第二話 レオスと剣士の娘3
エマとジョゼが討伐した貝系魔物の魔石と素材をギルドへ持ち帰ると、ギルド職員はその魔石の純度やサイズからEランクだと決定付けた。
俺は経験からEランク以上だろうと予想していたが、双子はFランク魔物だと思っていたようで、自分たちよりも二階級も上の魔物を討伐できたことに喜んでいた。
これにより、エマとジョゼがFランク冒険者へ昇格するのも時間の問題になってきたが、俺はあえてその事を二人には伝えずに、ただその功績だけを褒めるようにした。
それから二日後。アルフが二人の仲間と共に中央大陸行きの船で旅立った。俺にとっては見慣れた光景だが、エマとジョゼは初めての仲間の旅立ちであり、遠ざかる船が見えなくなるまで見守っていた。
「そろそろ戻るぞ」
俺は二人に声をかけて船着き場を離れると、いつもの狩場へと向かう。
「レオスさん、これから魔物討伐に行くの?」
「午前の見張りをアルフたちの見送りで変わって貰ったからな。今日は午後の見張りを担当する」
「そうだったんだ。じゃあ、俺たちも午後の魔物狩りに加わろうかな」
「おじ様、午後は現れる魔物に違いなどはあるのですか?」
「午前は稀に棘皮系やスライム系の珍しい魔物や単体でランクの高い魔物が出る傾向があるが、午後は群れを成している弱い魔物が多いな。討伐数や魔石は午後の方が稼げるから、戦績や金に目が眩んだ奴が多くて俺は好かん」
俺は強い魔物や珍しい魔物を倒すのは得意だが、取り分の問題などを仲裁するのは苦手だ。ジョゼがアルフと揉めた際に謝罪として全ての素材と魔石を差し出したのは、取り分に関する話し合いが苦手だったというのもあったのだ。
「ということは、この前のジョーとアルフお兄さんのような言い争いが絶えない感じでしょうか?」
「あんなのは可愛いもんだ。俺が倒したとか、横取りするなとか、どうでもいい事で掴み合いの喧嘩を始める馬鹿までいる。午後の見張りは魔物を見張るというよりは、若手の馬鹿を見張るという意味合いが強い」
「……今から狩場に向かうのが億劫になるお話ですね」
「面倒なのに絡まれたら、魔石を渡してさっさと次の魔物を狩りに行った方がいいぞ」
「それは……釈然としませんね」
本来はよく話し合ってお互いに満足した形で取り分を得るのが良いに決まっているのだが、午後はそこで揉めている間に別の魔物を狩った方が結果的に得られる報酬が多くなるので、争えば争うだけ効率が悪くなるのだ。
狩場が見えてくると、エマとジョゼは人の多さに目を見開いた。冒険者と魔物の声が響き、至る所で戦闘が繰り広げられている。俺が言った通り、言い争いをしてベテラン冒険者に仲裁されている若手もいる。
「やれやれ、ピークの時間帯か。行くぞ」
俺の到着に気付いたベテラン冒険者たちが開口一番に「遅い」と怒鳴りつけてきた。どうやら今日は輪をかけて忙しかったようだ。
俺は軽く謝罪すると、ベテランたちに混ざって取り分で言い争う若手の仲裁に入った。
「どうする、エミー?」
「とりあえず、出来るだけ人の少ないところで狩りをするしかないわ」
若手たちの仲裁をしつつも、俺はしっかりと双子の動向も確認していた。
立ち回りを見てすぐに分かったが、二人は魔物の横取りをされるのはもちろん嫌だが、それ以上に横取りをしたと言いがかりを付けられる方が嫌なので、誰も狙っていない魔物を注意深く探して連携攻撃で素早く討伐する戦い方を繰り返していた。
途中、他の冒険者に狙っていた魔物を横取りされかけることもあったが、抗議せずに別の魔物へと狙いを切り替えることで、いざこざに巻き込まれることなくスムーズに狩りを進めていたので、かなり周りが見えているようだ。
エマとジョゼが魔物討伐へ参加してから三十分ほど経過した頃、二人の目の前で容認できないレベルの横取り行為があった。
この狩場ではお馴染みの、Fランク相当の猪型獣系魔物と一対一で戦闘していた若手の女性冒険者がいたのだが、二人はその冒険者を見守りつつも危なそうなら助けに入ろうと身構えていたのだ。恐らくは彼女の立ち回りを見て新人だと思ったのだろう。
実際、俺の目から見ても、彼女はかなりぎこちない動きをしており、見ていて不安になる戦いだった。
