聖なる夜に、1人の僕へ
クリスマス。聖夜と呼ばれるその日。元々はイエス・キリストの降誕祭であり、恋人たちがイチャつくためのよるではないんじゃないかと思う。
とまぁ、こんなことをぼやいても仕方がない。
今宵はクリスマス。街はクリスマスカラーにライトアップされ、子供たちは元気に走り回り学生たちはパーティーを開き、社会人は飲み会に出る。
だけど僕は何もしない。僕は仕事のために1年前に田舎から上京しているため家族と過ごすと言うことはない。会社の飲み会は用事があると言って蹴ってしまった。友達は東京にはいないし、もちろん恋人もいない。
結論、今年は一人で過ごそう。毎年何かやっているわけではないから今年は自分へのプレゼントとケーキを一切れ買って帰ろう。
「プレゼントは何にしようか? ケーキと言えばショートケーキかな? いや、チョコケーキも捨てがたい……あっ! チーズケーキもありだな……」
街の喧騒の中、僕の声は人一倍大きく聞こえたがそんなことが気にならないほどすぐに、僕の声はかき消された。
△▼△▼△▼
「いらっしゃいませ」
まず先に買うことになったのはケーキ。自分へのプレゼントを買いに行くのが面倒だからケーキを自分へのプレゼントにしようか? とも思ったがそれではあまりにも悲しい気がする。だったらまずプレゼントを……とも考えたのだが特に欲しいなかったために先にケーキを買いに来た。
「う~む……どれにしようか」
時刻は20時、閉店間際のため店内には僕以外に客は居らず、外の喧騒と相まってなんだか寂しさを感じる店内でショーケースの中にあるケーキとにらめっこをしていた。
……このままでは決まらないし「オススメを教えてください」って言いながら顔をあげてもそこにさっきまでいたはずの店員さんは消えていた。
恥ずかしい。とてつもなく恥ずかしい。いっそ消えてしまいたい。とりあえず誰にも聞かれていなかったみたいなので知らない振りをしてショーケースと再びにらめっこを始める。と言うかこの店ダイジョブか? 防犯上、店員さんいないとダメだろ。
そんなことを考えながらケーキを見ていると声がかかった。
「あの~、お客様」
「え、はい。なんですか?」
声のする方に顔をあげるとそこには、コック帽子と言う白く長い帽子に、これまた白いコックコートを身に纏ったいかにもパティシエという感じの人が立っていた。
「どのケーキにするか、お悩みですか?」
「は、はい。まぁ……」
「でしたら」と後ろに置いていたと思われるチョコケーキを目の前に出した。
そのケーキはショーケースの中にあるケーキとは違い、別段クリスマス用の飾り付けなどは一切されておらず、そのチョコケーキには一粒のイチゴが乗っているだけであった。
「このケーキは、聖夜と呼ばれるこの日に最後まで仕事をしている私たちのために店長が作ってくれたケーキです」
「えっ! そ、それはお二人のであって私が買っていいものでは……」
「まぁ、そう思われますよね。ですが、店長は何故かこのチョコケーキをホールで作っておいていかれたので二人だけではとても……」
そう言うと店員さんとパティシエの人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「ですので、三切れほどもらっていただければ幸いです」
「なら、お言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとうございます。ただいま用意いたしますので、少々お待ちください」
「え~と、値段はいくらですか?」
「貰い物みたいなものなのでお金は取りませんよ。私達から貴方に贈るクリスマスプレゼントです」
「わかりました。ありがたくいただきます」
ここで断るのは相手に失礼だ。いや、でも待てよ。このまま貰っていいのだがそれでは何だか悪い気がする。
「あの、すいません。追加でこのチーズケーキを一つください」
「え、あ、ありがとうございます。350……300円になります」
「いや、ちょっと待ってください」
「サービスです」
「でも、」
「サービスです」
「はなs」
「サービスです」
「……」
ここは僕が引くしかないのか。
「はい、300円。ちょうどお預かりいたします」
「このチーズケーキが一つだけ入らなかったので別の箱になってしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそケーキを貰ってしまいすいません。そして、ありがとうございます」
「良いクリスマスを」
その言葉を最後に僕は店を出た。
すごく良い店に出会えた。これからお土産や記念日はこのケーキ屋でケーキを買うと心の中で固く誓った。
△▼△▼△▼
次に僕が向かった先は花屋だった。
何故男の僕が花屋に行くのかと言うと、当然自分へのプレゼントである。
何故花なのか? と自分でも思ったのだが帰る途中にたまたま見つけた花屋に立ち寄って綺麗だと思ったから自分へのプレゼントしようと言う簡単な理由だった。
「あの~、すいません。まだやっていますか?」
「あ、はいっ! 大丈夫ですよ」
時刻は20時半。こんな時間に押し掛けてしまい申し訳なく思いながらも店員を呼ぶ。
そして、店の奥から出てきたのは20代前半と思われる綺麗な女性だった。
「本日はプレゼント用のお花ですか?」
「いえ、自分へ……いや、家に飾ろうかと思いまして。クリスマスにあった花言葉の花はありますか?」
「少々お待ちください」
そう言って花を取りに行き、数分もしないうちに何種類か花を手に持って戻ってきた。
「こちら右から『クリスマスローズ』『プリンセチア』『ポインセチア』『セイヨウヒイラギ』です。クリスマスローズの花言葉は「追憶」「私を忘れないで」などの花言葉です」
「あの、話の途中にすいません。プリンセチアとポインセチアの違いってなんですか? あ、すいません。花などの植物には無知なもので……」
「それはですね……」
それからどのくらいの時間が経っただろうか? 話が途切れた隙にさっと腕時計を確認する。
……21時か。うん? あれ? この店入ってから凄い時間が経っているじゃないか!
