高台の城
通用門から入って来た心弥を驚かせたのは、豪勢な屋敷の横に建てられた大きな屋根付きの車庫だった。四台のクラシックカーが、まるで展示でもしているかのようにズラリと自慢げに横並びに駐車されてあった。四台ともに国内に数台しかないと言われている車だった。
「乗れるのか……?」
と、四台のクラシックカーを舐め回していると、壁の扉が眼の端に映り込んできた。
その扉に歩み寄ってドアノブを掴もうとした瞬間、心弥はハッとして手を止めた。ゴム手袋を嵌めていないことに気付いたからだ。その場に凍りついたように立ち尽くしたまま、心弥は手を見つめて考えていた。そして、通用門を素手で開けたことに気付いて、慌てふためいて車庫を飛び出していった。
心弥は、Tシャツの裾に手を入れて通用門の表と裏を拭き取った。それから安堵したように車庫へと駆け戻った。
心弥は両手にゴム手袋を嵌めて、逃げる体勢を整えて、ドアノブを握った。
中世の頃の城は山城が多い。山城の利点はその眺望と守りにある。高い場所から眺めれば下の風景が一望できる。高い場所から攻撃すれば重力の影響で飛び道具の飛距離は伸びる。何よりも山を登るには、時間と労力が必要なのである。昔の、侍の時代の豪商達はこれを知ってか知らずか知る由もないが、その身の安全のために高台に住処を建立したのであろう。
「南無三」
と、心弥は祈りながら、恐る恐るドアノブを回転させた。扉には鍵は掛かっておらず、防犯ベルも鳴らなかった。
ホッと胸を撫で下ろして、バッグから靴カバーを取り出し、右足の靴をそれで覆って、家の中に踏み入れた。次に左足を靴のままに覆った。懐中電灯の明かりを点けて、内部の様子を窺った。
「ワォ!」
と声を漏らして、心弥は溜息をついた。
ダイニングキッチン兼リビングは、豪華絢爛と言う言葉が相応しいほどに贅の限りを尽くしていた。
部屋の中にある階段を上って二階へと突き進んだ。部屋のドアが幾つもあるその先に、場違いな感じで襖があった。奇異に思いながら、心弥はそこへ誘われるように廊下を歩いて行った。
襖を開けると、そこは畳が敷かれた和室になっていた。六畳一間のその和室には、全体に黒の漆塗りが施され、内部に金箔が張ってある高価で荘厳な仏壇が置かれてある以外は、他に何もなかった。
鴨居と天井との間の小壁には、二人の老婆と二人の老人の遺影が飾られてあった。家主夫婦の両親なのであろう。
四人の遺影に懐中電灯の明かりを当てて見ていると、遺影の額の縁から福沢諭吉がこちらの様子を窺っているかのように顔を出していた。
壁に寄って、懐中電灯の明かりを遺影の後に当ててみると、帯封で巻かれた札束が無造作に捨て置かれるように隠されてあった。両親の遺影に遠慮して、誰もそこを探そうとはしないだろうとでも思ったのだろうか。心弥はその札束を眺めながら思った。
腕を伸ばして遺影の後に隠された札束を手に取った。帯封で巻かれた札束は六個あった。それを手にしたまま、カーテンを開けて窓を開き、心弥はベランダに出た。
ベランダの床に六個の札束を並べて、それを枕にして仰向けに寝転んだ。晴れた夜空には三日月がぽっかりと浮かんでいた。その朧げな月明かりの中で、星々がその輝きを放っていた、