3話 お隣様は語りたい
満員電車から解放。
駅から出たところで月斗のテンションが若干上がる。
学校まで10分程度だけど、ここで花と合流するのだ。
···つまり胸焼けの時間である。
「つーくん!」
つけ方が雑な気がするあだ名で月斗を呼ぶ声。
もちろん花である。
「はーちゃんおはよ」
「おはよう、かーくんも」
「その呼び方なんとかならねえのか」
「ならない」
ここまでがテンプレである。
ちなみに、はーちゃん、とは本人がそう呼んで欲しいらしい。
月斗もそれで良いようだけど、俺を巻き込むんじゃない。
初めてそんな呼ばれ方した。違和感しかない。
なんとなくチャラそうな印象の月斗とは違って、
黒髪黒目で清楚な印象を受ける彼女だけれど、
中身は騒が、じゃなくて賑やか。
大人しそうだと思ったのにな、
実際は真逆で面食らったのが懐かしい。
「ところで目が逝ってるけどどうしたの」
「花も言うかそれ」
「つーくんにも言われた?」
「言ったよ、いつにも増して死んでるって」
「思うことは一緒ですねぇ」
二人が目を合わせて笑う。
「目の前でいちゃつくんじゃねぇ」
胸焼けで死にそう。
***
2限目が終わった。
今日は金曜日だから次はホームルームの時間。
「風人、今日ホームルーム何するか知ってる?」
「あれじゃね、来週の」
「あー、遠足か」
校外学習とかそんな名前ではない。遠足である。
それがちょうど1週間後に控えている。
クラスごとにすることも行先も自由に決められるイベント。
うちのクラスは寺社とかが有名なあたりで、
散策の予定になっている。
ちょうどチャイムが鳴る。
行先しか決まっていない遠足の詳しい説明が始まった。
行動もクラス単位ではなく班単位で、
二人班でも構わないそう。
本当にただの遠足である。
そしてお待ちかね···でもない班決め。
「風人、組んでくれないか」
「むしろこっちから頼む。他誰か誘うのか?」
「んや、二人で」
月斗が二人班なのは意外。
そんな驚きが察せられたのだろうか。
「花のクラスもさ、うちと行先一緒らしくて」
「だいたい理解したこれ以上胸焼けさせるな」
合流して一緒に回りたいんだろう。
「風人には付き合ってもらう感じになるけど良い?」
「俺は特に行きたいところもないし。
花と組むことになった女子とでも喋っとくよ」
誰か適当に強引に連れてくるのが目に見えている。
胸焼け被害者同士として話が通じるかもしれない。
「風人が積極的に喋りに行くとか珍しいな」
「お前らのやり取り見てるよりはマシだろ」
「酷い言いようだな」
そう言いつつけらけらと笑う月斗。
とりあえず半目を向けておく。
そんな茶番も交えつつ、遠足の行程が詰められていった。
***
5限目終了。
うちの高校は5限で終わりだから帰宅の時間。
満員で蒸し暑かった行きとは違い、
帰りは電車もそれなりに空いていてありがたい。
座れる席は相変わらず無いけど。
駅からマンションまではせいぜい5分程度。
なかなかに良物件ではないだろうか。
その上隣人が姫野さんとあっては、
もう学校中の垂涎の的な気がする。
そもそも学校から少し遠い立地ではあるけれど。
歩き時間が短いよりも、
満員電車の時間が短い方が個人的には良い。
姫野さんにも特に興味があるわけでもないし。
帰宅。
とりあえず着替える。
脱いだ服はその辺に放っておく。
自堕落な生活をしている自覚はあるけれど、気にしない。
気にすることなんか少ない方が良いに決まってる。
特に何をするでもなくだらだらしていると、
長らく聞いていなかったインターホンの音が聞こえた。
タイミング的に相手の予想はつくし、
散らかった部屋は見せないようにせねば。
最小限の隙間を作る程度にドアを開く。
まぁ、予想通り姫野さんがいるわけで。
制服のままで鞄も持っている。今帰ったところか。
「姫野さん、どうした?」
「急ですみません、昨日のことで。
···日向さん、助けて頂いてありがとうございました」
表札で名前見たのかな。それにしても、
「助けてって···自殺じゃなかったのか」
自殺しようとしていたなら感謝はしない気がする。
「助け」ではなく「お節介」になるだろう。
いったい、どういうことなのか。
「まぁ、そう見えましたよね。あれ、私自身は意識がなくて」
「意識がないって?」
「夢遊病、なんでしょうかね」
聞いたことはある。
意識がないのにんなことをしたのも説明はつくか。
「病院には?」
「行ってないですね。
一人暮らしですから何が起こってるのかわかりませんし。
ただ、目が覚めたら変な場所にいるときがたまにあるので、
恐らくそうではないかと」
「親に相談とかは」
「···してないです。これ以上母を心配させたくはありません」
「昨日みたいなことがあったらどうするんだよ」
「鍵をかけ忘れていただけなので。
日向さんにも心配させてしまいましたね、気を付けます」
「まぁ、あんまり干渉するものでもないか。
···気を付けてくれよ」
とは言いつつしばらく夜は気にしてしまうだろうけど。
「はい。それで、何かお礼がしたいのですが」
「気にしなくて良い。
強いて言うならそれを治してくれ、気になってしまう」
「···善処します」
まぁ、治そうと思って治せるものでもないか。
それに、一人でどうにかなるものでもなさそうだ。
「何か手伝いがいるなら協力はする。隣人ではあるし」
「寝ているときの話ですし、失礼ですけど頼みにくそうです」
「そりゃそうだな」
「むしろ私が手伝いたいことが。明日って空いてますか?」
「空いてるけど」
「なら明日改めて訪ねさせてもらいますね」
「よくわからんけどわかった」
「では、失礼しました」
そう言うと姫野さんは一礼して自分の部屋へ入っていった。
情報量が多すぎて、部屋に戻ったらそのまま寝た。