へっぽこアミル【後編】
大幅に改稿しました。
「斑模様の体毛に特徴的な2本の尾っぽ、あれは猫又という魔獣です」
代わりの服をポーチから取り出して、少し冷静さを取り戻したアミルが、ほっと胸を撫でおろすようにして言った。
「不幸中の幸い……魔法のポーチだけは身に着けていたので無事でした。
これも盗まれていたら、もう森で野垂れ死んでしまう所でした」
そんな大げさな……、とはいえ流石に素っ裸で森を歩くのは危険すぎるので、替えの服は助かった。
武器である杖を失ってしまったことと、服が薄い部屋着なのが、魔獣との戦闘では心配だけど、彼女であれば、その知識とスキルで補うことが出来るだろう。
アミルはポーチの中からシルクの様な素材でできた高級そうな紫色の巾着袋を取り出した。
「これが無事なら、まだ盗まれた装備を取り戻せるかもしれません」
中には占い師が使っている水晶玉にそっくりな、透明な玉が入っていた。
内部には魔法陣が刻まれている。
「それは?」
「これは追跡水晶といって、探しものを見つけてくれるアイテムです。
それは凄い!本物の水晶玉だ。
「これならすぐに見つかるね!」やつた!
「ハルヒサ、まだ喜ぶのはは早いですよ?見つける為にはクリアしなければいけない条件があるんですから。
その条件が確か……えっと……」
アミルは巾着袋から説明書らしき紙を取り出すと、コホンと咳払いをしてそれを読み上げる。
●追跡水晶 使用における3つの条件●
①これの使用は探し人本人が行う事。
②使用者は探しものの特徴を強くイメージできる事。
③探しものは使用者の魔力が込められているか付着している、またはそれが使用者の身体の一部分である事。
「①と②は大丈夫だと思うのですが、問題は③です。盗まれたアイテムのうち杖、靴、帽子のこの三つは強い魔力を持っていますが、その魔力は私のものではないんです。
ですから③は愕然、これらの探しものに私を証明できる何かが付着していることに賭けるしかありません。
ーーなんて、うだうだ言っていても始まりませんね」
アミルはそう言うと、息をすーっ…と吸い込んで、水晶に両手を翳して目を閉じた。
「魔法の杖…勇者の靴…賢者の帽子…」
探し物のイメージを高める為か、アミルが小声でその名を呟く。
すると、水晶の中の魔法陣がぼう…っと光りを放ち始めた。
水晶玉は不安定な点滅を繰り返しながら、次第に安定した優しい輝きの光源体になった。
緊張していたアミルの表情が柔んだ。どうやら成功したみたいだ。
「盗まれた帽子の中に一筋、私の髪の毛がついていたようです。よかった、これなら追跡が可能です」
「やったねアミル!」
「ええ、早速追いかけに行きましょう!」
輝く水晶から伸びた光線が、探し物への進路を指し示す。
さぁレッツゴー!追跡の始まりだ!
こうして、気合十分で始めた僕たちだったが。
「ぎゃーー!ハルヒサ助けてください!樹魔が…樹魔が!」
始めて早々、アミルが樹魔に襲われた。
足に蔓が絡みつく。
(まさか彼女が樹魔の擬態に引っ掛かるなんて)
スパン!スパン!『ギイイ……!』
ナイフで撃退。手首のスナップを利かせて素早く、確実に仕留める。我ながら多くの樹魔との戦いを経て、ナイフの扱いには慣れてきた。
難なく彼女を救出する。
「大丈夫アミル?怪我はない?」
「大丈夫です、助かりましたハルヒサ」
彼女に手を差し伸べて起き上がらせる。
「でもらしくないな、アミルが樹魔に捕まって苦戦するなんて、
あれくらいの樹魔だったら、アミルの炎であれば一撃だと思ったけど」
「つ、杖が無いので、魔法スキルが……その……使えないんです」
「え、使えない?」
「えっと、つまり……その……」
そういえば、彼女はいつも杖を構えて炎を操っていた。
そうか、炎の魔法スキルは杖が無いと制御が難しいんだ。
杖の無い今、遠くの敵ならともかく、自身に巻きついた相手に威力の高い炎のスキルを使うのは危険だ。
発動させた炎が服に引火して、自分が火傷を負ってしまっては本末転倒、いくら彼女が優れた紅蓮術師であっても、今の状態で、魔法を使用する事は難しいだろう。
そうか、そういう事ならば。
「わかったよアミル、樹魔との戦いは僕にまかせて!先頭は僕が歩くから、アミルは道を案内してよ」
「はっ……はい!わかりました」
僕が前でアミルが後ろ。この陣形なら、アミルが樹魔に襲われる可能性はかなり少なくなるだろう。
………
「ぎゃーー!ハルヒサ助けてください!」
アミルが樹魔に襲われた。
「なんの!」
戦いは僕の役目だ! スパン!スパン!
