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真・烈怒龍 第一幕 ”希望”【レドラスタジオ・アーカイブス】  作者: 彩条あきら


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第十八話 苦悩

 焼き鳥串数本が乗ったトレイを冷蔵庫にしまい終えてから、手を洗ったマスターはひょっこりとカウンターから顔を出し、店の奥に置いてあった液晶テレビの画面を覗き込んだ。

 そこではいま、毎週この時間になると放映されている家庭料理の番組が流されていた。今ごろ自衛隊が実行しているであろうデスジラス掃討作戦に何か進展があれば、多かれ少なかれ情報が入ってくるだろうということでテレビを点けっ放しにしているのである。

 といっても本来、こういう番組は居酒屋で流すようなタイプのものではないのだが、しばらく前に新星の明かした話の内容と相俟って、現在店内には非常に落ち込んだ雰囲気が漂っていた。そんな中でご婦人方の興味をそそるワイドショーやら、ドロドロ愛憎劇展開の昼ドラなど見せられたら、益々空気が重くなることは想像に難くなかったのだ。

 

「……そろそろ、何か情報が入ってきてもいい頃ですよねぇ」

「案外手間取ってんじゃねぇの? 怪獣だぜ、怪獣。そう簡単に倒せるかよ」

 

 そう言う吉田の顔も、今は何処となく暗かった。実際吉田は、先ほど聞かされた水岡に関わる真相についてそれからずっと考え込んでいる。彼がきっとその中で感じたのであろう強烈な悔しさとやるせなさを想像しながら、吉田は自分がかつて味わった感覚を思い出してため息をついた。確かに、今考えてもアレは二度と経験したくないと思えるものだった。

 そしてその隣では真相を語った新星本人もが、やはり物憂げな表情でカウンターに置いてあるメニューの方を眺めながら、両手で口元を覆って静かに落ち込んでいた。言葉にこそしないものの、そこからはひしひしと後悔の念が伝わってきた。周囲の人間がどう言おうと、水岡のもとに“キッカケ”を持ち込んでしまったのは紛れも無く彼女だったからである。今ここにいる人間の中で、一番つらいのは他でもなく彼女であった。

 

 ふと突然、マスターが俯いている新星の肩を叩いたかと思うと、その前にそっと二本の焼き鳥が乗った皿を差し出した。こんな時でも、品目はやっぱりナンコツだった。

 よく焼けた鳥の実の、鼻孔をくすぐる香ばしい香りが絶え間なく上昇気流に乗って舞い上がってくる。そういえばもう昼時なのだ。気分は落ち込んでいるのにも関わらず、思わず目の前の一品を口にしたくなってしまって、新星は困った顔をしながらカウンターの向こうにいるサングラス姿の中年の男を見上げた。

 マスターは新星の顔を見返すと、口元だけでニッと笑った。

 

「僕のおごりなんで、遠慮なく召し上がってください。美味いですよ、僕の焼き鳥は」

「おいコラ、アンタ何やってんだ。こんな純真な子まで毒牙にかけようとすんな」

「ちょっと、そういう誤解を招く言い方は慎んでくださいよ」

「誰が何を誤解するんだよ。少しは空気を読め、空気を」

「何言ってんですか、落ち込んでるときは美味いモンを喰うのが一番だって、一万年と二千年前から相場は決まってるんです」

「やっぱりそういう趣味じゃねえか!」

「何がです!? とにかく、美味しいってのは正義なんですから。疲れを癒してくれるし、気分転換にもなるし、何かいい方策が思いつくかもしれませんよ?」

「アンタがそのメニューを出してきた時点で怪しいんだよ……っ!」

 

 吉田とマスターの応酬は絶え間なく続き、それを間近で見ていた新星は不覚にもクスリと笑ってしまった。要するにこの人たちは、そのベクトルは違えども自分や水岡のことを心配してくれているのである。その姿を眺めていると、本当に多少ではあるが気が晴れていった。

 新星は目の前の皿に小さく手を合わせていただきますと言うと、串の一本をつまんでゆっくりと口元に持っていった。三角形の端を噛んでみるとコリコリという小気味良い音がして、柔らかすぎず硬すぎない低カロリーの実が口の中に転がってきた。言うだけあって美味しかった。

