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 まだ二月だというのに、外はぽかぽか陽気だった。こんな日は自然と心が弾むものだが、あの家族のことを思うと、どうしても気が滅入ってしまう。管理人の話を頭の中で整理しながらアパートまで歩く。

 ぼくたちは会話らしい会話もせずにアパートの前に着いた。次は赤城家についてアパートの住人に聞き込みをすることにしていた。部屋数はそんなに多くないので、全部屋当たることができそうだ。外階段を上がっていって、まずは隣の205号室のインターホンを押す。押してやや間があった後、玄関扉が開いて、高齢の男性が覚束ない足取りで姿を現した。

「あの、わたし昨日、隣の部屋の清掃をした者なんですが、少しお話をうかがいたいんです」

 高齢の男性は『隣の部屋』と聞いた途端に表情を歪めた。

「話せることはないな」男性はそのままドアを閉めようとしたが、タックンが足を入れてドアが閉まるのをさえぎって、頼みこんだ。ようやく、

「じゃあ二、三分なら」と了承を得た。部屋の中には入れたくなかったようなので、玄関口で聞くことにした。男性には近くにあったオットマンに座ってもらった。

 タックンが男性の目線に合わせて中腰になる。

「一昨日、隣のベランダから物音がしたそうですが」

「そう、なんか朝早くにモーター音のようなブーンっていう音がしてそれがずっと続いているから、赤城さんに指摘しようと思って、外に出てインターホンを押してドアをノックしてみたの。でも反応がないから、仕方なく管理人に電話したの。隣の赤城さんとは付き合いがあんまりないから電話番号とかも知らなくてね。十分くらいで管理人が来て、そっち側の203号室のベランダから入ったみたいだね。そしたらベランダの冷凍庫に赤城さんの遺体がみつかったっていうんで、慌てて警察やら救急車を呼んだんだ」

「現場を見たんですか?」

「いや、おれは家にいて、後で管理人が教えてくれたんだよ」

「そのモーター音が聞こえたのは、その時が初めてだったんですか?」

「そうだな、あんな音はあれが初めてだったな。悪臭の方はしょっちゅうで文句言ってたけどな」

「赤城さんとはあまり付き合いがないってことですけど、どの程度の付き合いだったんですか?」

「付き合いもなにも、外で会ったら挨拶するくらいだな。赤城さんがまだ元気だったころは、たまに世間話とかしたけど、娘のメイさんとは全然話したことはないな。おれに限らず、他の住人も付き合いはなかったと思うよ」

 あと二、三質問をしたが、やはり付き合いが希薄なせいか、赤城家の情報を引き出すことはできなかった。男性も話すのがしんどそうだったので早々に立ち去ることにした。

 アパートの他の住人も訪問してみたが、彼らもまた赤城家とは付き合いがなかった。今の日本には、向こう三軒両隣なんていう言葉はすでに過去のものになっているのを、あらためて思いながら寂しい気持ちでアパートを出た。結局、彼らの話から唯一参考になったのは、亡くなった男性の娘が一月四日にレンタカーを借りたという事実だった。

 そのレンタカーショップに行って話を聞くために、車を停めてあるパーキングに向かって歩き出す。

 車に乗ってまずは、スマホを出して地図アプリを開いた。検索窓にレンタカーと入れる。ここの周辺には三件のレンタカーショップがあった。最寄りのショップはここから数キロメートルのところにある。タックンが運転してぼくがナビの役をつとめる。

 十五分もかからずに、一番近いショップに着いた。ぼくたちの身分は清掃業者ではなく、赤城家に雇われた探偵ということにした。店内に入って受付にいた女性店員に、赤城メイさんという名前の女性が車を借りたかどうか尋ねた。しかし、そういう人は借りていないという。もしかしたら偽名を使ったのかもしれないと思い、そう告げると、一月四日は改修工事のために、店は休みだったということだった。どうやらここではなかったらしい。礼を言って外に出る。スマホを出して次に近いレンタカーショップを表示する。ここから数キロ離れた駅前にあるようだ。

 そのこぢんまりした店に入り店員に赤城メイさんについて尋ねると、店員はパソコンで調べ始めた。それから、

「お待ちください」と言い残して奥のドアに入っていった。すぐに男性店員が出て来た。その店員を見た時、ホストクラブで働いているのかと思った。歩き方もどこか気取っている。彼が当時、赤城メイさんの受付をしたということだ。

