第二話 レオスと剣士の娘4
ギルドに戻って女性冒険者と共にギルド職員に事情を説明した結果、魔物を横取りした青年は即座に除籍処分となった。
青年の名前はアンガス・バニスター。
先週ギルドに入ったばかりのGランク冒険者で、入団試験で上級命技を披露して一発合格した期待の新人だったらしいのだが、ここまで協調性が無く攻撃的な性格だとはギルド職員たちも思っていなかったようだ。
魔物を横取りした程度では本来はそこまでの処分にはならないのだが、エマとジョゼを命技で攻撃したことと、場合によっては死者が出るレベルの攻撃を俺に加えたことが重くとらえられた。
アンガスに魔物を横取りされた女性冒険者はセレス・シーンという名で、ギルドの受付で働いているギルド職員のコンラッドの一人娘だった。アンガスを冒険者に採用したのはコンラッドなので、彼は自分のしたことを深く後悔した面持ちで会議に出席していた。
アンガスの処分が決まったところで、会議室のドアが大きな音を立てて開け放たれる。
「トリクシー!? どうして君が?」
どこからか噂を聞きつけたのか、食堂で働いているはずのベアトリクスが断りもなく会議室へ入室してくる。突然の妻の乱入に夫のコンラッドが驚きの声を上げた。
ベアトリクスはコンラッドを一睨みして黙らせると、セレスに駆け寄る。彼女の身体を素早く確認して細かな怪我などをチェックする。
「怪我してるじゃない! な、仲間にこんなことするなんて! 許さないわ!」
ベアトリクスは怒りの形相で上級命技を使用して炎の剣を創り出す。既に現役を退いて何年もたっているのだが、彼女の命技は今でも通用する完成度だ。
「待ってお母さん! この怪我は魔物にやられたかすり傷だから!」
セレスがベアトリクスの腕を掴んで制止すると、ベアトリクスは自分が先走っていたことに気付いた。
今になって周囲にいる俺やギルドの上級職員たちの視線に気付き、委縮するように命技を消して大人しくなる。
「し、失礼しました。娘が他の冒険者から危害を加えられたと聞いて、気が動転してしまって……」
「ま、まあ、気持ちは分かります」
上級職員の一人が苦笑いを浮かべながらフォローを入れた。
俺はベアトリクスのためにも話題を変えようと思い、会議前に知って驚いた事柄について口にする。
「俺は先ほどまで知らなかったが、彼女はベアトリクスとコンラッドの娘だったんだな」
「……え、ええ。セレスは私の娘です。昔から冒険者になりたいと命技や魂術を練習していて、最近になってやっとGランク冒険者として認められたんです」
「子供がいるのは知っていたが、赤子の時以来会った事はなかったな」
「レオスさんに紹介するのは娘がFランク冒険者になってからと決めていました。あなたは面倒見が良いですから、紹介したら仕事よりもセレスの訓練を優先しそうですからね。そんな迷惑はかけられません」
そんなことはないと言いたいところだったが、ここ数か月でエマとジョゼの師匠というイメージが定着した今では否定するだけ無駄だ。きっと早くにセレスを紹介されていたら、彼女を一人前の冒険者にするために師匠役を買って出たことだろう。
「でもまさか、冒険者になった矢先にこんなトラブルに巻き込まれるとは思いませんでした。セレスを助けて頂いてありがとうございます」
「彼女を助けたのはエマとジョゼだよ。俺は冒険者として不適格だと判断した者を叩きのめしたに過ぎない」
「レオスさんらしいですね。エマちゃん、ジョゼちゃん、ありがとうね」
ベアトリクスがお礼を言うと、エマは笑顔で返し、ジョゼは微妙に嫌そうな顔をした。
「……いつも言ってるでしょ? ジョゼちゃんは止めてよ」
「あら、可愛いのに……。分かったわ、ジョゼくん」
男女の双子だというのに、エマとジョゼはかなり似た顔立ちをしており、ジョゼは最近までベアトリクスに女の子だと勘違いされていた。
ギルドにいると勘違いされることがあまりに多いので、最近のジョゼは早く声変わりしたいと呟いている。
「それにしても……コンラッド、あなたどういう目で冒険者の合否を判断しているの? 訓練以外で仲間に命技を使うなんてあり得ないわよ?」
ベアトリクスは思い出したように険しい表情へ戻って、夫でありギルド職員のコンラッドに詰め寄った。
「す、すまない。他の冒険者をライバル視しているようではあったけど、ギルド職員には礼儀正しかったから最低限の礼節は弁えていると思っていたんだ」
