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この作品は当初、拙作「RE;BIRTH」のスピンオフ作品として発表されましたが、この度大筋はそのままに、単独作品としてリライト致しました。題名の“R”はリライトを意味します。

 「バンザイクリフ」という異名を持つ岬は、我々の世界ではサイパン島最北端にあり、玉砕という言葉と共に第二次大戦の悲惨な断章として今日まで語り継がれている。

 しかし、この世界ではその名を標す候補が多過ぎて今日では内外10ヶ所以上が、我こそはその名に最も価する戦跡である、と主張する。そのため地元以外では『○○のバンザイクリフ』と地名を冠にするのが一般的となっていた。

 第二次大戦における太平洋戦域での最終段階、米英軍による関東上陸『コロネット』作戦によって、軍属や国民義勇隊が追い詰められ、少なく見積もっても4千人が自決したと見られる三浦半島にあるこの岬も「横須賀のバンザイクリフ」と呼ばれていた。


§


 異常心理や集団心理と呼ばれる判断力の突発的異常については、後知恵や安全地帯から見ている他人ならば、即座に過誤を指摘することが出来る。

 しかしその状況下に置かれた人間にそれを指摘したところで、誤った判断を正すことに繋がるとは思えない。何故ならば大抵の場合彼らは正常な判断を下す能力が無いのではなく、考える時間が無いからだ。その地下壕に身を寄せた人々も正にそのような状況下にあり、彼らの多くの者にとって、命ある時間も残り僅かだった。

「皆、良く聞け!」

 20歳を幾らも越えていない様に見えるその将校は、頭から左頬に掛けて巻いた血の滲む包帯から覗く右目だけを異様に光らせていた。

「まもなく、敵は火炎放射機で我々を焼き殺そうとするだろう。だが、むざむざ殺されるのを待つことなど愚の骨頂、これから総員、敵に対し渾身一滴、苛烈なる反撃を行なう」

 人々は静まり声もない。 将校はその人々を睨み付けながら、

「夜を待ち、夜襲を行なう方が成功の確率が高い事は良く分かっている。しかし敵は夜を待たずに攻撃へと移るだろう。我々にはもう時間が無いのだ。動ける者は我に続け。武器を持つ者が先に立て。動けぬ者は井上伍長とここに残れ。残った者は簡単に死んではならない。敵がここまで入って来るのを待つ。苦しそうにして見せろ、そして敵が目の前に来たら手榴弾を起爆させるのだ」

 将校の残された右目は益々大きく見開かれ、灯された僅かばかりのランプを映す。

「一人一殺。貴様たちも皇国の尖兵である。最期まで報国の念を忘れず、大義に殉じた先人に続くのだ。判ったか!」

「はい!」

 数名がそれに和したが男は満足せず、腰から拳銃を抜くともう一度、

「判ったか!」

 今度は男がぎりぎり納得するだけの人間が、

「判りました少尉殿!」

と叫ぶ。

「では行こう。付いて来い」

 最後は妙に平板な調子で言うなり、少尉は南部けんじゅうを手にしたままゆらりと坑道の暗がりに消えた。それに続き、30人ほどが狭い連絡壕へと進む。見送ったのは、女子供と中高年の男たち、およそ40名。両足に深い銃創を負った50男がリーダーだった。その伍長は涙を流して寝転がったまま敬礼し、彼だけではない嗚咽や啜り泣きは、狭い洞窟状の掩敝壕の中、不気味に木霊した。

 少尉たちの籠もっていた坑道の拠点は、星型に組まれた主陣地を結ぶ交通壕の途中に設けられた哨戒所に過ぎなかった。その出入口周辺に密かに陣取っていたのは、アメリカ西部の田舎者が中心の州兵たち、指揮する少尉も正に彼の敵、対する少尉と年格好も同じ、違う時代に出会おうものなら友好の挨拶を交わしたであろう童顔の青年だった。

 外の少尉は、中から敵が出てくるのを1時間余りも待っていた。最初の人影が見えた瞬間、思わず抱えたカービン銃の引金を引きそうになるが、敵を充分に引き付けて撃て、と命じたのは自分自身である事に危ういところで気付き指を離す。撃つのは30メートルほど前方、あの目立つ岩の前を敵が過ぎてから、と彼の小隊には強く命じてある。最初の人影はそろりと地下壕を出ると、身を伏せながら小走りに手近な草地へ駆け込み、身体を投げ出す。続いて出て来たのは軍服とは名ばかりのボロを纏った集団、みな一様に眩しさに目をしばたき、手をかざしていた。

 後知恵で言うのなら、米兵らは正にその瞬間撃ってしまえば良かったのだ。待ち受ける少尉は士官学校で教え込まれた戦術論を忠実に実行しようとしていた。彼はまだ実戦参加10日目、本来なら経験で彼をサポートすべき軍曹も昨日の明け方、敵のバンザイ突撃による乱戦の最中に戦死、まだ後任は着任していなかった。少尉はともすると震えそうになる両手をしっかりとカービン銃を握ることで堪え、地下壕をおっかなびっくり出て来て来た敵をじっと見つめた。

 人々の先頭に立って辺りをきょろきょろと見回す、比較的身綺麗な軍服の男が指揮官に違いない。先に出て来て草地に伏せた男が立ち上がり、その指揮官の方へ歩み寄る。未熟な少尉から見ても、敵は全く恐ろしいほど無防備で、軍隊とは名ばかり、素人の集団らしい。少尉は相手のこの有様に正直ほっとして、額の汗を拭う。しかし、直後に起きた事態に彼は凍り付いた。

 誰がドジを踏んだのか結局分からなかった。永久に分からないだろう。彼の小隊は、地下壕の出口から50メートルほど離れて弧を描いて隠れていたが、その中程で一発の銃声がする。一瞬全てが、時間までもが止まったか、と思えたその直後。

 もう、双方の少尉にも事態の統制など不可能だった。敵も味方も手にした武器を一斉に乱射、バタバタと人が倒れる。待ち構えていた側が断然有利かと思えたが、流れ弾が火炎放射機を扱う兵に当たり兵が倒れた瞬間、彼の脇に置かれた放射機の燃料タンクが引火爆発、付近の兵が5、6人、火だるまとなってしまった。

 結果だけを見れば、地下壕から出て来た少尉は願いを適えたことになるだろう。彼はこの乱戦の結果を知らずに戦死したが、もし知ったとすれば、大いに満足した事だろう。彼が死ぬまでに、敵は少尉を含む9名が戦死、17名が重軽傷を負った。味方の損害はそれ以上、28名中たった2人が瀕死の重傷で生き残り、他は全員死んでしまったが、敵に与えた損害は、この戦区の戦いの中でも記録されるべき出来事として米軍の戦史に残された。



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