硝煙・スモーキンアウト
「ハルヒサ!」「アミル!」
「無事でしたか」
「アミル……あいつ等は一体?反逆の同志って……」
「わかりません、でも噂は聞いたことがあります。3年前の事件以降、王国政治に異議を唱える集団が各地で生まれていると、恐らくあの集団もそれの類いじゃないでしょうか」
「……どうするの?」
「そうですね……少し様子を見ましょう。
それとハルヒサ、念の為、渡していた煙玉を私に分けてください」
「あ、うん」
僕は持っている3つのうち2つをアミルに渡した。
「お待ちください」
!?
騒然とする現場の中、エメラリア姫が口を開いた。
「民衆の皆さん、落ち着いて下さい。
一体何が起きているのか、わたくしも……
ですが、わたくしが人の皮を被った魔獣?彼等の言っていることは出鱈目です!惑わされてはいけませ……きゃっ!」
「誰が喋っていいと言った!この女狐!」
男が彼女の髪を掴み手繰り寄せる。
ガンッ……!と鈍い音と共に、
エメラリア姫の華奢な体が地面へ叩きつけられた。
魔弾銃の持ち手で頭を強打され、額から滲み出る血が、その白い肌に赤い線を描く。
騒めく民衆を睨みつけると、男は蹲るエメラリア姫の横腹を足で踏みつけ、銃口を向けて叫んた。
「魔弾銃を撃ち込めば自ずと分かる話だ!引き金が引かれた瞬間、魔獣であれば魔弾の裁きが降る!
民衆よ!刮目するがいい!今ここで、この女の正体が暴かれるのだ!!!」
至近距離での発砲、まともに当たれば、軽くその頭が吹き飛ぶ距離だ。
引き金が引かれる。魔弾銃が光を放った。
ドン!!!
誰もが目を覆う。
しかし瞼を開けば、すぐに現実を目のあたりにすることになる。
鼻につく焦げた臭い、そして硝煙と共に目に飛び込んできたのは、
血のしぶきとはぜる肉片。
閲覧注意のグロ画像、しかし僕は、そこにある違和感を覚えた。
あれ?
そこには男が銃を発砲した直前にはあった、無ければそもそも状況が成立しない、当然あるべきものが消えていた。
エメラリア姫は返り血を浴びるもそれ以外に目立った変化は無い。
まさか……
吹き飛んだのは男の腕の方だった。
男の断末魔が響き渡る。
「なんだごりゃあぁあ!!!」
な、何が起きたんだ……?!
地面には飛び散った肉片と一緒に何かの破片がバラバラと転がっていた。
魔弾銃の暴発?!
「見てくださいハルヒサ!あいつの顔!!」
苦痛に悶える男の顔がみるみる歪み崩れていく。
皮膚が剥がれ落ち黒い皮膚が露わとなり、口は裂け、真っ赤に光る深紅の瞳。
僕はその顔を知っていた。忘れはしない、あの顔は…
「スレイヤーデビル……!!?」
魔獣の絶叫が木霊した。
魔獣が男に擬態していた!?じゃあ姫は……反逆の同志は!?
反逆の同志たちもこの状況を理解できていないのか、混乱が生じている。
「内通者……」
アミルがそう呟いた瞬間だった。
バン!!と大きな音とともに、スレイヤーデビルの頭が破裂した。
自爆!?……いや違う、一瞬見えた光の軌道、まさか、警備隊の狙撃!?
「取り押さえろ!奴らはエメラリア姫暗殺を目論んだ魔獣集団だ!!」
隙をついた警備隊が強行し、集団からエメラリア姫を引き剝がす。
警備隊の反撃に次々と集団の多くが拘束され、双方の優位性が逆転した。
「退却せよ……!!作戦破綻!繰り返す!反逆の同志 退却せよー!!」
作戦失敗と民衆を掻き分け逃走を図る団員と、それを追撃する警備隊。
「ハルヒサ!行きますよ!」
「行くって何処に!?」
説明は後だと、アミルが僕の手を引っ張った。
荒波のようになった人混みに揉まれながらも、まるで地獄絵図と化した目抜き通りを彼女と走る。
騒動に巻き込まれた民衆の悲鳴、鳴き声に叫び声。
混沌とした場の空気に、アミルと一緒でなければ僕も飲まれていただろう。
「助けてくれ……足がっ……!!」
進む先に片足を負傷した男が地面に這いつくばっていた。
首には血で汚れた白いマフラー……集団の一員か。
男に迫る警備隊。
「取り押さえろ! があっ……!?」
そこに煙玉が投げつけられ、警備隊の足を止める。
煙玉!?
