで船の先頭で船体を守っていたモミジ・タチバナだ。


「見張りはいいのか?」

「それは船員の仕事ですよ。私は命技で船を守る手伝いと、強力な魔物が出た時に倒したりするのが仕事です。それも今は仲間と交代しましたけど」

「そうか。それで、何か用なのか?」

「用というほどじゃないですけど、何をしているのかなと思って」

「何を……か――」


 昼間、エマたちと大陸の奥地を見るという目標を掲げた。そしてそれは、25年以上前に幼馴染たちと決めた目標と同じものだった。


「昔を思い出していた。中央大陸が近付いているからだろうな」

「……あの、一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「何だ?」


 モミジは俺の隣に並び、船の手すりに肘を乗せて夜の海を眺めながら尋ねる。


「昼間、どうしてジョゼくんたちに嘘を教えたんですか?」

「嘘だと?」


 俺は眉間にしわを寄せて、隣に並んだモミジを睨む。

 俺がいったいいつジョゼに嘘を吐いたと言うのだろうか?


「お前、昼間の会話を聞いていたのか?」

「ええ。船を命技で守っているだけの仕事は退屈なので、周りの会話が良く聞こえるんですよ」

「俺の説明のどこが嘘なんだ? 俺はあの子たちに真実しか教えていない」

「本気で言ってます? ダンジョン攻略についての説明は、明らかにあの子たちに夢を諦めさせるために捻じ曲げて伝えていたじゃないですか。確かにあなたの言う通り、ダンジョン攻略は慎重に作戦を練って挑んだ方がいいですけど、あなたが言うほど念入りに準備をする冒険者はほとんどいませんよ。そんなことをしていたら、探索から帰って来た自分よりも上のランクの冒険者に攻略の権利を盗られちゃいますから」

「だろうな。だが、それでいいだろう。ダンジョンはより強い冒険者が攻略するべきだ」


 いつの間にか、俺はモミジを睨むことを止めており、逆にモミジが俺に対して睨みに近い表情でダンジョンに対して熱く語っていた。


「それじゃあ、高ランクの冒険者が独占を続けて、いつまでたってもダンジョンに挑めない冒険者が増えるだけです。あなたは違いますけど、ほとんどの冒険者はダンジョン攻略を夢見て中央大陸で活動しているんですよ?」

「その結果、死人が増える」

「――っ、そ、そうですけど、でも生き延びて生還する冒険者だっています。あなたは誰もいないって言っていましたけど、私は何人か知っています。それに、あなただって生還した一人じゃないですか!」

「…………」

「あっ……す、すみません、私……」


 モミジは俺と目を合わせた後で言い過ぎたと思ったのか、縮こまるように謝罪した。

 俺はモミジが多少冷静さを取り戻したのを確認してから、ゆっくりと意見を述べた。


「何か勘違いしているようだが、俺は若手が夢を追いかけてダンジョンに挑むことを否定はしていない。それでどんな犠牲が出ようとも、ダンジョンに挑みたいと思うのなら、挑めば良い。ただ、俺のパーティでそれは許さないというだけだ。俺はパーティの誰一人として犠牲を出すつもりはない」

「それは……かなり難しいと思いますよ? Aランク冒険者でもダンジョンで死ぬことはあるんですから」

「分かっている。ダンジョンが如何に理不尽な作りをしているのかは、身をもって体験済みだ。だからこそ、あの子たちにはダンジョンよりも、地上での活動に夢を持って欲しかった。そしてそうなるように誘導したのは認めよう。だが、俺が嘘をついていないのは本当だぞ。君の知り合いにはいるようだが、俺が中央で活動していた時代には俺意外に勢い任せにダンジョン攻略に乗り出して生還した冒険者はいなかったからな」


 俺はモミジの刀へと視線を向けて尋ねる。


「その武器は『遺物』だな?」

「……分かりますか?」

「まあな。そこにあること自体に違和感の様なものがある。間違いなく普通の武器ではない」

「さすがですね」

「それを持っているという事は、君もダンジョンを攻略したパーティかレイドにいたのだろう?」

「はい。ダンジョンには、何度か挑んだ経験があります」

「そうか…………何人死んだ?」


 直球の質問にモミジは息を呑むと、一度考えるように視線を巡らせた後、目を伏せて首を振った。


「数え切れません。大人数で行った時は、罠にはまってランクの低い冒険者たちの半数以上が火の海に飲まれたこともありました。逆に人数を絞った時は終盤で消耗して犠牲を出しながら撤退したこともあります」

