第十一話 遭遇
「・・・・・・で、アンタは今夜はどうするんだ?」
強く、しかし柔らかいLED照明の白い光に照らされながら、吉田はカウンターの向かい側に立つマスターに話しかけていた。ここは『竜神』の店内だ。
流石にあんなことがあった後なので、吉田を除いて店に客は誰もいなかった。現在の時刻は20時05分、夜の8時である。普段であればこの時間帯は、一日を終えかけた男たちの暑苦しい喚声や、彼らの注文する焼き鳥の香ばしい匂いで溢れかえっている。土日祝日といえども、平日と大体似たようなものだ。
ところがその晩は、店主であるマスターを除いては誰一人としてそこにいない。まぁ、町が怪獣に襲撃された挙句に放射能まで見つかったのだから無理もないが、それにしても普段が賑やかな分、こうなってしまうと妙に物寂しかった。
吉田は、一切構わずに黙々とコップを磨き続ける目の前のグラサン男を、感心半分、呆れ半分でじぃっと見つめていた。マスターはというと、カウンターに肘をついて自分の方を見ている吉田をチラッと盗み見てから、
「・・・・・・吉田さん、一応、ボクにそういう趣味はないんですが?」
「黙れ馬鹿野郎」
こんな状況で何を下らないボケをかましてるのか、といった具合で吉田が即答する。なお念のために確認しておくが、マスターの方が年上である。
「どうせ今日はもう客来ねぇだろ。避難しようぜ、避難」
「いやぁ、そうとも限りませんよ。こういうときだからこそ、酒に溺れたいって人がいるかもしれませんし」
「いや、溺れたらマズイだろ」
一応、店の様子を確認する目的で夜になってから再び『竜神』にやってきた吉田だったが、どうやら店主は意地でも店を閉めるつもりはないらしい。こんなときに店を開けていても誰も来ないと思うのだが。
「とにかく、ウチは24時間365日営業ですから」
「コンビニかよ」
どうやって実行するのか非常に気になるところだ。
* * * * *
その夜、竜ヶ守の市街地は非常に閑散としていた。片田舎とはいえ、道を歩けばそこら中に書店やら雀荘やら、少ないがコンビニだってある。夜の八時を回ったばかりのこのぐらいの時間帯なら、まだそういった場所に出入りする人たちが路上をウロウロしていても良いはずである。
が、怪獣襲来で住居やその周辺を破壊された住民は勿論のこと、放射能の広がり具合が分からず心配だと言う者、ご近所があらかた避難してしまって心細いという者など主に『不安』を理由にした余剰避難者が多数発生していた。
そして、町のそこらに店を構える人々も、客が来なければ開けておく意味もないという具合に次々と店じまいをしてしまい、結果的に竜ヶ守町二丁目を中心とする半径1.5キロ圏内の住民が殆んど完全に姿を消してしまっていた。尤もそのうち、実際に破壊されたりした面積は全体の半分程度であるのだが。
ところで、そんな海沿いの人気が無くなってひっそりと静まり返った町中を、周囲を見回しながらたった一人で躊躇いがちに歩いている女性がいた。ほかでもない新星理恵である。
「・・・・・・ここも、閉まってるんだ・・・・・・」
新星は、立ち止まった目の前にある二階建ての小さな民宿を見上げて、微かに溜息をついた。それからまた道を歩き始める。もう4軒目であった。
実のところ、新星はその日は元々町で宿泊する予定であった。小さな町とはいえ、探している相手―――水岡がすぐに見つかるとは限らない。もしかすると何日もかかる可能性もあった。
幸い竜ヶ守には”遺跡”目当ての観光客が多く訪れるために、復興途上の段階から町のいたる所に民宿やミニホテルが建っているということを、新星は事前に調べて知っていた。だから一日で見つからなかったときは、そういった宿に何日か滞在して過ごすことも考えていたのである。実際彼女の財布には今現在、最安値の民宿なら一週間以上も滞在できる額が入っていた。
―――が、彼女を待っていたのは怪獣襲来という予想だにしない、というか予想できるわけのない異常事態。もうこの時点で、水岡と遭遇したこと以外は、彼女の当初の計画は完璧に頓挫していた。数日分の宿泊費があっても意味はない。そもそも宿自体がどこへ行っても開いていないのだから。
