吠えるムーンバレッツDQN【後編】
おんぶで決闘……嘘でしょ?まさか、こんな形で決勝を迎えることになろうとは……
しかしもう引き返せない、やるしかない!
「決闘開始の宣言をしろ、アフロ!!」
『決闘開始ーーー!!!』
始まった!
開始の合図が響く、その瞬間だった。
「蜂の巣にしてやるよ!!」
ドン!!!と間髪入れずに放たれた魔弾、その閃光に目が眩む。
しまった……!!
一瞬、それが命取りだった。
魔弾は額手前にまで迫っていた。
咄嗟の回避行動に出るが間に合わない。
頭がまず貫かれる。最悪なイメージが頭をよぎった。
終わった……!
まさかこんなにあっさり終わるなんて、決して油断をしていた訳じゃ無い。いや、そんなことは後の祭りだ。
くそっ……!僕にもっと、運動神経があれば……
俺にもっと、地面を強く蹴る力が、瞬発力があれば……こんな攻撃、すぐに避けて……。
ああ……無いものねだりで嫌になる。
魔弾が髪の先を掠める。
足が軽い、まるで羽が生えたかのように。
……え?
足が軽い……?
いや、これは!
魔弾はこめかみを通過して髪を掠めると、そのまま地面に当たって爆ぜた。
「間一髪、間に合いました」
アミルが僕の耳もとでそう呟いた。
「え……?」
「強化スキル【強脚】を発動しました。足の筋力強化、その効力をあなたに付与したんです。心配無用ですよハルヒサ、私の残るエナをあなたに注ぎます。あんなモノ、当たらなければどうということはありません!」
脚力の強化により修正された蹴力とその移動速度によって、魔弾の回避に成功していた。
「うそ……生きてる!」「次が来ますよ、ハルヒサ!」
二発目!
「チッ……!躱しやがった!」
難なく回避、すごい、この脚力なら、あいつの攻撃は当たらない!
「小癪な、強化スキルを使ってやがるか」
三発、四発、五発、
当たらない。
「ぐっ……ちょこまかと!!」
「いける、いけるよアミル!」「相手は私たちの足についていけてませんね、武器に頼り切っていたのがバレバレです」
攻撃を躱しつつ距離を詰める。
近距離になってしまえば、魔弾銃の優位性は無いも同然だ。
「これでも喰らえ!!」
強化された蹴りでの一撃が炸裂した。
大ダメージ確定!!ーーが
「イキってんじゃねえぞガキが」
「え?」
ゴッ!と強風と共に体が浮いた。
弾き飛ばされた?!
どうして、攻撃はこっちが仕掛けた筈なのに!
空中で体制を整えて着地する。
「俺様が魔弾銃でしか戦えないとでも思ったか?」
なっ……!二倍……いや三倍、それ以上、はち切れんばかりの筋肉にグロテスクに浮き出る血管、アンバランスで驚異的に巨大化した腕。
「強化スキル【剛腕】!接近戦でもな、俺様に隙は無えんだよ!!!」
あれで攻撃が防がれたんだ……!
接近戦なら勝てる、そう思ったのに、ドーキンのスキル発動により、戦況は分からなくなってしまった。
「これだけだと思うなよ?遠距離戦もパワーアップだ!魔弾銃【連射モード】!」
状況が一変した。
「オラオラオラ!どうした?!逃げてばかりじゃ勝てねぇぜ?!」
足場が割れる。飛び散る煉瓦の破片に動きが阻害される。
くっ……これじゃあ防戦一方だ。
「ハルヒサ!魔弾の連射は脅威ですが、どれも機動は真っ直ぐです、タイミングさえ掴めれば!」
タイミング……そうは言っても、簡単にできるもんじゃ無い。
だけどジリ貧になっていては、この状況を打破できないのは確か。
集中だ……タイミングを掴んでテンポを取る、集中しないと……!
こっちには遠距離での攻撃手段が無い。あの剛腕はやばいけど、接近戦に持ち込まない事にはアイツにダメージを与えられない。
相手の呼吸を読んで少しずつ距離を詰めて、最小限の動きで魔弾を躱す。
装填弾数から見て、連射は多くても三十発。
でもアイツの攻撃、実際に連射されたのは十発。
恐らく改造で無理矢理連射を可能にしているだけで、本来は連射できる魔弾銃じゃ無い。
あのモードは銃に相当過熱による負担が掛かるはず。
だとすれば、放熱のためにトリガーから指を離す瞬間が接近戦に持ち込むチャンスだ。
8、9、10!よし、指が離れた!!