しかしアミルが二度も樹魔の擬態に引っ掛かるなんて
……まあ偶々、そういう時もあるだろう。
「ぎゃーー!樹魔に触れてしまいました!」
スパン!スパン!
「ぎゃーー!助けてください!」
スパン!スパン!
「ぎゃーー!樹魔です!」
スパン!スパン!
「ぎゃーー!ハルヒサ」
アミルさん!?!?!?
………
「ごめんなさい……ハルヒサ……」
「いや、謝ることはないよ……」
しかし僕は完全に履き違えていた。
杖を失ったアミルは自制では無く本当に魔法が使えなかったのだ。
補助輪が無いから自転車に乗れないのではなく、自転車自体を持っていないかった。そういう事だった。
靴を失ったアミルは森のデコボコ道に苦戦する。それは彼女の長い旅路を支えていた靴の持つ特殊な効力、基本脚力の永続強化といった恩恵と【強脚】を使用できなくなったから。
そして最も致命的だったのが帽子を失ったことだ。
あらゆる知識で彼女に最善策を与え危険の回避、解決を支えていた賢者の帽子、その膨大な知識の源は、帽子と共に彼女の頭から脱げ落ちた。
嘘だろ……そんな……
あの装備がそこまで大事なものだったとは……!
現状を理解して、あの時の彼女の取り乱しように納得した。
しかし、同時に不安が押し寄せてきた。
魔法の杖、勇者の靴、賢者の帽子。
彼女のアイデンティティともいえたそれらの力を、彼女は全て失ってしまったのだ。
残されたのは非力な美少女、だけどその容姿も弱肉強食の魔獣には意味がない。
(今のアミルは……へっぽこアミルだ。)
言葉に出さなくとも察せられてしまったのか、アミルは不安そうな顔をしながら、指先で僕の袖を引いていた。
自信に満ちていた頼れる彼女が、今は随分としおらしく頼りない。
「だ、大丈夫だよアミル!樹魔なら僕でも倒せるんだし、道中だってもっと僕が気を付ければ」
「ちが……そうじゃなくて、失望……したでしょ?」
薄々気づいていた。彼女は決して強くない。
腕っぷしじゃなくて心がだ。でも頑張って僕や周りに強い自分を見せていたんだ。
誰にも弱さは見せられない、そんな一人での旅はずっと孤独だった筈だ。でも三つの装備品が彼女を支えていた。
それが今は無い。奪われてしまった。支えを失った彼女は今にも崩れてしまいそうだった。
「何言ってるんだアミル」
でもそうはさせない。
「失望なんかするわけないよ、アミルは僕の恩人だろ?」
彼女は僕が守ってみせる。
しっかりせねば。僕はそう覚悟を決めた。
………
森を今のアミルに歩かせるのは危険だ、彼女をおんぶして追跡を再開した。
「久しぶりだね、アミルをおんぶするのは」
「重いでしょ?」
「そんな事無いよ、羽みたいに軽いくらいさ」
そう、彼女には重さが無かったのだ。なんちゃって。
でも強化スキルのおかげで重くないのは本当だ。
アミルが僕に付与した【強脚】の効力は、彼女がスキルを使えなくなった今でも続いていた。
足に力が宿っている今はまだ大丈夫。
アミルをおぶってから樹魔とエンカウントすることは無くなった。
このまま順調にいけば、あの猫にも追いつけるだろう。
そう思った矢先だった。
ドオーーン!!
