第十四話 復活
宇宙ゴミがひしめく無尽の漆黒の空間に、“それ”は浮かんでいた。いくつもの円筒とリングを複合的に組み合わせたような形状を持つ、正体不明の巨大建造物だ。その鈍い銀色をした外観は、まるで内側から爆発でも起こったかのように破損している。
遠目から見るとカメレオンのように周囲の風景に溶け込んでその全貌を捉えることは不可能だが、接近していって見渡してみれば、その実に大きなことが分かる。
ボロボロになった建造物の外壁。その一角に空いた穴から、黒服を着た謎の男が姿を見せていた。
「フン……使えないやつめ」
“彼”はその近傍に見える青き水の星を眺めながら、ひとりで吐き捨てるように呟いた。眼前にかざした手のひらでその星を握りつぶしながら、突然フッと不敵に笑う。
「まぁいいか……どの道、悪いのは全てあの男なんだからな」
そう言って“彼”が地球に向けた手のひらを開くと、そこから今度は赤色の、金属光沢を持った球体が浮き出てきた。やがてソフトボール大まで成長した球体は弾かれたように“彼”の手の中から飛び出すと、例によって小刻みに明滅を繰り返しながら地球目掛けて飛び去っていった。
一連の動作を終えると“彼”は、さも愉快そうに笑いこけた。
「逃げられると思うなよクズが……卑劣な裏切り者には、正義の鉄槌を!!」
* * * * *
7月14日(日) 12:00 竜ヶ守市立第二中学校 校庭
蒸し暑い夏の正午。雲ひとつない澄みきった青空の下で迷彩服を着込んだ二十人以上の屈強な男たちが、全部で十台もある73式大型トラックの前に整列していた。陸上自衛隊・第309輸送中隊の面々である。
背後に並ぶトラックの荷台に分散して積載されているのは、放射能測定などから『デスジラスの死骸』として回収された大量のガラクタ類であり、その総重量は45トンもあった。
学校に集まっていた避難者たちは校庭に出てきて、興味津々な様子で自衛隊員たちのやりとりを眺めている。
かねてから憲法問題などでうるさく言われる自衛隊だったが、大多数の市民からすれば彼らは“ありがたい救援者たち”であった。そのキビキビした姿に惚れる子供は勿論大人にとっても、怪獣以外では真っ先に現地に駆けつけてくれる集団だったからだ。
少なくとも被災地のど真ん中にいた彼らからすれば今も昔も、その存在のよしあしを議論していられるほど悠長ではなかったということであろう。
居並ぶ自衛隊員たちの前に出て話をしているのは、大河原義久1等陸佐だった。彫りが深く、浅黒く日焼けした精悍な顔立ちの指揮官は、重要任務に就く隊員たちに丁度激励を与え終えたところだった。
「―――では道中、何事もないことを。風桐3佐、あとは頼みます」
「了解……全員乗車ー!」
直属の上官から号令を受けた輸送隊の面々は掛け声を返すとともにさっと身を翻し、ほぼ二人ずつで組むと背後に並んだトラックの座席に次々乗り込んでいった。最後に残った風桐3佐は、部下とともにトラックの脇に停めてあった73式小型車に搭乗する。
大河原がそれまで立っていた場所からゆっくり離れると同時に駆けつけてきた隊員が合図灯を振ってトラックを誘導し、やがて風桐3佐の乗ったパジェロを先頭に、一団は中学校の校門から一斉に発進していった。
目指すは輸送中隊が故郷・霞目駐屯地だ。
次々と出発していく車両の列を遠目に見守りながら、大河原は傍にいた伊野純二1等陸曹と目を合わせ、どちらからともなく無言で頷きあった。
あとは彼らに任せるしかない。
何事も起こらないことを、祈るほかなかった。
* * * * *
竜ヶ守の町を発ってから二十分ほどが経過していた。
霞目駐屯地までの実質的な移動距離は15キロほど。運んでいるモノがモノであるため、移動速度は安全を考えて比較的ゆっくりめなのだが、それでもあと十分もすれば目的地に到着する。
迷彩色に包まれたパジェロとカーゴの車列は今現在、だだっ広い田園地帯を通過中だった。既に仙台市の郊外に入っていて、あと数分たらずで高層ビルが林立する市街の中心部に入る。
車列の先頭を行くパジェロの助手席に座った風桐は、窓から吹き込む風を味わいつつフロントガラス越しに周囲に広がるのどかな風景を眺めていた。今にして思えば、よくここまで元に戻ったものである。
出来ればこの風景は、もう二度と破壊させたくはなかった。
不意に、隣で車を運転していた部下が、ハンドルを握って前を見たまま口を開いた。
「隊長、我々の運んでいるデスジラスとかいう怪獣……まさかとは思いますが本当に復活したりしませんよね?」
「どうだかなぁ。あの伊野一曹が、当てずっぽうでものを言うとも思えないしな」
それは風桐の印象にすぎなかったが、それでもある種確信に近いものを感じていた。すると隣の部下は意外そうに言った。
「隊長は随分と、伊野一曹のことを信用しておられますね」
「常に冷静な人間ってのは信用に足りるからな。お前、上官が釘付けになってる映像を停めてまで黙々と議事進行する奴なんて、想像したことないだろ?」
