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中年冒険者は気苦労が絶えない  作者: 相馬あさ
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第二話 レオスと剣士の娘7

 いつもの訓練場には、いつもとは違う顔付きの四人が立ち並んでいた。

 俺は三つの遺物をフル装備した上に、大盾の内側にあった五つの窪みに魔石を嵌め込んでいる。


「おじ様、それは何ですか?」

「これから戦うというのに、手の内を教えろと言うのか? 命の奪い合いではないとはいえ、俺は本気で勝ちにいくつもりだぞ」

「わ、分かりました……」


 本気の俺を前にして、エマは大人しく質問を引っ込めた。例え食い下がったとしても、俺は何も教える気が無い。エマにはそれが分かったのだろう。


「では、始めるぞ。この石が地面に落ちたら開始だ」


 俺は小石を宙へと放り投げる。

 数メートル上空へ舞った小石が落下を始め、四人に注目される中で地面へとぶつかる。その瞬間、俺はエマ目掛けて突撃した。対人戦においては、魂術使いが最も厄介だからだ。


「『フレイム・ランス』!」


 俺の五行剣が炎の槍へと形を変え、灼熱の炎と共に突き出される。

 命の奪い合いではないと言っていたが、その一撃は命技なしでくらえば明らかに即死するレベルの火力を誇っていた。


「『ウォーター・シールド』!」


 エマを守るべく、セレスが割り込んで水の盾を使って槍を受ける。炎の槍は先端こそ盾に突き刺さったが、奥までは通らずに動きを止めた。


「ぐぅ……お、重い」

「さすがに、通らんか。ならっ――」


 セレスは槍の一撃の重さに表情を歪ませた。

 水の盾はセレスの身体と離れているように見えるが、命力で繋がっているために盾が押し込まれるとセレス自身にも圧力が加わってしまうのだ。

 俺は炎の槍が通らないと見ると、すぐに引き抜いて二撃目へと切り替える。

 槍が斧へと形を変え、纏った命力が土へと変質する。


「――『アース・ブレイカー』!」


 振り下ろされる土の斧の一撃は水の盾では防ぎきれるものではない。

 セレスは後ろにいたエマを抱えて飛び退くことで斧の攻撃は回避した。良い判断だが、俺に対して無防備な背中を晒してしまう結果に繋がった。その隙をカバーするために、タイミングを見計らっていたジョゼが猛スピードで斬りかかってくる。

 俺はジョゼが来るだろうことを読んでおり、素早く斧を元の剣の形へと戻すと高速の斬撃を受け止めた。


「軽い!」


 ジョゼは命力のほとんどを走ることに特化させているため攻撃力が低く、剣で受け止めれば俺の力で容易く弾き飛ばすことが出来た。


「うわぁ!」

「ちょこまかと動かれると面倒だな。そこで寝ていろ!」

「えっ!?」


 俺は魔導盾の内側に嵌められた魔石に魂力を流し込むと、盾から魂力を発射して攻撃する。不可視の魂力がジョゼの腹部へと直撃した。

 ジョゼは予想していなかった魂術での攻撃に驚くと共に、全身を駆け巡る激痛に絶叫してのた打ち回った。


「あぐっ――う、うぁぁぁあああああああ!」

「ジョゼくんっ!」


 セレスがジョゼを守ろうと駆け寄ろうとしたところへ、すかさず攻撃を仕掛ける。


「自分の役割を忘れたか、セレス!」

「――っ!」


 俺は剣に命力を流して、遺物の力を発動させる。強力なプレッシャーを放ちながら、五行剣は銀色の刀身を黄色へと変質させた。

 しかし、そこでジョゼの悲鳴を聞いても冷静に集中力を高めていたエマが、魂術を発動させた。


「『魂術陣』!」


 地面目掛けて放たれたエマの魂術によって、俺の全身に激痛が走る。それによって剣の色が元の銀色へと戻り、俺はただの命力を纏った剣で攻撃することになった。


「『ウォーター・シールド』!」


 激痛のせいで一瞬動きが鈍った結果としてセレスの防御が間に合い、俺の剣は水の盾によって受け止められる。

 俺は継続して与えられ続けている激痛を堪えながら、エマを睨み付けた。


「ぐ……中級魂術……とはな。エマ、いつの間に?」

「おじ様がその大盾の力を教えてくださらなかったように、私も自分の力をおじ様に教える必要はないでしょう?」

「ふっ、ふふふっ、その通りだな」


 本当に恐ろしい才能の持ち主だ。恐ろしすぎて笑いが込み上げて来てしまった。

 エマが使った魂術は、中級魂術である『性質変化』の中で『陣』と呼ばれるものだった。効果は魂術の上に立つ生命体の精神力を削って激痛を与えるというもので、物質変化した下級魂術と違って質量を持たない範囲攻撃なので、命技で防ぐことも避けることも難しい。

