へっぽこアミル【前編】
お久しぶりです。
言い訳はしません。
目の前が真っ暗になった。
瞼が重く、体の力が抜けていき、次第に意識が遠のいていった。
…………………………
(ーーヒサ…。)
(ハルヒサ……。)
暗闇の中で、誰かが僕を呼んでいる。
誰……ここは…どこ?
僕は一体何を……ふにゃ…頭が回らない。
(ーーさい…ハルヒサ……。)
何だよ、さっきから五月蝿いよ……
もう少し寝かせて……
ガンッ!☆*:.。・:*+..˚✧₊⁎⁺˳✧༚☆*: …
頭の中で無数の星が煌めいた。
「ハルヒサ!起きてください朝ですよ!」
頭頂部にめり込む魔法の杖と、目の前には鬼の様な顔をした少女の姿があった。
「あっ、アミル……おはよう」
「おはようございますハルヒサ」
……………
宿屋の一室、窓からの柔らかな光が新しい朝を告げていた。
「……あれ?僕は昨日確か外に出て……」
「まったく、何度起こしたと思っているんですか?よほど良い夢でも見ていたんでしょうね」
夢だったのか、あれ?でもどんな夢だったっけ?全然思い出せないや。
何か大変な夢を見ていた気がしたのだけれど、僕はその内容をすっかり忘れてしまっていた。
「ほらほら!さっさとベットから出て着替えてください。早く退室しないと、追加料金を請求されてしまうんですから」
アミルが強引に僕から布団を引っ剥がす。
「わかったアミル!着替えるから後ろを向いててよ」
女物の服、これを着るのも流石に最後だよな。
僕はワンピースの袖に腕を通す。
「そっちじゃありませんよハルヒサ、もう変装は必要無いですから」
へ?
「でもアミル、これの他に僕の服なんて……」
そう言って彼女の方を振り向いた。
するとそこには
「こ、これは!」
丈夫な革素材でできたレザーアーマー(革製の鎧)にレザーマント、淡く光ったブロンズのナックルガード(籠手)とニーパッド(膝あて)に武器はサバイバルナイフ。
「冒険者装備の一式です。」
「こんなのアミルはいつの間に!?」
かっ、格好良い!!!!
思いがけないサプライズ?に感動が止まらない。
男心を擽るこのデザイン!このファンタジー感!
これだよこれ!僕が求めてた異世界の服だ!!
「実は服屋の時に買っていたんですよ、あれから出す機会が無くて、ずっとこのポーチに入れていたんです」
アミルのポーチ、それは魔法のポーチ。
コンパクトなそのサイズからは到底入らない大きさや沢山のアイテムが収納できる、まるで四次元ポケットみたいな旅の必需品だ。
とはいえとても高級品らしく、僕はアミル以外の人が持っているのを見たことはない。
まあそんなことよりも、
「ありがとうアミル!最高だ!」
僕は衣装を抱きしめた。
これらはこれからの旅の厳しさを故の装備だとは思うけど、それよりも今は、格好良い装備を身につけられる事が嬉しくてたまらなかった。
「まさかそんなに喜んでもらえるとは思いませんでした。それを着たらすぐに行きますよ」
「Aye, aye, ma'am.!!」
旅発つには最高の晴れ日和、装いも新たに、僕たちは次なる目的地へと歩き出した。
バイバイ!西の都マリントル。
………………………
都を出発してまる2日、僕とアミルは西の領地を出た。僕たちが次に目指すのは、南の領地アークマリアだ。
南の領地は四大領地の中で最も閉鎖的な (良く言えば自給自足に優れた)領地であり、最も少数民族の多い領地でもある。
反抗組織も多く拠点を置いているらしく、アミルの目的は勿論、彼等に直接会う為である。
中立領地にある原生林、樹魔の森。南の領地へ行くにはそこを通らなければならない。
「あれが樹魔の森。ここから先はこの森の中を進まないといけないのか」
一面は空を隠してしまいそうな、鬱蒼たる森が道を閉ざすようにして広がっている。
「何だかかなり深い森に見えるけど、草原みたいな危険地帯だったりしないよね?」
「安心してくださいハルヒサ」
アミルの言葉にほっとする。
「草原よりも危険ですよ」
ぶーーーーーっ!
