第三話 レオスと異国の冒険者
エマ、ジョゼ、セレスの三人がFランクに昇格したことで、パーティ全員が中央大陸へ渡る条件を満たしたが、俺とコンラッド、ベアトリクスの三人がそう簡単に渡航を許すことはなく、Fランクになっても南大陸で修行を続ける日々を過ごした。
そして俺が双子と出会ってから一年が経過した頃に、最後まで娘のセレスの旅立ちを引き延ばしていたコンラッドが許可を出した。
それから一週間後、俺たちは荷物をまとめて船着き場に集まっていた。
見送りにはコンラッドとベアトリクスはもちろんだが、ヘンリーさんとその妻であるアラーナさん。それと懇意にしてきたギルド職員たちが集まっていた。
「まさかランバートが、その歳で中央へ戻るとは思わなかったな」
ヘンリーさんは感慨深そうに言うと、俺の肩に手を置く。
「二人の事、しっかり守れよ」
「言われなくても、そのつもりですよ」
「餞別だ、持っていけ」
「――っ!? これは……」
ヘンリーさんに手渡されたのは、純度の高い術魔石だった。中央へ旅立つ冒険者に術魔石をプレゼントするというのは、別段珍しい行為ではない。とはいえ、いつも渡す側だった自分が貰う側になったことで、俺は自分がこれから中央大陸へ再挑戦するのだと実感し、旅立ちの緊張感を噛みしめた。
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
「死ぬんじゃねえぞ」
「当然です」
ヘンリーさんとは中央から渡ってきた時から20年以上の付き合いであり、俺が完全に塞ぎ込んでいた時期から何かと気にかけてくれていた。この旅立ちをこの場にいる誰よりも喜んでくれたのも彼だった。
俺とヘンリーさんが理想的な別れの挨拶を交わす隣では、コンラッドが情けなく泣いて妻のベアトリクスに窘められていた。
「コンラッド、そんなに泣いたらセレスが困るでしょう?」
「うぅっ……け、けど……セレスが、こんなにも早く旅立つなんて思ってなかったんだ……仕方ないだろう?」
「はぁ……情けない。私を口説いた時の情熱的でカッコよかったあなたは何処へ行ったのかしら」
「あ、あはは……お父さん、お母さん、そろそろ時間だから」
「そんな! セレス、やっぱりあと一年先に出来な――」
泣きながら別れを惜しむコンラッドの頭をベアトリクスが軽くはたいて黙らせる。
「行ってらっしゃい、セレス。あなたならきっと素晴らしい冒険が出来るわ」
「う、うん」
「ほらっ、コンラッド。あなたもちゃんと父親として見送りなさい」
「あ、ああ……」
コンラッドはベアトリクスに背中を押されるようにしてセレスと向き合うと、涙を拭って真面目な父親の顔へと変わる。
「セレス、お父さんは中央大陸へ行くのを諦めた人間だが、それは臆病風に吹かれたわけではなくて、冷静に自分の実力が中央大陸で活動するには足りないと判断したからなんだ。そして、これまで何人もの冒険者を見送ってきたことで、お父さんの実力を測る力は間違っていないと自信を持っている」
コンラッドはセレスの肩に手を置いて、優しく笑ってみせた。
「セレスなら大丈夫。無理だけはせずに、自分のやりたいことと実力のバランスをしっかりと見定めて、中央大陸で冒険しておいで」
「うん。ありがとう、お父さん」
セレスはコンラッドとベアトリクスに順番に抱き付いた後で、二人と距離を取って最後の挨拶を述べた。
「行ってきます!」
もうそこには二人に守られていた子供のセレスはおらず、一人前の冒険者のセレスが立っていた。
セレスは家族と笑顔で分かれると、俺やエマ、ジョゼと共に船に乗り込む。彼女の父と母が挑むことすら出来なかった中央大陸へ向かう冒険が始まったのだ。
中央大陸へと出港した帆船の上で、セレスが目から零れる涙を拭っていた。両親の前では決して泣かないと決めていたのだろう。
