第十六話 疑惑
『――次のニュースです。昨日から今日にかけ、宮城県竜ヶ守市などで巨大生物が多数出現し、人や建物に大規模な被害が出ている問題で、政府は今日19時過ぎ、『有害鳥獣の駆除』を目的とした陸上自衛隊の災害派遣を決定しました。これは現在も、仙台市南部にある辰川産業廃棄物処理工場に潜伏中の巨大生物を撃退することを目的としたもので、自衛隊は明日の午前中にも重火器を用いた攻撃によって、巨大生物の駆除を行うということです』
* * * * *
「有害鳥獣って……いくらなんでも無理があるだろ。バラバラになっても生きてて、また動き出すようなクマとかイノシシがいると思うか、普通?」
「命令してるのは政治家ですもん。ガラクタの集合して出来た怪獣なんつったって、理解できる訳がないですよ。法的な根拠も必要でしょうしね」
吉田とマスターは朝から『竜神』のカウンターに二人きりで、そんな談義を繰り広げていた。
輸送途中で復活したデスジラスが暴れだし、竜ヶ守から北に少し離れた竜宮川の近くで工場を破壊したのがつい昨日のことである。デスジラスはそれ以来、工場の建屋内に閉じこもって姿を見せていなかった。
尤もこの間に敵の動きがなかったことで、自衛隊や警察が得体の知れない相手に対して備えるだけの余裕が出来たことも事実であった。その結果が、たった今吉田とマスターの会話にも登場した“自衛隊、戦闘許可”の報である。
昨晩は大体何処のテレビ局でも、夜の9時ごろになると同じ内容の報道がなされていた。
とはいえ吉田が突っ込んでいたように、その法的位置づけはあくまでも『害獣駆除のための火器使用』だ。手足をもがれても再生する、統一性のないガラクタの集合体という実体を知る吉田たちからしてみれば、猟銃で撃たれて死ぬようなイノシシ風情と同列に扱われるというのがやや腑に落ちなかったのである。
これが例えばもし、イグアナの変異体でマグロが主食だったりするならば理解できる。比較的普通の生物と呼べる部類に入るし、多分ミサイルの五、六発でも打ち込めば簡単に倒せるような予感さえしただろう。
だがデスジラスは、既にそれどころではおさまらないような異能を披露しているのである。有害鳥獣云々などと言われても、実物を目撃した身からは違和感しか湧かなかった。
伝聞による二次的情報しか知らないその他大勢の市民に理解させるためとはいえ、『怪獣』ではなく『害獣』として処理しなければならないとは、シャレにもなっていなかった。おそらくはそれに加えて、『戦闘』とか『実力行使』といった単語を使いたくない政府の意向もあるのだろうと思うと、実に涙ぐましい努力だと言わざるを得なかった。
「……ま、倒してくれるってんなら、何だって良いんだけどさ」
「ですね」
そんないやりとりを続けている間にも、自衛隊の攻撃はあと数時間以内というところまで迫っていた。ニュース通りなら午前中には攻撃開始なのだから、長く見積もってもあと二時間弱である。
吉田はカウンターに肘をつくと、背後にある座敷のほうを見回した。
今日は月曜日。たとえ平日の朝であってもこの店には大体客がいるが、その日ばかりは珍しいことに他の客の姿が見当たらなかった。町が襲われた翌日にさえ人がいたというのに、この店の客たちは一体どういう基準で来店を決めているのかサッパリ分からなかった。
窓から見える夏の空は、先日から殆んど変わる様子のない一面真っ青な大気の海であった。あんなものを見ていると平和の象徴か何かのように錯覚してしまいそうになるが、昨日も一昨日も、デスジラスの上陸や復活に関係していると思われる隕石の落下は、同じ雲ひとつない青空の下で起こったのである。
そういった事例を挙げるにつけ吉田にはどうも、この日本には一世紀近くも昔から、青空の日に限って天空から災いが降ってくるジンクスがあるように思えてならなかった。
そのときガラガラと戸を開ける音がして、汗を拭いながら心底参ったような顔で八五郎が来店した。八五郎は吉田との挨拶もそこそこにマスターの差し出した一杯の水を受け取ると、あっという間に飲み干してしまってから、どっこいしょと呟いて座敷の片隅に腰掛けた。