進む先から何かが倒れる音がして、地面が上下に揺れ動いた。
「何だ? 地震!?」
駆けつけてみると、そこで一本の大木がなぎ倒されていた。
倒れた木の上側はクレーターの様に潰れ、下側は繊維が折れて木の皮や破片が飛び散っている。
「これは一体……」
周辺の木も、至る所に削がれたような傷を受けていたり、根が押し潰されていた。
そして地面にも同じように潰れた跡が。
「アミル、これって……魔獣の足跡?」
「ええ、おそらく……」
40センチはあるだろうか、大きな足跡がこの近辺を行ったり来たり。
……何かを捜している?
ドオオオーン!!!
またあの音だ!それもさっきより大きいぞ!?
音も揺れも大きくなって、それはこちらに近づいて来ているみたいだ。
「間違いありません!これは……魔獣が木をなぎ倒している音です!」
段々と揺れが激しくなる。この地響き、この足跡の持ち主か!?
だとすれば……これはかなり大きな魔獣だ!!
目の前の木が揺れ動く「危ない!!」
倒れた木の衝撃で、地面の土が舞い上がる。
そして、土煙の中から地面を踏みしめる足音と共に、
巨大な獣がその姿を現した。
「こ、こいつは……」
体長は約3メートル、灰色の毛皮を纏った太く長い牙を持った猪の様な大魔獣。
最悪だ……
まさかこんな時に、森の主猛牙に遭遇してしまうなんて……!
その咆哮が森全体を震わせる。
「何かこいつ、かなり怒ってない!?」
「見てくださいハルヒサ!猛牙の前脚!」
脚?……!あれは傷跡!?
猛牙の左前脚に爪の様なもので切り裂かれた傷跡が。
ネコの様な引っ搔き傷、しかもまだ新しい。……まさか!
頭の中に一匹の魔獣が浮かび上がる。
「猫又の仕業か!?」
「逃げましょうハルヒサ!あれは森の主、樹魔とは訳が違います!」
言われなくとも! あの巨体、この威圧感、とても勝てるとは思えない!刺激しないようにさっさと逃げ……
しかしそれの瞳には、二つの動く的が映っていた。
背筋がぞっと粟立った。
地面を踏みしめ、体を屈める予備動作、
「まずい!」
刹那、直線が鎧を掠め、手前から後方へと、質量を持った疾風が突き抜けた。
二本の牙が大木に激突し、容易くその髄をへし折った。
「今、僕たちを狙って突進した!?避けてなきゃ潰されてたよ!」
その巨体からは想像できない程の速さの突進。
それを躱された猛牙の瞳が、再び僕とアミルへ向けられる。
「ま、待ってよ!危害を加えたのは僕たちじゃない!」
しかしその説得は無意味だった。
樹皮がパラパラと落ちて樹木の臭いが立ち込めた。
大木をなぎ倒す二本の大牙、地形をものともしない強靭な脚力。森の主、猛牙はまるで生きたブルドーザーの様だった。
アミルの言った通り、樹魔とは訳が違う。逃げなきゃまずい!しかし……
無理だ、とてもじゃないが逃げきれない!
ここは樹魔の森、樹魔にも気をつけつつ猛牙から逃げ切るなんて絶対に無理だ。
アミルの魔法が使えない今、唯一の武器は僕のサバイバルナイフだけ。
この状況を切り抜けるにはもう……
「……アミル、猛牙の弱点はわかる?」
「!? まさかハルヒサ、猛牙と戦うつもりですか!?」
「猛牙は僕たちを殺す気だ!だったらもう、戦うしかない!」
戦って切り抜ける。それしか方法は見つからなかった。
これは無謀だ、でもあいつの弱点が分かれば、少しは上手く立ち回れるかもしれない。
「……ごめんなさいハルヒサ、分からないんです……私では、猛牙の弱点が分からない……」
そうか……だったらもう、やるだけやれ背水の陣だ!