セレスに何と声をかけるべきか悩んでいると、見慣れない服装の女性が俺の目の前に現れた。
「――あなたが、レオス・ランバートさんですか?」
「そうだが……君は?」
突然声をかけてきた女性は、長い黒髪を後頭部で束ね、東大陸伝統の『袴』と呼ばれる着物姿であり、一目で東大陸系の人物だと分かった。
「失礼。私はモミジ・タチバナ。中央南ギルドに所属していて、今はこの船の護衛を任されています」
「中央東の間違いではなく?」
「ええ。出身は中央東ですが、今は中央南に所属しています」
「そうか。俺に何か用なのか?」
チラリとモミジの腰にある武器に視線を向ける。細く湾曲した鞘に入れられている所を見ると、東大陸伝統武器である『太刀』にも見えるが、どこか違和感があった。
長年の経験からくる勘が、普通の武器ではないと看破していた。
「用があるのかと言われると、どちらともいえますね」
「ふざけているのか?」
「違います。ただ、具体的な用があるわけではないのですが、私は個人的にあなたに興味があって、この護衛任務を引き受けたわけなので、用があるともいえます」
「……意味が分からないぞ?」
俺はモミジに対して益々不信感を抱き、軽く睨むように目を細めた。
モミジも自分が変な事を言っている自覚はあるようで、苦笑いを浮かべながら自分に対する誤解を解こうと口調を少しフランクなものへと変えてきた。
「ええっと、ですね。私って中央東ギルドに所属していた頃に、17歳でDランクに昇格したんです。中央東では最年少記録で、私もそれが自慢だったんですけど、冒険者ギルド全体でみれば、もっと若くにDランクに昇格している人が四人もいるって聞いたんです」
俺はそこまで聞いて嫌な予感がし、モミジから目を反らす。しかし、反らした先ではエマやジョゼが目を輝かせてモミジの話を聞いていた。
「その内の一人がレオス・ランバートさん。あなたですよね? 15歳でDランクに昇格した天才だって、ギルドの上級職員から聞かされました」
「そ、そうか。それは過大評価もいいところだな」
俺の返答を聞いてモミジは眉間にしわを寄せた。
「何故ですか?」
「……俺は天才などではない。もし本当に天才なら、今頃は中央でAランクにでもなっていたことだろう」
「それは、あなたが南大陸へ渡ったからでしょう? 20年以上も何をやっていたんですか? 私はあなたに会いたくて中央南に移籍して来たのに、とっくの昔に南大陸へ移籍したって聞いて驚きましたよ」
俺はやっと、自分がモミジに絡まれている理由を理解できた。モミジは21年前の俺をライバル視しているのだ。自分よりも若くしてDランクへ昇格した経験を持つ俺がどうして南大陸へ渡ってしまったのか、それが知りたくてこの船の護衛任務を引き受けたのだろう。
「どうやら昔の俺をずいぶん高く評価してくれているようだな」
「当たり前ですよ。Dランクってそう簡単に昇格できるものじゃないですから」
「君の言う通りだ。たしかに昔の俺――いや、俺たちは天才と呼ばれる存在だった。だからこそ、傲慢になってしまったんだ。俺に会うために中央南へ移籍したのなら、他の冒険者から俺たちに何があったのか聞かなかったのか?」
俺はダンジョンで仲間を失っている。その話はモミジにも伝わっていたのか、彼女は一瞬だけ目を泳がせたのちに、再び俺へと向ける。
「それは……もちろん聞きました。けど、あなたは生き残っているじゃないですか。ダンジョン攻略者は冒険者にとって憧れですよ」
「その肩書きは、俺には価値がないものだ」
「なっ!? ダンジョン攻略を目指している冒険者を馬鹿にする気ですか?」
「違う。俺は気付いただけだ。俺の夢はダンジョン攻略者なることではなく、俺の仲間と一緒にダンジョン攻略者になることだったんだ」
「――あっ……」
いったい俺はどんな顔で話しているのだろう?