 それを見たマスターは嬉しそうになって、おっと声を上げた。

 

「どうです? ナンコツは最高でしょう」


「……私、焼き鳥苦手なんです」


「「「…………」」」

 

 

 気のせいかもしれないが、店内にウグイスの鳴き声が聞こえたような気がした。

 

 

「……でも、このナンコツは美味しいです、本当に」

 

 新星はマスターの顔を見返すと、心の底から微笑んでそう言った。

 ふんわりとした表情で見つめられてマスターは照れたように頭をかくと、再び笑いながら他所を向いて腕を組んだ。本当にサングラスをしている意味が分からないほど、感情が表に出る人間であった。

 

 丁度その時、一同の脇でそれまで料理番組を流し続けていたテレビの中から、急にテロリンテロリンという注意喚起の音声が流れた。地震や洪水などで、緊急速報を流すときに聞こえるアレである。

 と同時に料理番組からパッと映像が切り替わり、一転して背後にテレビ画面が無数に並んだ、テレビ局の内部と思われる場所からの中継が飛び込んできた。バラエティの真っ只中から急転直下、いきなり現実に引き戻されるこのシステムは、何度見ても不安感を増すための舞台装置というイメージしかなかった。

 画面の奥で局員たちが慌ただしく駆け回っている最中、画面手前に座っていた有名な女性アナウンサーが深刻な表情をして原稿を読み上げた。

 

『緊急速報です。えー、先程入ってきた情報によりますと、仙台市若林区にある辰川産業廃棄物処理工場の周辺で、本日正午より行われていました自衛隊による巨大生物の掃討作戦が失敗に終わったということです。繰り返します。仙台市若林区における、自衛隊の巨大生物掃討作戦が失敗しました。これを受けて宮城県知事は先程、巨大生物の進路上にあたる竜ヶ守市などの住民に、緊急避難命令を発令しました』

 

 店内にいた全員の顔色が、さっと青ざめていった。吉田たちとは離れて、一人座敷のテーブルでキムチを頬張っていた八五郎はガタガタと音を立てて立ち上がると、マスターの下へと慌てた様子で駆け寄ってきて言った。

 

「マ、マスター、悪いんだが――」

「いいですいいです、ツケといてあげますから、さっさと家族と合流してください」

「すまねえ、恩に着る!」

 

 一言そう叫ぶと、八五郎は大慌てで扉を開け放ち、脱兎の如く店の外へと飛び出していった。家族を持っている者なりの使命や、責任感といったものなのだろうか。嫁も子供もいない吉田にとってはまだよく分からない感情だったが、少なくとも十五年前、一度は家族を失っている八五郎がもう二度と同じ経験をしたくないと願っていることだけは伝わってきた。

 

「これで来月分のツケは3万円か……来月まで店が残ってればだけど」

 

 マスターが何事かブツブツと呟いていたが、ひとまずは放置することとして、吉田は隣の新星を呼んで立ち上がった。

 

「俺らも行くぞ。学校だとまだ危ないから、橋の向こう側まで逃げたほうがいいかもな……大丈夫か?」

「……あの、水岡さんは」

 

 新星が躊躇いがちに聞き返すと、吉田は返答に詰まってしまった。そう、水岡はまだこの状況を知らされてはいない。もし今現在も、いつものように森の辺りでウロウロしているだけだったとしたら、当然ニュースなども見ていないだろう。

 そのうち町中で逃げ出そうとする人々と出くわすなどして事態に気付くかもしれないが、それであの男が素直に避難しようとするとは思えなかった。少なくとも別れ際のあの態度からは、ワザと町に残って怪獣の襲来を待ったりしそうな予想の方が強かった。

 吉田は一瞬迷ったが、この少女を危険に晒すほうが憂慮すべき事態だろうとその場は判断した。

 

「今はアイツより、ねーちゃんの安全の方が大事だ。死んじまったら元も子もねぇだろ?」

「危ないのは分かってます……それでも行きたいんです!」

「気持ちは分かるがな……」

 

 ガタン。

 

「ひゃっ!?」

 

