ブレイキング・ドーン
警笛が鳴り響き、体に衝撃が走った。
強烈な痛み、ふわりとした浮遊感を楽しむ余裕は無かった。
走馬灯が見える。
電源長押し強制終了。
死
…………………………
(お目覚めですね)
?!
虚空とも言える真っ白な空間、
目の前にはおっぱ……
栗色の髪の女の人が立っていた。
(私は女神です)
女神……
ピコーン⭐︎
突然、電子音が頭の中で響いた。
『スキル【翻訳】を覚えました』
(それでは、第二の人生を楽しんでくださいね)
え?
眩しい光に包まれて、
僕は気を失った。
…………………………
「… uc/&&〆€…」
「#&/_##uc/&&〆€€#%/&_?!」
誰かの声がする。
気がつくとそこは一面緑、広大な草原で、見知らぬ誰かが僕に呼びかけていた。
ハリー○ッターの帽子を被った碧い瞳と藍色の長い髪をふわっと縛った女の子。
手には先端に赤い宝石のついた杖を握っている。
魔法……少女?
「c/&&〆€€#%/&_?」
意味不明な言語で何を言っているかわからない。
彼女は身振りをしてみたり、ゆっくり喋ってみたり、
杖で頭を強く叩いて来るのはやめてほしい。
痛い。
その宝石の部分で強打されると本当に痛い。
彼女はやめない。
「だから痛いって!!!!」
突然叫んだ事にびっくりしたのか、彼女はバッ!と僕との距離をとった。
「あっ……」
やってしまった。初対面の人に向かって叫ぶなんて。
「#&/_##uc/&&〆€€#%/&_?!」
…冷静に状況を整理する。女神の言葉を思い出す。
第二の人生、貰ったスキル。
そうだスキル……!
「スキル……ほ【翻訳】!!」
「#&/#%/&_…きなり何ですか!人が心配して声をかけたと言うのに!」
「それは君がその杖で攻撃してくるからだろ!」
「それはあなたがずっと話さないから!
……あ」
「「言葉が通じてる!!」」
僕は彼女とコンタクトを取ることに成功した。
…………………………
「タカジョウハルヒサ……変わった名前ね」
彼女はアミルといって、旅をしている魔法使い。
木陰の下で寝ていた僕を心配して声をかけてくれたらしい。
この草原は小鬼と呼ばれる魔獣が蔓延る危険地帯、そんな所で寝ていては襲われても文句は言えないと、そんな事言われたって、
僕だって好きで寝ていた訳じゃない。
……変な世界に来ちゃったなぁ…… 。
魔獣だなんて、まるでゲームの中の世界みたいだ。
「ところでハルヒーサさん?」
「こんなところで長話をしていたものだから、厄介な事になってしまったみたい」
え?
風にゆれる草に混じって気が付かなかった生き物の気配。
1……10……もっと多い。
小さな二つのツノにザラザラとした緑色の肌、大きな耳といかつい鷲鼻。
気が付くと、小鬼の群れに囲まれていた。
それは想像していた魔獣よりもずっとリアルで、おぞましく、自分よりも小さい筈なのに、遥かに大きくて強く、凶暴に見えた。
「は、早く逃げないと!」
その瞬間だった。
ヒュンと風を切る音と同時に、ガツン……!と鈍い音が響いて、さっきまで話していた彼女が地面にバタリと倒れ込んだ。
少女の頭から真っ赤な血が流れ落ちる。すぐ側に同じ色の角ばった石が転がっていた。
投石……!
「あ……アミル……さん?」
ピクリとも動かない。
小鬼たちは舌舐めずりをしながらジリジリとにじり寄って来る。
「やばい、逃げないと……」
足が震えて動かない。
ガンッ!!!
………頭に衝撃が走った。
硬いもので頭を打ちつけられたのか、
目がぐるりと回ってバタリとその場に倒れ込み、
僕はそのまま意識を失った。
…………………………
「……さん……」
声がする。
「ハルヒサさん!!」
ハッ……!!
「よかった、死んでいないようで」
「アミル……さん?」
僕は……生て……いる?
「助かったんだ!!!」
「シーッ……!大きな声を出さないで……!
どうやら私たちは、小鬼の巣穴に運び込まれたみたいです」
見渡すとそこは暗い洞窟の中だった。
「運び込まれた?」
「小鬼は捕らえた獲物をその場では食べずに巣穴に貯蔵しておく習性がありますから」
「……でも、殺されなかったって事は、僕たち運が良かったのかな、不幸中の幸い……」
「いえ、殺すと鮮度が落ちますから、獲物を生捕にしてこうして縛っておくんです」
……縛って?
僕は紐のような木の根で手足を縛られていた。
これじゃあ逃げられない!