 エマはここ数か月間、ギルドの資料室にあった魂術に関する本を読み、たった一人で中級魂術の一端を習得していた。10歳の少女とは思えないほどに聡明で末恐ろしい天才だ。


「だが……俺はこの程度では倒せんぞ!」


 俺は大盾を地面へ目掛けて叩きつける。同時に大盾の内側に嵌められていた魔石が輝き、エマの魂術が綺麗に消滅した。

 遺物である魔導盾は、複数の能力がある万能の大盾なのだが、その能力の一つに内側の窪みに嵌め込まれた魔石の力を使用できるというものがある。

 今回は術魔石を一つ嵌め込んでいたので、その力でエマの中級魂術を吸収して無効化したのだ。


「そ、そんな!?」

「やはり、一番危険なのはエマだったな」


 魂術の激痛から解放されたところで、俺は再びエマへ攻撃しようと動き出す。すると、俺の背中に何かがぶつかった衝撃を感じ取った。

 振り返って確認すると、地面に短剣が転がっている。どうやらジョゼが俺めがけて短剣を投擲したらしい。

 俺は本気の戦闘時は全身を下級命技で守っているため、生半可な攻撃では傷を負う事はない。だが、俺の足を止めることには成功したと言えるだろう。


「せ、背中まで命技で守っているのか……」

「ジョゼ、まだ動けるか」

「エミーのところへは行かせないよ!」


 やっとのことで魂術の痛みから立ち直ったジョゼが二本目の短剣を構え、その隙にセレスがエマの下へと駆け寄った。

 振り出しに戻ったかのような状況だが、俺はあえてにやりと不敵に笑ってみせる。


「甘いな、俺はもうエマに近付く必要はない」

「えっ?」


 俺はエマへと右手をかざすと、ゆっくりとその手を握り込む。


「『逆襲』」

「あっ――」


 俺の逆襲の異能が発動し、先ほどまで俺を苦しめていた激痛を増幅したものがエマへと襲い掛かる。


「――っ……あ、あああぁあああああああぁあああ!」


 エマが絶叫し、その場に崩れ落ちる。

 あまりやり過ぎるとショック死してしまうかもしれないので多少加減したが、それでも相当なレベルの痛みが彼女を襲っているに違いない。


「エミー!」


 ジョゼが全速力でエマの下へと駆け寄ろうとするが、俺は大盾を拾い上げて間に割り込んだ。


「ぐっ、ど、どけええええ!」


 ジョゼが短剣による連撃を繰り出すが、俺の大盾による防御を崩すには力も技量も足りない。命技の才能があるとはいえ、短剣の腕前はまだまだ子供であり、俺は呼吸するようにその攻撃をいなすことが出来た。


「――セレスちゃん、今だっ!」

「うん!」


 ジョゼの掛け声に合わせて俺の真後ろからセレスが魂術を放つ。完全な挟み撃ちであり、どちらかを防ごうとすれば、どちらかの攻撃が当たる状態だ。

 残された二人にとって最後の勝機だったと思うが、俺には通用しない。俺は即座に魔導盾に命力を流してもう一つの能力を発動させる。

 すると魔導盾は輝きと共に空中に浮かんで光の壁を形成し、ジョゼの攻撃を完全にシャットアウトした。そして俺は身を翻してセレスの魂術を剣で叩き斬ると、そのまま彼女へと間合いを詰める。