 突然、背後で小さく何かが落下する音がしたのと同時に、新星が妙な悲鳴を上げてビクッと身をすくませると、恐るおそるといた様子でそちら側を振り向いた。一体何かと思って彼女の頭ごしに店の入り口の方を見てみれば、壁に掛かっていた額縁が丁度入り口の手前の床に落ちているのが吉田にも確認できた。音の源はアレなのだろう。おそらくは八五郎などが何度も強めに扉を開け閉めしているうちに、バランスを崩してしまったに違いない。

 何となしに吉田が新星の表情を窺ってみると、その顔はひどく青ざめ、乱れた息を整えるために胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸をしているところだった。嫌な汗をかいている、と表現するのが正しいのだろうか。その姿はまるで何かに怯えているかのようであった。

 さほど大きな音だったわけではない。なのに、この動揺ぶりである。吉田は嫌な予感がしてならなかったが、冷静にその背中に声を掛けることにした。

 

「大丈夫なのか、本当に?」

「あ、いえ……何でもないんです。本当に何でも」


 とてもそうには見えなかったが、新星はそこで質問への返事を打ち切ると、繰り返し言った。


「とにかく、私は水岡さんを探してきます。そうしなきゃいけないんです」

「いや、でも」

「行かせてください……お願いです!」

「…………分かった」

 

 先程の物音に対する動揺もまだ冷め切らぬ様子なのに、服の裾を掴みながら必死にそう繰り返す新星の態度を見て、吉田は仕方なく言った。ここまで来ると、どうあっても引き下がりそうには無い。それにどの道最初から、吉田個人はこの娘を無理やりに引き止めておくだけの権利は有していないのだ。

 吉田は深くため息をつくと、目の前の少女の顔をしっかりと正面から見て告げた。

 

「なら俺も一緒にいく。手分けして探すんだ。それでいいな」

「………はいっ!」

 

 新星がやたら健気な様子で返事をする。彼女にたった一人で町中を探し回らせるぐらいだったら、いっそのこと自分が一緒に探すことでなるべく早く水岡を呼び戻し、それからさっさと避難してしまう方がいい、というのが吉田の出した結論であった。説得出来ないのであれば、むしろ目的達成の効率を上げるのが得策というものである。

 吉田は新星から目を背けると、片やカウンター内で他人事のようにグラスを磨いていたマスターを見て言った。

 

「アンタもさっさと避難しろよ」

「僕はここに残ります。何があっても、店と運命を共にするのが店主の務めですんで」

「どこの船長だアンタは」

 

* * * * *

 

 竜ヶ守の町はまるで数日前を再現するかのごとく、再び騒乱の最中にあった。あるものは後ろ髪を引かれるかのように何度も何度も自分の家を振り返りながら、またあるものは我が子の手を引きながら全力で、怪獣の襲来から逃れようと走っていた。

 状況が状況ではあるが、ひと昔前の映画のようにリヤカーに家財道具を積み込んで引っ張っていくような人間はこの場にはいない。そんなことをしていたら絶対に助からないと皆が経験的に知っているからだ。

 彼らが目指すのは、町の東南部に見えるかの竜ヶ守遺跡の方角であった。竜宮川が太平洋に注ぐ手前のところで、東西に分かたれた土地を繋ぐようにして架かっている橋を渡っていけば遺跡はもうすぐそこである。

 かつてこの地の人々を守護したとされる神龍を祀った場所であり、更には十五年前にこの地を襲った悪夢の大災害から人々を立ち直らせてくれた場所でもあるその遺跡に、人々が集まっていくのは只の偶然であっただろうか。そんなことは今は誰にも分からなかった。

 ただ彼らはひたすらに、半壊した町から逃げ出そうとしていたのだ。町の北の方からやってくるとされる怪獣が追いつくのが、出来る限り遅くなるように。川の向こう側へと、全力で。

 

 そんな光景の中を只一人、人の流れに逆らってダラダラと歩く警官服姿の男があった。男の顔には大きな傷があり、その暗い表情とも相俟って普段は道行く人々をことごとく萎縮させているのだが、生憎と現在は誰もそんなものに構っている余裕は無かった。皆必死だったのだ。

 誰に見咎められることもなく、水岡は町の北西部へ向かって歩いていった。

 何も見ずとも、誰にも聞かずとも、彼には分かっていた。あの怪獣がまたやってくるのだ。ならばその目の前にこの身を晒そう。自分を責めてくれるように。殺してくれるように。