「お待たせしました。どういうご用件でしょう?」近づいて来ると、香水の匂いがして、ますますホストっぽい。

 タックンが事情を説明する。さっきの店と同様にぼくたちは赤城家に雇われた探偵ということにした。失踪したメイさんを探していることを告げると、ホスト店員は怪しむこともなく、

「じゃあこちらにどうぞ」と壁で仕切られている空間に案内してくれた。

 例によって、タックンが世間話でお互いの緊張を和らげてから本題に入る。

「赤城メイさんがこちらで車を借りたのは一月四日だったんですよね」

 店員はまだ世間話をしたかったみたいだが、

「あ、赤城さんですか。えーとそうですね、一月四日です」

「赤城さんはそのとき、一人だったんですか?」

「はい、おひとりで来店されました」

「赤城さんの様子とか服装はどんな感じでした?」

「うーん、そうですね。ちょっと前のことだから、あんまりはっきりとは覚えてませんが、とくに変わった様子はなかったと思います。服装は黒のコートを着ていて、別に不審な感じはなかったですよ」店員は資料に目を落としながら答えた。

「どこに行くと言ってましたか?」

 店員は資料を見たまま、

「長野県の方面に行くと記してあります」

 長野県という言葉が出てきたので、ぼくたちは思わず顔を見合わせた。その言葉は管理人からも出てきたからだ。やはりメイさんは長野県に用事があったのだろうか。タックンが質問を続ける。

「それで、赤城さんはいつ車を返却したんですか?」

「車は返却されなかったんですよ」店員はテーブル越しに身を乗りだすような格好で言った。

「返却されなかった?」つまりメイさんは長野県で失踪したということなのか。

「ええ。長野県のA市の山の麓に乗り捨てられていました。地元の住人が弊社に電話をくれたので分かったんです。車内に赤城さんの姿はなかったそうで、仕方がないので、我々のスタッフが現地に行って車を回収してきました。車には目立った外傷とか故障はなかったんですけど」そこで一旦、言葉を切ってぼくたちに意味ありげな視線を向ける。

「車内に妙なものが残されてたんです」

「妙なもの?」

 店員はいかにも怪談話をするような調子で言ったものだから、背筋に冷たいものが走った。

「車のトランクに段ボール箱が入っていたんです。中を開けてみると、あ、ちょっと待っててください。たしかまだ置いてあったはずです」店員は椅子から立ち上がった。その動作もいちいちカッコつけた立ち方だった。三分ほど待っていると、段ボール箱を抱えて戻ってきた。

「これです」箱を開けて、ぼくたちに覗くように手でジェスチャーしたので、立ち上がって覗いてみた。中には予想外のものが入っていた。懐中電灯、軍手、スコップ、地図、細長い木材、クーラーボックス。クーラーボックスの中にはドライアイスと書かれた袋があった。

 それを見た後、三人ともしばらく無言だった。やがて店員が、

「よろしいですか」と言って、箱を閉めて椅子の脇に置いた。

「赤城さんがみつかったら、これを返そうと思って保管してたんですけど、まだみつからないみたいですね」

 段ボール箱の中身を見たときに、頭の中である考えが浮かんでいた。それは嫌な、想像もしたくない考えだった。たぶんタックンも同じ考えが浮かんでいるに違いない。ちらと横を見ると、タックンが下唇を噛んでいるのが見えた。その唇が動いた。

「段ボール箱の中にあったのはこれだけですか?」

「これだけです。スコップとか軍手なんか持っていって、何か掘り出そうとしたんですかね。それとも埋めようとしたのか」店員の口調には別段、他意はなかったのだろうが、彼女の父親が亡くなっている事実を知っているぼくたちはぞっとした。

 聞き込みの最後に、車が見つかった場所の住所を聞いて、ショップを辞去することにした。ぼくたちが立ち去り際に店員は、

「車が見つかった場所の先にある山は自殺の名所らしいですよ。赤城さん無事だといいですね」とこれもやはり他意はないのだろうが、ぼくたちは暗い気持ちでショップを出た。

 外に出ると、さっきまで爽やかな快晴だったのに、今は空一面が黒い雲に覆われてどんよりとしていた。あたかも、ぼくたちの心が反映しているかのようだった。

 パーキングに戻り、今日一日で集めた情報を二人で話し合った。あまり進捗したとは言えないが、それでもいくつか明らかになった点があったのは収穫だった。赤城家の話をした後に、明日からの仕事の打ち合わせをしてから帰路に着いた。



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