1話 お隣様
初投稿となります。
暖かい目で読み進めて頂けると幸いです。
朔日。
神様が出張し始めたからなのか、あまり星も見えず暗い夜。
出雲は明るいのだろうか。
そんなくだらないことを考えつつ微睡んできたとき、
ベランダの方から音が聞こえ、目が覚めてしまった。
盗みに入るにしてはまだ早い時間。
自分――日向風人の住むマンションでは、
隣人のベランダとの間に、特に意味をなしていない仕切りしかない。
膝辺りまでしか高さがなく、ただ区切っているだけ。
隣人が盗みに入るのは十分可能だけれど、
そんな話は聞いたことがないし。
お隣さんが何かしているのだろうか。
「···そういえば隣がどんな人なのか知らないな」
新学期からちょうど半年。
一人暮らしを始めてからそんなに経つけれど、隣人を知らない。
表札的なアレで苗字くらいは知っていても良いのに、それすら。
少し覗くくらいなら許されるだろうか。
音を立てないようにゆっくりベランダの戸を開ける。
頼りない星や月のせいだろうか。
色素の薄い亜麻色の髪のせいだろうか。
それとも、華奢な体のせいだろうか。
どこか儚げに見える、それなりに知っている少女が、柵へ手をかけていた。
「姫野さん···?」
バレないように見ていたのに、つい声を出してしまった。
仕方ないことではある。
高校でも一番と言えるほど男子に人気のある同級生。
クラスは違うし、あまり見たことはないが、噂はよく聞く。
そんな姫野雪が隣人だとは思わなかった。
それは声だって出るだろう。
けれど、声は聞こえていたはずだが、反応はない。
彼女は、そのまま柵の向こうへと身を乗り出していた。
「ッ!?」
鳥肌が立つ。
飛び降りようとでも言うのだろうか。
さほど高さはないが、死ぬには十分な程度。
慌てて、彼女の腕を掴んでいた。
とりあえず助けられた。
一瞬感じた寒気と安堵で声が出ないまま、腕を引いてこちらを向かせた。
何を考えているのか。ただそれが知りたい。
しかし彼女の瞳は、恐ろしい程に何も映していなかった。
意思を感じられないような、光のない瞳をしていた。
「···何やってんだよ」
どう見ても自殺しようとしていた。
そこに至った理由でも訊くべきなのだろう。
けれどそんな理性とは裏腹に、責めるような口調になってしまった。
聞こえていないとでも言うのか。
反応がないまま、自分の速まった鼓動だけが聞こえる。
「なぁ」
声は抑えて。でも掴んだ手に力が入る。
その時、ぱちり、と。
彼女が瞬いたとき、瞳に光が宿った気がした。
「え···?」
か細く声を出したあと。
彼女は俺を見て、掴まれた左腕を見て、
最後に、柵にかかった右腕を見た。
ゆっくりとした動作だった。
でも、目は口ほどに、ってやつだろうか。
分かりやすく動揺していた。
何に動揺したのかは全くわからないけど。
痛いだろうかと、掴んだ腕は放す。
「えっと···その···」
「ん?」
その先を促す。
ところが、彼女は焦ったような表情で、部屋へ逃げ込んでしまった。
「······は?」