「Bランク以上でも数えきれないか?」

「時間をかけて思い出せば数え切れそうですけど、それでも二桁は死んでいますね。Aランク以上なら私が知る限り5人死んでいます」

「……そんなところだろうな。思った通りだ」


 俺は力なく笑いながら、船の手すりに寄り掛かって夜空を見上げた。


「ちなみに、俺は四人パーティでダンジョンに挑んだ」

「――え?」


 あまりにも荒唐無稽な話に、モミジは口を開けたまま固まった。

 俺の話を中央南のギルド職員から聞いていたようだが、ダンジョン攻略の詳細までは知らなったらしい。


「馬鹿な話だろう? Dランクになったばかりの若手四人が見つけたダンジョンにその日のうちに乗り込んだんだ」

「い、いや……それは、いくらなんでも……」

「無謀だと誰もが思うだろう。けど、俺たちはそうは思っていなかったんだ」


 それは、今まで誰にも詳しく話した事がない、天才と呼ばれて思いあがった俺たち四人の無謀なダンジョン攻略の話だ。




「22年前、俺は幼馴染の三人とパーティを組んでいた。パーティのリーダーであり、命技と魔石を使ったサポートが得意なオードリー。炎の命技で近接戦闘を担当するライアン、当時は珍しかった魂術使いのマリア。今思えばどこにでもいる平凡なパーティだが、あの頃の俺たちはこのパーティが最強だと本気で思っていた」

「ランバートさんは何が得意なんですか?」

「土の命技だな。俺はとにかく仲間を守る事を第一に考えていた」

「凄くバランスの良いパーティじゃないですか。平凡ではないですよ。実際、その四人で同時にDランクに上がったんですよね?」

「……まあな」


 俺は過去の自分のパーティを評価してくれるモミジの言葉を軽く流すと、話を続けた。


「そして、Dランクに昇格して勢い付いていた俺たちは、探索の途中で発見したダンジョンに、その日のうちに突入した」

「Dランク四人だけで……どうしてレイドを組まなかったんですか?」

「そんなことをすれば、間違いなくダンジョン攻略の主導権を上位ランクの冒険者に奪われただろう。更に言えば、俺たちは若くして頭角を現し過ぎたんだ。ほとんどの冒険者から実力に見合わないランクだと思われていたし、そう思われていることに気付いていた。だからこそ、自分たちの力だけでダンジョン攻略を成し遂げ、見返してやろうと思ったんだ」


 モミジは苦々しい顔でため息を吐くと頭を抱えた。


「どうした? 昔の俺たちの愚かさに呆れたか?」

「いいえ。その逆ですよ。私には昔のあなたの気持ちが良く分かってしまったんです。同じ立場、同じ状況なら、私もダンジョン攻略に挑んでいたかもしれません」


 モミジは良くも悪くも冒険者らしい冒険者だった。それでいて、俺以上に危険な目に会い、それを潜り抜けてきたベテランだ。

 夢と欲望、憧憬と羨望。そういったものに突き動かされ、自らの命すらも駆けてそれを手にしようとした者の一人であり、たまたま生を掴み続けてきただけの存在。もしもあと少し運が無ければ、俺と同じような目にあったとしてもおかしくなかったと、しっかりと理解しているようだった。


「……頭では分かっていても、冒険者としての欲望には抗えない。俺たちがダンジョンに突入する直前に、リーダーのオードリーが言った言葉だ。それが決め手となった」

「そこで引くような人はそもそも冒険者になっていない……ってことですか」

「ああ。今の俺なら踏み止まれるがな」


 一度失敗し、全てを失って絶望したからこそ、俺は夢から覚めていた。子供たちのブレーキ役になるために、この船に乗っているのだ。


「よければ、続きを教えてください」

「ああ」


 モミジに促されて、22年前の絶望を思い出す。

 俺にとって、それは不思議な感覚だった。誰にも話すつもりはないと思っていた内容を、酷く酒に酔ったわけでも無いのに、先日会ったばかりの女性に話していたのだから。

 エマやジョゼ、セレスにも話さなかったことを、なぜモミジには話せるのか。その答えは、彼女が自分と同じで、ダンジョンへ挑んだことがある者であったからに他ならない。

 あの地獄の様な地下迷宮を踏破して生還した彼女になら、自身の苦悩や絶望を真の意味で理解してもらえるのではないか。そういった感情が心の奥底にあったからこそ、まるで昨日見た夢を話すように、過去を語った。


「大人たちから聞いていた通り、ダンジョンにはいくつもの罠が張り巡らされていた。しかし、俺たちは少数だったことと、四人の連携が完璧だったことが幸いし、その罠をことごとく潜り抜けた。おそらくは大人数で来なければ作動しないような罠もあったのではないだろうか」

「それは有り得ますね。私が大人数でダンジョンに挑んだ時も、ホールの奥へ全体の半数が進んだところで足場が崩壊して、後衛が火の海に落とされたことがあります。それでも実力者は生還しましたが、サポーターや魂術使いはほぼ全滅しましたから」

「……地獄の様な状況だな」


 やはりモミジも地獄を味わっていた。その事実が俺の口を更に軽くする。


「ダンジョンに出る魔物は地上の魔物よりも数段強いと聞くが、どうだった?」

「どうだった……って、その通りですけど、まさかランバートさんはダンジョンで魔物と戦わなかったんですか?」

「いや、戦ったさ。だが、思ったほどの強さではなかったんだ。もちろん強敵もいたが、俺たち四人で何とか倒せるレベルの魔物ばかりだった。俺たちは適度に苦戦しつつも地下へと進んで行き、ダンジョンの最下層までたどり着いた」