ダッシュで間合いを詰める。
「ガキがっ……!!」
相手もすかさず接近戦の構えを見せる。
巨腕がしなる、大振りの攻撃。
地面を後方へ蹴って攻撃を避ける。深追いはしない、
回避!
ゴッ!!
「え???!!!?!」
突然、見えない何かが頭部に直撃した。
視界がうねる。
何だ?!
ぐるん、と頭が揺さぶられ、脳みそをシェイクされるそんな衝撃。
後ろにジャンプ、地上に着地して、状況を整理する。何だ今の……
攻撃を受けた?!いや、そんな筈は無い、ちゃんと躱して……
「ゲボッ!!!」?????!
喉から込み上げた液体が、鼻と口から溢れ出た。
「あ?うげっ……え?」
目が回る。腰がガクガクと震えて膝をついた。
ザァ……と頭から血の気が引くのを味わって、そして、理解した。
アイツの表情、強い力が働いてえぐれた地面、
攻撃を……受けたんだ!
強化された腕、その威力から生まれる見えない攻撃。
剛腕は回避した、でもそこから発生した強風を躱しきれなかった。
それが頭に直撃したんだ。
……状況を把握し、理解した。大男の戦闘力、警戒するべき攻撃の威力。
それが分かればもう一度……!
膝を浮かせて立ち上がる。
「ハルヒサ!どうしたんです、早く立ち上がって!」
え……?
異変に気づく。
膝が浮いてない。
どうして、今立ち上がった筈…
あれ?体が足が震えて……何で……!?
その時だった。
忘れていた、麻痺していたであろうある感情が、
最悪の場で蘇った。
前世の記憶ーー
「うっ……!」
身の程を知れ。
恐怖心が牙を剝く。
そうだ…僕は
今まで、異世界へ来てからごまかしていた、
張りつめていた何かが
にじみ出た一筋の血が唇からこぼれ落ちると同時に
ゴムがちぎれる様な音を立ててプツリと切れた。
「何をしているんですかハルヒサ!しっかりしてください!」
無理だ……。
「ハルヒサ?!」
「ハハ……こんなの、身の丈に合わないよ……」
だって弱虫な僕が、こんな強者と戦ってる?……可笑しいじゃないか!
こんなの、勝てるわけがない。
「ガキが、腰でも抜かしたか?」
ひいっ……!
肩が跳ねて腰が引ける。
正面から恐怖がじりじりとにじり寄って来る。
「来るな……来るなぁああ!!」
へっぴり腰で後ろに下がる。逃げなきゃ……逃げなきゃ……!!
ぐあっ……!!
瓦礫に躓き倒れ込む。戦いの最中に飛び散った魔獣の血溜まりへ顔からダイブした。
「げほっ!うげっ……」
鉄の味、込み上げる嘔気。頭に響く心臓の音。
死ぬ……死んじゃう……ごめんなさい!
涙が溢れて止まらない。失禁、まるで壊れた蛇口みたいに。
唇を震わせ、恐怖を瞳に映しながら、僕はそれが近づいてくるのを首を思いきり左右に振って拒んだ。
足を無意味にばたつかせる。
「来るな……!来るな!来るなぁ!!」
情けない声で叫ぶ。それが、僕にできる唯一の抵抗だった。
パシン!
誰かに頬を叩かれた。
「ハルヒサ!!」
ア……ミル?
「落ち着いてくださいハルヒサ!あなたに大きな外傷は無いんですよ?!
何をそんなに錯乱しているんですか!」
「あ……僕……」
ドン!!「ぐああっ!」
放たれた魔弾が地面を砕く。その衝撃で二人とも吹き飛ばされる。
「ぐ……っ……」
受け身をとれず、頭を打ちつけた。
ズキンとした痛み、鮮やかな赤が額を染め上げる。
魔獣の血も浴びているから、どれが自分の血かよくわからないけれど、
はは……これは僕の血だ……それだけはわかる。
身体中が痛い。
汗だく、血まみれ、ゲロまみれ……
本当、最悪だよ。
でも、
血溜まりに映る自分の顔、叩かれた頬がじんじんと痺れていた。彼女の声と額からの出血が、パニックになっていた頭を落ち着かせたのか、僕は少し冷静さを取り戻した。
そうだ、今の衝撃で……
「アミル!怪我はしていない?アミル!」
返事がない。
「アミル!?」
「……じょうぶです。私なら……大丈夫ですよハルヒサ」
彼女の声、ほっとする。よかった、アミルは無事だ。
体を起こして立ち上がる、その時、足が重くなっている事に気がついた。
これは……
「アミル!?」
ぜー……ぜー……と苦しそうな呼吸が背中に当たる。
彼女は体をぐったりとさせ、首元に回した腕は今にもほどけてしまいそうだった。
「私の……心配は、いりません……。
まだ魔力は残っています……だから、大丈夫」
な訳無いだろ!
