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真・烈怒龍 第一幕 ”希望”【レドラスタジオ・アーカイブス】  作者: 彩条あきら


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終章 笑顔

「熊さん、こぼしてるこぼしてる!」

「おっとっとっと……」

 

 などという古典的すぎるやりとりを『竜神』の屋根の下で繰り広げていたのは、座敷に置かれたテーブルの端の方で、畳の上に並んで座っている八五郎と熊五郎である。その手には既にコップ一杯のビールが握られていた。窓の外ではすっかり日も暮れ、いずこか遠くの方からは楽しげな祭囃子の音さえ聞こえてきていた。

 

 あれから、二週間近くが経とうとしていた。

 

 竜ヶ守の地でデスジラスを撃破してその後のレドラの行方は、ようとして知れなかった。自衛隊の監視システムにも海や空に逃げ去る物体の存在などは確認されず、完全に行方不明だということがテレビなどで報道されただけだった。

 それと相俟って一部世論では、今回の被害拡大が自衛隊の不手際によるものだとする論壇も形成され始めていた。辰川工場での戦闘では戦車砲まで用いたのにもかかわらずデスジラスを撃退できなかったことに加え、そこで奪われた武器類が怪獣の武装として利用されたという内容も、この『自衛隊責任論』に拍車を掛けていた。

 

 尤も同じ戦闘で自衛隊員に百名近い死傷者が出ていた事実がネットを中心に明らかとなったため、それほど時間の掛からぬうちにこの論自体は下火になっていったものの、それでもテレビをはじめマスコミ業界は連日のようにそれにまつわる事案を報道した。

 毎朝八時ごろからお茶の間に流れる報道番組で、はたまたリアルタイムで視聴者のコメントが大量に流れていくネット上の討論会で、批評家たちは延々と進展の無い議論を続けた。

 

 特定の何者かに責任を問いたがった者は、デスジラスの身体再生能力は予見可能だったと言い張り、また別の思惑を秘めた者は、レドラとデスジラスの出現を理由に自衛隊の権限即時強化をと、毎度お馴染みの口調で声高に訴えた。

 金属製ゴーレムの再生能力などという説明を果たして政治家や一般市民が受け入れただろうか、という根本的疑問には回答せず、権限強化で問題の本質が解決するのかと疑問を呈した人々に対しては蔑称呼びとレッテル貼りを繰り返し、実態を無視してでも勢力を維持することにばかり躍起になった、決して互いが譲歩することのない不毛な『討論』はいつ果てるとも知れず行われた。

 

「……やなモンだね、まったく」

 

 吉田は目の前にあった液晶画面から目を逸らし、首を振り振りため息をついていた。

 いつまで経っても進歩のない人間の姿を思い返して飽き飽きとしながらも、吉田はカウンター席の左隣に座っている男女の二人組の様子を眺めて、同時に顔をほころばせていた。言うまでもなく水岡と新星のことである。

 水岡は一度瓦礫の下敷きになった右足をはじめ全身に負った多大な怪我のため、今日の時点までに体中何処もかしこも包帯まみれとなっていた。いま吉田の右隣でカウンター端に立てかけられている松葉杖の存在など、水岡の置かれた状態を端的に表している。

 そしてその介助とでもいうのだろうか、彼のすぐ脇にいる新星が、先程からずっと口元に肉やら野菜やらを運んでやっていた。水岡はというと大人しくされるがままになって、口に入れて貰った食事をもそもそと咀嚼していた。

 

「大丈夫?」

「……ん、美味い」

 

 素直すぎる水岡の態度に、吉田は思わず吹き出しそうになった。初対面のときとは比べ物にならないほど丸くなってしまっていて、初めて今の状態を見たときから数日経っているものの、やはり慣れるのには時間が掛かりそうであった。

 どうもこの二人の様子を見ていて微笑ましく思ったのは吉田だけではなかったようで、マスターなどはやはりカウンター内でニヤニヤとしつつ、焼けたばかりの焼き鳥を皿に盛っては楽しそうに水岡の前に差し出し、口笛を吹いたりしていた。

 

「あいよ、ナンコツいっちょ」

 

 

 そろそろ自重しろと言いたかった。

 

 

「あ、マスター丁度良かった。そろそろ缶ビールをな……」

「駄目ですよ。怪我が治るまではお酒は。水岡さんはただでさえヤケ飲みばっかりしてたんですから」

 

 そう言ってさり気なく飲酒しようとした水岡をたしなめたのは、なんとマスターではなく新星の方であった。水岡の隣でその顔を覗きこむ彼女の表情は、まるで子供に「めっ!」と言っている母親のごとしであった。

 片や水岡も、新星の方をギョッとしたように振り返っていたが、やがてカウンター内に伸ばしていた手をすごすごと引き戻して謝った。

 

「……はい」

「なんでぇ、もう尻に敷かれてんのかい?」

 

 座敷のほうから水岡の背中に向かってそう声を掛けたのは、既に半分酔った状態の熊五郎であった。以前であれば余計なことを、と思っているところであったが、今となっては事情は完全に違っていた。

 

「……面目ねぇ」

 

 水岡はそう言ってバツが悪そうに頭をかいた。店中がオヤジ軍団の笑いに包まれる。

 以前暴力沙汰にまで発展しかけた人間からの、それもからかい半分の台詞に対してまで、この反応であった。慣れるのには時間が掛かりそうだが、どうやらこっちが水岡の素の性格のようである。だとすれば先日までの荒れ具合は一体なんだったのだろうかと、ひどく違和感を覚えずにはいられない吉田であった。

 ふふ、と軽く笑ってから、新星は吉田の方を向いて言った。

 