猛牙がこちらへ牙を向け、戦闘態勢を取った。
「アミル!しっかり掴まってて!」
攻撃が来る!!(突進だ!)
倒れる木も計算に入れて避けないと巻き込まれる!
ならば、正面にジャンプして回避にする!
【強脚】!
僕はスキルによって強化された跳躍で、巨大な猛牙の背中を飛び越えた。
回避に成功、猛牙は急には止まれない。攻撃を躱した事で、猛牙の背後と最低限の間合いを取ることに成功した。
攻撃を躱された猛牙が瞬時に後ろを振り返る。
そこを狙ってこいつだ!
「くらえ煙玉!」
煙玉、西の都でアミルから預かっていた目くらまし用のアイテム、
僕はそれを懐から取り出すと、猛牙の頭に投げつけた。
命中!噴き出した煙が猛牙の視界を奪う。
よし、ここで攻撃!と行きたいがここは我慢だ、油断は禁物、冷静に思考を巡らせる。
僕は背中にアミルを負ぶっている。
ここですぐさま攻撃に出れば彼女を危険にさらす事になる。それに……
白い煙を突き破って、猛牙の牙が高速で目の前を横切った。
(あっ……ぶない!)寸前で回避!
構えていたから避けられた。
攻撃に出ていたら、振り回されたあの牙に突き飛ばされたあげく、突進で轢き殺されていただろう。
(縛りで勝てる相手じゃ無い。ここは先にアミルだけでも安全な場所に避難させないと、戦いはそのあとだ)
「アミル、確か煙玉はアミルがあと一個持っていたよね?」
「は、はい持っています!ポーチに入れていましたから」
「それを僕に!」
「はい……!」
もう一度、煙玉を当てて隙を作る!
「食らえ!」猛牙の頭で球がはぜる。
命中!
この隙に周囲を見回して、僕は猛牙に倒され折り重なった倒木の山を見つけると、すぐさまそこへ跳躍した。
「アミルはここで隠れてて」
木の重なり合った僅かな隙間は、身を隠すには悪くない。
「ハルヒサは?」
「僕は猛牙と戦うよ」
二人で隠れてやり過ごす、そんな事も考えた。しかし猛牙の外見的特徴からその考えは外された。
猛牙のあのでかい鼻、
もしも猛牙が僕の知っている猪と同じ特性を持っていたら、
犬にも匹敵すると言われるその優れた嗅覚で、見つけ出されるのは時間の問題だ。
でもアミル一人なら、僕が猛牙と戦っていればその間彼女は安全を保てる。
「猛牙と戦うなんて無茶ですよ!」
アミルは反対した。
しかしここは譲れない。
「煙玉が無駄になるから早く!絶対にそこから顔を出さないで!」
僕は強引に彼女を倒木の隙間に押し込むと、その場からできるだけ離れながら、煙の中で暴れる猛牙に向かって小石を投げた。
猛牙はそれに反応して、小石が飛んで来た方向へ突き抜ける。
だが小石は偽攻だ、突進の先には誰もいない。
「やい間抜けなノーコン猪!どこ狙って突っ込んでんだよこのアホンダラー!」
猛牙を挑発、僕は思いつく限りの悪口を吐き捨てる。
さあお前の獲物はこっちだ!
猛牙がこちらを睨みつけ、突進の動きを見せた。
よし、食いついた!
さあ来い! ここからが本番、猛牙と僕の一騎打ちだ!!
次々に倒壊する森の木々。
攻撃を避けながら、隙をついて反撃を試みる。
背中に横一閃!「浅い…!」
鎧の様な剛毛が攻撃を簡単には通さない。
牙を振り回し猛牙も反撃!
空振り。しかし、その威力は凄まじい。
攻撃を予感したら直ぐに回避、一撃でも食らえばおだぶつだ!
