第二話 レオスと剣士の娘5
翌日。エマ、ジョゼ、セレスはいつもの訓練場へ集合していた。
「午前中にセレスを交えて魔物狩りをしているのを見たが、悪くない連携だったな」
「本当ですか? 私、ジョゼくんに助けられてばかりだったんですけど……」
3人が午前中に戦った魔物は計6体。セレスは何度も魔物の攻撃で怪我をしそうになっていたが、そのたびにジョゼの命技に守られていた。
「それがジョゼの仕事だ。気に病む必要はない」
「そうそう。どっちかっていうと、敵の注意を引きつけきれなかった俺のミスみたいなものだし、セレスちゃんは気にしなくて良いよ」
ジョゼがセレスを慰めるように彼女の腕を軽く叩く。
「しかしジョゼ、お前はセレスを庇い過ぎだ。攻撃の要であるエマと違ってセレスは攻防どちらも担当するバランス型だ。魔物の大技ならともかく、牽制に近い小技までもお前が引き受ける必要はない」
「は、はい……」
今度はジョゼが落ち込んだので、セレスがお返しに彼の頭を優しく撫でた。ジョゼは撫でられた頭を気恥ずかしそうにいつまでも触っていた。
「セレス、質問なんだが、なぜお前は剣を使っているんだ?」
「え? 昔から母に習っていたので……」
「その割には、あまり上手く使えてはいないようだな」
「うっ……私、才能ないですか?」
「幼少期から真剣に打ち込んできてあれなら、悪いが剣で冒険者を続けるのは諦めた方が良い」
俺の厳しい言葉を前に、セレスは少しだけよろめいた。どうやら、そこまで言われるレベルで下手だとは思っていなかったようだ。しかし、彼女が剣と命技の達人だったベアトリクスに幼少期から鍛えられていたにもかかわらず、あのレベルの剣しか使えないというのは、さすがの俺も方針転換を勧めたくなる。
悲しそうな表情へと変わったセレスを見て、ジョゼが前に出て俺を睨む。
「レ、レオスさん。いくらなんでも言い過ぎだよ」
「俺はセレスのために言っている。そもそもだが、今のセレスの戦闘スタイルは矛盾の塊だ。決して嫌がらせで言っているわけじゃないから、強くなるためだと思って冷静に聞いてくれ」
冷徹とも取れる俺の態度にジョゼは腹を立てたようだが、セレスは湧き上がる悲しみをグッと堪えて、俺と目を合わせた。
「お、教えてください。私はもっと強くなりたいです」
俺は先ほどよりもいくらか優しい声で解説を始める。
「恐らくは知らないのだろうから説明するが、魂術には弱点が存在する」
「命技ですよね?」
「それもそうだが、もう一つある。それが、お前の持っている金属製の剣だ」
「えっ?」
セレスは驚いて腰の鞘に収まっている長剣に視線を落とした。
「魂術の特性として、生命体に接触した際に精神ダメージを与える力がある。それは魂術が魔物に対して最も有効な攻撃手段たる所以だが、実は特性はもう一つある。人間が手を加えた金属に触れると魂術は内包する魂力が減衰して威力が弱まってしまうんだ」
「手を加えた金属……」
「鉱石なら大丈夫だが、どうも鋳造や鍛造された金属はダメらしい。石斧や木剣は問題ないことから、割ったり削ったりする程度なら大丈夫だと中央大陸のギルド職員から聞いた」
「じゃあ、私はこの剣を持っているだけで、魂術の威力が落ちているってことですか?」
「そうだ。だからこそ、魂術を使っていくなら金属武器を手放す必要がある。エマが最近は武器を持たずに戦っているのもそのためだ」
エマは俺にこの事実を知らされてから、短剣を持つことを止めていた。防御を全てジョゼに任せ、自身は魂術の威力を上げることだけに全力を注いでいる。
セレスはエマを一目見た後、少しの間目を伏せて考える。一向に上達しない剣の腕前。中途半端な命技と魂術。これまでの母との修業の日々と冒険者としての夢。様々な要素を考慮した結果、彼女は腰の剣を鞘ごと外して地面に置いた。
ジョゼが心配そうに声をかける。
「セレスちゃん、いいの?」
「私は母の様にはなれないって、本当はとっくに気付いていた。だから、新しい戦い方を身に付けないと、これ以上強くはなれないんだと思う。ですよね、ランバートさん」
「ああ。よく決断してくれたな」
俺は彼女を称賛するように、昨日の夜から準備していた物を差し出す。セレスは驚いて目を見開いた。
俺が差し出したのは、術魔石が先端に嵌め込まれた木製の杖だ。
「命技を使えば、たとえ木製の杖だろうと魔物の攻撃を受け止めることは出来るだろう。そして、魂術の妨げになることもない。有効に活用してくれ」
「あ、ありがとうございます」
セレスは純度の高い術魔石が嵌め込まれた杖を震える手で受け取る。もしかしたら、このレベルの純度の術魔石を見たことがないのかもしれない。
「おじ様! その杖、私も欲しいです!」
「エマには必要ないものだ」
「ど、どうしてですか!? 私もおじ様からのプレゼントが欲しいです!」
「……これでどうだ?」
俺は少々面倒に思いながらもカバンから魂魔石を取り出すと、エマに向かって放り投げる。エマはそれをキャッチして、不満そうに俯いた。
