第十話 報告
怪獣たちの主戦場となった竜ヶ守町二丁目の町域から、およそ100メートルほど北に向かったその場所に、竜ヶ守市立第二中学校はあった。8000平方メートル前後の敷地内に2つの校舎を持つだけの、小さな公立中学である。
敷地面積の半分ほどを占める校庭は日ごろこの学校に通う生徒たちの部活動で騒がしく、平日のこのぐらいの時間帯であればちょうど、野球部あたりが一日の締めくくりの練習を行っている頃合である。
しかしその日に限っては、聞こえてくる喧騒が普段とは様相を異にしていた。
野球少年たちの威勢のいい掛け声はこれっぽっちも聞こえてこず、代わりに赤ん坊や幼児の泣き声、家族と再会した老人の安堵の声などがそこらかしこで上がっていた。
当然である。
今日この日、海から町に怪獣が上陸してくるといった前代未聞の災害に巻き込まれたこの町では、破壊された区域で放射能汚染の危険があるという情報も手伝って多くの被災者たちが家を離れ、無事だった近所の公民館や小中学校の体育館等に避難してきていた。
第二中学も当然ながら、そういった人たちで溢れかえっている。更には、災害派遣で出動してきた自衛隊の一個中隊が校庭にテントを張って臨時指揮所を設営し、その近くに隊の車輌を多数停めていたために自衛隊員たちの往来も激しかった。
町を蹂躙する怪獣が消えてなお、完璧な”非日常”の世界である。
7月13日(土) 19:00 竜ヶ守市立第二中学校 校庭
夏特有の長い日照時間も過ぎ去り、町全体が薄暗がりに包まれ始める頃、第二中学校の正門をくぐる一台の車があった。パジェロによく似た形で車高2メートル程度の、全身を薄い迷彩色で包まれた自衛隊車輌―――73式小型車である。暗がりの中で辛うじて見える、バンパーの端に記された所属名は「普22-連本」となっている。
学校の敷地に入ってすぐグラウンド側に出た73式は後方支援隊が設置した司令テントの前までいって停まると、助手席のドアが開いて、中からのっぺりとした深緑のヘルメットを被った、厳つい風貌の自衛隊員が姿を現した。身長180センチ前後で年の頃は40代後半といったところ。見るからに”指揮官”といった出で立ちある。
同時に、すぐ目の前のテントからも男が一人外に出てきた。こちらは、73式から降りてきた人物と比べるといささか若めに見える。たぶん当初は偵察か輸送の目的で派遣されてきた中隊長あたりが、そのまま現場の指揮を執っていたのだろう。
二人の男はそれぞれ相手の顔を確認すると、ほぼ同時に立ち止まってお互いに敬礼した。先に名乗ったのはテントから出てきた男の方だった。
「東北方面輸送隊、第309輸送中隊の風桐です。遠方からわざわざご苦労様です」
それに対し、73式に乗ってきた男も身分を名乗る。
「苦労だなんてとんでもない・・・・・・・第22普通科連隊長の、大河原です。こんな事態をたった数時間のうちに整理した、そちらの行動力も見習いたいぐらいですよ」
階級は風桐が3等陸佐、大河原が1等陸佐で、後者の方が上位にあたる。加えて大河原はその立場上、多賀城駐屯地の司令も兼務している。竜ヶ守から霞目までは直線距離で8キロ程度だが、多賀城の場合はその倍近い距離があり、風桐3佐が「遠方からわざわざ」と言ったのはそういう訳なのである。
しかし大河原は、特別偉ぶった様子も見せずに返事を返していた。それを見て風桐3佐が恐縮する。
「いえいえ、普通科連隊の協力があってのことです。特に、あの1曹が・・・・・・」
「伊野1曹ですか? 情報分析だけなら幹部候補生も敵わないと思いますよ、あの男は」
「是非ウチに欲しいぐらいです」
そう言って冗談交じりに笑う風桐3佐を見て、大河原は苦笑いを浮かべた。
「そういうわけには行きませんが・・・・・・ともかく、現場の指揮権を引き継ぎます。しかし出来ることなら、この報告会には貴方も参加して頂きたい」
「分かりました、出来る限りお力になります」
風桐3佐の目には強い意志の力が篭もっていた。
* * * * *
同日 19:15 竜ヶ守災害派遣部隊 統合司令部
「では大河原1佐が着任されたということで、状況を再度確認したいと思います」
携帯ランプとプロジェクターの光だけが手がかりの暗いテントの中、そう言って報告会の進行を取り仕切るのは大河原の部下で補佐役でもある、伊野純二1等陸曹だ。その表情にまだ幼さが残る彼は俗に言う技術陸曹というやつで、25歳の若さで今の階級を得た情報分析のプロフェッショナルである。