(あぁ…初めての戦い、ドーキンとの決闘を思い出す。)
けどあの時とは違い、相手の攻撃は突貫や牙の振り回の近接攻撃のみ。
その分一発はドーキンの【剛腕】以上だが……
攻撃手段が少ない為こちらの攻撃もいくつか当てられる。
攻撃を躱し、死角から斬りつける。
「これならどうだ!」縦横ナナメの三連斬!
猛牙が怯む。
効いたか!?
しかしすぐに反撃が飛んで来た。
駄目だ擦り傷。
やはり攻撃を通すには斬撃では力不足か…!
突きならもっとダメージを与えられるかもしれない。
しかし振り切るだけの斬撃と比べ、刺して抜いてと動作を二分する突きは生じる隙が大きすぎる。
焦るな、斬撃は擦り傷だが出血させる事はできている。
攻撃が当たる、それだけで上出来だ!
今はまだ、焦らず何度でも、斬っていればいい。
まずは体力を消耗させ動きを鈍らせる。そして隙が大きくなった所で勝負に出る。突きで一撃、急所を貫いてトドメを刺す!
縦一閃! 横一閃!
攻撃を与えながら部位の強度を理解する。
刃の通りやすい場所、そうでない場所、
突きが最も効果的に入る急所はどこか、
肩の周辺、特に脚部は防御が高く十分にダメージが入らない。首と背中も同様、最も弱いのは腹部だが、もぐり込むのは至難の業だ。
ならば顔面、生物で最も柔らかい粘膜、それが露出した目、一番危険だがそこを狙うしかない!
突進が来る。跳躍して回避!
狙いは決まった。ここからは根競べだ、何回だって避けてやる!
猛牙の攻撃は稚拙で一本調子、わかっていれば避ける事は造作も無い。
回避!
【強脚】の力で高く跳び上がったその時だった。空中で自分の足の異変に気付く。
(何だ?足が…重い?!まさか……〕
それは最悪のタイミングで訪れた。
これまでの積み重ねが全て無駄になりかねない、最も危惧していた瞬間だった。
着地と同時に足に強烈な痛みが走る。
「痛ッ……!」
足首が無理な方向へと曲がり、体はバランスを崩して倒れ込む。
嘘だろ……こんな時に、【強脚】の効力が切れるなんて!!
いや……それより早く起き上がらないと、次の攻撃が避けられな
グシャンン!!!!!
一瞬の出来事だった。体は浮かび、体の中で何かが潰れる音がした。
「がっ…!!」
猛牙の牙が脇腹にヒット、僕の体はそのまま突進に巻き込まれながら大木へと叩きつけられた。
「お…げぇっ…………」
衝撃はレザーアーマーの防御を貫通し、胸骨粉砕全身打撲。
吐血と同時に肺の空気が押し出され呼吸が止まり、全身の力が抜け落ちた。
僕の眼はぐるんと力無く灰色の空を仰いだ。
こんな……筈じゃ……
灰色の空がどんどん暗くなっていき、やがて、空も雲も、真っ暗で何も見えなくなった。
そんな……嘘だろ?
こんなところで……
……死ぬ……の……か…………
……………
………
…
⦅あなたが死んだら、困るでしょ?⦆
暗闇の中で誰かが僕に囁いた。
え……誰?
知らない声、女の人の声だ。
⦅あの子を守るのが、あなたの役目でしょ?⦆
あの子って……アミルのこと?
僕の役目…………でも…
⦅あなたはこれでいいの?⦆
嫌だ!こんなので終わるなんて……
⦅でもこのままでは死んでしまう⦆
そんな……死にたくない!
⦅だったら⦆
そうだ
⦅目を覚まして⦆
こんなところで
…… 死んでたまるか……!!!……
Σκοτεινέςευλογίεςσε σας.
前腕!脇腹!後脚!
『ギュオオオオオ!!!』
鮮血が絶叫と共に舞い上がった。
気が付くと、目の前の猛牙が斬撃を受け、血のしぶきを上げていた。
僕は無意識に跳躍し、猛牙との距離を取った。
(僕が……やったのか……?)
