3話
「おかえりなさいやせ!!」
小さな雪を抱いて勝義は大きな門をくぐり抜けた。すると、スーツやシャツ様々な服装ではあるが、ガタイのいい男たちが一斉に頭を下げ出迎えた。
雪は男たちの圧に驚き、体を強ばらせた。勝義は空いている手で雪の頭を数度撫で、少し強引ではあるが、そのまま日本家屋へと入って行った。
本当は、強く抱きしめて、男たちを黙らせ安心させてやりたいが、今日からここを自分の家とするのだから、慣れて欲しいと、勝義は男達に声を低くするように指示は出さなかった。
男達は、事前に伝えられてはいたが、実際に組の中へ小さな少女が入って行く様子に少なからず動揺していた。しかも、自分達の親同然である組長の娘だ。野蛮な世界にいた自分たちが今後、どのように接することが正しいのか、分かるものは少なかった。
「雪、お前には4人兄貴がいるが、今は全員留守だ。あいつらに会う前にお前の世話係を決めたい」
畳が敷き詰められた広間へと連れられた雪は、不安気に勝義を見つめていた。父親だと言われても会うのは2度目。雪は持ち前の人見知りを大いに発揮していた。
「俺もこの屋敷を空けることは多いからな、父親として情けねぇが、あまり傍にはいてやれない、悪いな。……おい、入ってこい」
何も話さない雪を横目に、勝義は閉められた襖へと声を張り上げた。その声に反応し、広間へ入ってきたのは、これまたガタイのいい男。黒髪を短く切りそろえ、右頬には大きな切り傷を持った男だ。
「はじめましてお嬢、俺は磯崎昴と言います。お嬢の世話係候補です。どうぞよろしくお願いします」
少女の前に座り、頭を下げる。磯崎昴と名乗った男は、見た目に反して声はひどく優しかった。
雪は、そんな昴の顔をしっかりと眺めようと、自分から近づいて行った。
「お嬢?」
「………リュウくんみたい」
「リュウ?」
雪の発言に昴は戸惑いの声を上げ、勝義は静かにその様子を眺めていた。
リュウとは、昔母と暮らしていた家の近くにいた犬の名前だった。年老いた男が飼っており、体の大きさから子供たちは怖がっていたが、雪だけは自らリュウの元によく訪れていた。黒い毛におおわれていたが、顔には大きな傷があり、そこだけ毛が禿げていた。
雪は興奮したように、2人にリュウの話をした。初めて見た、雪の笑顔に勝義は少し安堵した。そして、自分の部下が犬と同等にされていることがひどくおかしかった。
「昴、良かったじゃねぇか。雪に気に入られたな」
笑い混じりに勝義が告げると昴は口元を緩めた。
「はい。お嬢、あなたが望むなら俺は犬でも構いませんよ。ただ、俺のことは昴と呼んでくださいね」
「昴…?」
「はい、昴です。お嬢」
子供というのは敏感で、臆病だか単純でもある。息子達にはない可愛らしさに、勝義はまた優しげな笑みを浮かべた。