きっと酷い顔をしているに違いない。俺の隣にいるはずだったあいつらがいないだから。
よほど俺が酷い顔色だったのか、モミジは俺の顔を見て我に帰ったように頭を下げた。
「すみません。私の考えが足りませんでした」
「いや、俺の心が弱かっただけだ。気にするな」
「あの……あなたの考えは分かりました。でも、それならどうして、戻ってくる気になったんですか?」
俺は柔らかく笑うと、仲間たちへと視線を移した。モミジもその視線を追う。
「昔の俺のように無茶をやらかしそうな天才を見付けたんだ。同じ失敗をさせないように、道を切り拓いてやりたいと思った」
モミジは興味深そうにセレス、エマ、ジョゼの三人を見た後で質問する。
「君たち、いくつ?」
「じ、15歳です」
「「11歳」です」
「わ、若い……」
モミジは三人の若さに驚きながらも、複雑そうに表情を曇らせた。
「なんか自分がすごく歳をとった気分になってきた……」
「そういう姉ちゃんは何歳なんだ?」
「ジョー、女性に年齢を聞いてはダメよ」
「えっ? だって、姉ちゃんが先に聞いて来たんだよ?」
「それはそうだけど……」
モミジは子供に気を遣われたことで苦笑いを浮かべながら、ジョゼの質問に答えた。
「あはは……私は28歳だよ。君からしたら、もうおばさんかな?」
「えっ? どうして? 姉ちゃん、まだ若いじゃん」
ジョゼの裏表のない言葉にモミジは目を見開いて驚きながら、俺へと視線を移す。
「ランバートさん。この子、良い子ですね」
「あ、ああ。思ったことをすぐ口にするのは困りものだが、良い子なのは間違いない」
モミジはジョゼへ手の差し出すと、改めて名乗る。
「私はモミジ・タチバナ。よろしくね」
「うん。俺はジョゼ・メイレレス。よろしく、モミジ姉ちゃん」
ジョゼはモミジの手を握って元気よく挨拶する。その屈託のない笑顔は、見事に年上の女性である彼女の心を射抜いた。
「ラ、ランバートさん。この子、うちのパーティに――」
「――悪いが引き抜きは勘弁してくれ」
「で、ですよね……」
南大陸ギルドにいる時からそうだったが、変に大人びているエマよりも、子供っぽさ全開のジョゼの方が大人たちに可愛がられていた。
順調に年上キラーへと成長していくジョゼを見ていていると、彼が数年後に女性関係で間違いを犯さないようにしっかりと教育しなくてはという気分になり、俺は少しだけ気を引き締めた。
「えっと、そっちの二人は?」
「双子の姉のエマです」
「わ、私はセレス・シーンです」
「エマちゃんとセレスちゃんね。よろしく」
「「よろしくお願いします」」
モミジはエマとセレスとの挨拶も手早く済ませると、再び俺の前へと移動した。
「ランバートさんがこの子達をどう育てるのか、楽しみになってきました」
「それは期待してくれて大丈夫だ。この子達を中央大陸で活躍させるのが、今の俺の夢だからな」
「良いですね。やっぱり、無理言ってこの任務を引き受けて良かった。私も抜かされないように気を引き締めないと」
モミジはやる気を漲らせると、少し離れたところでこちらを見守っていた仲間らしき3人の下へと歩き出す。
モミジの口ぶりと纏った雰囲気から、彼女のパーティが本来は船の護衛などをするような立場ではないのだろう。もう20年以上前の存在である自分が、いまだに中央大陸の実力者に忘れられていなかったという事実が、少しだけ気分を高揚させる。
中央大陸への希望へ満ちた一週間の船旅は、こうして始まった。