草原よりも危険って……
「あの、アミルさん……それってかなり危ないんじゃ?」
「とは言っても、草原の小鬼みたいに、積極的に襲い掛かって来るような好戦的な魔獣は少ないですから、私たちが気を付けていれば襲われることはありませんよ、安心ですね」
安心って……えぇ……
まぁ確かに、魔獣の性格が良心的なのは有り難いけど……
「でも次の特徴を持った魔獣に遭遇したら要注意です。」
その魔獣は太く長い牙を持った体長3メートルの大きな巨体で灰色の毛皮を纏った森の主 猛牙というらしい。
「普段は穏和ですが興奮状態になると手がつけられないほどの凶暴な魔獣に変貌します。
そうなれば手がつけられないので、遭遇したら刺激しない様にしてください」
わぁ……そいつはやばそうだ。
でもこんな樹海みたいな森なんだし、どんな化け物がいても不思議じゃ無いよな……遭遇しないように祈るとしよう。
……………
森の中へ足を踏み入れると、噎せかえりそうな程濃厚な緑のにおい。
原生林だけあって草木は巨大で生命力に溢れていた。
異世界の森には植物型魔獣の樹魔が多く生息しているそうで、普通の植物だと思ったものが樹魔だった!なんて事はざらにあるらしい。
見た目は植物だけどれっきとした魔獣、主に触れた獲物を捕食するそうで、自分から動いたりする事は殆ど無いけれど、捕まると厄介なので気をつけなければいけない。
でも気をつけるったって、見た目が植物とそっくりなら難しくないか?
アミルはよく見れば分かるって言うけれど、僕は樹魔を一度も見たことが無い。見破る為の経験値が全くといって0なんだ。
だからって襲われてはたまったものじゃ無い。
僕は注意深く周囲に気を配りながら、アミルと森の中を進んで行った。
それにしても気味の悪い森だな……
何だか常に誰かに見られている様な、嫌な視線?が四方八方から感じられる。
ザワザワと草木が擦れる音に混じって、何かの声?を耳にする。
森の声とでも言うのだろうか、それは話し声と言うよりはモスキート音に近いもので、おおよそ人間の言語では無く、形態としてはモールス信号の様であった。
アミルはこれを気にする様子は無く、構わず先を進んで行く。
聞こえてはいるだろうけれど、気にする程のものでもないのだろう、耳をすまさなければ気にならない程度の雑音みたいなものだ。
でも、これは僕が翻訳のスキルを持っているが故だろうか、これが何を話しているのか気になって、こっそりとスキルを発動してみる事にした。
(スキル発動…【翻訳】)
ギャハハハハハハハハハハハハハ!!
「!?」
エモノガキタゾエモノガキたゾエモノガキタキタウレシイウレシイナぁタベタイタベタイニンげンノエモノダエモノエモノダドコドコっカマエタイナゴハンダゴハンダオンナとオトコダドレドレタベタイかワイイカワイイくルシマセテタベヨウにンゲんノゴチソウダ
ぞっ……
「どうかしましたか?ハルヒサ」
「い、いや、何でもない」
森の声というより、それは純粋で無垢な殺意だった。
怖っ……今のは聞かなかった事にしよう。
僕はそっと翻訳を解いた。
どこが良心的なんだ、早々にこの森の外に出たいと思った。
しかし足元は植物の蔓やら苔やらでどうにも歩きづらいくて仕方がない。
「ハルヒサ、足元の蔓には気をつけてください」
「うん、わかってる。転んだら危ないからね
…っておっと!」
言われたそばから蔓に足を引っ掛けたその時だった。
しゅるるるるるーーがしっ!
「え?」
ぐい〜〜ーーん!
「う
わ
ぁ
あ
ぁ
あ
!?」
突然蔓が蛇の様に足に絡みついて、僕の体は釣竿にかかった小魚みたいに吊り上げられた。
「ハルヒサ!!」
「な、何だこれ!?天然のターザンロープ?!」
真下の地面がボコボコと盛り上がり、そこから勢い良く別の蔓が伸び上がる。
ち、違う!これは!
