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末っ子は天使なお嬢  作者: 白い犬
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2話

妻を亡くして1年ほど、妻が好きだった白百合を買いに、花屋に行った。年老いた夫婦2人で営んでいたそこに、若い女性が新しく入っていた。


佐藤雪絵(さとうゆきえ)。ごく普通の女性。ただ、花の手入れをする表情が今まで見た何よりも穏やかで、心が癒されていった。


初めは、当たり障りのない会話から。会う頻度が上がるうちに、自分のことも話した。ただ、桐生門(きりゅうもん)という極道であるその名を伏せて…

荒くれ者の自分が、ここまで何かを大事にしようと思ったのは初めてだった。


妻とはいわゆる政略結婚というものだったが、それなりの愛情はあった。妻も、桐生門組組長の妻である自覚を持ち、どんな男よりもその心は強くあった。


ただ、いま目の前にいるのは荒事とは全く疎遠の弱い女。笑う顔は花よりも美しく、鈴のような声で俺を惑わす。



体を重ねる関係になるまで、そう時間はかからなかった。



雪絵には、亡くなった妻との間には4人の息子がいることも話せなかった。俺と雪絵は17も歳が離れていたため、1番上の息子は、ほとんど雪絵と同い年だった。体だけでなく、妻として、雪絵を迎えたかった。だから、この事実を聞いて自分を遠ざけて欲しくなかった。


俺との年の差など気にしないと笑ってくれたが、息子たちのこと、組のことを聞けばきっと逃げ出してしまう。情けなくも、俺は怖がっていたんだ。



悶々と悩み続けているうちに、雪絵が妊娠した。嬉しそうに、俺との子がいるとまだ平らな腹を撫でて笑った。

もう偽ってなどいられない。


俺は雪絵に隠していたことを全て話した。どうか、受け入れて欲しい。そう思って話を終えたが、雪絵は顔面蒼白になり、一人で考えたいと、その日は雪絵を家に送り届けた。

しかし、次の日から、彼女は姿を消した。



俺は追いかけなかった。やはり、カタギの人間に自分は恐ろし過ぎたのだと、絶望した。桐生門という組織はこの裏社会の中では、かなり名を轟かせていた。東京を拠点に、全国各地に傘下となる組が広がっている。一般人でも、その名を聞けば、関わるまいと遠ざける。


雪絵の行動は、至極真っ当なものだったのだろう。



数ヶ月後、雪絵が無事出産を終えたと監視を頼んでいた部下から報告を受けた。少し小さめに生まれた女の子で、雪と名付けられた。

会いにはいけない。俺は、養育費として、毎月いくらか匿名で金を振り込んだ。しかし、雪絵にはわかったのだろう。1度、手紙が届いた。3歳になった雪の写真と、短い文章。


『あなたのそばにはいられないけれど、大切に育てます』


雪絵は娘に桐生門という名を背負わせたくなかったのだろう。そう感じた。


雪絵によく似た笑顔を見せる少女が、とても愛おしく、まるで宝物のように思えた。


このままでいい。俺は2人を見守って、静かに雪の成長を喜ぼう。そう決意し、数年後。


雪絵は亡くなった。


たった一つの宝物を残して





_____


諸々の手続きを終え、俺は初めて自分の娘と対面した。まだ癒えきっていない傷を残しながら、ただ病室のベッドに座る雪は、とても儚げで今にも壊れてしまいそうだった。

自分を好きになってくれなくてもいい。ただ、守りたい。愛しい雪絵が残した、脆いこの宝物を自分のそばで愛でていたい。


腕に抱く温もりが、俺に染み渡る

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