右手に握られたナイフには紫色の血がべったりと付いていた。
まさかの反撃に、猛牙は目を白黒させている。
「げぼっ!!」
僕は血を吐き出した。
(うわっ……体中が血だらけだ……)
しかし、不思議と痛みはそれほど感じない。それに何だ?
体が……光ってる?
まさか【強脚】が復活したのだろうか、体に力が溢れてくる。
しかしいつもと様子が違う。いつも【強脚】の効果を得る時、可視化された魔力は金色に光って見えるが、今のはどんよりと赤黒い。何だこれ……本当に【強脚】か?
まぁ、この際なんでもいいか、
お陰で体が動くし、これなら戦える!
猛牙が迫る。
流石は猛牙、まだ動けるのか。だが
「スピードがガタ落ちしてんだよ!」
ひらりと躱して一閃、
ナイフの斬撃が猛牙の耳を削ぎ落とす。
(!?)
腕力も上がってる?! それに体中が力で溢れて、何だろうこの感じ……
「ふ…はははっ!」
血の匂い、腕に伝わる肉を斬る感触、
その感触を得る度に血が沸き肉が踊る!!
猛牙の体勢が大きく崩れた。
いける!攻め込め!
そのまま肉薄、しかし
猛牙が踏みとどまる。瞬間ーー
猛牙の脚が金色に輝いた。
強化スキル!? 猛牙の体が一瞬ブレる。
(速ッ……!)
【強脚】による電光石火のカウンター!
「ぐばっ…!」
猛牙の会心の一撃が、横腹へ直撃。
助骨粉砕、血反吐を吐いて視界が渦巻く。
だがーー
「それが……どうした!!」
脇で牙を挟み込む。
「倍返しだあぁあああ!!!」
顔面に向かってナイフを振る!
渾身の力を込めた一撃が、猛牙の右目に突き刺さった。
眼球が潰れ、大量の鮮血が溢れ出た。
猛牙が必死に首を振り回す。
落とされてたまるか!!
こちらも必死にしがみつく!
「もう……一撃!!ーーうおっ!?」
振り落とせないと分かったのか、猛牙は僕を頭に乗せたまま爆走し大木へ激突した。
衝撃で腹が潰れ、身体がバラバラに砕かれる様な痛みが全身に迸る。
「がはっ…うごっ…!!」
流石にやばい、気を失いそう……だが!
肉を断たせて骨を切る!!
右手のナイフを握り締め、もう片方の眼球目掛けて振り下ろした。
深く猛牙に突き刺さる。
「まだだ!!」
刺したままナイフを目頭に向けて移動させ、そこから抉り斬るようにして内部破壊!
「落ちろぉおおおおお!!!!」
苦痛に満ちた咆哮が鼓膜を刺激する。
抵抗する猛牙が首を乱暴に振り回す。
ナイフが抜け体ごと上空に吹き飛ばされる。ボロボロの体が宙に浮く。
薄れる意識に抗いながら、僕は空中でナイフを両手で構えた。
(これで……最後だ……!!)
浮力を失った体が落下する。
猛牙がそれを察知して上を向く。
両目が潰れていても、流石は猛牙だ。だがーー
その本能が……命取りだ……!!
頭上への垂直落下、
猛牙と接触するその刹那、最後の力で握った拳を振り下ろした。
グシャンン!!!!!