「これじゃあ生きたまま食べられちゃうよ!」
「そうですね。あ・な・た・だ・け♡」
「へ?」
紐は千切れていて地面に、彼女はぴょんぴょんと自由に飛び跳ねていた。
「小鬼の群れに囲まれたら即座に死んだふりをすること。そこでこっそりと洞窟から逃げるってのが常識じゃないですか」
そんな常識、知らないよッ!
「それでは私はこれにておさらばしますので」
「助けてくれないの?!」
「どうして私があなたを二度も助けなければいけないんですか。それに、脱出は一人でするのがセオリー、人数が多くなると失敗の確率が増しますから」
そんな!見捨てて逃げるのか!?
「ひどい!悪魔!!人でなし!!!」
「ちょ…大きな声を出さないでください!」
「食べれるなんて嫌だ!死にたくない!!」
「あーもう五月蝿い!五月蝿い!」
「わーーーーーーーん!!!!!」
「黙れ!!!お願いだから大声を出さないで!!!
わかりました、わかりましたから…!
そのかわり、この借りは後できっちり払って貰いますからね」
「はいっ!何でもします」
ーーそしてーー
「……」
「あの、アミルさん?まだですか?」
「……結構キツく縛っててほどけない」
涙……。
アミルはふーっ……と息をついた。
「仕方がありません、少し痛いかもしれませんが……声は上げないでくださいよ?」
そう言うと、彼女は杖を握って無理やり紐の間にそれをねじり込んだ。
「あっ、痛いっ!そんないきなり!」
彼女は意外と強引だった。
「だめ……そんなので強引に広げないで」
「我慢してください!なにこれ……本当にしっかり縛ってくれちゃって!」
額に滲んだ汗を拭う。
ハァ……ハァ……と呼吸を整えながら彼女が言った。
「力ずくで駄目なら仕方がありません、魔法を使います」
「ま、魔法?」
「私は魔法使いですから、魔法スキルが使えます。それでこれを焼き切ります」
焼き切る?!
「熱くないですか?!痛くないですか?!!」
「我慢してください」
彼女の杖が押し当てられる。
「まずは足の紐から!いきますよ!」
「炭焼きは嫌……炭焼きは嫌……!」
「スキル発動!【火炎の螺旋】!!!」
「ファーーーーーッ!!!」
それはとても熱かった。
絶対使う火力が間違っていたと思う。
あんなに頑なだった紐はあっさりと焼き尽くされ、俺は解放されたのだが。
「だから、大きな声を出さないでとあれほど……」
洞窟は声がよく響く。
僕たちは、小鬼たちに見つかってしまった。
「ハルヒサさん、私が合図したら後ろを向いてとにかく突っ走ってください」
「アミルさんは?」
「私もすぐに行きますから、ほら!行って!!」
「う、うん!」
僕は言われた通りに突っ走った。
「スキル!【火炎の暴風】!!!」
彼女の声とともに、
ゴーーー!っと炎の唸る音が背後から聴こえた。
さっきの比ではない程の熱気と、硝煙の匂い、小鬼たちの悲鳴が響き渡った。
振り返る余裕なんて無かった。
ぶっちゃけた話、こんな凄いスキルがあるのなら、初めから使っていれば良かったのでは無いかと、
そう思ってしまったのは内緒だ。
…………………………
「ハァ……ハァ……ここまで来れば大丈夫……」
「た……助かった……うっぷ」
巣穴から脱出し草原を抜けた僕たちは、小さな川のほとりに来ていた。
こんなに走ったのは何年ぶりだろう。
彼女は思った以上に足が速かった。
先頭を走っていた筈が、いつの間にか彼女を見失わないように走るので精一杯だった。
見た目はそこまで体育会系でもないのに、流石は異世界…恐るべし。
「ハルヒサさん、休憩は済みました?」
「あ、うん」
「では早速、借りを返してもらいます。」
「へ?」
「助けたら何でも言うことを聞くって言葉、まさか忘れたなんて言わないすよね」
「そ、そんな忘れてなんて!」
すっかり忘れていた。
「じゃあ命の恩人からのお願いを言います」
魔法少女は俺の顔をじっと見ると、ペタリとその場に座り込んだ。
「おんぶ」
「え?」
「聞こえなかったんですか?おんぶよ、おんぶ!スキルの発動に魔力を使い過ぎて、もう一歩も歩けないの!」
…
「そ、そうなんだ、
そんな事で良ければ喜んで」
拍子抜けって訳じゃないけれど、
正直、お金をがっぽりせしめられるとか、一生奴隷とかそんなのを想像したものだから。
「そのまま5キロ先にある街まで連れてってくださいね」
え
「ご、5キロ?!」
おんぶで5キロ?!