それを投げつけたのはアミルだった。
「アミル!?」
どうして、警備隊を攻撃したら僕たちまで
「ハルヒサ、私は彼等と話さなければいけません!
彼等が壊滅するその前に、集めていたであろう王国の情報がある筈です!それを聞き出さなければ!」
そうか、アミルはそれを知りたくて!
「お、お前たちは一体……?」
「あなたをアジトまで連れて行きます!場所は何処?」
「み、民間人には教えられん……」
「だったらここで野垂れ死になさい!」
「ま……待ってくれ、裏通りに入ってそこから……」
「ハルヒサ!彼に肩を貸してあげて、行きますよ!」
「う、うん!」
でも負傷者をかばいながら逃げ切れるのか?
駄目だ!警備隊が追い付いて来る!アミル!
「スキル発動……【煙炎】!!」
熱を帯びた黒煙が迫る警備隊の行く手を阻んだ。
煙玉とは訳が違うアミルの魔法スキル。
「ハルヒサ、今のうちです!」
僕たちは無事逃走に成功した。
………
入り組んだ裏通りにある小さな酒場、その地下に反逆の同志の隠れ家はあった。
蝋燭の灯で僅かに照らされた薄暗い鰻の寝床。
「随分質素なアジトですね」
「アミル、中に人が!」
部屋には一人、集団の頭目らしき男がグラスを片手に椅子に腰をかけていた。
「誰かね?お嬢ちゃんたちは、まさかサーカス団ではあるまい」
歴戦の戦士……とでも言うのだろうか、顔や服の間から見える古傷の数々。
右目は光を映しておらず、両手の指は合わせて7本、左足は無かった。
「あなたが反逆の同志の頭目ですか?」
「如何にも……お嬢ちゃんたちは何者だね?」
「素性を明かすことはできません。」
アミルが答えた。いや、答えになっていないけど
頭目は僕とアミル、それから助けた集団の一人を一目すると、状況を察するように言った。
「仲間を助けてくれたのか、礼を言おう。
しかしそうか…見るところ作戦は失敗か」
「直にここへも追っ手が来るでしょう」
「わざわざそれを知らせにここへ来た訳ではあるまい」
「……あなたたちが知っている王国の情報を私にください。そのかわりに、あの場で私が見たままのすべてをお話しします」
「同じ穴の貉かね?……良いだろう」
僕たちが敵ではないと判断したのか、
頭目は僕たちに集団の結成から今日に至るまでの事を話し始めた。
…………………………
話を終え、情報を得た僕たちはアジトを出た。
「危険を冒した割には、期待した程の情報は得られませんでしたね。殆ど知っている事ばかりでした」
アミルにとって頭目から聞き出した情報は、あまり有益なものでは無かったみたいだ。
僕にとっては、ここへ来た意味は十分にあったのだが……
「でも……あれでよかったのかなアミル」
僕は頭目の言っていたことを思い出す。
………
反逆の同志は、かつて王国に仕える騎士たちだった。
「ーーとは言っても、下っ端の一個小隊に過ぎなかったがな、しかし、王国への忠誠心は強かったと自負しておる。それが我々の誇りであったのだ。
3年前のあの時も我々は戦った。そこで見たものは今でも忘れん……魔獣に喰われる仲間たち、空は暗闇に覆われ、まさに地獄であった。」
王国騎士団の壊滅。頭目の話は、アミルの言っていた通りだった。
「しかし王国を占拠した魔獣は突如として姿を消し、再び王国に平和が訪れた。
奇跡だと思った……我々は勝利したのだ、国は救われたのだと…しかしだ、暫くして違和感に気付く。
何かがおかしいと。
王国騎士団の一新、国家ギルドの過剰な優遇制度、そして何より、仕えていた王族の目……仕えてきたからわかるのだ」
事件以降、王国の政治は変わったらしい。それは大きな歴史の変化として見れば然程目まぐるしい改革でも、悪政と呼べる程でも無いように感じる。しかし……
積羽舟を沈む、気がつかないうちに、ランティストアは黄昏へと沈んでいくのだと頭目は言った。
「しかしこれも、すべてこの老ぼれのの気の迷いであるかもしれん」
「諦めるにはまだ早すぎるのでは?
