第三話 レオスと異国の冒険者2
中央大陸へ向かう船旅は決して安全なものではない。大陸近海には魚の魔物が生息しており、何の対策もしていなければ船底に簡単に穴を開けられてしまうほどだ。そのため、命技を使用して船を守る必要がある。
俺たちが乗った帆船は、冒険者ギルドに雇われた船乗りと護衛の冒険者が協力して船体を守っているため、出発から二日目たった現在も予定通りの航路を進んでいた。
「昔は中央大陸へ辿り着くことすら難しかったって聞きましたけど、この調子だと大丈夫そうですね」
「船乗りのほとんどは元冒険者だし、今回は現役の冒険者もいるからな。余程の事がない限りは安全だろう」
俺はセレスを安心させるために安全という言葉を使ったが、実際は気を抜けない状況が続いていた。
ジョゼとセレスは気付いていなかったが、明け方にかなり強力なサメ系魔物が現れたのだ。モミジが瞬く間に討伐したので騒ぎにはならなかったが、彼女がいなければ苦戦は必至だっただろう。
「そういえば、エマとジョゼは、もう船酔いは大丈夫なのか?」
「はい。昨夜までは気持ち悪かったですけど、今は大丈夫です」
「俺も、やっと治ってきたよ」
「そうか。だが、念のために海を眺めながら話そうか」
この二日間、二人は船酔いで苦しんでいたのだが、今朝は平気そうな顔で朝食を取っていたので、やっと身体が慣れてきたのだろう。
俺は二人を気遣うように海を眺めることを促しつつ、本題に入る。
「中央大陸は、お前たちがこれまで暮らしていた南大陸での常識が通用しない部分があるから、今日はそこについて事前に教えておこうと思う。セレスはもしかしたら知っている話もあるかも知れないが、聞いてくれ」
「「はーい」」
「わ、分かりました」
「まずは、中央大陸の気候についてだ」
「昔、お婆様に教わった事があります。確か、他の大陸は南大陸と気候が逆なのですよね?」
「惜しいな。それは西大陸と東大陸だな。その二つは厳密に言うと中央大陸から北西と北東に位置していて、中央大陸よりも更に北にあるんだ。だから気候が逆になる」
俺の回答にエマは軽く首を傾げた。
「北にいくと気候が逆なのですか?」
「そうだ。現在、南大陸は夏だが、中央大陸より北にある西大陸と東大陸は冬になる」
「なるほど。ではお婆様が言っていたのは西大陸のことだったのですね」
「あっ、俺分かったかも! 南が夏で北が冬なら中央大陸は春や秋みたいな気候ってことだよね?」
ジョゼの発言に対してゆっくりと首を振る。セレスが苦笑いを浮かべていたので、彼女は真相を知っているようだ。
「えっ!? 違うの?」
「そう考えるのが普通なのだが、中央大陸に普通という言葉は当てはまらない。あの大陸は東西南北の地域がそれぞれ別の季節で区切られているんだ」
「はあ?」
予想外の回答にジョゼが間抜けな声を上げたが、俺は気にせずに続ける。
「今は一月だから、北部が冬、東部が秋、南部が夏、西部が春だな」
「な、何それ!?」
「おじ様、私たちをからかっているわけではないですよね?」
「もちろんだ。俺は本当の事を教えている。なあ、セレス」
視線を向けると、セレスがこくりと頷いた。
「二人が驚くのも無理ないよ。私も初めて聞いた時は、なんて滅茶苦茶な大陸なんだろうって思ったから」
「南大陸生まれのお前たちから見ればそうだろうな」
「……もしかして、ランバートさんは中央大陸生まれですか?」
「言ってなかったか?」
「初耳です。でも、ランバートさんが強い理由が分かった気がします。子供の頃から中央大陸の冒険者を見て育ったんですね」
「確かに……そうかもしれないな」
俺は改めて自分の幼少期を思い出し、中央大陸のトップ冒険者を見て育った自分の環境を再認識する。ギルドの職員たちも元トップ冒険者揃いで、多くの事を彼らから教わった。Dランクの最年少記録を取ることが出来たのも、間違いなくそのおかげだ。
「話を戻すぞ。中央の気候でもっと驚くのは東西南北に明確な季節変更ラインが存在することだ。例えば、夏の南部から東部へ向かって歩いて行くと、突然気候が秋になる地点があるんだ。俺たちはその地点を季節変更ラインと呼び、東西南北の地域を区切る様になったんだ」
中央大陸の地図を船の甲板に広げて説明する。地図の大陸は赤色の線を斜めに交差させる形で綺麗に四等分されていた。
「……おじ様、それも嘘じゃないんですよね?」
「信じられないという気持ちも分かるが、全て本当だ」
「はあ……本当に滅茶苦茶な大陸ですね。すると、もしかして、三か月ごとに突然季節が変わるのですか?」
「良く分かったな、その通りだ」
エマは大きなため息を吐いて項垂れる。常識外れすぎて言葉も出ないようだ。
俺たちが向かっているのは中央大陸南部なので、しばらくは南大陸と同じ夏の気候だが、三月になると突然秋へと変わり、六月になると突然冬になるのだ。高名な学者たちが自信を喪失するレベルで物理法則が捻じ曲がった大陸なのは間違いない。
「でもランバートさん。中央大陸の凄いところはそれだけじゃないですよね」
「ああ、そうだな。もしかして、セレスが説明したいか?」