伊野1曹は全員のパソコンに資料が送信されていることを確認すると、腕に抱えたノートパソコンの画面を覗き込み、資料を読み上げ始めた。
「まず初めに本日1300ごろ、航空自衛隊松島基地のレーダーが、大気圏外から高速で落下する不審な物体を捕捉・・・・・・」
1300――――”ヒトサンマルマル”とは要するに、13時ジャストのことである。陸自に限らず自衛隊員全般が時刻を確認するのに使う呼び方で、これが12時であれば”ヒトフタマルマル”となる。
「落下地点の関係から、報告を受けた航空隊のヘリが津波への警戒も兼ね、仙台湾方面に向けて緊急発進。そして同10(ヒトマル)・・・・・・」
伊野はそこで、若干溜めを作ってから全員を眺め回し、彼らの反応を確かめた上で続けた。
「竜ヶ守上空にて海岸から上陸する巨大な生物―――識別番号D-01を発見。監視を続行するうちに県知事からの正式な要請が入り、他の部隊が出動して現在に至ります。またその際、記録された映像がこちらです」
そこまで一気に言い切ってしまうと、伊野は脇に置いてあった手の平サイズのリモコンを取り上げ、数メートル離れた位置にあるプロジェクターに向かってボタンを押した。
すぐさま投影されていた画面が切り替わり、ヘリコプターからのものらしい竜ヶ守の空撮映像が映し出される。画質は余り良いとは言えなかったが、それでも町で起きていたことを確認するには充分であった。そこに記録されていたのは、太陽を反射する銀色の巨獣が海岸から上陸し、周囲を破壊しながら内陸へ向けて突き進んでいく様子であった。会議の席に集まった尉官や佐官たちが思わず一斉に身を乗り出し、映像を注視しようとする。
映像はそれからしばらくの間流されていたが、3分ほど経って不意に伊野がリモコンを持つと、一時停止を押して再生をストップさせた。列席者たちの視線が一斉に伊野に向かう。しかし伊野は特に臆した風もなく言った。
「記録された映像は40分ほどです。会議の進行に合わせ、また随時チェックしていきましょう」
そう言われて、居並ぶ将校は一斉にバツの悪そうな顔をして、乗り出していた体を椅子に引っ込めた。大規模災害には慣れている彼らとて、流石に本物の怪獣が小さな町を蹂躙している様子など初体験であろう。会議が上の空になることを見越してか、映像を止めた伊野の判断はある意味で正しい。
するとそれまで身も乗り出さず、黙って映像を眺めていただけの大河原が唐突に口を開いた。
「だがしかし、後続のヘリや他の部隊がここへ到着する頃には、もう既に怪獣は死んでいたと聞いたのだが?」
「あ、今から説明します。それで怪獣上陸から20分後の同30(サンマル)、怪獣の侵攻していた竜ヶ守第一森林公園の西側から突然、もう一頭の巨大生物が出現。この二頭目の怪獣が海から上陸した一頭目の怪獣に攻撃を仕掛け、僅か15分ほどで殲滅してしまった、と・・・・・・」
今度は将校たちかが一斉にざわめき始めた。当然といえば当然、先ほどの映像に映っていた怪獣だけでも手に負える気配が無かったのに、それをいとも簡単に撃破してしまうもう一体の怪獣ともなれば、彼らの不安は留まるところを知らないだろう。
そこで伊野がもう一度映像を再生し、今度はチャプター飛ばしのボタンを何度か押した。どうやら事態の推移に沿っての説明がし易いよう、この報告会までに映像をいくつかに分割していたらしい。なんとも用意の周到なことである。
伊野がリモコンを下げると、呼び出された映像にたった今紹介されたばかりのもう一体の怪獣が映し出されていた。主な体色は炎と形容してもし足りないレベルの深紅であり、その背中には巨大な翼を背負っている。見た限りではドラゴンに相違なかった。
将校たちが本日何度目かになる驚嘆の声を漏らす。それらの声を気にする様子も無く、伊野は淡々と報告を続けた。
「怪獣は双方ともに身長約20メートル前後。見かけによらず、一定の知性を匂わせる行動をも示しています。この二頭の関係性等は今のところ不明。ただし・・・・・・」
「ただし?」
「後から出現した赤いドラゴンのような怪獣・・・・・・こちらは被災者たちが既に、『レドラ』という名前で呼んでいます」
「れどら・・・・・・?」
大河原が確認するかのように、たどたどしく反復する。
「はい、ここ竜ヶ守の地名の由来でもある、伝説の守護龍。伝承によれば今から千年以上も前にこの土地の人々を守って戦ったとされ、町の住民の大部分はあの赤い怪獣を、同一の存在であるとみなしている模様です」
「・・・・・・・・・町の危機に、守護神が復活して戦ったという訳か」