確かにあなたの部隊は情け無い有座で敗戦を期しました。でも、ここから逃げ延びてもう一度反逆の同志なるレジスタンスを立ち上げるのは可能でしょう」
アミルの言葉に頭目は力なく笑った。
「仲間の異変にすら気付くことができないまでに己は老いぼれの身である。
見よこの体、この体たらくを……この廃兵ができることは、ここで大人しく最後の晩餐を過ごすのみだ。」
その目は、既に騎士としての覇気を失っていた。
アミルは静かにお辞儀をすると、僕に一緒に出るように合図した。
「行きましょうハルヒサ、ここにはもう私たちが求めるものは何もありません」
「さようなら、どうかささやかなひと時を」
彼女の言葉に、頭目は答えることはなかった。
………
「事を起こすには彼らは脆弱過ぎたんです。情報も、組織力も」
「でも、あそこにいたらきっと……」
「捕まってしまうでしょうね」
「だったら!」
「ハルヒサ、可哀想だからと彼等を連れて逃げますか?それこそ彼等を生き恥に晒す真似ですよ」
彼女の目は据わっていた。言い返せない……いや、彼女の方が正しい判断だ。
これ以上下手に守ったりすれば彼等のプライドを傷つける事になるし、僕たちにだって危険が及ぶ。旅の足枷になるのなら尚更……
「アミル、これからどうするの?」
「作戦は横取りされてしまいましたし、西の都にこれ以上いてもしかたがないですから直ぐに移動したいですが、今回の騒動で検問は厳しくなっているでしょうから……2、3日はここでほとぼりが冷めるのを待ちましょう」
アミルは不服そうにそう言った。
「となると問題は宿屋ですね、またあそこに泊まるとして1泊あたり値段が……」
少しドライなのか切り替えが早いのか、アミルは既にパレードの騒動よりも、明日の懐事情に頭を悩ませていた。
………
次の日
新聞では昨日の騒動が大きく取り上げられていた。
「魔獣の残党がエメラリア姫誕生日パレードを襲撃。現場一時騒然となる」
警備隊は団員全員を拘束後、擬態した魔獣として即処刑、写真には頭目の姿もあった。
あれから街は休業する店も多くあってか人通りも少なくなっていたが、2日もすればまた元の賑やかな街に戻っていた。
「明日には此処を発ちましょうか、あと一日の辛抱です」
やったー!もうすぐこの変装姿ともおさらばだ!
アミルの一言に、僕は嬉しくてベットの上から転げ落ちた。
3日目の夜、
この日は何故だかとても寝つきが悪く、僕はじれったくてベットの上でもがいていた。
(だめだ……ちっとも眠れやしない)
寝なきゃと思えば思うほど、かえって目が覚めてしまう。
隣のアミルはぐっすりと眠っている。
……少し外の空気でも吸いに行くか。
彼女を起こさないように、静かにベットから抜け出すと、僕は宿屋の外に出た。
………
人通りの少ない裏通り、商店街からは離れていて明かりは殆ど無いけれど、
外は月の光で思いのほか明るく感じた。
真ん丸大きなお月さま、どうりで眠れないわけか、今夜は満月だ。
少し冷たい空気を吸い込んで深呼吸、すっきりとして気持ちがいい。
少し散歩でもしようかな、軽く体を動かせば、自然と眠くなるだろう。
月光浴を楽しみながら歩いていると、ふと人の気配を感じ取った。
「今宵の月はとても綺麗ですね」
振り返るとそこには一人の少女が立っていた。
月の光に照らされて、青く透き通った白い肌、風に揺れる金色の長い髪に、まるで宝石のような瞳の少女。
え……?