ただいま新星のいる『竜ヶ守町』は『竜ヶ守市』の4分の1程度に相当する広さだが、その半分以上が実質ゴーストタウンと化していたのだ。この分では、歩いて回れる範囲に停まれる場所はないと考えるべきだった。
困り果てながらも、それでも新星は、何処かに宿泊可能な施設がないかどうかを探し続けた。流石に野宿するわけにはいかない。今思えば、一度ぐらい避難所の位置を確認してから水岡の捜索を再開すればよかった。必死になっていた所為ですっかり忘れていたのだった。
今からでも、近くを自衛隊の車輌が通ったりしないものか・・・・・・そんなことを考え出した矢先のことであった。
「・・・・・・あー、そこの大学生っぽいねーちゃん」
後ろで突然声がして、新星は咄嗟に後ろを振り返った。どういう訳かその動きには妙な素早さがあった。それを見て話しかけた張本人は、うおっ?という顔で新星のことを見つめている。それは『竜神』を出て避難所に向かう真っ最中の吉田であった。竜ヶ丘のふもとを通る抜け道は警察と自衛隊が封鎖してしまったので、海岸沿いを通って大きく迂回する道をとっているのだ。
新星は、自分に声をかけたのがよく日焼けしたゴツい体格の男で、背後から2メートル以上も離れていることが分かると、何故か急にホッとした様な顔をした。なんだかよく分からなかったので、吉田の次の台詞は少々遠慮がちであった。
「えと、まさかとは思うけど、泊まるところ探してる?」
新星は無言で首を縦に振った。その必死そうな仕草が吉田にはまたよく分からなかったが、とりあえず嘘をついている雰囲気ではないので一安心した。
「そうか、そうならいいんだけどね。ほら、こういうとき、ドサクサに紛れて町のもの盗んでく奴とかいるからさ」
そういう話なら新星も聞いたことがある。所謂”火事場泥棒”というやつだ。15年前の震災でもしばし出没したらしいが、そういう卑劣な人間も残念ながら世の中にはいる。
「あぁ、たぶん何処もあいてないと思うからさ、もしよかったら避難所まで案内しようか? すぐそこの中学校だけど」
吉田は何でもないことのようにそう言ってのけた。え、と新星は一瞬思考が停止した。彼女の中でこの申し出を受けるか受けないか、というよりも吉田を信用すべきか否かといった問いがぐるぐると駆け巡りだす。
昼間の農夫たちの反応から見ても、ここの住民は田舎独特の馴れ馴れしさというか人の良さをもっていることは分かる。目の前の人物は、どちらかといえば腹蔵のあるタイプでは無さそうだ。よって普通に考えれば、ここで彼の申し出を受けて避難所まで連れて行ってもらうのが無難であろう。
が・・・・・新星の場合”とある事情”のために、その判断が非常に出しづらい状態にあった。目の前の相手を信用すべきか否か。たった一つの答えを導き出すのに頭から白煙が上がりそうなほど考え込んでいるので、それを見ている吉田の方が困惑している様子であった。
そして1分近くも考え込んだのち、
「あ・・・・・・あの、えと、結構です。場所だけ教えてください・・・・・・」
おずおずとそんな解答を導き出したのだった。しかしそれを見ても、吉田は特に気分を害した様子もなく、ただキョトンとしているだけであった。
「そう? ま、すぐそこだから必要もないんだけどね。ええと、ここの道をまっすぐ行ってだな、五番目の交差点に出たら左に、」
その時不意に、二人の傍をやわらかい潮風が通り過ぎていった。その風は、吉田の説明を聞いている新星の傍の、裏路地にも吹き込んでいる。そのため、そこに辛うじて立てかけてあった竹箒がついにその支えを失って、すぐ隣のゴミ箱に向かって倒れ込む。固いもの同士がぶつかれば当然音が立つわけで、その途端に、
カタンッ。
「きゃあああっ!?」
いきなり新星が悲鳴を上げて、ビクッと身をすくめた。そしてその悲鳴に不意を突かれた吉田も、突然の出来事に驚いて飛び上がる。一体何事かと思った。