人のことを言えた義理ではないにせよ、その行動には多分にオヤジ臭が漂っている。
「いやー、参った参った。昨日の夜に自衛隊の番号調べて電話してみたらよ、怪獣に関するもんはいま立て込んでるところだから、今度もう一回電話してみてくれってよ」
「……そうかい」
それは体よくあしらわれただけなのではないだろうかと勘ぐってしまう吉田であった。くどいようだが、デスジラスが実際はガラクタの集合体で、その中に昔流された父親の漁船が組み込まれていたなどという説明は、正直言ってかなり荒唐無稽である。
自衛隊員でも、実物を間近で観察したりした人間ならいざ知らず、広報担当の隊員ではそんな話をされたところで全く意味が分からないのではないかと思った。
一方マスターは、新しい皿の上に具が白く三角形をした焼き鳥をのせると八五郎に差し出して、
「ナンコツ――」
「だから食わせようとすんなっつーの」
「お、サンキュー」
「食うのかよ!」
こんなやり取りをしている場合なのかは、甚だ疑問である。
ところで八五郎はというと、焼き鳥の串を咥えながら突然、思い出したようになって自分が手にしていた一部の雑誌をパラパラとめくると、吉田らの前に差し出して言った。
「それはそうと、ヨッちゃんにマスター、これちょっと見てくれるか」
八五郎が持ってきていたのは、表紙のタイトルと写真がいかにも三流紙らしい、吉田もよく知る名前の週刊誌であった。吉田は言われるがままにそれを受け取ってなおも怪訝な顔をしていたが、八五郎は渡すときに開いたページを指差すと早速説明を開始した。
「うちのカミさんが昨日捨てようとしてた、少し前の週刊誌なんだけどさ。ほら、この記事」
吉田がそのページに目を落としてみると、まず第一に目に入ったのは極太の書体で印刷された記事のタイトルであった。
それを読んだ直後、少しの間があって吉田の全身を驚愕の電流が流れていき、吉田は慌てて雑誌を顔に近づけると、その内容を熱心に読みふけった。吉田の脳内に、それまで目撃してきた光景の数々が無数に甦ってくる。
八五郎は、少し躊躇いがちに二人に同意を求めてきた。
「おいおい、こりゃあ……」
「それって多分、“アイツ”のことだよな?」
「ああ、だろうな。この記事が書かれた時期から見ても、他の誰かだとは思えねぇ」
吉田が困惑していると、後ろからマスターも一緒になってその記事を覗き込んできた。二人の影が重なって暗くて読みにくいだろうと思い、吉田はマスターにも読みやすい位置に雑誌を移動させてやる。
と、八五郎も含めた三人の元へと再び戸の開けられる音が聞こえてきて、一斉にそちらを振り向いてみると、そこには最大のキーパーソンたる新星本人が立っていた。暑い中を、この店まで歩いてきたらしいのは吉田や八五郎と一緒であるが、流れる汗を清潔なハンカチを取り出しては丁寧に拭ったりしているあたり、他の連中とは違ってきちんと女性らしさが滲み出ている。
ようやく到着した途端、先んじて店内にいた三人の男から同時に意味深な視線を浴びせられた新星は、ひどく戸惑った様子だった。
「あの……どうかしたんですか?」
吉田はそう言われて、まだ自分の手に持っていた件の週刊誌を一同で読んでいたそのページが一番上にくるよう急ぎ乱暴に折り曲げると、新星に面と向かって見せて訊ねた。
「なぁ、この記事って本当にアイツが?」
そのページに掲載された記事のタイトルは、こう読めた。
『《警察署員の怠慢! 彼らは当日何をしていたのか
心と顔に傷を負った警官Mによる告発を独占掲載。
~“仙台市ストーカー傷害事件”に見る警察組織の闇~》』
それを見るやいなや、新星の顔が見る見るうちに青ざめていった。
その記事の題名自体は一見すると何の変哲もない、ごくありがちなスキャンダル記事のようにも思える。だがその内容はというと、読んでみれば実際には事件とは全く何の関わりも無いようなものであった。