「えっ? あ、は、はい……いいですか?」
「もちろんだ。頼む」
俺は普段は大人しいセレスが中央大陸に関しては自分から喋りたがるのを見て、彼女も他の冒険者たちと変わらず、中央大陸の魅力に取り付かれた一人だということを思い出した。
先生役を交代したセレスは、心の底から楽しそうにエマとジョゼに中央大陸の説明を始める。
「ランバートさんが言ったように、中央大陸は三か月事に季節が変わるんだけど、その際には地震と共に大陸の地形が変わるんだよ」
「地形が? それって凄く危ないよね?」
「うん。だから冒険者ギルドや居住区はどれも大陸の沿岸部付近にしかないんだ。大陸の中央へ行けば行くほど大きく地形が変わるらしいから」
セレスの説明を聞いて、エマは合点がいったように手を叩いた。
「もしかして、それによって五行魔石が何度も採掘出来るのですか?」
「正解! 凄いね、エマちゃん。その通りだよ」
「前々からおかしいと思っていたんです。凄腕の冒険者たちが採掘を続けたらすぐに魔石が無くなるのではないかと思っていましたから」
「でも、凄いのはそれだけじゃないんだよ。大陸の地形が変わることで、発見されていたダンジョンが無くなったり、新しく発見されたりするんだから」
「ダンジョンが……」
エマはダンジョンという言葉を聞いて、チラリと俺を見る。
パーティを組んだとはいえ俺はダンジョンに関しては語るつもりはないのだが、セレスが語る分には問題ないので、大丈夫だという意味を込めて小さく頷いておいた。
「ん? セレスちゃん、それだとダンジョンって見付けても三か月で無くなっちゃうってことだよね?」
「そうなんだよ。だから時間をかけてダンジョンを攻略することが出来なくて、途中まで探索したけど何も発見できずに時間切れになることもあるんだって」
「へえ~、じゃあダンジョンを見付けたら急がないといけないわけだ」
ジョゼは何気なく感想を述べたようだが、俺はその言葉に反応して彼を軽く睨んだ。ダンジョンを甘く見たものは早死にする。ダンジョンを見付けた場合は最大限の警戒が必要なのだ。
「ジョゼ、そういう考え方をする連中を俺は何人も見てきたが、その全員がダンジョンから未帰還で季節を跨ぐことになった」
「えっ……」
「ダンジョンを見付けた場合は、即座にギルドに報告。その後、有力な冒険者をかき集め、地形が変わる二週間前程度まで粘って訓練を積み、入念な作戦を立てた上で攻略に望むのが正攻法だ。攻略を急ぎすぎたり、自分たちのパーティだけで攻略に挑んだりするような馬鹿はギルドからも見捨てられて捜索隊も出してもらえない。自殺扱いになるからだ」
「そ、そうなんだ……」
ジョゼはもちろん、セレスもダンジョン攻略の現実を知って顔色を変えた。
先ほどまではワクワクする冒険の話をしていたテンションだっただけに、居心地の悪い空気が場を満たしてしまった。
俺は空気を悪くした責任を取って、新しい話題を提供した。
「まあ、ダンジョンはそういう危険な場所だが、普通の探索だって十分に冒険の連続だ。若い頃の俺も大陸の奥地までは行くことが出来なかったし、俺たちのパーティの目標はそっちにしないか?」
「ランバートさんも大陸の奥地には行ったことがないんですか?」
「ああ。ランクごとに入れるエリアは大体決められているからな。地形が変わると初日にギルドのAやBランクの連中が探索に出て、大まかなエリアを定める。Cランク以下の冒険者は定められたエリア内で魔石を採掘したり、魔物を討伐したりする形だな」
「全然知りませんでした。でも、Aランクの人なら奥まで行ったことがあるってことですよね?」
「いや、そうでもないと思うぞ。大陸は中心部に山があるわけだが、その山の登頂に成功した冒険者はいないはずだ。そもそも、俺がいた時代は山の麓にすら誰も行けていなかった」
「そ、それはどうしてですか?」
セレスが目を輝かせて質問する。ダンジョン攻略の現実を知って落ち込んでいた彼女とはもはや別人だ。
「単純に大陸が広い事と、生息している魔物が強すぎるからだな。Aランク魔物に囲まれる可能性を考えると野営するのも危険だから、引き返すしかない」
「Aランクの魔物……」
セレスがごくりと喉を鳴らす。彼女もまさか自分がAランクの魔物相手に通用する力を持っているとは思っていないだろう。だが、誰も見たことが無い大陸の奥の景色を見てみたいという欲求はありそうで、目がとても輝いて見えた。
「……いいですね。ランバートさん。私、挑戦してみたいです」
「お、俺も!」
ジョゼはセレスほど中央大陸に対して情熱を持っているわけではなかったはずだが、楽しそうな彼女の表情を見て、協力したいと意気込んだようだ。
俺は上手く二人の意識をダンジョンから大陸奥地へと誘導できたことに満足しつつ、エマへと視線を向ける。
「エマはどうだ?」
「私は……おじ様が行くところに一緒に行きます」
「そうか、頼りにしているぞ」
「はい!」
エマが嬉しそうに俺の腕に抱き付いたので、父親役として彼女の頭を撫でてやることにした。