新星は自分の背後を確認してから、慌てて吉田の方に駆け寄ってきた。目を白黒させる吉田に向かって、新星は喉の奥から声を絞り出して言った。
「あの・・・・・・・・・その・・・・・・・・・やっぱり、一緒に案内してください」
今にも消え入りそうな声でそれだけ言うと、新星は恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。吉田は何が起きているのかさっぱり理解できなかったが、それならそれでと、新星を案内して中学校への道を歩き始めた。そこから先は、実に言葉数の少ない道案内であった。
* * * * *
ほぼ同じころ、竜ヶ守市立第二中学校の校庭。
闇に溶け込むような暗い迷彩色のテントから厳しい顔つきをした無骨な自衛隊員が一人、出入り口を通って外に姿を現した。するとすぐ傍に立っていた警備担当の隊員が、さっと背筋を伸ばして敬礼を送る。してその人物は、数時間前に着任したばかりの竜ヶ守災害派遣部隊統合指揮官、大河原義久1等陸佐であった。
大河原は指揮官用に充てられた横長のテントの前をすたすたと横切っていくと、丁度校庭の端に設置された、同じ業務用大型テントの裏側に回っていった。
テントの裏側には全長7メートルほどの運搬用自衛隊車輌――――『カーゴ』とも通称される73式大型トラックが複数台停車している。濃い緑色の布で覆われたその荷台は、既に満載であった。積載物は言わずもがな、デスジラスの死骸である。
「伊野、いるか?」
大河原は居並ぶトラックに向かって歩きながら、おそらくここで作業中であろうと判断した部下の名前を呼んだ。するとトラックの荷台の後ろから、起動中のノートパソコンを片手にした技術陸曹、伊野純二1曹がひょっこりと顔を出した。まだ若々しいその顔が、暗闇の中でパソコンの光を浴びて不気味にライトアップされている。季節感はバッチリだ。
「ああ隊長、お疲れ様です。こんなところに何か用ですか?」
「なに、もう一回ぐらい、この目で怪獣の死体とやらを確認しておこうと思ってな」
そう言いながら、片手が塞がったままでも自分への敬礼を忘れない伊野の姿に苦笑する大河原。まるで肝試しにでも出てきそうな顔になっているので、敬礼自体はしっかりとしているにも拘らず、どうにも締まらない。
が、本来の目的を思い出して即座に真顔になる大河原。聞こうと思っていたことを口にする。
「・・・・・・で、お前の見立ては?」
「自分の役目は、入ってきた情報を整理して隊長らにお渡しすることですから」
「とぼけるなよ。お前のことだから、多かれ少なかれ何かしらの予想は立っているんだろう? まぁこんな化け物だからな・・・・・・、多少SF的な予想だって構わんさ」
そう言って伊野の方を向き、にやりと笑う大河原。伊野が大河原の性質を把握しているのと同様、大河原もまた、伊野という人間の性格というか傾向のようなものを掴んでいた。
伊野は任務に関してはかなりクールで淡白だが、その内側では相当な量の思考をめぐらせている。それもこの手の人間に見られがちな頭の固さが殆んどないものだから、たまに大河原が思いもよらなかった見解を提示してくれることがある。「SF的でも構わない」と言ったのはそうした発想を見越してのことだった。そしてなにより、大河原は伊野という部下を信頼していたのだった。
そんな伊野はしばし考える様子を見せてから、目の前のトラックの荷台を見上げて言った。
「・・・・・・・・・こいつは、生物じゃありません」
「ほぅ?」
驚くべき報告なのに大河原はそう呟いただけで、あとは興味深そうに耳を傾けている。
「デスジラスが死滅した場所で回収された物体は全て、金属片や、機能停止した精密機械のようなものばかりでした。その他に、肉とか骨、内臓といったおよそ生物的な部品は一切発見されていません」
「すると、デスジラスはロボット怪獣か」
「いえ・・・・・・、おそらくはロボットですらありません」
「なに?」
そこではじめて大河原が怪訝な顔で伊野を見る。伊野は荷台を見上げたままの姿勢で説明を続けた。