戦いに時間をかけ過ぎたのだ。いや、元々、時間なんて無かったんだ。
アミルはすでに限界だった、だから僕がおんぶして……
くそっ!どうして僕はこんなに役立たずなんだ!
自分のことしか考えられないダメなやつ……馬鹿野郎!!
どうすれば、どうすればいい、考えろ!この状況を打破する秘策……考えろ!
遠距離は魔弾銃、当たれば致命傷or即死。
近距離は剛腕、当たれば致命傷or即死!
ドーキンは構わず攻撃を撃ってくる。
いつまで避け切れるのか
アミルの【強脚】の力が、僅かだけどまだ僕を助けてくれている。
でもこれ以上は、彼女がもたない……!
…
やめだ
「もう止めだ。アミル、強脚を解除して」
「な、何を言っているんですかハルヒサ!そんな事をしたら攻撃が!」
「どうした?決闘中に喧嘩か?」
黙ってろDQN……!
「アミル、僕に考えがある。アイツに勝つにはこれしか無い」
ドーキンは眉間にしわを寄せる。
「俺に勝つ?ほざくぜ!!!」
放たれる魔弾。
「ッ……!!」
ふらついた足で尻餅をつく。
間一髪、弾は頬を掠って外れた。
「ハァ……ハァ……」あ……っぶな!
「チッ……機関車かよ、てめえは」
くそっ、体が重い。
僕自身の体力も、もう切れかけていた。
戦える時間は、あと僅か。僕も、アミルも、もう限界だ。
手段を選んでなんかいられない。
「お願いアミル、これ以上、アミルに余計な力を使わせる訳にはいかない、僕を信じて欲しい」
僕は思いついた最後の手段を彼女に伝えた。
「……わかりました。でも必要だと判断した時には、勝手に発動しますから」
アミルはそう言って、僕から【強脚】を解いた。
「スキルを解いて降参か?だが俺様がそれを認めるとでも……」
「誰が降参だって?それはお前が今のうちにしておいた方がいい事じゃないのか?」
絶体絶命のピンチ。でも、威勢を張ることはできる。
「あぁ??」
銃口をこちらに向ける。
「また魔弾の攻撃か……うんざりだな」
「だったら避けずに喰らいやがれ、脳天ぶち抜かれや、風通しが良くなって気持ちがいいだろうぜ?!」
指先が引き金にかかる。
来るか?!
ドン!!
銃口から魔弾が発射される。だが、
ギリギリでそれを避ける。相手をよく見て、攻撃が来るのが分かっていれば、スキルが無くとも、それを躱すことは可能だ。
「ほざいた割には結局避けるのかよ!!つまらねぇ!」
「避けなきゃ死んじゃうだろうが!」
「フン!!だったらこいはどうだ!?」
連射か!そいつは避けきれない、だから!!
僕は足元に転がる石ころや瓦礫を蹴り飛ばした。
ガンッ!!!
ドーキンは剛腕でそれを難なく防ぐ。
「んなもん効くかよ!!」
わかってる、だが連射を阻害できればそれでいい!
そうだ、まずは魔弾銃を封じ込める。
そしてヒットアンドアウェイ!剛腕が来るのを感じたらすかさず距離を取る。
「クソが!面倒くせぇ動きしやがって!!!」
そうだ!もっと苛つけ!
戦いで気づいた相手の弱点、
頭にくると大振りになる、それがドーキンの弱点!攻撃が力任せになって単調になる、そこに大きな隙ができる!!
「アミル!俺が合図したら強脚を!」
「ええ!わかってる!!」
倒すなら一瞬だ、隙をついて一撃で倒す!
剛腕は当たらない、まるで檻の中で暴れるゴリラ、その攻撃は脅威だけど、
当たらなければどうということはない!
「お前はもう、攻略済みだ!!」
「ガキが、楽に死ねると思うなよ!!」
接近、いけるか?!
魔弾か、剛腕か?奴が次に取る攻撃のアクション、
銃口が光る!
魔弾だ!!回避して懐に潜り込む!!
この距離で連射は無意味!単発が来る!