その先端がパカリと割れて、鋭い無数の歯が露わになった。
ひっ人喰い植物だ!!
「た、助けてアミル!!」
体は宙ぶらりんで逃げられない。
「じっとしててくださいハルヒサ!今助けますから!」
大きく開けた口が迫る。
駄目だ、このままじゃ食べられる!!
「アミルーー!!!」
「【火炎の螺旋】!」
刹那、アミルの魔法スキル、紅蓮の炎が植物に絡まり、その長い蔓に燃え移った。
『ギイイイイ!!!』
焼けてボロボロと消し炭になり、たちまち蔓は燃やし尽くされる。
「ぐえっ…!」
絡まった蔓も足から解けて、僕は地面に落とされた。
「今のが樹魔です。危なかった、あと少しで食べられるところでしたね」
「ありがとうアミル、助かったよ」
成程……足元の蔓、こいつが植物に擬態した樹魔だったのか……。
しかしもう騙されない。対処法も簡単、踏まなければ近くを通っても襲って来ないみたいだし、
さっきは命拾いしたけれど、そうと分かれば、アミルの言った通り、気を付けてさえいれば、この森は草原ほど危険じゃ無い。
案外森の出口までは安全に行けそうだ。
「この下の花は樹魔です。踏まないでください」
え?踏んでしまった。
「ぎゃー!」
まさか蔓以外にも花の姿が存在するとは。花にも注意……と。
そして……
「苔には触らないでください」
触った。
「ぎゃー!」
「垂れ下がった蔓も危険です」
絡まった。
「ぎゃー!」
「また花がありますから」
「ぎゃー!」
「馬鹿ですか?!」「ご……ごめんアミル」
まさか樹魔の擬態がこんなにバリエーション豊かだったなんて……!
「ねえアミル、少し休憩しよう」
ぶにっ……(ん?何かお尻に)
しゅるるるる~かぷっ。
「ぎゃー!」
杖が頭にめり込んだ。
「まじでごめん……」
だってわかんなかったんだもの……ぐすん。
「今度捕まったら、丸呑みか火炙りか選んでください」
ひぃぃ……どっちを選んでも死んじゃうよ!
「で、でももう大丈夫、おかげで体で覚えたから、もう引っかからないよ」
そう、僕は失敗を糧に経験を積んだのだ。
「そうですね、樹魔がいくら受動的な魔獣とは言っても、あれだけ引っ掛かれば見縊られても仕方がありませんね」
えっ、それってどういう?
答えは目の前にずらりと並んでいた。
蛇の様な蔓の樹魔。綺麗な花の姿の樹魔。ぶにぶにと蠢く苔の樹魔。
僕たちは森の魔獣、樹魔に囲まれてしまっていた。
「どうやら完全に餌だと認知されてしまったみたいです。滅多に移動をしない樹魔が自ら動いて狩に来るなんて、モテモテになっちゃいましたね、ハルヒサ」
そんな、こんなモテ期は絶対嫌だ。
「……死んだふりで見逃してはくれないかな」
「小鬼じゃありませんから、その場で美味しく頂かれてしまいます」
「じゃあ走って逃げるってのは」
「ハルヒサ、懐に刺しているのは飾りですか?」
懐にはアミルに貰ったサバイバルナイフが一丁。
えっ……と、それはつまり
「戦って道を切り開きます!」
僕たちは樹魔の群れと戦うことになった!
結局こうなるのか……
でもそうだよね、やるしか無い。
「やってやる!」
戦わなければ生き残れない。
僕は両手で自分の頬をパン!と叩いて気合を入れた。
「ハルヒサ、私からもです!」
え?
バシン!「いっ……!」
アミルが僕の背中を平手で叩く。
「スキル付与!強化スキル【強脚】!」
魔力が背中から足へ駆け巡る。
「足に力が漲る……アミルの気合い、受け取ったよ!」
「的当て大会の時とは違って効力は今渡した魔力分ですから、上手に使ってくださいね」
常に触れられていないから、永続的な魔力の供給が無いってことか、
制限時間付きの強化フォーム。
「わかった、努力する!」
僕はサバイバルナイフを抜いて戦闘態勢に入る。
「行きますよハルヒサ!」
「押忍!!」
やるかやられるか、戦いの火蓋が今切って落とされた!