 きっとそれだけが、水岡を苦しみから解放してくれるであろう唯一の結末であった。

 

* * * * *

 

「…………探したぞ」

 

 背後からその声がしたのは、町の北部にある田園地帯を前にしてすぐのことであった。もう既にその近辺の住民たちは根こそぎ避難してしまっていて、周囲には人っ子一人いない。殺風景な灰色の道路上からは、仙台平野に横たわるだだっ広い水田と、その向こう側になだらかに盛り上がった奥羽山脈の山岳地形とが見える。それら全てを包み込むように頭上を覆いつくす天空の大気は、お前ひとりが苦しんでいようともそんなことは知った話ではない、と言わんばかりに、青くまっさらに晴れ上がっていた。

 広範囲に舞い降りた死に絶えたような静寂の中で、水岡は声のした方向を振り向くと、そちらに立っていた吉田の顔をじっと見つめて黙り込んだ。息を切らし、何かの目的を持って輝いている吉田の目つきは、考えることを諦めてしまったような水岡のそれとは実に対照的であった。

 水岡はフイッと顔を背けると、吉田に背を向けたままいかにもつまらなそうな調子で聞いた。

 

「……何か用かよ」

「新星のねーちゃんが心配して、お前のことを探し回ってる。もうすぐ怪獣が襲ってくるっていう、この状況の中でだ」

「だから?」

「お前は俺と一緒に来てもらう。町の外れの方にある遺跡に、町中みんな避難してるからな。そこでゆっくり、ねーちゃんと話をしてもらうぞ」

「だから、何で俺がそんなことをしなくちゃいけない?」

「……お前はともかく、お前を探してるあの娘まで巻き添えにしたかないんだよ。あの娘はお前のことを、本気で心配してる。自分自身のことを放ったらかしにしてまでな」

「……」

 

 水岡はそれを黙って聞いていたが、やがて冷たく言い放った。

 

「そんなの、俺の知ったことか」

「お前……」

「俺はどうでもいいが、あの女が心配だから戻って来いって? 笑わせんなよ。そんなことして一体俺に何の得があるっていうんだ。死のうが生きようが、人の自由だろ。勝手に巻き込まれてきて、勝手な恩振りかざしてんじゃねえ」

 

 すると次の瞬間、吉田が水岡のシャツを掴まえて強引に引っ張り上げると、そのままガッと音を立てて相手の頬に拳を見舞った。思いもかけない攻撃に、水岡は抵抗する間もなく吹っ飛んで、ゴロゴロと地面を転がっていった。

 やがて身動きを止めた水岡に対し、吉田は先程とは全く違う理由でもって息を切らしながら、身を震わせて一発大きな怒声を放った。

 

「……テメェ、いい加減にしろ!」

「この、野郎!!」

 

 流石にただいまの一撃は水岡も頭にきたのか、転がった先で立ち上がったかと思うと、咄嗟に両手を前に突き出して掴みかかってきた。その勢いに押されて吉田も転倒し、水岡とともに地面を転がっては、自分の上に馬乗りになってきた水岡に思い切り殴りつけられる。

 だがしかし、吉田は怯むことなく水岡の両腕を捕らえると、真横に向かって力任せに放り出し、今度は自分が彼の上に馬乗りになって、その胸倉を掴んで自分の方にグイッと引き寄せた。

 

「いいか、テメェがヤケになって死ぬのは勝手だ! だがな、他人まで巻き込んでんじゃねぇぞ! ちったあ、テメェのことを心配してる奴らの気持ちも考えやがれ!」

「うるせぇ余計なお世話だ! 大体、誰も心配しろなんて頼んでねーだろが!」

「ああそうだとも、こっちが勝手に心配してんだよ。悪いかこの野郎!」

「何で開き直ってんだよ!?」

 

 水岡だけでなく吉田も、感情的になるあまり、会話の理屈が無茶苦茶になってきている様子であった。

 水岡は吉田から視線を逸らすと唇を噛み、心の底から悔しげに呟いた。

 

「お前らなんかに……俺の気持ちの何が分かるっていうんだよ……!」

「分かるさ。事情は全部、新星のねーちゃんから教えてもらった。お前は……俺と同じだ!」

「なに……?」

 