「四人そろって最下層まで行けたんですか?」

「ああ。それなりに消耗はしていたが、全員無事だった」

「ということは……ダンジョンマスターに……」


 モミジが眉間にしわを寄せて俯く。

 ダンジョンにはダンジョンマスターと呼ばれる魔物のボスが存在し、それは最下層に陣取っている。モミジは自身がダンジョンマスターと戦闘した時の事を思い出したのか、表情を歪めた。


「いや……俺たちがダンジョンの最下層に着いても、ダンジョンマスターは現れなかったんだ」

「――は?」


 こうしてモミジが驚いているという事は、やはり俺たちはイレギュラーなダンジョンを攻略したようだ。

 俺の時代はダンジョンを攻略した冒険者自体が少なかったが、そんな英雄とも呼べる先輩たちから聞いた話の中に、ダンジョンマスターがいないダンジョンなど無かった。そしてそれはモミジの知るダンジョンの中にも無いようだ。


「俺はそこで異能を授かり、仲間三人はそれぞれ遺物を手に入れた」

「えっ? ま、待ってください。あなたの仲間はダンジョンで亡くなられたのでは?」

「そうだ。だが、あのダンジョンはどうやら脱出する際に襲い掛かってくるタイプだったんだ」

「な、何ですかそれ。ダンジョンは最下層の奥に転移陣があるじゃないですか。それに乗れば一瞬で地上に戻れるはずですよ。見付けられなかったんですか?」

「違う。俺たちが最下層の奥で異能と遺物を授かった直後に、転移陣が消滅して代わりにダンジョンマスターと思われる巨大な魔物が現れたんだ。不意を突かれた俺たちは即座に対応できず、アタッカーのライアンが殺された。親友を殺されて激昂した俺は冷静さを欠いて追い詰められ、リーダーのオードリーに庇われる形で生き延びたんだ。そして俺の代わりに彼女が死んだ」


 俺は瞬く間に殺された二人の死に際を思い出して吐き気を覚えた。何度思い出しても最悪の光景だ。

 仲間を守る立場の自分が仲間に庇われて一命を取り留めたという事実が、俺をいまだに脱出できない後悔の渦に閉じ込めていた。


「俺はマリアを連れて上層へと逃亡したが、ダンジョンマスターは俺たちを逃がしてなどくれなかった」

「ダンジョンマスターが上の階まで追って来たんですか?」

「ああ。何度も殺されかけながら必死で逃げ続けたが、最後は追い付かれて二人一緒に背中から串刺しにされたよ」

「…………え?」


 モミジが理解できないという顔で俺を見る。

 俺はモミジになら異能や遺物の話をしても大丈夫だろうと考え、説明を続けた。


「俺の異能は、自分が受けたダメージを増幅して相手に返すというものだ。それを使ってダンジョンマスターに逆襲してやったよ」

「そんな能力の異能が……けど、串刺しにされたんですよね?」

「ああ。俺は異能を使った後で意識を失ったんだが、目が覚めた時には胴体に大穴が空いて絶命している魔物と、俺に覆いかぶさるように息絶えていたマリアがいたんだ。そして俺の傷はマリアが持っていた遺物によって完全に治療されていたよ」

「……そういうことですか。マリアさんは傷を癒す遺物を手に入れていたのですね」

「ああ。自分よりも俺を治すことを優先したらしい。おかげで俺は生き延びたが、その代償は大きすぎた。仲間と夢を同時に失ったのだからな」


 俺は話し終えると、少し気持ちを落ち着けるために黙って海を眺めた。

 モミジは少しだけ何か言いたそうにしていたが、俺にかける言葉が見つからなかったのか、ただ気を使ってくれたのか、しばらくの間何も喋らずに隣に佇んでいた。

 そして数分が経過したところで、俺は船の手すりから手を放し、口を開く。


「そろそろ、船室に戻るか」

「あっ……はい。お話、聞かせてくれてありがとうございました」

「俺の方こそ、聞いて貰って少し楽になったよ。自分一人で抱え過ぎていたようだ」


 俺は無理やり笑顔を作って感謝を伝えると、船室へ向かって歩き出す。

 するとモミジが俺の背中に向かって少しだけ大きな声で話しかけてきた。


「あ、あの! 最後に一つ良いですか?」

「何だ?」


 足を止めて振り返る。


「中央大陸でも、また今みたいに話しませんか?」

「……タチバナ。お前、酒は飲めるか?」

「お酒ですか? 詳しくはないですけど、結構好きですよ」

「なら、次は飲みながらゆっくり話そう。辛い思い出だけじゃなく、楽しい話もな」

「良いですね! 楽しみにしてます、レオス先輩」


 元気よく俺の名を呼ぶモミジを見て、俺は自然と笑顔になっていた。歳は少し離れているが、彼女とは良い冒険者仲間として付き合っていけそうな予感がした。


「これからよろしくな、モミジ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