「行くぞ!」
勢い良く地面を蹴ってスタートダッシュ!まずは接近して間合いに入る!
樹魔が蔓を操って攻撃に出る。長さはあれど直線的な攻撃。
勿論回避ーーが、軌道が曲がって追撃される。
単純な攻撃じゃ無いって事か……だけど!
斬ッ!!
『ギィイイイ…!』
「僕には武器、サバイバルナイフがあるんだ!」
蔦を切断、よし!武器での攻撃は有効だ。
ぎゅるぎゅる!
「!?」
足に苔の樹魔が……!ジャンプで振り払う。
空中で蔓の攻撃、体をねじって回避……からの反撃の回転斬り!
よし、仕留めた!!
「ハルヒサ!後ろ!」
な!?
背後から攻撃、避けきれない!
「【火炎の槍】!」
『ギイイイイ!!!』
消し炭となって砕け散る。
「ありがとうアミル!」
「ハルヒサ、まだまだ来ますよ!」
しつこい奴等だ……!
樹魔の攻撃、次も連携攻撃か、
遠距離からの直線的な攻撃と足元からの束縛攻撃。だったら……
「まずは足元だ!」
叩き投げて一撃!
『ギュウゥ!』
次は直線
ナイフを蹴り上げてキャッチ、そのまま一閃!
『ギャゥアア!』
2匹撃破!
「やるじゃないですハルヒサ!私も負けてられませんね」
「スキル発動!【煙炎】!」
煙幕!?
いや、煙に包まれたのは樹魔たちだ。
これは……?!
「混合スキル
【火炎の連鎖】!!」
黒煙の塵を利用した粉塵爆発、その爆破の連鎖が、樹魔の大群を吹き飛ばした。
樹魔の群れを纏めて一掃。
凄い……流石はアミルだ!
しかしーー
ゴポッ、ゴポゴポゴポ……!
「「!?」」
『ギュギャギャギャギャ〜ー!!』
地面の中から倒した数よりも大量の樹魔が現れる!
「【火炎の槍】!」
焼却。
しかし再び
新たな樹魔が顔を出す!
「な……しつこい魔獣は嫌われますよ!」
「アミルこれって……思った以上にピンチじゃない!?」
敵の数が予測以上に多すぎる!
「どれだけの大群でも限りはある筈です!」
「そ、そうだよね!大丈夫、まだまだやれるよ!」
四方六方八方樹魔の群れ、
でも1体1体の力は強くない。確実に数を減らしていけばいいんだ。
僕たちは襲い来る樹魔を倒し続けた。
そして
「はぁ……はぁ……
キリがないよアミル!倒しても倒しても生えてくる!」
僕たちは追い詰められていた。
「これは……体力があるうちに逃げた方が良いかもしれませんね」
くそっ、ここまで戦ったのに!
でもこのままじゃ敵の数に圧倒されて太刀打ちできなくなる。
逃げるしか……
ずりっ……
「!?」
(まずい……!)
「やばいよアミル!足元が全部樹魔の絨毯で……逃げようにも逃げられない!」
地面は倒した樹魔によって最悪の悪路になっていた。
取り囲む樹魔、絶体絶命だ……!
「樹魔の絨毯……そうかひょっとして」
「アミル?何か思いついたの?」
「ハルヒサ!私から離れてください!」
「え?」
アミルは足元に向かって杖の先を突き刺した。
地面に?……まさか!
「ここから逃げられないのは、樹魔の方です!」
地面がカッ!と緋色に輝いて、ぐっと地表が浮き上がる。
「スキル発動!【火炎の螺旋】!」
地面が沸騰している様に盛り上がると、水分を失ってひび割れて、その裂け目から次々と、灼熱の蒸気が噴水の如く噴き出した。
『ギャオオオオオオオ!!!!』
地中から樹魔の悲鳴が地表まで響き渡った。
「ビンゴ!」
そして地面の裂け目から、巨大な樹魔がその姿を現した!
今までの樹魔の総数をまとめても倍以上に大きな樹魔!
