2話 お隣様は払えない
お隣様との出会いがいろいろ衝撃すぎて、
昨夜はあまり眠れなかった。
しかし非情にも授業はあるのである。
仕方ないので食パンを焼きつつ登校の準備。
寝起きで米は食べづらい。
隣が姫野さんなのなら、
登下校のとき会っていても良い気がするけど、
時間が違うからかそんなことはなかった。
向こうは俺のこと知らないだろうし、
会ったところで、ではある。
昨日のことを問い質したい気持ちはあるけど、
そんな度胸もない。
「ま、いつも通りの時間なら会わないだろ」
いつもギリギリ登校になる俺である。
どう見ても優等生の姫野さんと、鉢合わせするはずがない。
もし、万が一会うことがあったら、昨夜のことを訊くか。
余計なお世話だったのかもしれないが、一応助けたのだ。
多少事情とかを訊くくらい構わないだろう。
まぁ、会えばの話だけれど。
***
いつも通りの満員電車。
夏は終わったし、それほど暑苦しくはないが、やはり狭い。
姫野さんはこんなのに乗って平気なんだろうか。
それとも電車は使っていないのだろうか。
···そもそも何故彼女のことを考えているのやら。
色々とショッキングすぎた。
どうしても昨夜のことが気になって考えてしまう。
せめて授業中は忘れていたいけれど。
これでも成績は良い方なのだ。キープしておきたい。
それに、上の空なところを先生に当てられでもしたら、
何も答えられないまま笑われる。
笑うような友達がほぼいないが。
悶々としているうちに、乗り換え駅に着く。
人の波に流されて別のホームへ移動。
そこで、すっかり聞き慣れた声が聞こえた。
「よー風人!」
「···おはよ、月斗」
数少ない、どころか二人しかいない友達の片割れ。
新田月斗。
明るめの茶髪が腹立たしい程似合っているイケメンである。
高身長のムードメーカー。
一人でひっそりしていた俺に絡んできた変人。
同じ電車に乗っていたというのはあるかもしれないけど。
ちなみにもう一人の友達は月斗の彼女の水谷花である。
彼女の方はクラスが違うので、
40人いるクラスで友達は月斗だけ。
作る気がないのだからそりゃ友達もいないわな。
「いつにも増して顔が死んでるけど、どした?」
「そんなに死んでるか?」
「死んで腐った魚みたいな目してる」
「普通に死んだ魚の目でよくないか」
「それじゃいつも通りじゃん」
「確かに」
目が死んでる自覚はある。
俺は月斗みたいに輝かしい日々は送れないし。
···魚って腐っても目は原型とどめているんだろうか。
「べつに何もないけど。疲れてるんかね」
「帰宅部なのにそんな疲れることあるのか」
「稀にな」
原因はわかりきっているけれど。
隣人が姫野さんだったなんて言ってみればどうなるか。
目の前の輩がニヤニヤして面倒になるのが目に見えている。
ありもしない恋フラグを見つけようとするに決まっている。
···それに、飛び降りようとしていたこととか、
彼女のことを勝手に喋るわけにもいかないし。
「月斗は部活忙しそうなのに元気だな」
「はーちゃんがいるし部活で疲れることはない」
「しまった、惚気る隙を与えてしまった」
はーちゃん、とは言うまでもなく彼女の花のことである。
少しでも隙を見せれば惚気る。なんだこいつ。
「誰も困らないから問題無し」
「聞かされる俺の身になれ?」
「はっ、風人も惚気られるようになれば良いのでは」
「友達がお前ら二人しかいないのにどうしろと」
「確かに」
「そこは納得してほしくなかったな」
「事実だから仕方ない」
さっき回避したはずなのに結局こういう話題である。
油断も隙もない。
花がマネージャーをしているのだが、
高校で知り合ったとは思えない仲の良さ。
他のバレー部員は耐えられているのだろうか。
無理だろうな。南無。
「何があったのか知らんけど、頼ってくれて良いから」
「はいはい」
何かあったというのは決定事項らしい。
そんなにわかりやすいものかな。
思えば、入学してから既に半年。
月斗と関わり始めてからもそれなりに経っている。
隠し事を読まれても不思議ではないか。
···いや、俺は絶対わからない自信がある。
まだ短いといえば短い付き合いなんだし、月斗がおかしい。
たぶん。
中学でも嫌という程味わったものだけど、
やはり陽キャと呼ばれる人種は格が違う。
何故こうも容易く距離を詰められるのか。
クラスメイトと距離を置こうとしていたはずなのに、
月斗はそれよりも速く距離を詰めた。というか根負けした。
今となっては良好な関係だし、それで良かったとは思う。
惚気はいらないけど。