放たれる魔弾、その閃光にはもう慣れた、
攻撃は当たらない!そしてこの攻撃がお前に当たれば……!!
僕たちの勝利だ!!
「その程度かよ、てめえの策は」
え?
「ドーキンが……いない!?」
魔弾の発した光の軌道、その死角から肉薄する巨腕、
「ドーキン……!!!」
撃った後、一緒に走っていたのか……!!
懐に入るつもりが、逆に入られた!
「歯、食いしばれや!!」
「ぐっ……!!!」
ゼロ距離からの一撃、確実に死ねる破壊力!
少しでもダメージを……駄目だ!足場が最悪、後ろに下がったって……!!
避けることなど不可能。防御なんて到底意味をなさない。
「風圧だけでも死ねるぜ!!!」
全体重をかけて踏み込んだ右フック。
剛腕が迫る。絶体絶命! ここまでが
「待ち望んだシナリオだ!!!」
「何ぃ!?」
死が迫るこの一瞬、
僅かコンマ数秒か、この状況で、僕は確かに笑っていた。
確率?そんなの知らない。ダメなら死!
厭わなかったから今がある!
そしてこれが、アイツを打ち負かす一発逆転の一撃!
「踊れ……!」祈るように呟いた。
運命のコインが地面に落ちる。
ズッ……!!!
「!?」
来た!!!
踏み込んだ足、
それが砕けて砂利のようになった足場によってバランスを崩す。そして、
血でぬかるんだ地面は、そのままドーキンの足を滑らせた!
「ぬおおおおおお?!?!?」
「待っていたんだ、この瞬間を!」
「餓鬼がぁああああ!!!」
剛腕が明後日の方向へと空振り、
反動がドーキンの体勢が大きく崩した。
「今だ、アミル!!」
「スキル発動!【強脚】!!」
全力で足を振り上げる。着地など知ったことかのハイキック!
渾身の一撃がドーキンの顎先を捉えた。
顎、木っ端微塵の粉砕コース!!!
「うおおおおおおおおおおお!!
月まで吹っ飛べ!クソ野郎!!!!」
爆ける爽快感と共に、前腕お化けの巨体が、シャンパンのコルクの如く吹き飛んだ。
『し……勝負あり!!!勝者ーー
魔法使いアミル&召使いハルヒサ!!!』
隠れていたアフロの宣言と共に、広場に歓声が響き渡った。
落下したドーキンはピクピクと痙攣し立ち上がれない。
……僕たちの勝利だ!
「勝った……!勝ったんだ!アミル!!」
僕は叫んだ。勝利の雄叫び、同時に頭の傷が開いて、血が吹き出して死にかけた。
こうして、的当て大会は幕を閉じた。
優勝
魔法使いアミル&召使いハルヒサ
僕たちは、賞金100000Gを手に入れた。
…………………………
広場を後にして、俺たちは夕暮れの街を歩いていた。
ドーキンはあのまま病院へ。死んではいないが、あれだけ派手に吹っ飛んだんだ、しばらくはまともに動けないだろう。
散々な大会だった。しかし、
「まさか賞金のためにここまでボロボロになるとは思いませんでした」
「でもこれで、アミルの行きたい西の都だっけ?そこに行けるんだろ?」
「そうですね、ありがとうございますハルヒサ!」
「そんな、俺は一回戦落ちだったし」
「何を言っているんですか、ハルヒサが頑張ってくれたから優勝できたんですよ!勿論、私のスキルのサポートがあっての勝利でしたけどね」
「アミルは本当に色んなスキルが使えるんだな、戦闘での心得ってやつもしっかり持ってるし」
「そんなことありませんよ、それに私は……」
「アミル?」
「何でもありません!それよりハルヒサ、おぶって貰って言うのもなんですが、あなたとっても臭いですよ!全身とても汚いですし、とてもこの世のものとは思えません」
「そ、そんなの、アミルだって同じじゃない!」
「いいえ!少なくとも吐瀉物の臭いはありません」
「どんぐりの背比べ!」
「なんです!召使いのくせに生意気ですよ!」
「いててててて!その杖で頭を攻撃しないで!まじで痛いんだからそれ!
ほら血が出るからそれ!」
散々な大会だった。でも、
僕とアミルの中で、小さな絆みたいなものができた。そんな気がした。それが僕にとっては賞金以上の報酬の様に感じた。
アミルと僕、紅蓮術師と召使はこの街を後にして西の都を目指す。
そこであんなことになるだなんて、この時の僕はまだ、思ってもみなかった。
次回は来週、またお会いできれば。