具体的には、『事件』への対応について明らかにする名目で始まったはずの記事ながら、文章の中盤に差し掛かる頃にはほぼ完全にその内容が『署員間のトラブル』『とある事件での別件逮捕疑惑』『前署長の天下り先』などの告発に変化していたのである。それも、信ずるに足りる根拠は殆んど提示されていない。“噂話”のレベルでしかないのだ。
つまるところ、この記事の本質は題名とは殆んど何の関係もない、極めて低質な『権力批判』や『警察批判』を目的としたものなのである。
しかも問題なのは、ここで告発を行ったとされる“警官M”である。事件について知る者からすれば、それに該当する人物はたった一人しか有り得ないのだ。
吉田は数日前に水岡が言った言葉を思い出していた。「週刊誌によろしく言っとけ」と。
すると新星は必死に首を振って、否定の意を示そうとした。
「違うの……違うんです! これは水岡さんの所為じゃ――」
「残念ながら違ってねぇよ?」
突然、皮肉っぽい口調でそう言うのが聞こえてきた。その場にいた全員が咄嗟に入り口の方を見ると、そこにはいつの間にか水岡が嘲るような笑みを浮かべながら立っていた。
新星は思わず、ショックを受けたような表情になって水岡に向かって呟いた。
「水岡さん……」
「中々面白い記事だろ。内幕を知ってる奴にしか出来ない、最高の暴露話だ」
「お前、何を……!」
「だっておかしな話だろ。警察がもっと警備をしっかりやるなりしてれば、俺のツラだってこんな風にならなくて済んだかもしれないんだ。事件の対応が俺一人だったのにも問題がある。だったら報いを受けてもらわなきゃ、割に合わないだろ?」
「――もうやめて、水岡さん!」
新星がいきなりそう叫んだので、吉田も八五郎も少々驚いた。だがしかし、水岡は卑屈な笑みを崩そうともせずに続けた。
「なんでだ? 俺が何か悪いことしたか? あ?」
「水岡お前……いくら悔しかったからって、こんなやり方することねぇだろ。警察に仕返しさえ出来ればそれで満足なのかよ」
「ああ、最高に満足だね。ざまぁみろってんだ!」
「…………ウソくせ」
それまでずっと会話に参加してこなかったマスターが、何の前振りもなくそんなことを呟いた。
店内にいた全員が、思わぬ発言にびっくりしてカウンター内へと目をやる。そこにいるマスターは先ほどから変わらず皿やグラスを綺麗にし続けていて一遍も吉田たちの方を見はしなかったが、その口調は普段の遠慮がちな感じとは全然異なっていた。
しばらく呆気に取られていた一同であったが、やがて水岡が苛立ったようにその口を開いた。
「……んだと?」
「水岡さん、無理して悪ぶってるみたいですけど、正直全然似合ってないですよ」
「……るっせぇな、テメエに一体何が分かるってんだ!?」
「分かりますよ。酔っ払ってる最中に愚痴聞いてるのは、一体誰だと思ってるんです?」
急に自信満々に、しかし淡々とした口調で語るマスターに、普段の気弱な様子は微塵も見られなかった。吉田や八五郎がその意味でも驚いて言葉を失っていると、何故か一転して悔しそうに歯軋りしていた水岡は唐突に店の引き戸を蹴り飛ばし、大声で言った。
「ああそうかい……だったらもう来ねぇよ、こんな店!」
それだけ言うと、水岡は入り口の前から姿を消してしまった。
新星は慌てて追いかけようとしたが不意に足が止まってしまい、そのまま声にならない声を上げて、再びショックを受けたようになってよろめいた。思わず傍に駆け寄った吉田が、その体を倒れないように支えてやる。
「おい、大丈夫か?」
「……はい、すみません。ちょっと眩暈がしただけです」
「ったくあの野郎、何考えてやがるんだ」
「水岡さんを責めないであげてください。あの人が悪いんじゃないんです」
「どういうこったよ?」
「それは……」
「あの、」
その時、気まずそうな声がして、マスターがカウンターの中から身を乗り出してきた。その態度は再び、普段の自信なさげなものへと戻っている。マスターは言った。
「こんな時になんですけど、入り口のところ、壊れたりしてませんよね?」
「……あんたは、自信あんのか無いのかハッキリしろよ」
八五郎が思わずツッコミを入れたりしている。
やはり、本質的にはあまり変わっていないようであった。
(第十七話へ続く)