「若手は全員昇格を狙っているんだから、あなたに対して礼儀正しいのは当たり前でしょう?」
「うっ……き、君の言う通りだよ。これからは実力以外の面も考慮して判断するようにする」
ベアトリクスに言われるまでもなく、先程まで自分の人を見る目のなさを痛感して悔やんでいたコンラッドは、反論することなく謝罪する。
当然だが、ギルドとしてはコンラッド一人に責任を押し付けるつもりはなく、今後は受付の職員が審査することで冒険者見習いとなり、冒険者歴が10年を越えている現場のベテラン冒険者たちの推薦を得てGランク冒険者として認められるようにルールが改定された。
これにより見習いとベテランがこれまで以上に交流するようになり、陰で負け犬だと馬鹿にされていたベテラン冒険者たちが、現役を退いた訓練教官のような立場へと変化していくことになった。
俺、エマ、ジョゼの三人はセレスを助けたお礼にとベアトリクスから夕食をご馳走されることになり、セレスを交えた四人で食堂のテーブルを囲んでいた。
「えっと、改めまして、ランバートさん、エマちゃん、ジョゼくん、今日は本当にありがとうございました」
母親譲りのウェーブのかかったセミロングの金髪に父親と同じ青い瞳のセレスは、冒険者らしい活発な印象をあまり受けない大人しく優しい雰囲気と顔立ちの少女だ。
歳は14だが既に大人の女性的な魅力があり、ジョゼは彼女の笑顔に目を奪われていた。
「あまり気にするな。むしろ、俺が仲裁に入るのが遅れてすまなかった」
「い、いえ、そんな……。ランバートさんが来てくれなければ、誰もあの人を止められなかったと思いますし、とても助かりました」
「あっ、おじ様! それで思い出しました。あの時におじ様が使った技と小瓶について教えてください」
「む、それは……」
俺はエマの質問に何と言って誤魔化そうかと思考を巡らせるが、あそこまで見せておいて今更嘘を付いても無駄であることと、おそらくはあの場にいた他のベテラン冒険者たちには見抜かれただろうことを考え、正直に教えようと決断した。
小さく息を吐くと、件の小瓶をテーブルに置く。
「これは『霊薬瓶』という『遺物』だ」
俺の回答にエマとジョゼが首を傾げる中で、セレスが驚きのあまり席を立った。
「い、遺物ですか!?」
「セ、セレス。座ってくれ。そこまで広めたい話題ではない」
「あっ、す、すみません……」
セレスが席に座り直すと、ベアトリクスがちょうど料理を運んできたところだった。
「どうしたの、セレス?」
「お、お母さん……。ううん、何でもない」
「何でも無いようには見えなかったよ?」
セレスは料理を並べながら質問を続けるエリザベスにどう返答しようか狼狽え始めたので、俺は素早く別の理由を並べ立てた。
「俺がセレスの師匠になろうかと提案したんだ」
「えっ!? それはランバートさんに悪いです。セレスはまだ中級命技も使えないですよ?」
「いや。既にエマとジョゼがいるからな、一人増えたところで大して変わらないさ。今日の戦いぶりも少しだけ見ていたが、命技と魂術を組み合わせた面白い戦い方をしていて、見どころを感じたぞ」
「ほ、本当ですか? この子、命技の覚えが悪くて心配だったんですけど……」
「それを補うための魂術ということではないのか? 発想は面白いし、俺なりにアドバイスしたいこともある」
「ありがとうございます。ぜひ、娘をよろしくお願いします」
俺が上手く話をまとめると、ベアトリクスは嬉しそうに料理を並べ終えてテーブルから離れて行った。
ベアトリクスが話の聞こえない距離まで離れるのを見届けてから、セレスがためらいがちに口を開く。
「あ、あの、ランバートさん……今のって、母に誤魔化すための――」
「いや、見どころを感じたのは本当だ。提案なんだが、しばらくの間エマとジョゼの二人と、パーティを組んでやってくれないか?」
「「えっ!?」」
今度は双子が揃って声を上げる。
「私はまだソロでしたし、どれも私にとって都合が良すぎます。本当に良いのでしょうか?」
「エマとジョゼにはパーティメンバーが必要だ。そしてそれは君が適任だと俺は思う。二人はどうだ?」
「私は大歓迎です」
「お、俺も!」
「だ、そうだ。どうする、セレス?」
可愛い双子からキラキラとした視線を送られて、セレスは断ることなど出来なかったし、断る理由もなかった。彼女にしてみても、二人とパーティを組める上に俺が師匠になるというのはかなりの好条件だったはずだ。
「よろしくお願いします」
こうしてエマ、ジョゼ、セレスの三人パーティが誕生した。