「それにしても、皆さんたくましいですね。こんな状況でもお祭り開くなんて……」

 

 そうなのだ。吉田も驚いたことであったが、竜ヶ守の自治体は“怪獣災害”の被災から二週間というこのタイミングで、あえて予定通りに夏祭りを開催することを決定したのである。流石に大掛かりな櫓などは用意できなかったが、この居酒屋のある丘の、裏手から広がる森林公園には広範囲にありったけの提灯ライトが吊り下げられていた。他にも、当初参加予定だった企業・個人は可能な限り出店をとの要請があり、木々の半分が薙ぎ倒されたとは思えないほど森林公園内は明るい雰囲気を作り出していた。

 ちなみに『竜神』はというと、マスターが店の外に出たくないとか何とかで、代わりに実行委員会のスタッフ宛てとクジの景品用に瓶ビールを5ダースほどプレゼントしていた。

 

 櫓はないものの音楽は当然あり、地元の漁師の跡取りなどが率先して公園内の広場で太鼓を叩いていた。今聞こえているのは通常の祭囃子であるが、ちょっと前までは自衛隊の音楽隊か何かが激励演奏としてやってきて、人気アニメの主題歌を演奏したりもしていた気がする。

 

「また不謹慎とか自粛だとか言って、一切合財中止になるんじゃねぇかって思ってたんだがな」

「子供なんかも、心の整理がつくまで時間が必要だっていいますしね」

 

 新星がそう言って相づちを打つ。

 本当は、そうなのである。被害規模に差こそあれど、かつての大震災を含め被災からそれほど時間が経っていないこの状況で、ここまで前向きな措置が取られるというのは正直言ってかなりの異例であった。特例中の特例と言ってもいい。

 するとマスターが、水岡のコップに水を注ぎ足してやってから訳知り顔で話し出した。

 

「やっぱりね、人間、陰鬱な空気の中に沈み込んでるよりは、明るく上向いてるほうが好きなんですよ。今夜一晩明るく過ごして、明日からまた頑張ろうって思ったほうが」

「そういうもんかねぇ」

「そうですそうです。人の笑顔は地域の未来、燃えるお祭り魂!です」

「どこのレスキュー戦士だお前は」

 

 この男はまた適当なことを、と半ば呆れ気味に吉田はツッコミを入れる羽目になった。

 そのとき、それまで黙ってコップの水を飲んでいた水岡が、思いついたようにぼそりと言った。

 

「……みんな、レドラに勇気付けられたんだったりしてな」


「「「え?」」」

 

 その場で話を聞いていた3人が一斉に振り向き聞き返したが、水岡はそれっきりコップに口をつけてしまって何も言わなかった。

 吉田はそれを聞いてからふと、最後の戦いでレドラの背中から広がった金色の翼を思い出していた。考えてみればアレは、自分たちから飛び出していったエネルギーのようなものが、ひとつに合体して誕生したものであった。

 ならば戦いが終わった後で霞のように消え去ってしまったレドラの行き先にも、ある程度は合点がいったかも知れない。きっと水岡たちに勝利を望まれ力を受け取ったレドラは最後に、人々の生きる希望へと変わって消えていったのだ。

 

 自分で思ってて何だか小っ恥ずかしくなってくるような発想だったが、案外そういうファンタジーな出来事なのだろうという予感自体は、当たっている気がしていた。

 少なくとも自分の左隣に座るこの男に関しては、間違いなくそういう類の経験をしたのである。

 

「よぅし、明日っから町の建て直し頑張るぞぉ。本物のレドラだって現れたんだ、これで町中が復興し終わったら、いよいよ観光名所として復活するぞー」

 

 熊五郎ほどではないが既に存分に酔っ払った状態の八五郎がそんな宣言をし、店中の人間が一斉に掛け声を上げた。ポジティブ思考でいいことである。少なくとも『烈怒龍饅頭』に関しては全盛期並みに売れることは間違いないだろう。


 ところで水岡の隣に付きっ切りで世話をしている新星であったが、暑苦しい男どものたまり場にあって紅一点ともいうのだろうか、現在までに非常に人気を集めていた。音頭を取ったばかりの八五郎など、しまりのない顔で近寄っていっては、親しげに話しかけていた。

 

「ねーちゃんも遠慮せず飲め。今夜はめでたいからなぁー」

「……そうしたいところですけど、私未成年ですから」

 

 新星が遠慮がちにそう言うと、すぐ隣にいた水岡がこそっと彼女に耳打ちした。

 

「大丈夫大丈夫、ちょっとぐらいバレない」

「何言ってるのよ、あなた警察官でしょ?」

 

 そう返された途端、水岡がいきなり狐につままれた様な表情になった。きょとんとして、何の話をされてるのか分からないといった具合である。

 そうしてから、数秒間フリーズした後に発した第一声が、

 

「どうしよう、すっかり忘れてた」

 

 店中が再び大爆笑に包まれた。一体どこら辺にツボになる要素があったのか甚だ不明だが、とにかくセンスのズレたオヤジ軍団はこれでもかと言うぐらいに笑っていた。

 吉田があきれ果てていると、なんと彼らにつられて水岡が笑い出した。唖然としている間に、場の雰囲気に呑まれて新星までもが笑い出した。マスターも笑っている。吉田はもはやどうでもよくなって、自分自身も全力全開で笑い出した。

 そのうち全員一斉にむせ返るんじゃないかというぐらいの勢いで、笑い声が『竜神』全体を包み込んだ。

 

 水岡は、笑った。自分自身が元々持っていた、本当の表情で。それまでのブランクを取り戻すかのごとく、遠慮なく、全身全霊で。

 

 もう、傷は殆んど見えなかった。

 

 

(終)


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