鈍い音が響いた。
サバイバルナイフが猛牙の割れた頭部を刺し貫いた。
響き渡る絶叫と共に、猛牙の巨体が崩れ落ち、猛牙の動きは完全に停止した。
…………………………
気が付くと、僕は仰向けに寝かされ状態でアミルに抱き抱えられていた。
「よかった……これで駄目だったらどうしようかと……」
アミルの目は真っ赤に腫れていた。
僕の体は包帯でぐるぐる巻きになって、出血箇所には魔法陣の描かれた大量の湿布が貼られていた。
必死になって治療をしてくれたのか、アミルの体も血に塗れていた。
……またアミルに命を救われた。お陰様で……生きてる。
猛牙との戦いは、必死だったので記憶が曖昧だが、かなりの傷を負ったのは確かだ。
助かったのはいいが、体は大丈夫だろうか。
僕はそっと手の指を動かしてみた。
……動いた。
足の指も……動いた。
多少の痛みはあるが奇跡的に五体満足、良かった。
上体をゆっくり起き上がらせる。
「駄目ですよハルヒサ!あれだけの重症だったんです、動いては駄目!」
アミルに体を抑えられる。
「大丈夫だよアミル」
「そんなわけありません!体中ぐちゃぐちゃなんですから!」
体がぐちゃぐちゃ?
いや、でも体は動くし……
「アミル、僕、案外元気かも」
「へ……?」
体を色々動かしてみせると、アミルは驚いた顔で目をぱちくりさせていた。
「まさか……薬の効力でしょうか」
「凄い効き目だね、それにアミルの処置が的確だったんじゃないかな、お陰で助かったよ」
「いえそんな……滅茶苦茶な処置だったと思うのですが……でも良かったです!本当に……良かった……」
彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
アミルは意外とよく泣く。
今回はかなり心配をさせてしまった。いくら猛牙に勝ったとはいえ反省だ。
(強くなりたい……。)
彼女に心配させなきくらいの強さが欲しい。
僕はそう彼女の背中をさすりながら思った。
………
危機は去ったが問題の解決はいまだ果たせていない。一刻も早くアミルの装備を取り戻さないと。
「さあアミル!僕におぶさって」
「そんな、いけませんよハルヒサ!私の方が元気なんですから、むしろあなたが私におぶさってください」
いや、流石にそれは……。
説得にはかなりの時間を要した。
……………
日は沈み始めていた。
夜になれば追跡が困難になる。日の光がまだあるうちに追い付かなければ……
足が重い、強脚の効果も消えてしまって、体力も限界に近づいていた。
焦る気持ちが大きくなる。
「!ハルヒサ待ってください!」
アミルが僕を呼び止める。
「どうしたのアミル?」
アミルはしーっ…と指を口に当てながら、静かに耳元で囁いた。
「どうやらこの近くみたいです」
息を殺して茂みを掻き分ける。
相手は魔獣だ、感覚の鋭さは侮れない。
察知されて逃げられたら今までの苦労が水の泡だ、それだけは避けないと。
ゆっくりと、慎重に距離を詰めていく。
水晶に変化は無い。どうやら猫又はその場に留まっているらしい。
休憩でもしているのか?だったらチャンスだ。
気配を消して近づく。そしてーー
見つけた……!!
斑模様の体毛に特徴的な2本の尾っぽ。
双尾の魔獣 猫又だ!
(あの野郎、呑気に寝てやがる……)
「アミル、ここは二手に分かれて……」
「了解ですハルヒサ、挟み討ちで捕まえましょう!」
ゆっくり、静かに、慎重に……
タイミングを合わせて
1、2、3ーー
『ニ゛ゃーー!』
捕まえた!!!
「やりました!捕まえましたよハルヒサ!」
「やったねアミル!さあ猫又、盗んだもの全部返してもらうーー……あれ?」
捕まえた猫又はアイテムを持っていなかった。
「猫又違い?いや、そんな筈は……!」
「!ハルヒサ、水晶の光が動いてます!」
光の方へ目を向けたその刹那
バチン!!!「いでっ…!!」
額を何かに叩かれた!
「”#u/_#u∥^&またきち#uc÷×*#%/>++€€」
右手に鞭、左手に大きな革袋、オレンジ色のボサボサ髪に小麦色の肌と黄色の瞳。
そこには毛皮の装備を身につけた、14、5歳くらいの人間の少女が立っていた。
ここまで読んで頂き有難う御座います。
短い話のつもりが前後編になってしまいました。
ので実質今月の更新は一話だけという……
早く速筆になりたい!とは思いつつも次回は来年!←おい
ではでは良いお年を。