大河原は手を前で組み、何か考え込むような表情となった。
「それで結局、その『レドラ』は今はどうなってるんだ?」
大河原の二つ隣の席に座る、普通科の3佐であった。
「目撃者の証言とヘリからの映像を信じるならば・・・・・・まるで霞のように消えていなくなったということですが」
「消えてなくなったって、そんなことは無いだろう。あんな翼があるんだから、どっかに飛んでいったんじゃないのか?」
「しかし最初に報告された松島基地や、海上自衛隊のレーダーにも、この近辺から正体不明の飛翔体が確認されたという連絡は届いていないが・・・・・・」
すぐさまその隣にいた、航空隊の3佐が助け舟を出す。居並ぶ将校たちは、揃ってうーんと首をかしげて黙り込んでしまった。だが伊野は、会議を進行させるのが最優先とばかりに話題を変えて議事を継続する。
「ところで最初に上陸したほうのD-01ですが・・・・・・、では風桐3佐、どうぞ」
「・・・・・・・第22普通科連隊の協力のお陰もあり、市街地で発見されたD-01の死骸と思われる物体は、既に収容を完了しています。予定では明日1200、我々第309輸送中隊が霞目駐屯地に運ぶ手はずです」
「そのことですが風桐3佐、ひとつだけ注意をお願いしたいことがあります」
「・・・・・・なんでしょう?」
風桐は、この時点で既にその手腕を信頼しきっている、普通科の有能な1曹の顔を見た。彼からすると、こうやって淡々と議事を進行させられる人間は多分に魅力的に映るのだった。今回は臨時で現場指揮など執らされた風桐だが、実際、それが上手くいったのは伊野の協力によるところが大きい。
「詳しい原理はまだ不明ですが・・・・・・、既に死滅したと思われるD-01は、映像による記録や証言を見る限り、一定の条件下で異常なほどの再生・強化能力を発揮できる模様です。その条件が不明な現状、今後復活しないとも限りません。どうか、十分にお気をつけて」
「復活か・・・・・・・・・まるで、デスジラスだな」
「ん、なんですか、その”ですじらす”というのは?」
ふと呟いた言葉を大河原に聞かれたと知って、風桐は恥ずかしそうに笑った。
「あ、いえ、最近子供の間で流行っているアニメの怪獣ですよ。何度死んでも心臓が無事な限り蘇ってくる不死身の怪物・・・・・・」
「まるで、フランケンシュタインの怪物だな」
「風桐3佐、こんなときに不謹慎ですぞ。大河原1佐も暢気なことを言っている場合ですか」
その隣に座っていた衛生隊の3佐が苦い顔で風桐を諌める。風桐はまだ少し恥ずかしそうにしながら、頭をかいていた。しかし大河原はというと涼しい顔で、
「しかし遅かれ早かれ、マスコミ等に発表するための個別名称は必要不可欠になる。伊野1曹、今後は海から上陸した怪獣を『デスジラス』、翼を持つ龍のような怪獣を『レドラ』と区別して呼称するよう、関係各所に通達してくれ」
「・・・・・・・・・了解」
なんだか妙なことになってきた、そう思った将校たちは顔を見合わせ始めた。その雰囲気に気付いたのか、大河原は列席者を見回して言った。
「なんだ、不真面目に思えるか?」
「お言葉ですが大河原1佐、もう既に拡大の余地が無い災害において、怪獣に個別に命名するというのはどうも・・・・・・」
「本当にそう思うか? これ以上被害が拡大しないと?」
そう言われて列席者たちは再び顔を見合わせる。大河原の言わんとしていることが分かってきたからだ。
「まさか、本当にD-01・・・・・・デスジラスが、今後復活するかもしれないと?」
「それもあるが、現在の最大の不安要素は他でもない、レドラだ」
その言葉で初めて、今まで殆んどずっと冷静だった伊野がパソコンのディスプレイから顔を上げ、大河原のほうをチラッと盗み見た。驚愕でも動揺でもなく、むしろ「そうきたか」という顔をしている。
「本当に噂どおりの”守護神獣”であれば問題はない。だが現状―――確認できた事実は”デスジラスを倒した”というただそれだけだ。しかもその正体はデスジラス以上に得体が知れない。下手をすれば、より厄介な存在かもしれん。何よりも、行方不明なんだ」
「それは・・・・・・仰るとおりです」
「考えすぎかもしれないが、少なくともそういう認識は持っておくべきということだ。これで終わったと考えるのはまだな・・・・・・・・・」
大河原の言葉を聞きながら伊野は、表向きは無表情ながらも内心ニヤッとしていた。大河原とはこういう人物だ。だから、侮れないのだ。
伊野は、自分の上官となった男の油断のなさを誰よりも知っていた。
(第十一話へ続く)