 俺の剣が黄色へと変わり、強大なプレッシャーと共にセレス目掛けて一閃された。


「『黄土剣』」

「『ウォーター・シールド』!」

「無駄だ!」


 俺は黄色に輝く剣でセレスの盾を斬り裂くと、素早く剣先でセレスの手を突いた。


「――っ! ぐ、うぅ……」


 右手の甲を刺されたセレスは激痛で杖を落とすと、出血した部分を左手で押さえて痛みをこらえる。


「耐えたか、さすがだな!」

「――かはっ!?」


 俺はセレスの精神力を称賛しつつも、容赦なく魂術を放って彼女を突き飛ばし、戦闘不能へと追い込む。

 激痛と精神力の消耗、そして物理的に突き飛ばされて地面に転がった衝撃で、セレスは完全に意識を失った。


「さて。後はジョゼ、お前だけだぞ?」

「……エミー、セレスちゃん」


 ジョゼは倒れたエマとセレスを見た後で、悔しそうに歯を食いしばって俺を睨む。


「諦めてもいいぞ。お前一人で俺に勝てるとは思わないだろう?」

「あ、諦めるもんか。エミーも、セレスちゃんも、最後まで全力だった。俺がここで諦めたら、二人の頑張りが無駄になる!」

「……そうか。なら、お前らしく、自由に挑んでこい」

「自由に?」

「そうだ。もうお前が守るべき二人はいない。なら、お前はもっと自由に戦えるだろう?」

「あっ……そうか」


 俺の言葉を聞いて、ジョゼは自分がパーティの盾役から解放されたことに気付いたようだった。

 誰かを庇うのではなく、もっと自由に走って戦えるのだと分かると、ジョゼはこれまで以上に強い命力を纏い、嬉しそうに口角を上げた。


「レオスさん、俺の全力、見ててよね」


 ジョゼは効力を失って地面に落ちていた魔導盾を拾うと、再利用されないように遥か後方へと投げ飛ばす。

 俺はそれを合図としたかの如くジョゼに向かって駆け出すが、ジョゼは更に速いスピードで俺へと接近して斬りかかってきた。

 速さはジョゼが上、しかしその斬撃は何とか上手く剣でいなしてみせた。するとジョゼは一度飛び退いて距離を取り、俺の周りを旋回するように走ってから、突然軌道を変えて斬りかかる。

 どれも素晴らしい速さの攻撃だが、見切れないほどではない。自分の攻撃が容易く防がれるという事実を目の当たりにしても、ジョゼは走る事と挑むこと、そして考えることを止めなかった。

 戦いの中でより速さを追求し、より鋭い攻撃を求めていった。

 俺は斬り合うたびに威力の増していくジョゼの剣を防ぎ続けて、彼の成長を間近で感じて血が騒ぐ感覚を享受した。ジョゼは俺の思った通りに戦いの中で急成長を遂げたのだ。

 パーティの役割を完遂することに集中しているだけでは、ジョゼは成長できない。何故なら彼は『風』の属性を習得しようと考えていたからだ。

 風は自由に吹き荒れてこそ力を発揮する。俺が知る限り、風の中級命技を使用できる冒険者が機械的にパーティの一員として戦っているところなど見たことがない。

 誰かを支えることに喜びを見出すタイプのセレスは、エマを守ることで水の属性に覚醒した。だがジョゼはセレスとは違う。自分勝手に、思うままに駆け抜けて戦う今が、ジョゼの覚醒の時だった。


「不思議だ……今ならもっと、速く走れる気がする!」


 ジョゼは無意識の内に覚醒し、両足に風を纏って加速した。

 速く走る喜びに突き動かされ、中級命技を自分が使っていることにすら気付かずに、高速移動と連続攻撃を続けている。

 そしてついに、俺の反応速度を超えて、ジョゼの短剣が俺の右腕をかすめた。


「よしっ!」

「ふっ――やるな、ジョゼ!」

「まだまだ行くよ、レオスさん!」


 俺は自分の想像を超えた力を見せたジョゼとの戦いを心の底から楽しんだ。だからこそ、この戦いを終わらせることを惜しんだが、手を抜くことはジョゼに対して失礼だと思い直し、彼を本気で叩き潰すと決めた。


「『アース・ウォール』!」

「――え?」


 突如として、ジョゼの目の前に土の壁が出現する。

 俺が上級命技で生み出した壁がジョゼの進路方向に突然現れたため、彼は激突を避けるためにブレーキをかける。この壁を打ち破るほどの力はジョゼにはない。


「『アース・ブレイカー』!」


 次の瞬間、俺は自分の命技を斧の命技で粉々に破壊する。そして、斧による攻撃で粉々に砕けた壁の破片がジョゼ目掛けて飛来する。

 ジョゼは咄嗟に両腕と命技で身を守ったが、その圧倒的な威力を前に弾き飛ばされて尻餅をついた。


「『フレイム・ランス』!」


 容赦なく炎の槍をジョゼ目掛けて投擲すると、両足の間に槍が突き刺さった。


「うっ……」


 あと数センチで串刺しになっていた事実を前にして、ジョゼは戦慄して身動きが取れなくなる。

 俺はその隙にジョゼに近付いて、炎の槍を彼の目の前に突き付けた。地面に刺さっている槍と、俺が手にしている槍を交互に見てジョゼは困惑した。


「えっ!? あ、あれ? 槍はここにあるのに……」

「それは俺が上級命技で一から創り出した槍だ。そしてこれは、五行剣に上級命技を纏わせて槍へと形を変えさせたものになる」

「そ、そうなん……だ……」

「で? どうする、ジョゼ。続けるか?」

「……ま、参りました」


 眼前に突き付けられた槍を見て、さすがのジョゼも観念するように敗北を認めた。

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