こいつが……
「こいつが本体だったんです!地中に隠れて、私たちが疲弊するのを待っていたんです!」
僕たちが今まで倒していたのは、本体の蔓のほんの一部だったのか!
樹魔の焼け切れた部分から新たな蔓が伸び上がる。
「見てアミル!傷を負った部分が……修復されていく!」
あの驚異的な再生能力、根本を絶っていなかったから、幾ら倒しても大したダメージを与えられていなかったのか!
「ああっ……せっかくアミルが与えたダメージが消えていく……」
せっかく本体を引き摺り出したのに、与えたダメージを回復されてしまっては……
「ハルヒサ、まだ私の攻撃は、終了していませんよ!」
アミルがニヤリと笑って言った。
え?!
それってどう言う……
「樹魔の再生能力は地中の栄養分を吸収して発動するフィールド依存型の特殊スキルです。
地中の栄養分が多ければその分再生能力にバフがかかります」
この森の地面は相当肥が良いのか、栄養が豊富だからあの樹魔に無敵の再生エネルギーを与えている。
「しかし地中すべてからバフを受ける事はできません!精々根を張っていた半径5メートル以内。その多くは先程焼き尽くさせてもらいました。」
そうか!地中を炎で焼いてしまったから、焼かれた土は灰になって力を失う。
枯れた地面からでは、これ以上エネルギーを吸収する事はできないんだ!
あの再生が最後……
いや、でもアミル……
「あれでほぼ全回復じゃない?!
幾ら回復手段を封じてもあれじゃあ……!」
あの大きさ、ナイフ一本では到底太刀打ち出来ない!
アミルだって、あとどれだけ戦える力が残っているか……
「大した回復力ですね……でもそれが、
私の魔力のおかげだとしたらどうです?」
アミルの魔力?
樹魔はアミルの魔法スキルを受けて地表に飛び出した。
そこから地面のエネルギーを吸収して再生能力を発動……
ん?待てよ?樹魔のいた地中は灰になった筈……ってことはアイツの吸収したエネルギーって!?
樹魔の体が膨れ上がる。
「やっと効果が効いて来たみたいですね!いや、効き過ぎて来たが正しいでしょうか」
風船みたいにどんどん内部から膨れ上がっていく。
「あなたが吸収したエネルギーは私の魔力です!
言った筈ですよ?私の攻撃はまだ終了していないって!」
『ギイイイ…!ギイイイイ!!!』
「スキル発動……【熱暴走】!!」
限界まで膨張した樹魔が破裂する。
暴走したエネルギーが体内の水分を沸騰させて起こした水蒸気爆発。
樹魔の体が、内部から木っ端微塵に吹き飛んだ。
凄い……樹魔の親玉をやっつけた!
「すみませんハルヒサ、少しやりすぎました」
「へ?」
緊急警報、局所的な豪雨にご注意を。
まるでバケツの水をぶちまけた様に、大量の体液が降り注いだ。
………
樹魔を倒し難を逃れた僕たちは、その勝利と引き換えに、全身が紫色の体液でベトベトになってしまった。
「ねえアミル……全身生臭いんだけど」
「言わないでくださいハルヒサ……でも安心してください。この森の地理は理解していますから、ある程度のアクシデントは対処可能です。
近くに泉がある筈ですから、そこで洗いましょう」
………
「泉だ!」
森を歩くこと数十分、僕たちは泉に辿り着いた。
透き通った綺麗な泉。決して浅くはないのに驚くほど水が透明で、深い底の砂粒までが青く反射してキラキラと光って見えるほど。
「精霊の泉と呼ばれている泉です。すごく綺麗……」
アミルが汚れた杖を水の中に入れた瞬間、水面がパーッと淡い光を発して、樹魔の体液を浄化した。
「凄い!あっという間に杖が綺麗になったよ!」
「泉の浄化作用が働いたんです。この泉の地中には魔法石があって、そこから溶け込んだエナが水に浄化の力を与えているんです。だからこの泉はこんなに綺麗なんですよ」
「こんなに綺麗なら飲めるのかな?」
戦いを終えて喉はカラカラ、きっと飲んだら美味しいだろうな。
「いえ、それは止めておいた方が」
手で掬って飲もうとする僕をアミルが止めた。
「浄化作用が強すぎてお腹を壊しますよ、ですからこの泉には魚がいないんです」
飲めないのか、綺麗すぎるのも問題だな。
「でも水浴び程度なら大丈夫です。それにこの水は少量であれば解毒薬になりますから、洗濯の後で少し頂いていきましょうか」
そう言うと、アミルは汚れた服を脱ぎ始めた。
「ちょ……アミルさん!?」
そんな目の前で……あ、スパッツ……
ガン!☆*:.。・:*+☆
「殿方はそっと目をつぶるものです」
「……ごめんなひゃい」
………
よかった……ちゃんと顔はついている。
水面に映る自分の顔を見て思った。
「あれはだって、アミルがいきなり脱ぎ始めるから悪いんじゃないか!
