本体はAI付人体パーツ
恐らく一般的には、脳と身体なら、脳が“主”で身体が“従”だと思われているのじゃないかと思う。
脳が命令をして、身体はそれに従っている。
ところが世の中には、この考えに疑問を抱いている人もいるのだ。
身体が“主”で、脳が“従”なのではないか?と。
例えば、会議の最中、ずっと座りっぱなしで話を聞いているだけだとどうしたって眠たくなってしまう。これは身体の“動かない”というメッセージを受け取って脳が眠りに入ろうとしてしまうのではないかと思える。他にも、掃除が億劫でも、やり始めてみるとやる気が出て来て意外にスムーズに進むなんて事があるけど、それは“掃除をしている”という身体のメッセージを脳が受け取ってやる気が出るのかもしれない。
だから、まぁ、気分がなんとなく乗らない時でも、取り敢えずは身体を動かしてみるのも手じゃないかと思う。意外にやる気が出るかもしれない。
……もっとも、脳と身体は互いに影響を及ぼし合っていて、どちらが主でも従でもないとするのが、或いは正解に一番近いのかもしれないのだけど。
ある日、僕の友人のその彼は大きな事故に遭ってしまった。右足を骨折し、内臓も損傷し、そして右手は完全に使い物にならなくなった。一時は生命すらも危ぶまれたのだが、医者が優秀だったのか、生命力が強いのか、なんとか持ち堪えて回復をした。
僕は大いに落ち込んでいるだろうと病院に彼を見舞いに行ったのだけど、予想に反して彼はのほほんとしていた。
初めは強がっていると思っていたのだけど、どうやら違うようだった。
彼の失われた右手には機械の義手が取り付けられていて、彼はそれを僕に自慢すらして来たのだ。
なんでもその義手にはAIが搭載されていて、生身の人間の腕よりも遥かに優秀なのだという。覚えさせれば、直ぐに技能を身に付けるし、瞬時に高度な計算だってやってのけるのだそうだ。
「――いやぁ、便利な物を手に入れたよ。当に怪我の功名だ」
そう言って彼はカカと笑った。
なんだか、心配したこっちが馬鹿みたいに思えて来る。
彼は少しばかり裕福なのだ。自分の身体の事なのだからと大金を支払ったのだろう。少なくとも彼自身は、そのAIの腕にはそれに見合うだけの価値があると判断しているようだった。
やがて彼は退院すると、普通に生活をし始めた。AI義手のお陰で、以前よりも快適だと自慢して来た。
「なんで、今までAI義手にしていなかったのかと不思議に思っているくらいだよ。もっと早くにしておけば良かった」
それを聞いた時は、僕は冗談だとばかり思っていたのだけど、それからしばらくが経って、彼がまた入院したと聞いた。何でも事故の影響で内臓が傷ついていたらしく、どうせならと人工臓器に替える事にしたのだとか。
「……なんだかんだで事故はやっぱり大変だ。怪我の功名なんて言ってられないな」
そう僕は思っていたのだけど、やはり彼はのほほんとしていたのだった。
「――いやぁ、AI搭載の代替人体ってのはどれも素晴らしいな」
お見舞いに行った僕に、彼はそう語ったのだ。
「右手のAIとも連携して、これまで以上に凄い事ができるよになった。並列処理可能なCPUが増えたようなもんだよ。外部記憶装置の役割も果たすんだ。これで俺に物忘れはなくなったぞ!」
病院のベッドの上で彼は精力的に仕事をこなしていた。ノートパソコンと右腕の義手をUSBで繋げて、キーボードも打たずに操っている。
流石にそれを見て僕は呆れた。
「なんだか、サイボーグみたいだ」
思わず言ってしまったのだけど、彼は喜んでいた。
「どうた? カッコいいだろう?」
実を言うと、少し幼稚に見えたのだけど、流石にそれは言えなかった。
またしばらくが過ぎた。
よく分からないが、骨折した右足も補強をしてAIを取り付けたと言って来た。もう馬鹿馬鹿しいと思って見舞いには行かなかったが、彼はご機嫌だった。「人間では到達し得ない領域に達した」とか、なんだか中二病っぽい事を言ったりなんかして。
彼はすっかりAI付人体パーツの虜になってしまったようだった。
そして、それからしばらくが過ぎて彼はこんな連絡をメールで僕に寄越して来たのだ。
『また入院する事にしたよ。AIを取り付けるんだ』
僕は“またか”とそれに呆れた。
今度は一体どこに?と読み進めて驚く。
『脳に電子チップを入れようと思ってね。
身体の計算速度に脳が追いつかないんだよ。これで僕はパーフェクトになるぞ!』
そこに至って、そんな彼に僕は恐怖を覚えた。
果たして、彼という主体はまだ存在しているのだろうか? もしかしたら、身体に搭載されたAIに操られているだけなのじゃないか?
いや、或いは、初めから“主体”なんて彼にはなかったのかもしれない。主である身体の指示に従って行動をしていただけなのかもしれない。
それから僕はふと思った。
……もしかしたら、僕自身だってそうなのかもしれない。