しかし女性冒険者は消耗しつつも懸命に戦い、ついにトドメを刺せそうなところまで魔物を弱らせた。そして最後の一撃を放とうというところで、突然現れた別の冒険者が高威力の攻撃で魔物を両断。素早く内部にあった魔石を抉り出して立ち去ろうとしたのだ。
「ま、待ってください!」
数分間の死闘の末に討伐出来そうだった魔物を横から奪われた女性冒険者は、さすがに黙っていられずに横取りをした冒険者に声をかけた。
足を止めた冒険者は鋭い目で彼女を睨む。10代後半くらいの青年だが、その目付きは若者のものとは思えないほどに威圧的だった。
女性冒険者は一瞬ひるみながらも、なんとか声を絞り出して抗議する。
「そ、その魔物は、私がギリギリまで弱らせたんです。それを横取りするなんて、酷いです!」
「知らねえよ、そんなこと。さっさと倒さないお前が悪い」
青年は苛立たしそうに吐き捨てると、すぐに女性冒険者から視線を外して別の魔物を探して立ち去ろうとしたので、彼女はとっさに彼の手を掴んだ。
「あ? しつこいぞ!」
青年は力任せに女性冒険者の手を振り払う。
ここは俺の出番だと思い、言い争う青年と女性に近付こうとしたところで、青年の行く手を阻むように素早く二人の双子が立ちはだかった。
不味いな。火に油を注ぐ結果になりかねない。
俺は慌てて駆け足で現場へと向かう。
「なんだ、お前らは。どけ!」
「どきません」
「あの魔物は誰が見ても、その姉ちゃんの獲物だっただろ?」
「ちっ、クソガキが分かったような口をきくな!」
「――えっ?」
青年は舌打ちすると、命力を纏った回し蹴りを繰り出して、ジョゼをエマごと蹴り飛ばした。
まさか命技で攻撃されるとは思っておらず、二人は受け身を取ることも出来ずに砂浜に転がった。
青年は二人に持っていた剣を向けると威嚇するように声を荒げる。
「どうしてガキがこんなところにいるのか知らねえが、死にたくなかったら――」
青年の言葉の途中で、俺は素早く彼の剣を叩き落した。鈍い金属音がした後で、青年が驚いて俺を見上げる。
青年は俺と俺の剣を順番に見た後で、自分の剣が俺の剣によって叩き落されたのだと理解したようだ。
「ここだと魔物に邪魔される可能性がある。話し合いのために場所を移そう」
「なんだよ、オッサン。負け犬の冒険者が不意打ちで偉そうにしてんじゃねえぞ!」
青年は素早く剣を拾い上げると、俺に剣先を向ける。
「剣を降ろせ。それは仲間に向けるものではない」
「仲間? 何言ってんだ?」
「……俺はレオス・ランバート。Dランク冒険者だ。君はもしかして、最近冒険者になったばかりか?」
「お前、俺にランクでマウントでも取ろうってのか? その歳で南大陸にいるような負け犬が調子に乗ってんじゃねえぞ!」
青年は持っていた剣を地面に投げ捨てると、命力を身体の正面に集中させて目に見えるほどに圧縮していく。
「見ろ! これが俺の上級命技だ。俺はさっさとFランクに昇格して中央へ行くんだよ。邪魔するな!」
青年が創り出したのは風を纏う黄緑色の剣。中級命技の『属性変化』と上級命技の『形態変化』の合わせ技だった。
本来であれば、新人が創り出せるものではなく、彼の突出した才能は称賛されるべきものだが、その力の使い方は最低の一言だ。
俺は自身へと突き付けられた風の剣に対して眉一つ動かすことなく、彼へ告げる。
「もう一度言うぞ。それは仲間の冒険者に向けて良いものではない。今すぐ降ろせ」
「……くそが、俺を舐めてんのかっ!」
青年はついに、怒りに任せて俺に対して風の剣を振るった。
俺はそれを自身の剣で受け止めたが、物質化した刀身を受け止めても風の刃は止められず、風をかすめた肩が裂けて血が噴き出した。
「俺の風の剣を受け止めた!?」
「……どうした? その程度か?」
今の攻撃は南大陸で活動するほとんどの冒険者が致命傷を負うレベルの攻撃だ。そんなものを仲間の冒険者に対して使うことは許されることではない。
俺は目の前の青年を、同じギルドの仲間から無法者のチンピラへと格下げした。
「ジョー、あの方、殺されないかしら……」
「わ、分かんないよ。あんなに怒ってるレオスさんは初めてだもん」
双子は俺が本気で頭に来ていることを察したようだ。
実際のところ、ここまでイラついたのは久しぶりだった。こいつは物理的にだけではなく、冒険者としてのプライドも粉々に打ち砕いてやると、心に決めた。
「上級命技など中央大陸では珍しくもないぞ? そもそも、今の一撃で俺の腕を斬り落とせないようでは、中央大陸では通用しないだろうな」