僕だって別に見たくて見たわけじゃ……ぶつぶつ…」
アミルとは少し離れた所で彼女に背を向けるようにしながら、僕は服や装備にしみ込んだ樹魔の体液を洗い流す。
それにしても、この泉の浄化作用ってのは凄いな…
驚くほど綺麗に落ちるので、面倒なはずの洗濯なのに楽しく感じるなんて。
「よし、洗濯も終えたし、体も洗っちゃおう」
水に浸かると、肌がびりびりとした刺激を受けた。
電気風呂みたいな?いや、それより少し刺激は強めで痛い感じがする。
体が清まるってこんな感じなのかな。
水浴びができるってアミルは言ったけど(てか向こうで浴びてるみたいだけど)
このびりびり感、僕はちょっと苦手かも。
これは僕が汚れているから?浄化され切れば感じなくなるのだろうか
そんな事を考えていた時だった。
「キャーーー!!」
突然アミルの叫び声が。
「アミル!?」
後ろを振り返る、すると
『ニ゛ャー!!』
なっ……猫!?
珍しい二つの尾を持った猫が僕の目の前をジャンプして、その頭上を飛び越えた。
今のは……魔獣!?
三角帽子を被って口には杖を咥えた長靴をはいた猫。(四足歩行だけど)
ローブを羽織ってまるで魔法使いみたいな格好……ってあの衣装!
「捕まえてくださいハルヒサ!泥棒です!」
まじか!!
くそっ、逃がすか!
慌てて猫を追う。よし、アミルの強化スキルの効力がまだ続いてる!このままいけば……
「追い付いた!」
ーーしかし!
『ニ゛ャニ゛ャッ!』
カッ!!
脚が光った!?あれは……強化スキル【強脚】!?
跳躍して腕をすり抜ける。そして疾走!
「は、速いッ!」
人間が強化された魔獣の走力に勝てる筈はなく、
僕はその姿を見失ってしまった。
「ハルヒサ!」
「ごめんアミル……取り逃がして」
ここは謝罪だ……あと少しで捕まえ損なうなんて……
彼女の方へ顔を向けたその瞬間だった。
バッ……!
両腕を胴の後ろに回されて、柔らかなふたつの感触が胸に押し付けらた。
「ちょ、アミル!?」
あっ、やわらかい……(そうか、服を盗まれたから)
ーーいや、だからってこの状態はまずいだろ!こういうのはまず順番ってのが……じゃゃなくて!
どっ、どどどどう
「どうしましょうハルヒサ!私っ……私!」
それはこっちの台詞だ!
「アミル、ちょっと落ち着いて!」
素肌と素肌がくっついて……って馬鹿! えっと、えっと……!
取りあえず僕の服を彼女に貸そう!
「迂闊でした……魔獣はこの泉が苦手ですから、襲われることは無いと思っていたんです。
そしたら服が……泥棒に……!」
震える体、いつも冷静な彼女が、僕にぎゅっとくっついて離れない。
彼女がこんなに取り乱すなんて初めてだ。
でも服や装備が盗まれたくらいで、そんな絶望的にならなくても。
「あれは特別なものなんです!唯の装備じゃないんです……
魔法の杖、賢者の帽子、勇者の靴。
あれらが無いと私……
へっぽこになってしまうんです!」
後編に続きます。