「私は街に行く予定だったんだから、なによ、何でも願いを聞くって言ったじゃない」
はい言いました……仰せのままにッ!
街は川沿いに真っ直ぐ歩けばあるらしい。
「では行きましょうか、アミルさん」
「アミルでいいわ」
「じゃ、じゃあ俺もハルヒサって呼んで……」
「当然でしょ?あなたは今日から私の召使いなんだから、ちゃんと旅のお供として働きなさい」
「え……め、召使い?!旅!?」
そんな、合意も無しに!
そう言おうと思ったけれど、少し考えて言葉を飲み込んだ。
この世界を僕一人で生きていける自信が無い。
……ま、いっか。他にやること無いし。
僕は魔法使いの召使いになった。
しばらく歩いていると、アミルは寝息を立てて眠ってしまっていた。
あのスキルは体力をかなり使うらしい、少し可哀想な事をしてしまった。
心地良い異世界のそよ風に乗って、彼女の髪の甘い匂いが鼻をくすぐった。
両手いっぱいに感じる柔らかい太もも、そして
背中に当たるささやかだが、確かに感じる胸の感触。
女の子との超密着おんぶタイム……
これは、悪く無いかも。
…………………………
昇っていた太陽が傾き始め、青空が橙に変わる頃、
ようやく目的の街が見えて来た。
「そういえば、どうしてアミルは一人で旅を?」
特に理由は無いけれど、なんとなく疑問に思った。
「どうしてあなたに、そんなこと言わないといけないの」
で、ですよねー……
「べ、別に嫌ならいいよ」
「……復讐よ」
って答えるんかい!
……って復讐?!
一瞬耳を疑った。
「家族、友人、私の大切だったもの全てを奪った者を必ず見つけ出し、最大の憎しみをもってして、この手で殺すこと。」
「え……えーっ……」
何いきなりシリアスぶち込んでくるんだよ……
ね?嘘だと、冗談だと言って。
「それに独りじゃないです」
「私にはこの魔法の杖も、賢者の帽子も、勇者の靴もあるんだから」
それを独りぼっちと言うのではないだろうか。
ーそして、僕たちは街に辿り着いた。
西洋風の白を基調とした建物が建ち並んで、道路には赤煉瓦が敷き詰められている。
「こ、これはっ!ドラ○エだ!ファンタジーゲームの街だ!」
「何言ってるんですか、普通の街ですよ」
そうだよね!これが普通の異世界の街なんだよね!
武器屋に薬草屋、随所に見られるファンタジー要素に、僕のテンションは鰻登りだった。何を隠そう、僕はゲームが大好きなんだ。
ワクワクが止まらない!
「そんなことより、その変な服、どうにかならないんですか?」
服?
それは着なれた学生服姿だった。
「これ、どこでも着ていける詰襟の学生服なんだけど…変?」
「変ですよ、そんな学生服見たことないです」
わぁ……まじかぁ、言われてみれば彼女も含めて街中みんなファンタジーな服だもんなぁ……無個性な服が逆に浮くだなんて……恥ずかしい!
「そこらへんのお店で着替えてきてくださいよ、お金なら貸してあげますから」
「わーい!ではお言葉に甘えて!」
僕はスキップしながら人波を縫って歩いた。
陳列された剣に甲冑に魔法陣!
時間が過ぎるのを忘れて満喫していた。
夕日が沈むのもあとどれくらいだろうか。
「ハルヒサ、服は決まりましたか?」
「あ、あともう少し!」
しまった、夢中のあまりつい。
僕は急いで服屋を探した。
服屋、服屋……
看板を見ても、文字は日本語とは違って読むことができない、何て書いてあるかさっぱりだ。
「仕方がない、スキルを使おう。【翻訳】……」
スキル発動を異世界文字に定めようとしたその時だった。
ざわっ……
「え……?」
異様な気配が背後を通り過ぎ、僕は咄嗟に振り返った。
細身の男、全身を真っ黒のローブで纏って、
深々とフードを被って顔は見えない。
「#&/_##uc/&……」
え……?
男は小声で何か呟いている。
しかしそれはアミルやこの街の人たちが話す言葉とは違う言語だった。
偶然発動中だった【翻訳】スキルがそれを読み取った。
「……殺ス……」
その邪悪な声と言葉に、ぞっと背筋凍りついた。
ころす?
そして、男のローブの裾から偶然見えた指先に戦慄が走った。
ゴツゴツとした指に獣のように鋭く長い漆黒の爪、
本当に人間の手か?!
考えるより先に体が動いていた。
翻訳したがために感じ取ってしまった殺気。
黒ずくめの進む先にはアミルの姿があった。
男が足早になる。
そして、彼女を前にしてローブの裾からはっきりと、異様な腕が露わになった。
「アミル!危ない!!!」
僕は咄嗟に男の前に飛び出した。
ドスッ……!!!