自慢の風の剣を馬鹿にされて、青年はさらに連撃を浴びせてきた。俺はその全てを剣で受け止めたが、風の剣が纏っている刃による追撃で全身のあらゆる部位を斬り裂かれて出血していく。
周囲にいた他のベテラン冒険者たちが気付いて近寄ろうとしたが、俺は青年には気付かれない角度で他の冒険者に制止するようにハンドサインを送り、青年の風の剣を受け続ける。
この程度の攻撃、もちろん防ごうと思えば防ぐことは容易だ。完全に完封してやるのも確かに手ではあるのだが、それだけではこいつの心は折れないかもしれないからな。
「はっ! どうした! 偉そうなこと言っておいて、俺の剣を受け止めるだけでそのざまだ! 負け犬はさっさと引退しろよ!」
「お前の様なクズは……このギルドにはいらん!」
俺が体重の乗った剣を一閃させると、青年は風の剣でそれを受けつつも、一歩後退した。
「ちっ、力任せの悪あがきを――」
青年は俺の剣を見て、異変を感じ取って顔色を変えた。周囲にいた他の冒険者も同様であり、全員の視線が俺の剣へと集中する。
俺は剣に大量の命力を注ぎ込み、銀色の刀身を漆黒へと変質させた。
「死なない程度に加減してやる。『黒水剣』!」
俺が漆黒の剣を一閃させると、青年はそれを風の剣で受けて弾き飛ばされる。ご自慢の上級命技も砕けて消滅した。
「ぐっ!? こ、この!」
「良く止めたな。だが、これで終わりだ」
俺は一歩退いて青年から距離を取ると、剣を左手に持ち替えて右手をかざす。
「何?」
「『逆襲』!」
「――っ!? ぐっ、う……あ、ああああああああ!」
俺が右手のひらを握り込むと、青年は全身から出血してよろめき、強烈な痛みに絶叫した。
「て、てめぇええ! な、何しやがったっ!」
青年は地面に這いつくばって痛みに耐えながら、怒りの形相で俺を睨み付けた。
俺は彼をすぐ近くで見下ろしながら、腰のベルトに引っ掛けてあった小瓶を取り外すと、蓋を開けて中の透明な液体を頭からかぶる。
小瓶に入っていた量を遥かに越えた液体が俺の身体から流れていた血液を洗い流すと、傷一つない身体が空気にさらされる。
「なっ!? ど、どうなって?」
「お前、あれだけ吠えておいて、その程度の傷で動けなくなるのか。とてもじゃないが、中央大陸で通用するとは思えない弱さだな」
「な、何っ!?」
俺は小瓶の蓋を閉めて元の場所へ戻すと、青年に近付いて黒い剣で彼をつつく。
斬ったわけではなく、軽く手の甲をつついただけだったが、青年は絶叫してのた打ち回った。
「やはりな。子供以下の精神力だ。お前の様な雑魚に冒険者は務まらん。荷物をまとめて故郷へ帰るんだな」
青年は俺の言葉に反論しようともがいていたが、全身を駆け巡る激痛と出血によるショックで徐々に意識を失い、動かなくなる。
「お、おじ様……殺してしまったのですか?」
「そんなわけあるか。まだギリギリ生きている」
俺は再び小瓶を手に取ると、内部から湧き出る透明の液体を気絶した青年に浴びせた。
すると、俺と同じように彼の身体から傷が綺麗に消え去った。
「その小瓶は何なんですか?」
俺は興味津々で小瓶を見る双子と、先ほどまでの戦いを見て彼の恐ろしさを知った他の冒険者からの畏怖の視線に耐え兼ねて、小さくため息を吐いた。
「これ以上騒ぎを大きくするわけにはいかないな……。すまないが、今日はこれであがっても良いだろうか? このクズをギルドに突き出して職員たちに事情を説明したい」
俺の言葉に他のベテランたちがぎこちなく頷いた。
「あ、ああ。そうしてくれ」
「すまない。埋め合わせはするつもりだ。それと、君も一緒に来てくれるか? 事情を知る人間が必要だ」
俺は地面にへたり込んで唖然としながら戦いを見ていた女性冒険者に声をかける。彼女は数秒後に自分が話しかけられていることに気付き、慌てて返事をした。
「――えっ!? は、はい! 分かりました!」
俺が気絶している青年を肩で担いでギルドへと歩き出すと、女性冒険者は黙って後に続いた。
「おじ様、私たちも行きます」
「俺たちだって当事者だからな。それと、この魔石は姉ちゃんのだろ?」
「あっ、うん。ありがとう……」
ジョゼが青年の荷物から横取りされた魔物の魔石を取り出して渡すと、女性冒険者はそれを大切そうに握りしめた。