「はぁ……それは確かに」
普通の人間なら、ああいった状況ではたとえ非効率的であっても上官に対する遠慮や引け目といった感情が先行して、映像を中断させるという冷静な判断はしにくかっただろう。理屈では分かっていてもいざその場にいると実行できないのが、大抵の人間というものである。
ところが伊野という人間は平然とそれをやってしまう。十歳ほど年下とはいえ淡々と目的のみ見据えるタイプというのは、やや優柔不断な風桐にとっては尊敬する対象だった。
「とにかく我々の仕事は、こいつを安全に基地まで運ぶことだ。彼の意見が正しいかどうか、調べれば分かるかもしれないしな」
風桐は再び、目の前の道路に視線を戻した。もう市街地は目と鼻の先だった。
そのとき突然、車の外でボスッという巨大な音がしたかと思うとすぐ後ろに続いていたトラックが急に減速していった。甲高いブレーキ音が断続的に響き、さらに後続の残りのトラックも立て続けに急停止していく。
不審に思った風桐は部下に命じ、自分たちの乗っていた小型車も慌てて停止させた。あっという間に田畑に囲まれた道のど真ん中で、自衛隊の車両十二台が玉突き寸前の状態で立ち止まる。一歩間違えれば大惨事であった。
風桐はすぐさまドアを開け放って車道に降り、最初に止まろうとした後尾のトラックの元に駆けつけた。幸い搭乗者はどちらも無事だったようで、運転手も助手席の隊員も二人ともトラックから降りてきて、荷台を見上げて指差しながら何か騒いでいた。
見れば、緑色の布で覆われた荷台の上からは微かに黒煙が立ち昇っていた。風桐は自分の目を疑ったが、慌ててその場にいた部下たちに訊ねようとした。
「おい、何があった?」
「風桐さん! よく分からないんですが……急に荷台に衝撃がきて」
すると、そのすぐ後ろを走っていた別のトラックから隊員が更に一人降りてきて、風桐らの下へとやってきて乗員たちの安否を気遣った後、堰切ったように証言を開始した。
「隊長、自分はこの目でハッキリ見ました。何かは分かりませんが、確かに空から真っ赤なものが降ってきて、こいつの荷台に突っ込んだんです」
「空から降ってきた……?」
風桐は怪訝な顔をして、急停止したトラックの荷台を見上げた。何が落ちてきたのかは不明だが、煙を上げる荷台の内側では厚手の布越しに、赤い光がゆるやかに明滅を繰り返しているのが分かった。もしかすると積載物に可燃性の物体が含まれていたのかもしれず、だとすれば一大事だった。
風桐がすぐさま消火作業の指示を出そうとしたそのとき、彼らの目の前で突如として、その荷台から黒煙を上げ続けるトラックの車体全体がガタガタと大きく揺れ動き始めた。
一瞬地震かと思ったが、そうではなかった。このトラックのみが激しく振動しているのだ。まるで荷台の中で何かが暴れているかのように。
呆然と立ち尽くす一同の前で、やがて荷台に張られた布を乱暴に引き裂きながら、図鑑で見る肉食恐竜のような外観をした巨大な怪物がその姿を現した。
その体長は推定5メートルほど。胸部には布越しにも見えた赤い光を放つ球体のようなものが一瞬見えたが、蠢く周囲のガラクタに覆われ、瞬く間にその体内に飲み込まれていった。映像で見たものよりも遥かに小さく形状も不安定だったが、報告会にて伊野の警告を受けていた風桐には既にたったひとつの可能性しか思い当たらなくなっていた。
すなわち、デスジラス復活。
騒ぎを聞きつけて次々とトラックから降りてきたほかの隊員たちも、衝撃的な光景を目の当たりにして一瞬唖然としていたが、唐突にデスジラスの発した金属をすり合わせるような耳障りな叫び声を浴び、全員思わず耳を覆って怯んでしまっていた。
やがてデスジラスはトラックの荷台から抜け出そうと暴れ始めた。その様子を見てほぼ全員が我に返ると同時に、件のトラックから少しずつ距離をとって後退しはじめた。
決して臆病だからではない。あくまで輸送が任務であったこの部隊は、現在火器を一切所持していないのだ。戦う手段もなしに突っ込むなど出来ない。
パニック寸前の部下たちの様子を見て、風桐は急いで自分が乗っていた先頭のパジェロの元に駆け戻って無線通信機を引っ張り出すと、そのままデスジラスの方を振り返りもせずに即座にスイッチを入れ、マイクに向かって叫びだした。
「こちら風桐3佐、輸送中隊より緊急連絡! デスジラスが活動再開、原因不明! 繰り返す、デスジラスが活動を―――」
「隊長、危ない!!」
その声を聞いて風桐が後ろを振り返ると、数メートル離れた位置にあったハズのカーゴトラックの車体がいつの間にか目と鼻の先にあった。フロント部を基点にして7メートルもある車体が引っくり返り、風桐目掛けて倒れこもうとしていた。
風桐が咄嗟に跳躍して隣接する畑に飛び込んだ直後、パジェロの小さな車体の上に、倍近い大きさを持ったトラックの車体が落ちてきて押し潰し、無数のパーツを路上に飛び散らせた。
(第十五話へ続く)