僕は彼女を知っていた。
「君は……エメラリア姫!?」
僕は目を疑った。驚きを隠せない。
そっくりさん……とも思ったけれど、声もしぐさもあの場所で見た時と変わらない。
間違いない、本物のエメラリア姫だ。でも……
「どうしてエメラリア姫がこんな所に?!それもたった一人で護衛もなしに……」
思いがけない出会いに戸惑う僕を見て、エメラリア姫は忍び笑いをして僕に言った。
「挨拶をしに来ました、あの子を護る新しい騎士に。
あなたでございましょう? 紅蓮術師の召使いさん。」
な……僕のことを知っている!?それにあの子って……
「アミルのこと!?」
「あの子に伝えてください、わたくしを殺すにはまだ早すぎると」
「あなたはやっぱり!!」
彼女の言葉に、僕は咄嗟に警戒態勢を取った、その時だった。
ざわっ……
「え……っ」
突然の殺気が僕の背筋に冷たいものを走らせた。
「あまり大きな声を出さないでください。
もっとも、この子たちに殺されたいのなら、話は別ですが」
背後から喉元に突き立てられた鋭いナイフ……否、黒い爪の切っ先が、皮膚にプツリと突き刺さる。
振り返ることは、とても怖くて出来なかった。でも、意に反せばどうなるかは容易に想像はできた。
エメラリア姫を護衛するように、そして僕をいつでも殺せるように、
気がつけば蝙蝠型魔獣、スレイヤーデビルが周囲を取り囲んでいた。
「あの子にはもっと強くなってもらわないと、その為に旅は必要ですから……」
エメラリア姫はフワリと羽が舞うような軽やかな足取りでこちらへ近づくと、
僕に爪を突き付けていたスレイヤーデビルが身を引いた。
エメラリア姫が僕の顔を覗き込む。
「あら……女の子かと思ったら、殿方でいらっしゃった。
でも見た目はごまかせても匂いは消せない……ふふ」
彼女の指先が頬に腫れ、
それが顎先まで撫で下ろされたその刹那だった。
「んっ……!」
僕の唇に、柔らかな感触が押し付けられた。
「ん!?……んん……!」
重なる唇、呼吸の逃げ道さえ塞ぐように、彼女のそれが僕の唇に蓋をする。
嘘だ、初めてなのに……
それは体中が凍りついてしまいそうなほど、冷たく、冷酷な口づけだった。
ガリッ……
「うっ……!!」
突然の激痛と共に、
鉄の味が口の中いっぱいに広がり溢れた。
「かはっ!」
重なった唇が離れ、開放された僕は咄嗟に彼女を突き飛ばすと、口内に溜まった血を吐き出した。
攻撃態勢に入るスレイヤーデビルをエメラリア姫が制止する。
「いいのよポチ、そのまま〝待て〟」
「げほ!ハア……ハァ……!」
大きく息を吐き出すと、不思議と出血は止まっていた。
さっき……舌を嚙みつかれたと思ったけれど……
「これはご褒美です。必ずあなたの役に立つでしょう」
「ふ、ふざけるな!お前僕に何をした!?」
消えた血の味と、消えない唇の感触。
「おまえ?」
一瞬、スレイヤーデビルのものとは比べ物にならない程の殺気に体が怯む。
うっ!
「あら、まるで子犬の様な反応で可愛いですこと。
さて、少し長居が過ぎました。わたくしはこれにて失礼させて頂きます」
夜風が不思議な力で操られるように風向きを変えると、エメラリア姫を中心にして、それが旋風となって彼女を包み込んだ。
ゴッ!!と音を響かせて、鋭い刃物の様な黒い風が視界を阻む。
逃げるつもりか?!「ま……待て!!」
「そうでした、最後にひとつ撤回させてくださいな。
どうか今夜のことは忘れてください。
何故ならこれは、あなたの見ている夢なんですら」
「何だよそれ……逃げるな!エメラリアーーーー!!!」
僕の声は虚しく風の音にかき消された。
………
旋風が通り過ぎるころには、もうそこにエメラリア姫の姿は無かった。魔獣たちも消えうせて、
僕は一人、誰もいない夜の外路地に佇んでいた。
読んで頂き有難う御座います!
前回に続き投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
少し暗い話が続いてしまいましたが、次回は晴れてバトル回!襲い来る魔獣に燃えるアミルの魔法スキル!
それでは、第6話「へっぽこアミル」でまたお会いできれば幸いです。