 唐突に吉田が口にしたその言葉に、水岡は嫌味でも何でもなしに、初めてただ純粋に吉田のことを知りたいと思った。自分と同じ、とは一体どういう意味なのか。

 吉田は一瞬だけ躊躇っていたが、迷っている暇もないと悟ったのか、言葉を選ばずにひとつひとつ、ハッキリと説明をし始めた。


 

「……十五年前、地震と津波で家をなくした俺は、東京の高校に通うようになった。転校してきた俺を、クラスメイトの連中は気軽に受け入れてくれた。あの頃はあちこちで差別が起こってるって聞いてたから、俺は本当に安心して仲間に入れたんだ」

「……」

「でもな……クラスの中で一人だけ、俺とは仲の悪い奴がいたんだ。そいつは別に、性格が悪いとかじゃない。ただ単に、俺とはウマが合わなかったってだけなんだよ。それなのに……」

 

 吉田はそこで言葉を区切ると、ギリギリと悔しそうに歯噛みをしてから後を続けた。

 

「……それだけなのに、気付いたときにはそいつがイジメの標的になってた。クラス中から避けられて、延々と陰口を叩かれ続けるその理由が分かるか? “被災者の子と仲良くしないなんて最低な奴だ”、“アイツは差別主義者だ”ってそう言われてたんだ」

「……!」

「それを知って俺はすぐにやめてくれって言った。そんなことは誰も頼んでないんだって。だけど結局そいつは卒業までずっと嫌がらせを受け続けた。俺と大して仲が良い訳でもない連中に、俺のことを口実にされながらだ!」



「……だから、」

 

 吉田の話に圧倒されていた水岡は、ようやくといった感じで口を開いた。

 

「だから何だってんだ。お前の苦しみは俺に比べれば軽いって、そう言いたいのか!?」

「そうじゃねぇ!他人に利用される苦しみや辛さは、俺にもよく分かるってんだよ!」

「お前……!?」


 水岡は吉田のその言葉に驚きを隠せなかった。まさか、新星は事の真相まで知っているというのだろうか。一体何故?

 交互に怒鳴りあってから、水岡と吉田はそれぞれ肩で息をしながら、しばらくの間にらみ合ったまま動かなかった。人々がいなくなって久しい町外れの路上に、再び当初の静けさが舞い戻ってくる。

 ところがその静寂も、またすぐに打ち破られることとなった。突如、キーンという甲高い叫び声とともに、どこか遠くの方から重いものを地面に叩きつけるような音が、断続的に響いてきたのである。

 二人が顔を上げて見てみれば、なんと田園地帯の向こう側に、こちらへ向けてゆっくりと歩行を続けるデスジラスの巨体が出現していた。ここからでは遠くてよく分からないが、少々外見も変化している様子である。自衛隊の包囲網を突破した後、本当にこの町へと向かってきていたのだ。水岡と吉田のいるこの場所にたどり着くまでに、目測であと数百メートルぐらいしかない。

 吉田はそれを見てチッと舌打ちをすると、水岡の胸倉を掴んでいた手を離し、その身体を解放した。そして町の方を振り返ってから、もう一度水岡に向かって言う。

 

「俺は今から、新星のねーちゃんを探しに行く。こんな危険なところをうろつかせられないからな。もしお前の気が変わったら、町に戻って、遺跡のあるところまで来い。そこで待ってるからな」

「……」


「あの娘は本当にいい子だよ……自分もまだ立ち直れてないってのに、他人の心配なんて」

 

 呟いて、そのまま立ち去ろうとしてから、吉田は思い出したように一言付け加えた。


「もし万が一、お前を助けようとしてあの娘が死ぬようなことがあったら……その時は俺がお前を殺すぞ!」

 

 それは冗談などではなく、下手をすれば本当にやりかねないような凄みを含んだ声だった。

 吉田はそこまで言うとサッと踵を返して、大急ぎで町の中へと駆け戻っていった。

 水岡はその背中を、地面に転がったまま黙って見つめていることしか出来なかった。頭の中がごちゃごちゃしてしまって、どうすればいいか分からなかった。

 だが考えている暇など無い。

 水岡を急きたてるかのように、水田の遥か彼方から怪獣の巨大な叫び声が聞こえてきた。



(第十九話へ続く)


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