「骨組みや、動力部らしいものが見つからないんですよ。仮にこれがロボットだとすれば、運動の基礎になる骨格が必要なはずですし、エンジンでも何でも、どこかにエネルギーを供給するための装置だってあっておかしくないハズなんです。ですがデスジラスの死骸には、その手のものが全く見当たらないんです。骨格も無い、燃料の痕跡すら無いとなると、どうやって動いていたのか見当もつきませんよ」
「映像に映っていたレドラの最後の一撃で、全部燃え尽きたってのは考えられないのか?」
「その可能性も考えましたが、それならばあの時点でもっと派手な爆発が起こっていたハズです。それこそ、デスジラスの死骸は一箇所に留まってなかったと思います」
「そう言われればそう――――ん?」
そこまで言いかけて大河原は、先ほどからの伊野の説明にひどく不自然な点が残されていることに気がついた。どうりで釈然としなかったはずだ。
「伊野・・・・・・ずっと気になっていたんだが、それならば何故これがデスジラスの死体と判断できたんだ? 骨組みなんかは勿論、エンジンすら見つからなかったんだろう。どうやって町の瓦礫と区別した?」
大河原の提示した疑問は至極真っ当なものであった。いくらヘリからの映像という手がかりがあったとはいえ、その現場に落下していたもの全てを怪獣の死骸と判断するのには無理がある。もう少し、何らかの手がかりがあって然るべきであろう。
すると、伊野からすかさず答えが返ってくる。伊野はトラックの荷台を指差して言った。
「ここに集められた残骸だけ、ほかと比べて放射能の数値が妙に高かったんですよ。怪獣の進路は放射能汚染されてましたが、それらの数値だって通常の二倍もありません。ですが、その怪獣の死んだ場所に、ひときわ強い放射能を帯びたものが散らばっていれば・・・・・・」
「なるほど・・・・・・、確かにその判断はアリだな」
だとすると、と呟いて大河原も腕を組みつつ、トラックの荷台を見上げた。気のせいか、それを覆うグリーンの布は先刻までよりも大きく見える。
「益々、こいつの正体が分からんな。骨格もなしにガラクタ同士がくっ付きあって形を作り、燃料もなしに派手に動き回る・・・・・・まるでゴーレムだ。放射能で突然変異って訳でもないだろうし、これじゃ、どっから来たのかも分からないぞ」
「そのことなんですが、隊長」
「む?」
自分の方を向いた大河原に、伊野は初めて緊張したような表情を見せた。
「デスジラスは、宇宙からやってきたんじゃないかと思うんです」
* * * * *
更に深夜。
竜ヶ守ビーチの南の端に見える小丘、竜ヶ丘の中腹に、ポツンと白い灯かりがひとつ見えていた。果たしてソレは、『竜神』の店内の明かりが漏れたものであった。
マスターは宣言どおり、こんなときでも決して店を閉めるつもりはないようだった。客が来るのかどうかはともかく、その根性だけは大したものである。
だが驚いたことに、その晩はなんと客がいる様子であった。
水岡である。
仕事がひと段落着いたのか、それとも途中で抜け出してきたのか、どっちかは判断がつきかねるが昼間のときと同じく、ビール瓶をその手に掴んでカウンターに突っ伏し、酔っ払った様子で頻繁にしゃっくりをしている。
一方マスターはずっとレジの前に立って伝票の束を弄くっているが、ときどき心配そうな顔つきで水岡の方を盗み見たりしている。サングラスをかけているので詳細な表情までは伝わってこないものの、眉の動きや口の形などでなんとなく読み取れる。尤もそれでは、一体何のためにサングラスをしているのか分からないのだが。
「ウィ・・・・・・ヒック・・・・・・ヒック・・・・・・」
水岡の喉の奥の方からうめき声が漏れた。
「なにがヒック警察官のヒック本分とやらたヒック、ビクビクすんらら呼ぶんじゃねぇヒック」
居た堪れない。その一言に尽きた。
マスターはその様子を見守りながらも何も言おうとはせず、ただ静かに手元の伝票を数え続けていた。
そうして、夜は更けていった。
(第十二話へ続く)




