その2
渦中の遠野君に視線を移すと、何人かの男子生徒に取り囲まれているところだった。草壁に謝れ、という声が聞こえる。この声は水野君だ。遠野君はじっと黙り込んで俯いていた。
その日、遠野君は休み時間のたびにクラスの男子生徒から取り囲まれて因縁をつけられていた。遠野君は変わらず下を向いて黙っている。なんだかその様子がいじめの現場を見ているようで、私は胸にモヤモヤが広がるのを感じた。
「ねえ、朋ちゃん。本当に遠野君がバトマジカードを取ったのかな?」
下校途中、私は胸のモヤモヤを朋ちゃんに相談した。朋ちゃんも同じく引っ掛かりを感じていたようで、大きく頷いた。
「なんか引っ掛かるよね」
「うん。遠野君がそんなことするとは思えないんだよね」
「これは、事件の真相を探るしかありませんな」
「UMA探偵チーム、いよいよ始動しますか?」
朋ちゃんはちょっとだけワクワクしたように目を輝かせ、にやりと口の端を上げる。
UMA探偵チーム。
それは、人気の少年少女探偵シリーズの小説に憧れて密かに私達が結成した探偵団だ。馬頭小学校の『馬』の字からもじって名付けた。
事件発生を今か今かと待ち構えていたけれど、いよいよそのときでは?
さっそく、私と朋ちゃんは遠野君が真犯人なのかを探ることにした。
朋ちゃんの家に寄って部屋のローテーブルに向かい合うと、無地のノートを開く。まず、朋ちゃんにも確認してもらいながら、その日のことを朝から振り返ってまとめようと思う。
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【朝8時頃】
私はいつものように幼稚園からのお友達である朋ちゃんと小学校に登校した。途中、クリーニング屋さんの前で『野良猫にエサをあげないで下さい。野良猫が増えて困っています』と書いてある張り紙を見つけた。特にいつもと変わったことはなかった。
【朝8時15分頃】
学校に到着。校門に副校長先生が立っていて挨拶してくれた。教室で、草壁君が「昨日、バトマジチョコスナックを買ったらレアな魔獣が当たった」とバトマジカードを見せながらクラスメイトに自慢しているのを見た。
【1時間目】
算数。チャレンジ問題で時計算というのをやった。長針と短針が重なるのは何時かという問題だけど、これって将来役に立つ日はあるのかな?
【2時間目】
図工。図工室に移動して授業を受けた。人物デッサンを二人組で描いた。クラスメイトの木下さんが自分はもっと美人なはずだとペアを組んだ土屋さんのデッサン画に対して怒っていた。でも、土屋さんのデッサン画は結構上手かったと思う。
【中休み】
私は朋ちゃんと今日も大好きな探偵シリーズの小説についてお喋りした。クラスでは相変わらずバトマジの話をしている男子生徒が多かった。このときも草壁はバトマジカードをみんなに見せていた。
【3時間目】
国語。四字熟語について勉強した。各自が選んだ四字熟語について漢字辞典を使ってその意味を調べたりした。ところで、四字熟語って漢字と意味が合ってないと思うの。「月下氷人」は「月の下の氷の人」だから、夜営業のかき氷屋さんだと思っていた。なのに、全然違っていてびっくりだよ。なんで「月下氷人」が結婚式の仲人? 昔の人の考えることはよくわからない。
【4時間目】
体育。校庭でドッジボールをした。ドッジボールって当たると痛いから嫌いだな。クラスメイトの山下さんと石川君が見学していた。山下さんは風邪気味、石川君は習い事のサッカークラブで怪我をしたと言っていた。
【給食】
月に一度の学年交流給食だった。給食を体育館で、1年~6年の全員で一緒に食べるというイベント。今日のメニューはパンとイカのフライ、もやしとにらの胡麻和え、五目きんぴらだった。飯田君がトイレに寄ったので遅れてきた。遠野君が給食終了後、一人でさっさと戻ってしまった。
【清掃】
教室と廊下の清掃。私と朋ちゃんは教室のほうき掛けをした。菊田君と杉下君がさぼって先生に怒られていた。モップにまたがって遊んでいたみたい。本当にこういうところが男子はバカだと思う。
【お昼休み】
草壁君が「バトマジカードがない」と騒ぎ出した。クラスメイトみんなで探したけど見つからなかった。遠野君も一緒に探していた気がする。
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私と朋ちゃんはノートに書きだしたその日あったことを一緒に確認する。
「中休みにはあったんだから、盗られたとしたら中休みが終わった後からお昼休みの間だよね」
朋ちゃんは中休みからお昼休みの間に蛍光ペンで印をつけた。
「みんなが教室にいるときは盗れないでしょ? ってことは、4時間目と給食の時間が怪しいね」