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まだ休憩時間が残っているので、何をどのように調べていくか話し合った。その結果、まずレンタル倉庫に移動させた父娘の遺品を調べる。その後に、管理人や周辺住民、もしいるなら遺族に話を聞くことにした。
タックンがちらと腕時計を見る。ぼくもつられて自分の時計に目を向ける。もう少し時間がある。タックンがいつになく真面目な顔つきになった。
「いろいろ調べてみる前に、オレたちで考えてみないか。なぜ娘さんが父親の遺体を放置したのか。アッキーはどう思う?」
「うーん」と考える素振りはしたのだが、実はあの冷凍庫を見たときから、ある考えが心の中にあったのだ。それは少し前にテレビやネットニュースを見て知っていたことだった。いわゆる8050問題と言われるものだ。
「ひょっとして、父親が死んだことを隠しておきたかったんじゃないかな。死亡届を出すと、親の年金が止められちゃうから」
タックンはぼくの話を聞いて、眉間にしわを寄せた。
「オレもテレビで特集してたのを見たことがある。引きこもりの子供が、親の年金に頼って生活してたから、年金が受給できなくなると収入がなくなってしまう。それで親が病死したことを誰にも知らせずに遺体を家に置いておいた。その後、近所の住人が悪臭に気づいて発覚したってやつ。今回の現場もこのケースなのかな。そうすると、娘さんの失踪はどういうことなんだろう」
「もし親の年金を不正に受給してたのなら、口座からお金が引き出されているはずだね。あとで銀行の口座を調べてみよう」
「アッキー、他に思いつくことある?」
「そうだなあ。意外と難しいな。あとはたとえば、亡くなった父親の葬儀の費用を払うお金がなかったとか」
「可能性がないとは思わないけど、最近の葬儀って、わりと安くできるものもあるんだよ。CMとかで見たことないかな。それに亡くなった男性には、もう一人娘さんがいるでしょ。この仕事を依頼した女性。あの人、けっこう金持ちっぽい感じだったよ。だから、葬儀の費用を捻出できないから放置したっていうのは考えられない気もするな。他には?」
ぼくたちは仕事のことがすっかり頭から離れていた。
「えーと、そうだなあ。父親の死を親戚に知られたくなかったとか」
「なんで親戚に知られたくなかったの?」
思いつきだったので、答えに窮してしまう。
「うーん、分かんない」
「依頼者の話だと、あの父娘は親戚付き合いはほとんどなかったそうだよ」
「そうなんだ、じゃあ違うかな。タックンはどうなの、なにか考えついた?」今度はぼくが聞く番だ。
「オレか」タックンはなぜか不敵な笑みを浮かべながら、煙草を携帯灰皿で消す。
「オレの考えでは、娘さんは亡くなった父親をどうにかして蘇らせようとしたんじゃないかな」
タックンは怪談話でもするみたいな口調で言って、ぼくに真剣な表情を向ける。ぼくはその考えは全然、念頭になかったので驚いてしまった。そんなぼくを見て、
「ははは、今のは冗談だよ。きのう見た映画にそんなシーンが出てきたから言ってみただけ」
「そうなんだ、ははは」タックンは冗談と言ったが、ぼくはあの冷凍庫を思い出して身震いしてしまった。もしかして、本当に娘さんは父親を生き返らせようとして、あの狭い空間に一時的に保管していたのだとしたら。顔を強張らせているぼくを見て、タックンは肩を優しく叩いて、
「考えられる可能性はこんなもんかな」
「あの、もう一つ思いついた」
タックンはまだあるのかというような興味津々の目を向けてきた。
「娘さんが、父親の遺体を冷凍庫で保管していたのは…その、遺体をどこかに捨てるためだったんじゃないかな」実はこの可能性はあの冷凍庫を見たときに頭に浮かんでいたのだ。
タックンは立ち上がろうとしていたが、再び地面に腰を下ろした。その顔は今まで見たことがないほど真剣だった。
「捨てるため」そうつぶやいたきり、しばらくは無言だった。もう一度、「捨てるため」と半ば無意識に言葉をはき出す。それから、やおら立ち上がって、
「じゃあ、後半戦やるか」と気合いの入った声を出した。ぼくたちは現場のアパートに戻った。
ものやごみを撤去してしまえば、あとは除菌をして臭いを除去して、仕上げの清掃をする。臭いといっても前述したように、今回の現場は遺体が冷凍庫に入れられていて、電気もついていたので腐敗を免れていた。だから悪臭の大部分は部屋にあったごみからのものだった。これらの臭いは腐敗臭に比べれば、全然マシだ。専用の脱臭機を使って臭いを除去しつつ、マニュアル通りに作業をしていった。最後にダスターを使ってフローリングや壁クロスを拭き上げる。終わったのは午後四時過ぎ。窓から差し込む西日がやけに眩しい。現状を回復した部屋を眺めて、またここの住人のことに思いを巡らせていた。娘さんは一体どこに行ってしまったのだろう。物思いに耽っていると、タックンが隣に来て、
「今日はお疲れさん。アッキーも疲れただろうから、ゆっくり休んで。ここの住人のことは明日調べよう」
仕事を終えた充実感を抱きながら、帰路に着いた。