腹を激痛が襲った。
「がはっ……!!」
刺された!?
痛みで蹲る。
その一瞬、フードの隙間からその男と目が合った。
顔全体が黒い毛で覆われて、血のように真っ赤な瞳に鋭い牙、
こいつは……魔獣!?
「キャーーーー!!」
通行人が悲鳴を上げた。
「魔獣だ!!」「殺人だ!!」
「ハルヒサ!!!」
「邪魔ガ、入ッタカ…」
「次ハ必ズ殺ス……エメラリア……」
そう言って、奴は姿を消した。
エメラリア…?
なに…それ…
腹を押さえて倒れ込むと、
鉄の臭いの液体が指の隙間から溢れて、真っ赤な水溜りを作っていた。
はは……やばいよこれ、これが全部……僕の……血……?
「ハルヒサ!!しっかりして!ハルヒサ!!」
アミル…よかった、彼女は無事だ
アミルの声が次第に小さくなっていく。視界もぼやけて、意識が薄れていった。
…………………………
知らない天井、薬品の匂い。
どうやら天国では無いようだ。
「気が付きましたか、よかったです」
「アミル……ここは?」
「街の病院です、まだ動かないでください傷が開きますから」
腹には包帯がぐるりと巻かれていた。
でもそれほど痛みは感じない。
「麻酔が効いてますから、痛みはそんなに感じないと思います。だからって動いたりしては駄目ですよ?」
「そっか……それよりあの魔獣は?」
「あなたを襲ったのは傷口からして蝙蝠型魔獣だと思います。
偶にいるんです。人に擬態して街で人間を獲物にしようとする魔獣たちが」
人に擬態する魔獣……か、異世界はなにかと危険だ。
「なんだか、眠い……」
「薬の鎮静効果です。ゆっくり休んでください」
頭がぼーっとする、僕は再び眠りについた。
…
薬の作用か、それとも怪我の影響か、
寝たり覚めたりを繰り返していた。
間接照明も消された暗い病室、アミルはベッドの横に椅子を置いて、俺の容態を見守ってくれている様だった。
椅子の上で体育座り、何それかわいい…。
「私は……ひとりじゃない」
僕が眠っていると思っているのか、彼女の独り言タイムが行われていた。
「お母様、お父様、大丈夫……私は独りじゃないから」
「アイファンも……ルークも……トレイズさんも……だから独りじゃない、だから……」
少女の過去に一体何があったのか、
そんなこと、僕は知らない。
窓から入り込む月の光が、俯く彼女を照らしていた。
その濡れた頬が朝には渇いていますようにと、そう祈りながら目を閉じた。
…
チュンチュン、チチチ……
鳥の囀りと朝日で僕は目を覚ました。
「朝だ……」
明るい病室、静かな早朝、そして何処かに感じる違和感を覚えて、俺は辺りを見回した。
そこにアミルの姿が無かった。代わりに一枚の手紙が置かれていた。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。
さようなら。」
僕は医者が止めるのを振り切って走っていた。
そんな、アミル、ふざけるな……
ふざけんなよ!!
じゃあなんで……君は泣いてたんだよ!!!
登る太陽を背に、街をひとり出ようとするとんがり帽子を見つけた。
「アミル!!!」
「ハルヒサ?! ……どうして……」
「だ、だって、アミルがいないから!」
アミルの表情は、少し険しかった。
「さよならって言ったのに…手紙、読まなかったんですか?
ハルヒサさん」
え
「さん……って、なんで!」
まるで他人みたいじゃないか。
「それはこちらの台詞です!
私を庇って大怪我して……あと少し治療が遅ければ、あなたは死ぬ所だった!
昨日の一件で察してください!私と一緒にいると危険なんです!それに大体あなたは赤の他人で」
違う!!
「他人じゃない!!」
「?!」
「他人じゃない!ぼく……おっ俺は……
アミルの召使いだ!!!」
言葉を整理することも構わず、口から出るままに叫んでいた。
なにを馬鹿なことを言うのかと、僕自身、そう思った。
でもしょうがないじゃない、勢いって怖い……。
「な……巻き添え食らったって知りませんから!」
アミルは帽子を深く被って、その表情を見ることが出来なかったけど、きっと呆れた顔をしていたんだと思う。
それでも、僕の勝手な物言いを、許してくれたみたいだった。
あぁ……朝日が綺麗だ。
勢いで叫んだからか、傷口が開いて真っ赤に染まっていた。
夜明けを告げる鶏の声より大きなアミルの悲鳴が街中に響き渡った。
こうして、僕と紅蓮術師の旅は始まったのだ。
4つの寮を選べるなら、アナグマの寮を選びます。
次回は来週、またお会いできれば。