新たなパーティの誕生に喜んだ勢いのままに、俺たちは目の前の料理に手を付け始める。ベアトリクスが手をまわしたのか、料理に使われている肉の質がいつもよりも良い気がした。
食後のお茶が出てきたところで、エマが真剣な表情に戻ってセレスへと質問した。
「――それで、セレスお姉さん。『遺物』というのは一体なんですか?」
「ちっ、覚えていたか」
「おじ様。この二か月で分かりましたが、おじ様は私たちに意図的に隠していることがいくつもありますよね? そして、今回のいざこざでその一部が衆目に晒された。私とジョゼばかりが知らないというのは耐えられません。私たちだって、もう冒険者なんですよ?」
「えっと……ランバートさん?」
セレスの困ったような視線とエマの力強い目に負けて、俺はため息を吐いて降参した。
「分かったよ。セレス、二人に説明してやってくれ」
「は、はい。二人にも分かるように言うなら、『遺物』というのは『ダンジョン』の奥で発見される古代の武器や道具の事で、それぞれが超常的な力を秘めているアイテムなの」
「ダンジョンって何?」
「地下にある牢屋とは違う意味ですか?」
冒険者としてあまりにも無知な発言を聞いて、セレスは驚いて俺を見た。これに関しては俺が意図的に教えないでいた内容なので、謝るしかない。
「すまない。君が分かることは全て説明してやってくれないか?」
「……分かりました。えっと、私たち冒険者が言うところのダンジョンは、中央大陸にある遺跡の地下室のことなんだけど、何階層もあって強力な魔物の住処になっている場合がほとんどなの。そして、その魔物に守られた財宝がダンジョンの下層にはあると言われているんだ」
「財宝って、魔石やお金?」
「それだけじゃないわよ、ジョー。さっきの話から考えれば、遺物もその財宝に含まれるわ」
「そっか……ん? 待って?」
そこで三人の視線がレオスへと集中する。
「おじ様は……ダンジョンを踏破したってことですか?」
「……あれは踏破したとは言えないな。遺物を持って命からがら逃げ帰った。大切な仲間を失った上で――だ」
三人の表情が一瞬にして曇る。
俺がこれまでダンジョンや遺物について話して来なかったのは、過去を思い出したくないためだったのだと察してくれたのか、三人は話題を遺物へとシフトさせた。
「レオスさん。その遺物は、怪我を治す力があるんだよね?」
「ああ。命力を変換して怪我を治癒する霊薬を内部に生み出す力がある」
「す、すっげ~、今度から怪我したらそれで治してよ」
「……あまり人目に付かないところでなら、いいだろう」
俺はこれまで遺物を所持していることを悟られないために使用を控えていたが、既に知られてしまったのなら三人の怪我を治すくらいには気軽に使ってもいい気がした。
「それと、俺の剣も『遺物』だ」
「えっ!?」
「おじ様。いったいいくつの遺物を持っているのですか?」
「この『霊薬瓶』と、いつも使っている『五行剣』、それと『魔導盾』の三つだ。あまり他の冒険者には言いふらすなよ」
「あの大盾も遺物だったんですね……。セレスお姉さん、遺物とは中央で活動している冒険者ならこのぐらい持っているものなんですか?」
エマの問いにセレスは即座に首を振った。
「遺物は私たち冒険者にとって憧れのアイテムなの。中央で活動している冒険者でも持っている人は少ないはずだよ」
俺という冒険者が南大陸において如何に異質な存在なのかが分かり、三人の視線が突き刺さる。
「そういえば、おじ様は異能も持っていましたよね。あの時、確か『逆襲』と言っていましたけど、それがおじ様の異能ですか?」
「……そうだ。自分が与えられたダメージを倍増して相手にも与える異能だ。使い勝手は悪いが、決まれば強力だ」
「なるほど、だからあの人は突然全身から出血したんですね。それでおじ様、その異能は後天的に得たものですか? であれば、もしかしてダンジョンで――」
「――エマ。それ以上は止めてくれ」
俺が真剣な声で頼むと、エマはそれ以上踏み込もうとはせずに口を閉ざした。少し悲しそうに目を伏せてしまったが、この件に関しては軽はずみに話せる内容ではないのだ。
「俺はダンジョンで三つの遺物と、逆襲の異能を手に入れた。それは事実だし、どのような力を持っているのかも、状況によっては教えよう。だが、ダンジョンの詳細に関して語る気はない。エマとジョゼには必要のない知識だ」
俺はそう言い残すと、席を立って食堂を後にした。