「贔屓だわ……」
俺はエマの前で膝を付いて彼女と目線を合わせると、機嫌を取る様に頭を撫でる。
「エマは命技で近接戦闘をする必要がないし、魂力の量も多い。武器に頼らない方が強いんだ」
「そ、そうですけど……じゃあ、代わりにもっと褒めてください」
そう言うと、エマは俺の腕に抱き付いた。俺は仕方なく反対の手で彼女のこれまでの頑張りを労うように黒髪を優しく撫でた。
その様子を見たセレスが、小声でジョゼに話しかける。何を言われているのか聞こえはしないが、その表情から何となくは読み取れた。恐らくは俺とエマの関係を邪推しているのだろう。
何か言ってやろうかと思ったが、ジョゼは小さく首を振って否定してくれたので、俺は二人の密談に口を挟むのを止めた。
エマは頭の良さと言葉遣いから年齢以上に大人だと周囲から思われているし、事実そうだと俺も思うのだが、俺と話す時は年相応の少女として振る舞う事がある。これは両親を知らないエマにとって、俺が初めて出来た親しい大人の男であり、父親のようだと思ってくれているからだろう。
俺はエマが満足するまで彼女を労った後、再びセレスへと向き直った。
「セレス、お前の目から見て、エマとジョゼの弱点は何だと思う?」
「えっ? 二人とも数か月前に冒険者になったとは思えないほど優秀だと思いますけど……」
「本当か? もしそうなら、二人にお前は必要ないということになる。だが、俺はそうは思っていない。一人前の冒険者なら、という目で見たらどうだ?」
「ええっと……私が言うのはおこがましい気もしますが、ジョゼくんは身体が軽いので魔物の強力な一撃を受け止めることには向いていないかもしれません。エマちゃんは魂力が強すぎて魔物の注目を集めがちなところが逆に弱点かなと思ったりもします」
セレスの回答を聞いて俺は小さく頷いた。逆にジョゼとエマは自分たちが気にしていた弱点を指摘されて、バツの悪そうな表情に変わる。
「その通りだ。そしてセレス、お前の弱点は攻防のバランスの良さと引き換えに、突出した能力がないことだ」
「……はい」
セレスも気にしていたことを言われて悲しそうに俯く。
「だが、それはソロでの戦闘においての話だ。パーティでの役割によっては弱点ではない場合もある。お前はそのバランスの良さで、ジョゼとエマの弱点を埋めるように立ち回るんだ。具体的に説明するとだな――」
そこから、俺の長い講義が始まった。
セレスはメモを取りながら真剣に聞き続けていたが、ジョゼは途中から睡魔に負けて近くのベンチで横になり夢の世界へと旅立った。
ジョゼよりは真面目に話を聞いていたエマも、ほとんどが自分ではなくセレスの立ち回りに関しての話だったために、次第に眠気に襲われるようになり、話の半分も頭に入らなかったように見える。
気が付くと日が傾いて空が鮮やかな茜色に変わっており、俺はジョゼを揺すり起こしてから全員でギルドへと戻ることにした。
道すがら、ジョゼがセレスへと尋ねる。
「セレスちゃん、俺が寝てる間にどんな話をしてたの?」
「えっと、まずはこのパーティでの私の立ち回り方を聞いて、その後はレオスさんから中級命技の指導を受けたよ」
「ええっ!? ど、どうして起こしてくれなかったの!?」
「だってジョゼくん、気持ちよさそうに寝てたから……」
「そんなぁ……セレスちゃん、そういう時は殴ってでも起こしていいから!」
「そ、それはさすがに出来ないけど。分かった、明日は一緒に訓練しようね」
セレスはジョゼを慰めつつも、自然な流れで彼の手を取って歩く。傍から見ると仲の良い姉弟のようだが、ジョゼは頬を赤らめてドギマギとしていた。
双子の弟の感情を見透かすように、エマは二人を後ろから眺めながら、隣を歩く俺へと話しかけてくる。
「おじ様、どう思いますか?」
「どうと言われてもな……よく分からんが、あのくらいの年齢だと年上の女性が気になるものだろう」
「分からんと良いつつ、分かっているじゃないですか。ちなみに私も同じですよ? おじ様のことが気になってます」
エマは甘えるような声で俺の手を握る。俺が今よりも20歳ほど若ければ、ませた発言をする少女にドキリとさせられたかも知れないが、30代の後半に差し掛かった今では、そういった感情も湧いてこなかった。
軽くため息を吐きつつも、エマの手を優しく握り返す。
「しばらくは父親役をやってやるが、早めに親離れしてくれよ」
「むぅ……おじ様、鋭すぎて面白くないです」
「……すまん」
ではどういう反応をすればよかったのかと考えながら、俺はエマと手を繋いでギルドへと続く道を歩く。ろくな恋愛経験もない自分が10歳の双子の師匠兼父親役になるとは数か月前までは思ってもいなかった。
想定外の状況ではあるが、俺は今の状況を悪くないとさえ思っていた。過去に縛られて凍り付いていた感情が、元気な双子に振り回される形で動き出した。
危なっかしい双子を見守る日々が、もうしばらく続くだろう。しかし、その気苦労が俺には心地よく感じられた。