「あっ! すいません! 長々と話をしてしまって」
申し訳なさそうにペコペコと頭を下げていた。
そんなに謝られるとこちらが悪いことをしたみたいじゃないか。
「いえいえ、構いませんよ。とても良い勉強になりました」
そう言って僕は一礼する。
と、もう夜も遅いし早めに用件を済ませなくてはな。と思い、先ほど聞いた花言葉や管理の仕方等を思い出し何にするかを決めた。
「これにしよう。店員さん、セイヨウヒイラギをください」
「はい、ありがとうございます」
そう答えると店員さんはセイヨウヒイラギを数本手に取り丁寧にラッピングしていく。
この花の花言葉は「予見」「神を信じる」「不滅の輝き」だそうで、田舎から上京してきて1年、今後もうまく行くかわからず先行きの不安な僕にとってはちょうど良い花言葉だと思ったからこれにしたのだ。
「言い忘れていましたが、この花にはもう一つ名前があるんです。それがクリスマスのはなとして扱われる理由ですかね。その名前は『クリスマスホーリー』と言うそうです」
「へぇ~そうなんですか」
そしてお会計のためレジに向かう。そして、そこに用意されていたのはセイヨウヒイラギの他に青色のデイジーが4本置かれていた。
「このデイジーはどうするんですか?」
僕は気になってしまったので気付いたときにはその質問を口にしていた。
「あ、この花も貴方のですよ」
「え~と、何円ですか?」
「いえ、あの、これは私からの気持ちと言うか、プレゼントと言うか……」
最後の方は声が小さくなり聞き取りにくかったが言いたいことはわかった。けどなぁ……
「でも、どうして僕なんかに」
「あのですね。笑わないでくださいね」
そう、恥ずかしそうに俯きながら上目遣いでこちらを見ていた。
「私の話を最後まで聞いてくれる人が初めてで、その」
「こんなに綺麗な人の話を聞かないやつがいるのか」
「えっ! いや、その、あ、は、恥ずかしいです」
しまった。心の声が出てしまった。でもまぁ、嘘ではないし、少なからず店員さんも喜んでくれているから結果オーライだな。
「えぇ、とても綺麗です。それとこの花、ありがとうございます。大切にしますね」
「はいっ! 何か困ったことがあればまたお越しください」
そうしてラッピングされた花を抱えて店を出ようとしてふと、手元にある2つのケーキの箱を見つけた。
「店員さん。僕も貰ってばかりでは悪いのでクリスマスプレゼントをあげます。この箱の中にはチーズケーキが一切れ入っているのでお召し上がりください」
「でも、そんな。悪いです」
おっと、それはブーメランでは?
「これは僕からのクリスマスプレゼントです。深く考えずに受け取ってください。それに僕にはまだケーキはありますから」
僕は苦笑いをする。正直、ひとりで4切れも食べきれる自信がない。
「そ、そうですか。では、ありがたくいただきますね」
その時の店員さんの笑顔に不覚にも心を打たれてしまった僕は顔をそらし、そうそうに撤退しようと思った。
「それではありがとうございました。良いクリスマスを」
「こちらこそありがとうございました。また、お越しください」
そうして僕は店を出て帰路につく。
ほんとの事を言うとあの子に一目惚れしてしまい、もう家に帰ってしまうのかと思うと名残惜しが家も近いしまた来れば良いだろう。
それに僕が惚れてしまったのを差し引いても良い店だったので実家に帰省することがあればこの店で花を買おうと心に決めた。
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家につき今日一日の事を振り返ってみた。
去年と変わらず、大したことのない一日のはずが仕事が終わって、いざ色々な店を回ってみると面白い発見が多く、去年より楽しいクリスマスになった。
「時刻は21時半かとりあえず明日は仕事も休みだし、花を飾りケーキを食べよう」
そう一人で呟き僕は鼻歌を歌いながら、今宵のささやかなパーティーの準備をする。
そして、セイヨウヒイラギを飾りながら思った。
もしも、神様がいるのであれば、今日の出会いは神様の気まぐれで贈られたクリスマスプレゼントかな? と非現実的な事をバカみたいに真剣に考えてしまったが、今日くらいは花言葉に従い、神様を信じてみようと思った。
花言葉にも色々あるんですね。
本数によっても違うそうです。
ちなみに青色のデイジーの花4本の時の花言葉は「いつまでも幸せなままでいてほしい」なんですって。
どういう意味であの店員さんは贈ったんでしょうね